studio Odyssey




なんというか、エッセイ?

『ファインダーの向こうのヴィーナス』(99/5/20日誌より)

 初めての経験という物は、何度となく経験してきた。

 そんな初めての経験の中で、初めて綺麗なモデルさんの写真をとった時の気持ちというものを覚えている。

 もう、そのチャンスに、僕は考えるよりもなによりも、とにかく遮二無二シャッターを切っていた。あとで数えてわかった事だけれど、その時、僕はわずか1時間たらずの間に、7本以上のフィルムを空にしていた。

 けれど、その7本、250枚以上の写真の中で、使えた写真は、ただの1枚もなかった。本当に、ヘタクソな写真だった。
 がっくりと、肩を落としたものだった。

 今日、久しぶりにそれを追体験した。

 初めて、月を撮った。遊びではなくて、天体望遠鏡を使って、本気で。

 ところが、僕はその写真に全くの自信がない。まだあがってすらいないけれど、だ。

 ファインダーの向こうに、めいっぱいに映し出された月は、息をのむほどに美しかった。月の女神、美の女神に、僕はただ感嘆するしかなかった。
 そしてその美しさに、呑まれた。

 久しぶりに、どきどきした。久しぶりに、はしゃいだ。
 そして、それが冷めたあと、あの時と同じ感覚を追体験した。

 どんなに憂かれはしゃいでいても、いつも、もう一人の自分がいることが多い。冷静に状況を分析し、一歩引いたところから、自分を見ている自分がいることが多い。ものを書くことが多くなり、写真を撮ることが多くなり、僕はますますその傾向が強くなった。
 けれど、彼女は僕のその二人目の人格までも飲み込んでしまった。

 はっと我に返ったとき、僕たちは、彼女の虜になってしまっていたことに気が付いた。
 月の女神は、笑ってた。

 やられた気分だった。またやられたと、ちょっと思った。

 だけれど、250枚でダメなら、次は300枚撮ればいい。

 あいにくと、月はモデルの女性と違って、どんなに下手な写真しか撮れていなくても、またファインダーの前に現れてくれる。

 明日もまた、月は昇る。
 女神の微笑みと共に。