studio Odyssey


魍魎撲滅委員会 bullet - 02


       

「巡回中の各員に通達!」
 ディスプレイに映しだされた学園の3Dマップの中で、赤い光が点滅し始めていた。なつみはそれを確認し、インカムに向かって叫ぶようにして言う。
「魍魎のエネルギー体、再構築を確認!」
「場所は!?」
 新庄の声が鋭く返ってくる。
「中央棟三階、図書室前!」
「一番近いのは誰!?」
 委員長の声に、なつみはキーを叩いた。学園の3Dマップが動き、魍魎に最も近い位置にいるメンバーを青い光で示し出す。
「あ…」
 なつみは小さくつぶやいた。
「真琴ちゃん…」
「…見えてますぅ」
 魍魎は、真琴の眼前の廊下に姿を現したのである。
「バ…バックアップをお願いします」
 言いながら、手にしていたシグマ40Fを魍魎にそうっと向ける真琴。まだ向こうはこっに気付いていないよう──
「南棟へは行かせちゃダメよ。一般生徒は授業中なんだから」
 と、イヤホンマイクの向こうのからする、委員長の声。
「でも、南棟って、私の背中になりますよね」
「んー…そうね」
「そんなぁ…私、逃げられないじゃないですか」
「じゃ、南棟への防火扉を閉められるようにしておきます。真琴ちゃん、いざという時は、魍魎を引き付けてね」
 なつみは事もなげ。
「どうやって…?」
 真琴はただ、苦笑いを浮かべるしかない。
「バックアップに行く!いいか真琴、兄ちゃんが行くまで手を出すなよ」
「でも新庄さん、それって自分が撃ちたいからっスよね」
「今行くわ真琴っ」
「い…いい。何でもいいから、早く来て」
 しかし、世の中なんてものは──
「きっ…来たぁっ!」
 こんなものなのである。
 真琴の存在に気付いた魍魎は、牙の生えた口を大きく開き、稲妻のような速さで彼女に向かって襲いかかってきたのであった。
「いかん!」
 新庄が叫ぶ。
「なつみ、南棟への扉を閉めろ!」
「妹思いのお兄さんだわ」
 と、言いながらもなつみはEnterキーを叩く。躊躇なく。
「ああああぁっ!!」
 真琴の背後の通路は閉ざされた。逃げ道なし。
「来るなーっ」
 両手で握り締めたシグマ40Fを、魍魎に向けて連射する真琴。リコイルショックが痛いなんて言っていられない。魍魎はすさまじい速さで自分に向かって迫ってきているのだから。
 数十発の弾丸を受けながらも、魍魎は真琴に向かって飛びかかった。
「わああぁっ!」
 叫ぶ真琴。
「伏せてっ!!」
 という咄嗟の声に頭を抱え込む。
 次の瞬間、頭上の魍魎が銀の弾丸の雨に撃ち抜かれた。
「真琴、こっち!」
 駆け出す真琴。背後では勢い余った魍魎が防火扉に激突し、扉が閉まると同時に発生する結界の力によって火花を散らしていた。
 それに向け、美帆は再びショットガン、モスバーグM500を放つ。
「ありがとう美帆!命の恩人だっ!」
 駆け寄った真琴が、抱きつかんばかりの勢いで言う。──と、美帆はシリアス顔にモスバーグをコッキングした──かと思うと、
「ねぇ──私、カッコよかった?ねぇ?」
 なんて、嬉しそうに笑いながら聞いてきた。
「え…う…うん」
「いよーしっ」
 と、嬉しそうな美帆。
 忘れていた事を、真琴は後悔した。彼女は学園中の男どもが認める美人なのに、それに似合わずアクション映画が大好きなのだ。しかもただ好きなだけでなく、それに憧れているからタチが悪い。
「もう一丁!」
 と、魍魎に向け、立て続けに二発撃ち出す美帆。空シェルが宙に飛んだ。
「ちょっと美帆!消滅させちゃダメだってば。封印しないと!」
 言いながら、真琴はシグマ40Fのマガジンを入れ替える。
「そ…そうだ」
 はっとして、美帆は二歩ほど後ずさった。委員長の顔を、ふと思い出したのである。眼前の防火扉の前では、魍魎がプラズマを飛び散らせて吠えていた。
「なつみさん、一番近いトラップの位置は?」
「中央棟、中央階段前。委員長の目と鼻の先です」
 委員会室、ディスプレイの前でキーを叩くなつみ。ディスプレイの中に新しいウィンドウが開かれ、そこに中央階段前のライブ映像が映し出される。委員長が、階段を駆け降りて来ていた。
「私がトラップを張るわ。真琴ちゃん、美帆ちゃん。魍魎をこっちへ誘導して」
 イヤホンマイクを押さえながら、配電盤を開ける委員長。
「了解」
 と、真琴は答えたはいいものの──
「どうやって?」
「さぁ?」
 美帆と顔を見合わせて、瞬きをひとつ。
 魍魎が、牙を剥きだしにして咆哮をあげていた。


「委員長っ」
 中央階段前に新庄と斉藤が姿を現した。
「魍魎は?」
「じきここへ。斉藤くん、手伝って」
 配電盤の中からトラップを取り出しながら返す委員長。斉藤にそれを投げ渡す。
「ここで封印するわよ」
「了解」
 斉藤はトラップを廊下の真ん中に置くと、本体より延びる電源ケーブルの途中にあるフットスイッチのツマミを回し、威力を調整した。委員長は慣れた手つきで配電盤にケーブルを繋いでいく。
「来たッ!」
 新庄が叫んだ。
「もう!?」
 委員長と斉藤が焦りと共に廊下の向こうへ視線を走らせる。と、物凄い形相で必死になって駆けてくる真琴と美帆が、二人の目に映った。
「来た来たっ!」
 走りながら、息も切れ切れに言う真琴。
「ちょっ…まだ準備が…」
「んな悠長なこと言ってられっか!」
 目を丸くする委員長も見ずに言う新庄。嬉しそうだ。
「委員長!封印は任せます!」
 斉藤はそう言って新庄の横に並んだ。こっちも嬉しそうだ。
「ちょ…二人とも!」
 こっちは冷や汗だ。
「行くぜ斉藤!」
 右手にFA‐MAS F1、左手にステアーAUG。二挺拳銃ならぬ、二挺マシンガンで準備 万端の新庄。
「行きましょう!」
 一方、手には何も持ってはいないけれど、自然体に足を開き、指先をかすかに動かす斉藤。
 そして、
「…はぁ」
 ため息の委員長。
「新庄さん、斉藤くん!後は任せますっ」
 美帆と真琴が二人の脇を駆け抜けると、彼らと魍魎の間を遮るものは、何も無くなった。
「行くぜーッ!」
 新庄が叫ぶ。FA‐MAS F1、ステアーAUGが、プラズマを発生させながら接近する魍魎を捕らえる。
「DRAW!」
 斉藤もブレザーの裾を翻らせ、腰のホルスターからコルトパイソン357マグナム4インチ、S&W M19 4インチをドロウした。
 四つの銃口が、魍魎に向かって火を噴く。魍魎の身体が、雨霰と降り注ぐ銀の弾丸によって、揺らぎ始めた。
「委員長っ!」
 叫びながら振り返る美帆。靴底が悲鳴をあげる。長い髪が宙に踊る。
「ハコを!」
「OKっ!」
 配電盤のスイッチを、委員長はばちばちばちと勢いよく上げた。
「今なら封印出来る!」
「チャンスだ!」
 撃ち続けながら叫ぶ新庄。斉藤はシリンダーが空になったパイソンとS&Wを手放し、アップサイドショルダーホルスターからデザートイーグル50、バックサイドホルスターからH&K USPを引き抜きながら後ろへ振り向く。
「急げ!」
「こっち見ちゃダメーっ!」
 言いながら、美帆は思いきり封印用トラップの箱を蹴り飛ばした。彼女はもちろん制服なので、もちろんスカートなわけで──
「うすい水色」
 と、斉藤。すぐさま魍魎に向き直って撃ち続けた割には、しっかり見ている。動体視力はすばらしい。
「バカァっ!」
 底にキャスターの着いた封印用トラップが、そのバカの足元を擦り抜けると、美帆は電源ケーブルを思いきり踏みつけた。トラップが魍魎の足元で停止する。
「真琴!」
「了解っ」
 駆け出す真琴。
「お兄ちゃん達、下がって!」
 フットスイッチに足をかける。
「ワン!」
 委員長がカウントをとった。新庄、斉藤がそれに続き、
「トゥ!」
 バックステップで後ろに飛び退く。
 そして全員の声が、次のカウントに重なった。
「さん!!」
 真琴は思いきり、トラップのフットスイッチを踏みつけた。
 トラップの側面から青い火花が散る。上部の蓋が観音開きに開き、そこから光の奔流が溢れ出た。光は魍魎を捉え、それを中に引き込もうとする。空気と共に。
 嵐のような風と、雷のような光が辺りを照らしだした。魍魎の咆哮が響く。
 そしてそれは引き込まれた。
 勢いよく蓋が閉まる。
 ──最後に、一陣の風が廊下を駆け抜けていった。
 思わず目を閉じてしまう真琴。駆け抜けた風は、すべての音と光を、さらっていった。


 しんとした静寂の中で、かすかに、しゅうしゅうという音が響いていた。
 トラップから立ち上る白い煙。その音だ。
「…よーし」
 沈黙を破って言ったのは新庄。肩にFA‐MASをかけて息を吐き出す。
「封印完了」
 ぐっと電源ケーブルを掴み、彼はそれをひっぱり上げた。不機嫌そうにプラズマを散らすトラップ。一行も、ほっと肩の力を抜いたのであった。
「あ、もうすぐ昼休みじゃん」
 モスバーグを小脇に抱えた美帆が、右手のBaby‐Gを見ながらに言う。アンバランスな絵だが、美人の美帆だとなぜかハマるのである。
「真琴、購買いこっ。今なら何でも買える」
「いいよ。でも、おサイフ取ってこないと──」
 なんてやっている美帆と真琴の後ろで、新庄は首を傾げていた。
「どうしたんスか、新庄さん」
 銃をホルスターに戻しながら斉藤。
「ああ…」
 新庄は電源ケーブルを掴み、トラップの箱をぷらぷらと揺らしながら、言った。さすがに委員長にランチのお誘いをしていた美帆と真琴も、
「え?」
「なんて?」
 と、聞き返してしまうような台詞を。
「LEDランプが点滅してる」
「それって──つまり…」
 恐る恐る聞き返す真琴。後ろでは委員長が、「なつみ、そっちでも確認してる?」なんて、イヤホンマイクに向かって聞いている。美帆はモスバーグを構え直すと、がしゃんとそいつをコッキングした。
「封印出来て無い」
「うそ…」
「イヤ、マジで」


「上っ!!」
 なつみの鋭く短い声が鼓膜を揺らす。五人の手にした銃が、一斉のその銃口を上へと向けた。
 そしてそれは、天井をすり抜けて襲いかかってきたのであった。
「封印失敗かッ!」
「撃て!」
「このやろーっ!」
 思い思いに叫びながら、トリガーを引き絞る五人。銀の弾丸が魍魎の身体を、その実体化した身体を、ゲル状の身体を、辺りに飛び散らせた。
「実体化してる!」
 シリンダーが空になったモスバーグを投げ捨て、飛び散る半透明のゲル状体が顔にかかるのを「イヤっ!バカっ!エッチ!!」と宣わりながら、美帆はバックサイドホルスターからV10ウルトラコンパクトをドロウし、
「変なものかけないでっ!」
 と、魍魎に向けて撃ち放つ。
「怨念を引き込んでるのよ」
 フル・オート・グロックで応戦する委員長。
「わっわっ」
 真琴はあたふたあたふた。愛銃シグマ40Fのマガジンが空になってしまったのである。
 魍魎が吠えた。びちびちびちと汚らしくゲル状体を飛び散らしながら。
「きゃあっ!」
「イヤァっ!制服にかかるっ!」
 女性陣の悲鳴。でも二人、言いながら撃ってる。
 魍魎は狙いを定めると、彼女に向かって大きく口を開き、襲いかかった。
「真琴!」
 兄の声に、真琴は目を見開いた。魍魎の口が、眼前に迫る。
「イヤぁっ!!」
 思わず目を閉じ、両手で握り締めたシグマ40Fを水平状態に突き出す真琴。思い切りトリガーを引き絞る。撃ち出された弾丸に飛び散った魍魎のゲル状体が、自分の身体、顔に付く、いやな感覚を覚えた。
「真琴ちゃん!一歩下がって!」
 委員長の声にバックステップする真琴。頭を振って、髪にまで付いてしまったゲル状体を振り払いながら、片目を開けて状況を見る。──自分の眼前に、グロックのマガジンを入れ替えながら飛び込んできた、委員長の姿が映った。
 その向こうには、弾丸に撃たれて汚らしい半透明のゲル状体を飛び散らす、魍魎の姿。
「こないでーっ!!」
 真琴はきゅっと目をつぶったまま、トリガーを引き絞った。真琴と委員長、二人の手にした二つの銃口が、魍魎を撃ち続ける。魍魎が咆哮を上げる。
「イヤっ!ダメぇえーっ!!」
 迫る魍魎に向けて叫ぶ真琴。魍魎が大きく口を開く。真琴はそこへ向かって、マガジン内の残弾、すべて撃ち込んだ。その攻撃に、二人まで後数センチというところで魍魎は自らの身を保つことが出来なくなり──飛び散った。
「きゃあっ!」
 飛び散ったゲル状体を体中に受けてしまった真琴と委員長が、尻餅をついて倒れこむ。
「っつぅ〜」
「魍魎、分散消滅を確認」
 少々ノイズの乗ったなつみの声に、委員長は力なく喉で返した。後ろでは真琴がけほけほ咳き込んでいる。
 委員長はため息混じりに眼鏡を上げて立ち上がろうとして──やめた。手を顔に近付けた時、自分の指と指の間をゲル状体が糸を引いて流れていき、気持ち悪くなってしまったのだ。
 でも、
「大丈夫ですか委員長?」
 なんて聞かれてしまうと、
「え…ええ…大丈夫」
 なんて、気丈に答えてしまう。
「大丈夫?真琴」
 委員長の後ろで咳き込んでいた真琴の顔を覗き込む美帆。彼女も二人ほどではないけれど、服や足にゲル状体を受けてしまっていた。が、やはり真琴達ほどではないわけで──
「なんか…すごいことになってるよ…真琴…」
 苦笑いで美帆は言う。
「けほっ…すごく…けふっ…すごくなんか、ないもん」
 と、涙目の真琴。彼女が咳き込むたび、その髪や顔に付いたゲル状体が糸を引いて床に、彼女の手にしたシグマ40Fの上に、ぽたぽたと落ちていった。
「もぅ…やだぁ…」
 ぺたりと廊下に座り込んだまま、くすんと鼻をすする真琴の頬を、半透明のゲル状体が舐めるように流れ、ぽたりと落ちていく。
「やっぱ…なんか…すごいことになってると思う」
 美帆の苦笑いに、涙目の真琴は、ただけほけほと咳き込んでいただけだった。


 それを見ながら兄、新庄
「まァ、あれはあれでいいんだ」
「何がっスか?」
 聞き返す斉藤に向かって言う。
「オイシイから」
 きっぱり。
「新庄さん…」
 斉藤は、ため息と共に返した。
「新庄さん…目的のためには手段を選ばない人だと思ってましたけど、オイシイお約束のためなら、家族も泣かすんスね」
「………うん」
 新庄はこくりと頷いた。
 昼休みの始まりを告げるチャイムが、鳴っていた。

       

 体育館の中二階に、運動部のためにと作られたシャワー室がある。
 真琴は委員長と二人、そこでシャワーを浴びていた。他の三人は濡れタオルでまだなんとかなったものの、全身にゲル状体を受けてしまった二人は、さすがに気持ちが悪くてそのままではいられなかったのである。
「じゃ、ここに替えの下着と制服、置いておきますから」
「ありがとう、なつみちゃん」
「いえいえ、これもバックアップのお仕事です」
 年に何度かあるのである。このような事態が。
「他のみんなは?」
 シャワーに顔を打たれながら、委員長は少し声を大きくして、脱衣所にいるなつみに向かって聞いた。なつみは「えーとですねー…」と呟いて、パームトップのパソコンのキーを叩きながら返す。
「今、魍魎を捜索しています。昼休み中ですから、何処に現われても大変なことになるとは思いますケド」
「そう…無茶はしないように──」
「無理でしょう。新庄くんや斉藤くんには」
 彼女の言葉に、思わず言葉を飲みこんでしまう委員長。なつみは笑いながら、
「じゃ、私はバックアップに戻りまーす」
 と、ぱたぱたという足音を残して、脱衣所を後にした。
「お願いね!」
 母親のようなトーンで言う委員長。けれど結局奴ら、子供とたいして変わらないのである。無理無茶無謀、大いに結構──なのである。
 委員長は小さく息を付くと、きゅっとシャワーの蛇口を締め、濡れた顔を強く素手で洗った。「よしっ」と小さく呟いて、
「じゃ、私、先にあがるね」
 と、隣でシャワーを浴びている真琴に向かって、言った。
 けれど、それに返事が返ってこない。委員長は少し不思議に思い、ひょいと、半透明の壁の向こうへ顔を出した。真琴はただきゅっと目をつぶって、降り注ぐシャワーのお湯に打たれていた。
「真琴ちゃん?」
「あ…はい」
 初めて委員長の存在に気付いたかのように、彼女の声にどきりとしたような反応を返す真琴。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
「いえ、別に…」
 心配そうに聞く委員長に、照れ隠しに笑って、彼女は頭を掻いた。
「ちょっと考え事をしていたもので…すみません。あの…心配しないでください」
「そう?でも──」
 と、言いかけて委員長はやめた。シャワーに向き直った真琴が、その蛇口をひねり、お湯の出る勢いを強くしたからだ。彼女の言葉を、遮るように。
「そう…じゃ、私はあがるわ」
 そう言って、委員長はその場を離れ──
「あ…」
 真琴のつぶやきに、彼女はその足を止めた。
 真琴は、シャワーに打たれながら、言いにくそうに口を動かしていた。


「魍魎のエネルギー体、再構築を確認!」
 なつみの声がイヤホンマイクに届いた。
「何処だ!?」
 新庄。
「南棟三階!」
 その答えに駆け出す。
「ちくしょうっ!教室棟じゃないか!」
 昼休みの校舎に、戦慄が走った。


「なに?」
 委員長は小さく、聞き返した。小さな声だったけれど、シャワーを浴びている真琴の耳にもちゃんと届いただろう。彼女が少し、蛇口締めていた。
「あの…」
 半透明のすりガラスの向こうで、真琴はうつむいた。
「あの…私、前から思っているんですけれど…」
「何を?」
「魍魎って、一体なんなのかなって──」


「みんな退がれッ!!」
 新庄の声が南棟三階の廊下に響いた。生徒たちの悲鳴を掻き消すようにして。
 ばらばらと教室内に逃げ込む生徒たち。その先──
 その先の廊下に立つ魍魎の姿を、新庄ははっきりと捕らえた。
「いくぜェーっ!!」
 躊躇する事無く、右手のコルトM16 A2、左手のSIG SG551 SWATのトリガーを引き絞る新庄。
 廊下に響いていた悲鳴が、一層強くなった。


「魍魎?」
 委員長は首を傾げた。
「魍魎──水の神、山川の精、木石の怪──」
「そう言うことじゃなくて…」
 すりガラス越しに、委員長に向き直る真琴。
「そう言うことじゃなくて…この学校が都心の鬼門にあたる場所に建っていて、魍魎が集まってきてしまうって言うのはわかるんです。ただ、そうじゃなくて…魍魎って、そもそも一体何者なのか──って」


「くそっ!」
 新庄は頭を低くして、魍魎の振るった腕をかわした。巨大な爪が、廊下の壁をえぐる。
「援護は!?サポートは来ないのかよっ!」
 言いながら、両手のマシンガンを撃つ新庄。弾丸が魍魎の肩、腕の一部を吹き飛ばす。
「今向かってるわ。あとちょっと」
 なつみの声がイヤホンマイクから届く。新庄は強く舌打ちをすると、
「早くしてくれッ!」
 魍魎に向かって撃ち続けながら、叫んだ。
「こんな奴らにやられるのなんて、御免だぜ!!」


「なんなんだろうね」
 委員長はため息混じりに言う。真琴がシャワーを止めたのに気付いて、バスタオルを投げ渡しながら。
「私にも、よくわからないなぁ。三年もここの委員やっているけれど」
「──じゃ…じゃあ私たちって、何だかわけのわからないもののために命をかけて戦ってるんですか!?」
「そうね、そう言うことになるのかな?」
 なんて言って、委員長はくすりと微笑んだ。真琴はただ、目を丸くするばかり。魍魎なんて嫌いだ。恐いし、汚いし、非科学的だし。だけれど、この学園に入学してしまって、兄がこの委員をやっていて、自分も、いつのまにか巻き込まれてしまっていて──
 痛い目にも、何度もあった。──今日だって。
 なのにどうして──
 委員長はなにか言いたげに目を泳がす真琴に向かって、言った。
「でも、奴ら魍魎の跳梁を許すのなんて、もっと嫌じゃない」


 彼女の足音は一定のリズムに乗っていた。
 女生徒たちの悲鳴が響く廊下を、真っすぐに、彼女たちとは逆方向に歩いていく。
 彼女はブレザーのポケットから黒い革の手袋を取り出すと、片方をその薄い淡紅色の唇に噛み、もう片方を、右手へとかぶせた。
「ポイントまで後一○」
 イヤホンマイクから、バックアップの声が聞こえてくる。右手の次は左手。彼女の細くしなやかな指が、その黒い革手袋によって覆われた。
「了解」
 答えながら、手の開閉を繰り返す彼女。革手袋が、独特の音を響かせる。
 眼前には、右に折れる廊下。
 彼女は最後に、美しく長い髪をひとつに束ね、蒼いリボンできゅっとそれを結びつけた。
「レディ──」
 そして彼女は、その廊下を、勢いよく右へと折れたのであった。
 宙に踊る彼女の髪。
 眼前には、魍魎と交戦する新庄。
「ファイアっ!!」
 美帆の両手に握り締められたUZIが、フルオートで火を噴いた。


「この世に未練、怨念を持った者が死ぬと、魍魎になる。知ってる?」
「…はい。一応は…」
「じゃ、嫌じゃない。そんな奴らに好き勝手されるの。何に未練があるのか知らないけれど、何を怨んでいるのかは知らないけれど──」
 制服を着、委員長は最後に眼鏡をかけた。そして、真琴に向かって微笑みかけた。
 瞬きを返す真琴。ブレザーに袖を通すと、
「どういう事ですか?」
 彼女に向かって、そっと、聞いた。
 委員長はため息混じりに笑う。
「だって、人が魍魎になっちゃうのは、自分が未練の残るような生き方、怨みを持つような生き方をしていたせいでしょ?それで死んで、魍魎になって──そんな奴らに好き勝手されるのなんて、許せないじゃない」
「じゃ、委員長はそれが許せないから、魍魎撲滅委員会にいるんですか?」
「私?ううん、そんなたいそうな考えなんかないよ」
「は?」
「これはね、前、新庄くん──お兄さんがね──そういう風に言ってたの。私も、ああそうだなーって思って。まぁ、新庄くんは、自分の銃乱射を正当化するために言ったんだろうけどね」
 委員長の微笑みが、真琴にはいたずらっ子の母親のそれのように感じられた。思わず、口許を弛ませてしまう。普段の兄の事と考えるとなおさらだ。
「でも──」
 委員長は微笑みながら、けれど、はっきりと言った。
「細かいことはどうでもいいのよ。要は──」
 真琴の胸を指差し、
「学園の平和を乱す者が目の前にいたら、私たちは全力を持ってそいつを撃ち倒す。ただ、それだけ。すべては正義と、銃を撃ちまくるという、自己満足のため」
 なんて、自分で自分の台詞に笑ってしまいながら。
 真琴も吹き出しながら、返した。
「なんか、お兄ちゃんとか、美帆あたりの言いそうな台詞ですね」
 ヒップホルスターに愛銃、シグマ40Fを納めながら。