studio Odyssey


魍魎撲滅委員会 bullet - 03


       

「毎度お騒がせいたしております。魍魎撲滅委員会でございます」
 南棟廊下のスピーカーから聞こえてくるのは、委員会室のなつみの声。その下には、
「きゃーっ!」
「イヤーっ!」
 という、逃げ惑う女生徒たちの悲鳴があって、
「邪魔だーっ!おまえ等みんな教室入れーッ!」
 という新庄の怒号が響いている。
「美帆ちゃん!トラップを!」
 腕を振りかざす魍魎に向け、左手のSIG SG551を突き出す新庄。トリガーを引く。──と、廊下に響く悲鳴も一層強くなる。
「なつみさん、トラップの位置は?」
 と、美帆。
「一番近いのは魍魎後方。男子トイレ脇の、配電盤の中」
「新庄さん!」
「おうよ!」
 彼女の声に、右手のコルトM16A2のマガジンを素早く入れ替える新庄。同じく、UZIのマガジンを入れ替える美帆。
 二人は両手にした合計四つの銃口を魍魎へ真っすぐに向けると、
「中央突破!行きますっ!!」
「サポートするッ!!」
「前進(マーチ)っ!!」
 銃声と悲鳴と蛍光灯、窓ガラスの割れる音にリズムを合わせ、躊躇せずに前進し始めた。撃ち出される嵐のように弾丸の雨に、魍魎が吠える。腕を振り上げ、やみくもにその腕を振りおろす。
 きゅっと歯を噛み締め、美帆は腕をかわすようにして駈け出した。腕を擦り抜け、魍魎の後方へと回る。それを追って動く魍魎。
「お前の相手はこっちだぜ!」
 新庄はコルトM16A2を、振り返ろうとする魍魎へ向けて放った。奴の腕が銀の弾丸にプラズマを発生させながら、ゲル状体と共に飛び散った。
 光の無い眼を新庄に向ける魍魎。怒りの咆哮と共に、彼に向かって襲いかかる。矢のような速さで肉薄し、魍魎は、腕を大きく振り上げた。
「ちっ…!」
 舌を打つ新庄。
「新庄さんっ!」
 配電盤に掛けた手を止め、叫ぶ美帆。
 魍魎は勢いよく、その爪の生えた手を新庄に向け、振り降ろした。
「こんな奴にやられてたまるかっつーの!!」
 尻餅をつくようにして、新庄はそれをかわす。けれど、手にしたコルトM16A2、SIG SG551が奴の爪の餌食となり、先端部から壊れて飛んだ。
「くそっ!」
 どうと廊下に倒れた新庄に向け、魍魎は再び腕を振り上げる。そして──
「新庄さんっ!!」
 美帆の声とその手に握られたUZIからの弾丸に、咆哮を上げながら振り向いた。振り上げた腕の降ろし場所を即座に彼女に変える魍魎。怒りの形相を顕わにして、大きく彼女に向かって一歩を踏み出す。そして、その巨木のような腕を袈裟懸けに振り降ろす。
 美帆は強く歯を噛み締めた。魍魎の腕が、彼女の華奢な身体を横薙ぎに打ち払った。宙を飛ぶ美帆の身体。──しかし、UZIを撃ち続ける美帆。
 誰かの悲鳴。そしてそれに続く、美帆の身体が教室のドアをぶち破る音。解ける、彼女の髪を止めていた蒼いリボン。彼女の滑らかな輝きを持つ髪と、ガラスの破片が、弾丸の雨の中に散った。
 黒板前、教壇の側面に受けとめられる美帆の身体。ベニヤで作られた教壇が、嫌な音を立てて歪に変形する。彼女の両手に握られていたUZIの弾も、その音と共にぴたりと止んだ。
「美帆ちゃん!」
 なつみの声がイヤホンマイクに届いた。しかし、美帆は動かない。
 騒めく教室。男子生徒たちが美帆に駆け寄ろうとするけれど、ゆっくりと今日室内に姿を現した魍魎を前に、足をすくませ立ちつくす。
 魍魎の光の無い目が、教室内を舐めるように見回した。後ずさる生徒たち。
 最後に視線を落ちつかせた先、力なく、人形のように身体を教壇にもたせかけた美帆に向かって、魍魎はゆっくりと腕を振り上げた。牙の生えた口を、ゆっくりと開きながら。
「コノヤローっ!!」
 叫びながら、魍魎に迫る新庄。駆け寄りながら近くにあった椅子を拾いあげ、それを魍魎の口に目掛けて、思い切り振るう。
 ゲル状体の魍魎の身体が──いや、頭が──その一撃にふっ飛んだ。
 魍魎が文字通り、盲滅法に腕を振るう。新庄の手から飛ぶ椅子。女生徒の悲鳴。
 よろけた新庄を、魍魎は廊下に弾き飛ばした。そして、ビデオの巻き戻しのようにその頭を再生させていく。
 魍魎は頭部を取り戻すと、再び、美帆に向き直った。
「タフな人は好きよ」
 教壇に寄り掛かったままで、美帆は笑っていた。
「でも──頭のない人はキライ」
 その微笑みの下で、彼女はスカートの裾をぎりぎりの所までたくし上げ、白い素足の内腿に付けたレザーホルスターから、ワルサーPPK/Sを引き抜いた。あの『007シリーズ』で、ショーン・コネリー扮するジェームス・ボンドが使っていたものと同型の小銃である。
「食らえっ!」
 PPK/Sのトリガーを引く美帆。魍魎が至近距離からの弾丸によろめき、逃げるようにして吠えた。
「お前の相手は、こっちだって言ったろ」
 廊下の壁に寄り掛かり、不敵に笑う新庄。手には何の武器も持っていない。それに気付くと、魍魎は吠えながら腕を振り上げ、彼に向かって襲いかかった。
「頭のない奴はオレもキライだ」
 新庄は口許を弛ませる。
「同感スね」
 イヤホンマイクに声が届くのと同時に、魍魎が横からの銃撃に撃ち抜かれた。オート9を両手に構えた、斉藤である。
「遅すぎっ!」
 撃ち抜かれて、半身を飛び散らせた魍魎の脇から廊下へ飛び出して来た美帆が、彼の方へ駆け寄りながら文句を言う。
「いいタイミングだったじゃん」
 楽しげに言う斉藤の言葉に、新庄も目を丸くした。
「ドコが?」
「あっ!そういうこと言うんスね。銃貸さないっスよ」
「どうせいっぱい持ってんだろうが!二、三挺寄越しやがれ!マガジンが空になったら返してやるから」
「それが嫌なんですってば!あっ、勝手に取らないでくださいよっ」
「──って、じゃれあってる場合じゃないでしょ!!」
 美帆の声に、二人、組み合ったままで魍魎の方にゆっくりと視線を走らせた。
「魍魎、再生率94.2パーセント。来るわよぉ」
 イヤホンマイクからのなつみの声。緊迫感というものは、あまりない。
 魍魎は低い唸りをその口から洩らしていた。不満そうに、怒りを、ため込んだように。
「イヤだね、あーゆー奴は」
「逆恨みっスよね」
「ほら、頭、無いから」
「何を言ってんだか──」
 なんてやっている連中に向かって、魍魎は窓ガラスをびりびりと震わせるほどに強烈な咆哮を上げた。生徒たちの悲鳴すらも、その咆哮に掻き消される。
 新庄、斉藤、美帆は、そろって舌打ちをし、奴を睨んだ。
「魍魎再生率100パーセント。来るわよっ!」
 なつみの鋭い声に、魍魎が動き出した。牙を剥き出しにし、爪の生えた手をかかげ、三人に向かって肉薄する。
「オッケーっ!!」
 振りかぶるようにしてオート9を握り締めた両手を上げる斉藤。
「レディ!」
 斉藤のブレザーの上着を翻らせる美帆。彼のショルダーホルスターに納められた二挺の銃が露わになる。
「DRAW!!」
 左のホルスターからベレッタM93Rを新庄が、右のホルスターからM92FSを美帆が、素早くドロウした。
 そして、
「ファイアっ!!」
 三つのベレッタの銃口から、迫り来る魍魎に向かって銀の弾丸が雨霰と撃ち出された。
 生徒達の悲鳴が響く。プラズマが宙に散る。
 銀の弾丸の雨の中、魍魎は足を緩める事無く、大きく口を開いたままでゲル状体の身体を飛び散らせながら三人に迫った。しかし、逃げることなくそれに向かい、歯を噛み締めたままで撃ちまくる新庄、斉藤、そして美帆。
 魍魎は咆哮と共に、振り上げた腕を、三人の頭目掛けて振り降ろした。
「なつみ!」
 撃ちながらの新庄の声に、委員会室のなつみは素早くキーを叩く。
 三人の眼前にプラズマ網が発生し、振り降ろされた魍魎の腕はその網に捕らえられた。激しく光がスパークする。衝撃波に、弾き飛ばされる三人。
 魍魎の断末魔とも言える咆哮が、廊下の空気をうめつくすほどに、響きわたった。


 ゆらりと、プラズマの結界から離れる魍魎。再生の間に合わない部位からは、しゅうしゅうと煙のようなものが立ち上っている。
 そして魍魎は、逃げるように三人に背を向け──
「さあ、出番よ」
「はいっ」
 廊下の向こうに立つ委員長と真琴を、その光の無い目に映したのだった。
 抱えたH&K PSG‐1のセイフティを、音を立ててバチンと外す委員長。真琴も愛 銃、S&W シグマ40Fをリロードする。
 魍魎が、その二人に向かって吠えかかった。
 委員長は軽く微笑みすら浮かべて、眼鏡を上げて見せる。
「なつみ。S‐304のトラップ始動」
 言いながら、右足の爪先をトラップにこつんと当てる委員長。イヤホンマイクになつみの声が返ってくると、箱後部のパワーランプが赤く点灯した。それを確認して、委員長はPSG‐1のスコープを覗き込む。
「準備OK?」
「はいっ」
 ゆっくりとシグマを胸の高さにまで上げ、照門と照星を魍魎に合わせる真琴。右足をトラップのフットスイッチにそっとかけ、ごくりと、唾を飲んだ。
「行くわよ──」
 委員長の声に、魍魎が咆哮で答える。まるですべての力を振り絞るかのようなその叫び声。
 委員長は大きく息を吸い込み、言う。
「カウント!」
 魍魎が牙を剥出しにして、咆哮と共に駈け出した。
「ワン!」
 真琴と委員長のシグマ40F、PSG‐1が、迫り来る魍魎を真正面から撃ち抜いた。銀の弾丸に飛び散るゲル状体。小さな破片は蒸発するようにしゅうしゅうと煙を発し、宙に掻き消えていく。魍魎が再び吠える。その速度がぐんと増す。
「トゥ!」
 委員長はPSG‐1のスコープから目を外すと、トラップの箱を思い切り蹴り飛ばした。音を立てて廊下を走るトラップ。彼女が電源ケーブルを勢いよく踏みつけると、迫り来る魍魎の眼前で、それはぴたりと停止した。
 そして──
「さん!」
 真琴はシグマ40Fのマガジンが空になるのと同時に、思い切り、トラップのフットスイッチを踏み付けた。
 トラップの側面から、青い火花が飛び散った。魍魎が溢れ出る光の奔流に包まれる。響く、断末魔の叫び。嵐のような風と、雷のような光。
 トラップに引き込まれていく空気、光、そして魍魎とそれが引き込んだ怨念。すべてを巻き込んで、渦巻く光の奔流の中、トラップの蓋は勢いよく閉じられた。
 ──最後に、一陣の風が、すべての光と音を、さらっていった。

       

 しんとした廊下。静寂の中、トラップから立ち上る白い煙が小さな音を立てていた。
 その中で、ゆっくりと立ち上がる真琴。駆け抜けた最後の強烈な風に、尻餅をついてしまっていたのである。
「魍魎は?」
 頭をさすりながら、美帆もむくりと起き上がった。
「いたいっス…新庄さん、早くどいて下さい」
「悪い…いてて…腰が」
 斉藤をつぶしているのはもちろん新庄。
「なつみ、聞こえてる?」
 イヤホンマイクを押さえて聞く、委員長。
「聞こえてますよ」
 と、なつみの声が返ってくる。
 真琴はしゅうしゅうと煙を立ち上らせるトラップに、そろりそろりと近づいていった。ここからではトラップの後部、LEDランプが見えないけれど、そのランプが青に変わっていれば──
 静かになった廊下に、恐る恐る生徒たちが姿を現し始めていた。
 真琴は息をゆっくりと吸い込んで、目を閉じ、最後の一歩を踏み出した。
 ──おねがいっ。
 ぱっと目を開く。ランプの色は──
「いよっこいせっと!」
 新庄は大げさに言って、立ち上がった。
「銃、返して下さいよ」
 文句を言いながら、斉藤も立ち上がる。
「あー…そういえば私たち、まだお昼食べてない」
 美帆は立ち上がってスカートをぱたぱたとはたきながら、口を尖らせた。
「もう休み時間終わっちゃうケドねー」
 イヤホンマイクの向こう、なつみはモニターを見ながらキーを叩く。
「そうね──」
 ゆっくりと委員長も立ち上がると、眼鏡をひょいと上げて、笑って言った。
「じゃ、今日はもう店じまいね。五、六時間目は、公欠申請をだすことにしようか」
「やった!」
「ラッキー、五時間目、古典だったんだよ」
「そうと決まれば──」
 新庄は腰に手を当てて笑うと、
「真琴!」
 トラップの前に立つ妹に向かって、言った。
「そのトラップ持って、さっさと引き上げようぜ」
「──うん…」
 真琴はゆっくりとみんなの方へ振り向いて──微笑んだ。
「わかった!」
 電源ケーブルを持って、封印用トラップを引き上げる真琴。
 LEDランプは、煌々と、青く光っていた。
 廊下のスピーカーから、なつみの声が聞こえてくる。
「毎度お騒がせいたしております、魍魎撲滅委員会でございます。本日一一時三五分頃に出現しました魍魎は、我々魍魎撲滅委員会の手によって一時一四分、封印されました。生徒の皆さん、安心して、午後の授業に望んでください」
 しんとしていた廊下に、生徒たちの歓喜の声が響きわたった。
 誰かが手を叩く。
 誰かが友達と手を組んで喜びにはしゃぐ。
 昼休みの終わりを告げるチャイムの音は、誰の耳にも、届いてはいなかった。
 委員会のメンバー五人、真琴、美帆、委員長、新庄、斉藤は、意気揚揚として歩きだした。
 真琴は煙を立ち上らせる封印用トラップをちょいと持ち上げて、笑いながら言う。
「毎度お騒がせいたしております。魍魎撲滅委員会ございます!」