studio Odyssey


魍魎撲滅委員会 bullet - 01


 北東学園、北棟、音楽室。
 それは三年B組の授業中に起こった出来事であった。
「ん?」
 始めにそれに気づいたのは、中山 恵と言う女生徒だった。恵は手にしていた譜面を机におくと、そっと眼鏡を上げた。まだ誰も気づいていないみたいだ。腕時計に目をやると、後五分ほどでこの授業も終わる。できれば後五分、何も起こらないまま──
 淡い期待だった。
「じゃ、最後にみんなで歌って終わりましょう」
 音楽の先生、松野 智子が言いながらピアノの前に座る。と、そのピアノが、突然勝手にバーンとけたたましい音で鳴ったのであった。松野先生が目を丸くする。彼女の顔が、ふっと青くなる。
 生徒達も目を丸くした次の瞬間──
 音楽室の窓ガラスが、廊下の窓ガラスが、次々と破裂するように割れていったのであった。
 女生徒達が悲鳴あげる。男子生徒達があわてふためく。
 その中で、中山 恵はただ、小さくため息を吐き出しただけなのであった。
 松野先生が青い顔で、
「お、落ちついて!こういう時は落ちついて!」
 言う。
「落ちついて、魍魎撲滅委員会を呼ぶのよ!」


 都下、北東市──
 この町に建つ私立高校『北東学園』は、大都市東京の鬼門にあたる位置に建ってしまっている。
 それ故、創立当初から都心部の魑魅魍魎(チミモウリョウ)たちの集まる、関東の魍魎(モウリョウ)スポットとなってしまっていたのであった。
 放置しておけば、溜まる一方の魑魅魍魎たち。業を煮やした学園は、魍魎を撲滅すべく委員会を組織したのであった。
 そしてその委員会こそ──
 『魍魎撲滅委員会』なのである。








 『魍魎撲滅委員会』

       

 新庄 真琴はイヤホンマイクを右耳にいれると、隣で装備の確認をしていたクラスメイトの──もちろん委員会の人間である──川島 美帆に向かって言った。
「あーあ、いやだなぁもう」
 と、ため息。魍魎を相手に戦うのはこれが初めてではないけれど、何度やっても好きにはなれない。
 のに、
「そう?」
 なんて、美帆は小さく首をかしげてみせたりする。
「あ、そう…」
 真琴はため息だ。
 新庄 真琴、川島 美帆。二人はこの北東学園の一年生である。魍魎退治の時はいつもコンビを組む二人だが、一見活発そうに見える真琴と、学園中の男どもが認める美人の美帆──その性格はまるで逆なのであった。
 右耳にいれたイヤホンマイクから、ころころとした可愛い声が聞こえてくる。
「三階、美術室前を魍魎通過。接触まで後四○」
 声は、委員会室にてバックアップをしてくれている北浦 なつみのものだ。二人の耳に、彼女が小気味よく委員会室のメインフレームのキーを叩く音が届く。
「さぁー、来るわよ。二人ともっ」
「OKっ」
「いやだなぁ…」
 二人が廊下の向こうに向き直ると、丁度そこを魍魎が折れたところだった。
 犬のような姿形をしたプラズマエネルギー体──魍魎。二人に向かい、矢のような速さで肉薄してくる。
「いくよ、真琴っ!」
 言いながら、美帆はブレザーの上着の中へ手を入れると、その中にあるショルダーホルスターから愛銃ルガーP08をドロウした。素早く照準を魍魎に合わせ、トリガーを引く。銃口から飛び出した銀の弾丸が、魍魎の体を貫いた。プラズマを発生させながら、魍魎を形作るエネルギー体が揺らぐ。
 エネルギー体である魍魎にダメージを与える事が出来る委員会の武器の一つが、この銀の弾丸だ。これを、ガスガンや電動ガンで撃ち出すのである。
 そしてある程度ダメージを与えた後で、『封印』する。
「真琴っ、ハコは!?」
 眼前でエネルギー体の身体を揺らめかせている魍魎に照準を合わせたまま、美帆は真琴に向かって言った。
「ちょ…ちょっと待って」
 廊下の配電盤の蓋を開け、封印用トラップを取り出そうとする真琴。だけれど、
「コ…コードが絡まってるーっ!」
「何で前もって出しとかないのーっ!」
 なんてやっている内、魍魎の身体は再生してしまったのであった。
 魍魎が咆哮をあげる。はっとして振り返る真琴と美帆。光の無い目で魍魎は美帆を捉えると、牙をむき出しにして、彼女に向かって襲いかかった。
「美帆っ!?」
 叫びながら、ヒップホルスターに手を伸ばす真琴。
「こなくそーっ!」
 という美帆の声に、一瞬躊躇。美人の口から出てきてほしくはない言葉である。
 美帆は飛び上がった魍魎を、右手のルガーP08の独特のサイトで追いながらトリガーを引いた。しかし撃ち出された弾丸は魍魎の身体には当たらず、天井の蛍光灯を撃ち割り、ガラスの雨を降らすばかり。
「きゃあっ!」
 頭を抱えるのは真琴。魍魎の牙を避けようと──相変わらず撃ち続けながら──尻餅をつくようにして倒れ込むのは美帆。そのすぐ脇を、魍魎の牙が走り抜けていく。
「真琴っ、魍魎が逃げるっ」
 仰向けに倒れ込みながら叫び──
「いたァ!!」
 美帆は床に脳天を、したたかに撃ちつけたのであった。
 真琴はヒップホルスターからシグマ40Fをドロウしたはいいものの、魍魎は逃げるわ、美帆は痛がってるわ──あたふたしているうち、魍魎は廊下の先に見えなくなってしまっていた。
「何してるのォっ!!」
「目に涙うかべながら、そんな事言わないでよぉっ!」
 二人のイヤホンマイクに、北浦 なつみの声が聞こえてくる。
「新庄 真琴、川島 美帆組。封印失敗♪」


「なってねぇな…」
 イヤホンマイクからの声に、男はふっと口許を弛ませた。続いて、そこからなつみの声が聞こえてくる。
「魍魎は現在直進中。接触まであと二○」
「OK──見えたぜ」
 口許を弛ませて言うこの男、名前は斉藤 高志。言うまでもなく、委員会の人間である。しかし──
 ブレザーの学校なのに、何故かその男は詰め襟の学ラン──しかも長ランだ──を肩から掛け、これまた何故かつばに切れ目のある学生帽をかぶり、さらにいつ、何処で食したものか、サクランボのへたをくわえて直立に立っていた。
 彼はぺっとへたを吐き飛ばして、言う。
「警告する。止まらなければ撃つ」
 とは言っても、無論魍魎が人の言葉を解する事など出来るはずもなく──要するに止まらないわけで──彼は迫り来る魍魎の姿に、満足そうに口の端をにっと突き上げて笑ったのであった。
 学生帽のつばの下で、彼の目がぎらりと光る。
 迫る魍魎。彼は息を吸って──叫んだ。
「オッケェー!!」
 叫びながら両腕を振るう。と、学ランと帽子は宙に舞い、彼のショルダーホルスターに納められた二挺の銃が露わになった。斉藤は両腕をクロスさせ、右手で左、左手で右の銃を素早くドロウする。
 右手のコルトガバメント、左手のオフィサーズACP.45が、魍魎に向かって火を噴いた。──もちろん実際には火など噴きゃしないのであるが──
「食らえェー!」
 両手で撃ちまくる斉藤。だが、一発もあたらない。魍魎は俊敏な動きで左右に動きながら弾をかわし、彼に迫る。撃ち続けられる弾は、ばしばしと廊下に弾かれ、飛び散った。
「くそっ」
 魍魎が飛び上がる。斉藤が舌を打つ。
 右手をかざして魍魎の攻撃をかわしながらも、左手のオフィサーズを打ち続ける斉藤。魍魎の爪が、右手のガバメントを捉えた。
「あああああっ!」
 右手を振るい、斉藤は魍魎を払う。動物的な動きで床に降りたつ魍魎。魍魎は斉藤に向かって一吠えすると、再び、走り出した。
「チクショー、コノヤローっ!!」
 左手のオフィサーズを、斉藤は逃げる魍魎の背中に向かって撃ちまくった。マガジン内に残る全弾をである。
「オレのガバが!オレのガバがぁっ!!」
 と、涙目で叫びながら。──右手には、壊れた愛銃、コルトガバメントが握られていた。
「斉藤くん、敗北」
 なつみの声がイヤホンマイクから聞こえてくる。


「ダメだな」
 と、ぽつり。
「じゃ、新庄くん。魍魎はそっちにいったので、あとよろしく。接触まであと三五」
「上等だ」
 サイト越しに笑う目。新庄 広樹──先の真琴の──困った──兄である。
 新庄はそっと、目を閉じて言った。
「迫る、未知なる敵を過小評価してはならない。百獣の王ライオンは、ウサギを狩るのにも全力を用いる」
「サバンナにウサギっているのかなぁ」
 なつみの突っ込みに、軽く咳払いを返す新庄。「しっけい」と、なつみ。
「とにもかくにも、持てるかぎりの力を使い、敵を討つ!」
 彼の前には、廊下の掃除用具入れのロッカーが横になって倒れていた。簡易バリゲードである。そしてその上にはトライポット。その上に──M60。ベトナム戦争期に活躍した、全長一メートルにもなる巨大なマシンガンが乗っていた。
 サイト越し、新庄の目がぎらりと光る。その眼に、魍魎の姿が映る。
「目標補足!」
 にやりと弛む口許を正し、新庄は叫んだ。
「迎撃するっ!!」
 トリガーを引き絞る新庄。マシンガン、M60の銃口から、9.6V、1800mAバッテリーによる強烈な弾丸が撃ち出され、次々と魍魎に襲いかかった。0.9Jのフィールドルールなぞ、彼の知ったことではない。
 弾丸の雨を受けては、さすがの魍魎もそれを避けきれはしない。だが、奴は止まりもしなかった。
「この──下等魍魎がっ!」
 エネルギー体の身体を撃たれ、プラズマを発しながら──身体のエッジを揺らめかせながらも、魍魎は新庄に向かって飛び掛かった。それをM60のサイトで追い続ける新庄。蛍光灯や窓が次々と割れ、ガラスの雨を降らせる。魍魎の身体から発せられるプラズマが、青い雷となって辺りに飛び交った。
「消えてなくなれコノヤローっ!」
 撃ち続ける新庄。魍魎の身体が撃たれた部分から空に掻き消えていく。あと数十発、あと数発で奴が消え去ろうかというところで──
「がっ!?」
 かたかたかたかたと、ただモーターだけが回る音。
「弾切れ!?」
 目を丸くする新庄。
「新庄くん、さようなら」
 なつみの声。
 魍魎が、新庄の視界いっぱいに映った。


 その視界の中で、魍魎は後方からの数発の弾に撃たれ、彼の喉笛まであとわずかというところで、完全に消滅したのであった。
 目を丸くしたままそれを見ていた新庄。数秒間そのままで──
「………っかぁ〜」
 ため息とともに、がっくりと肩を落とした。
「やばかった」
 ぽつりとつぶやく新庄の声に、
「ちっ♪」
 なんて言うなつみの声が返ってくる。新庄は息巻いて反論しようとしたけれど、それよりも先になつみを諭した彼女の声に言葉を飲み込み、不貞腐れたように廊下にあぐらをかいて舌打ちした。
「なつみ、そんなこと言わないの。仲間じゃないの」
「ほーい」
「新庄くん、大丈夫?」
 廊下の向こうから歩いてくるのは中山 恵。手にはH&K PSG‐1を抱えている。マシンガンではないけれど、M60よりも長い、ライフルだ。
「長きゃいーってもんじゃないぞ」
 救けてもらっておきながら、悪態をつく新庄。だからといって、撃ちまくれりゃいいというものでも、無論、ない。
 恵は小さくため息を吐き出しながら苦笑すると、イヤホンマイクの向こう、なつみに向かって聞いた。
「魍魎は?」
 キーを叩く音が少しあって、
「分散消滅を確認。再生までは一五分から三○分はかかりそうですね」
 ころころとしたなつみの可愛い声がすぐに返ってきた。
「デフコンを3に引き下げますか?」
「お願い」
 恵はPSG‐1を抱えなおすと、右耳のイヤホンマイクに左手をかけて、言った。
「みんな、聞こえてる?」
 委員会のメンバーからの返事が返ってくる。真琴、美帆、斉藤、新庄(兄)、そしてなつみ。
 恵は魍魎撲滅委員会の委員長として、少々怒ったように眉を寄せて、言った。
「魍魎が再生するまでの間に、反省会を開きます。みんなすぐに委員会室に集合!」
 ちょっとの間があって、
「はーい…」
 メンバーの、力ない返事が返ってきた。

       

 北棟一階の奥まった所に、魍魎撲滅委員会の委員会室がある。一見すると木の引き戸の委員会室だが、中には学校全体の機械システムをコントロールすることの出来るコンピューターがあったりと、非科学的なものを相手にしている割には近代的だったりする。
 で。その委員会室の中で、委員長中山 恵は眉を寄せていた。眼前にはメンバーの戦線組、真琴、美帆、斉藤、新庄(兄)が、落ち着かない様子で目を泳がせて立っている。
「みんな…」
 恵は目を閉じたまま、小さく咳払いをして言った。
「私たちの仕事って、何だかわかってる?」
「魍魎を撲滅すること」
 一瞬の間もなく返すのは新庄。恵はその言葉にこくこくと頷きながら眼鏡を上げ、次の瞬間にぱっと目を開けたかと思うと、
「じゃあなんで誰も封印用トラップを出そうとしないのっ!」
 ばんっと、思いっきり委員会室のスチール机を叩いたのであった。びくっと、思わず全員が身を縮ませる。
「出そうとしたんですけど、コードが絡まってて…」
 真琴が言う。
「うん。真琴ちゃんたちが封印しようとしたって言うのは、なつみから聞いた。──男子二人?」
 と、男子二人を見る──いや、睨む。
「魍魎は弱らせないと封印できない」
「弱らせるためには撃たなきゃならない」
 きっぱり──と新庄、斉藤。
「二人、封印する気なんてハナからないでしょ!」
 二人、銃さえ撃てればそれで幸せなのだ。さすがに委員長も怒りたくなる。
「弾丸は純銀なんだからね!少ない予算でやりくりしてるんだから。わかってるの!」
「そりゃ…もちろん」
 新庄、冷や汗。今回早速三○○発ほど撃ちまくった。
 委員長は苦笑いの新庄をしばらく見ていたけれど、視線を泳がせるままの彼に小さくため息を吐きだして、
「わかっているとは思うけれど──」
 スチール机の上にどん、と封印用トラップを置いて言った。
「これに封印しなきゃ、魍魎は何度でも再生するんだからね」
 封印用トラップ。メンバーたちは『トラップ』とか『ハコ』と呼ぶ、ティッシュケースを一回りほど大きくさせたような金属の箱だ。
「でもオレ等は魍魎撲滅委員会であって、ゴーストバスターズじゃない」
 と、斉藤。
「へ理屈をこねない」
 と、委員長に怒られ、睨まれる。
 しかし実によく似ているのである。この封印用トラップと、映画『ゴーストバスターズ』に出てきたあの箱とが。なつみ曰くは、「八○年代後半の委員会の人が、あれにヒントを得て作った」そうなのだが、真相は定かではない。
「とにかくも」
 委員長は眼鏡を上げると、大きく息を吸い込んで言った。
「次に魍魎が現われた時、全力を持って封印するわよ」
「おうさ!」
「もちろんだ!」
 返事はいいのだが、新庄、斉藤──
「…本当にわかってる?」
 委員長が聞き返したくなる気持ちも、わからないでもない。