studio Odyssey


H.S.G.F Milky's - 01:Self Control - B


       3

「静かにしてください」
 って、マイクに向かって言っているのは現会長さん。
 六時間目の授業を潰して体育館で行われる生徒総会。あっちの生徒側からじゃなく、こっちの壇上側から生徒達を眺めたのは初めて。ちょっと、優越感?
 でも…全然静かになる気配なんてない。私だって、あっちにいたときは静かにしようなんて思わなかったし、周りが静かにしなきゃしないで、「静かにすれば早く終わるのに」なんて、都合のいいこと考えてたもんなぁ。
 ああ…本当に大変さが身にしみてきた…やっぱヤだなぁ。
 とは思っていても、もう壇上に上がっちゃっている私。生徒総会も始まっちゃってるし…私、もう戻れないのね。
 ちょっと静かになったところを見計らって、会長が話し出す。ま、もちろんだれも聞いちゃいないんだろうけど…かくいう私もその先輩の話なんて聞かないで、ちらちらと自分の両脇の一年生二人を見ていたんだから。
 なんか、気になって仕方がない。
 右隣のロン毛──会長候補の子──は目をじっとつぶって寝ているんだかどうなんだか。左隣のスポーツ刈り──会計候補の子──も、じっと体育館のうるさい生徒達を見て──って言うか、睨んでて──なんなんだろぅ。
 ふと、思い出した。
 そういえば先生が、総会が始まる前に言ってたっけ。


「夏稀くん!」
 何度目かに呼ばれて、私は仕方なく振り向いたんだった。本当は、言うまでもなく先生と話なんてしたくなかったんだけど。口を開けば、結局同じ事言うに決まってるし。
「なんですか?」
 むすっとして、返す。今日一日無視し続けようとしてたんだけど、体育館で、何人もの先生生徒が見ている前で呼ばれ続けちゃ、無視してられない。
「何かご用でしょうか?」
 他人行儀に、わざと聞いてやる。と、先生はちょっと苦笑いを浮かべながら、
「黒井先生、見なかった?」
 はぁ?そんなことで私を呼んでたわけ?なんだかなぁもぅ──って事を、聞いてきた。
「見てません」
 と、つっけんどん。
 会話終了。と思ったのに、先生は続ける。
「夏稀くん、今日は黒井先生に会った?」
「ワリオに?一応、さっきちょっと」
「どうだった?なんか、いつもと違うと思わなかった?」
 はぁ?
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
 しまったぁ…自分から話を広げてどうすんの。でもそれが私らしいって言っちゃえば、それまでかも。
「いや…」
 と、先生は言葉を濁らせる。あーうー…そういう風に言葉を濁らされちゃうと、気になっちゃうじゃないの。
「何か気になることでもあるんですか?」
 聞いてる私。困ったモンだ。先生は頭を掻きながら、返した。
「うん…黒井先生、なんかいつもと違う気がするんだ。僕も今朝になってから気づいたんだけど、よく考えてみると、昨日の放課後以来、おかしい感じがするんだ」
 おかしいのは先生の頭ではなくて?──なんて言えないけど。
「あ、噂をすれば」
 という先生の声に顔をあげ、視線を追う私。見ると、体育館の入り口から新会長、新会計ともに連なって歩いてくるワリオがそこにいた。こっちに向かって歩いてくる三人は、気合い十分自信満々って顔で──別段、いつもと変わった風には見えないけど…
「どうも釈然としないな」
 そう?別にいいんじゃないの。変に見えるのは、先生の視点が変だからでしょ。
「夏稀くん」
 先生は真面目腐った表情で、ワリオ達を見据えたままで言った。
「怒らないで聞いてほしい」
 怒らないでって事は、私が怒るようなことを言おうとしてるって訳ね。はいはい。もう先生が何を言いたいのかなんて、わかってますってば。
「では、ただいまより生徒総会を始めます」
 というスピーカーからの声に、私は先生から視線を逸らして、その場を離れたんだった。
 でも、その間際に、
「やっぱり、あの一年二人はおかしい」
 先生はいつもよりずっと声を落として、私の耳に諭すようにして言ったのだった。
 私はというと──
 そんな言葉気にもしない──つもりでいたのに、何か引っかかって、それで──
 ワリオとその一年生二人に、視線を走らせてしまっていたんだった。
 ──バカみたい。考えすぎだってば。
 って思いながら。


 総会は、滞り無く進んでいた。現会長の話が終わる。この後に、私たち新役員の演説があって、それをしちゃうと、もう誰が何を言ったって何も変わらないって事になる。残念だったね、先生。思い通りにならなくて。
 私は、壇上から先生の姿を捜していた。
 ──いない。
 どこに行ったんだろう…しっぽを巻いて、逃げ出しちゃったとか?まさかそんなことないか。
 進行をしている評議委員の女の子が言う。
「それでは、時期生徒会執行部役員信任投票を前に、各役員立候補者の方、演説をお願いいたします」
 あぁ…とうとうこの時が来てしまった。もう後戻りは出来ないのね。
 なんて私が悲観していると、私の両脇の二人が、すっと音もなく立ち上がったのだった。
 えっ…?
 ちょっ…ちょっと、一人ずつじゃないの!?
 私の両脇に座っていた二人ってのは、つまり──
 あの一年生の男の子、二人だった。


「静粛に」
 スポーツ刈りの方の子──会計になる方の子──が壇上のマイクに向かって言う。
 静かではあった。まぁ、いつもに比べれば──と言う意味で。
 だけれど彼はそれでは満足しなかったのか、
「皆さん、静粛に」
 と、もう一度言った。
 けれど、それはむしろ逆効果だった。静かな方だった体育館は、逆にその言葉にざわつきを始めてしまったのだ。
 会計の子は、ふぅとため息を吐き出す。そしてその次の瞬間、
「静粛にっ!!」
 がんっと、彼はマイクの乗った檀を思い切りに叩いて、言ったのだった。
 きぃんと高周波の音を出してふるえるスピーカー。さすがにその声には誰もがどきっとして、言葉を飲んだ。もちろん、私も含めて。しんと、水を打ったように静まりかえる体育館。そしてその中で減衰していく音。
 静寂の中、その子は満足そうに笑っていた。
 私は──ただ目を丸くして、何もできないでいた。イスからも、立ち上がれないでいた。
 会計候補のスポーツ刈りの子が後ろへ下がる。と、今度はそこへ会長のロン毛が身を進ませる。
 彼は軽く咳払いをしてから、マイクに向かって言った。
「選挙などをする必要はない」
 口の中にこもるような彼の声。だけれど、確かにはっきりとそう言った。
「私が会長になることは、もはや決定事項となっている。民主主義だのと、弱者、少数派の意見、論理をすくい上げるような愚かな選挙など、する必要はない」
 体育館がざわつき始めた。そりゃ…そうだ…私だってこの子達が突然こんな事を言い出すなんて、思ってもみなかったもの。
 やる気のある、いい子達だと思ってたのに…そんなまさか──
「頭の良い者ならばわかるはずだ。今、世の中が必要としているのは、有力なる指導者だ。民主主義のなれあい選挙などで選ばれた、中途半端な指導者などではない」
 ざわつきに負けない彼の声。少しずつ熱を帯びて、大きくなっていく。
 誰にも──もちろん私にも──彼らの暴走を止める事は、出来なかった。
「人間は、本来皆平等などではない!支配する者、指導者となるべき者はなるべくして生まれ、支配される者はされるべくして生を受ける!ところが現代の社会を見よ!秩序は乱され、弱者達は自らの能力以上の要求を持ち、通そうとしている。これでは、この国が滅びることは目に見えている!!ならば、今我々がしなければならないことは何か!?」
 何か──って…何?今、私たちがしなくてはならないこと?
 彼は声を張り上げて、言った。
「今我々がしなければならないことは、階級差別の徹底である!!本年度より本校は、完全成績別クラス分けを行うこととする!!」


 彼の熱を帯びた演説の余韻が、しんと静まり返った体育館に吸い込まれていった。私たちに、彼の言葉の意味を考えるだけの力はなかった。ただ、何もできないでいた。誰も、こんな時にどうしたらいいのかなんて、教えてはくれなかったから。
 誰かが、静寂を破って拍手を始めた。ワリオ──黒井先生だった。
 それに、あのスポーツ刈りの子が続く。二人から始まった小さな拍手が、気がつくと、体育館の両脇に立って総会を見守っていた先生達全員の拍手に、変わっていた。
 ど…どうして?
 私の周りの生徒会役員達も、拍手をしてる…体育館に座っている生徒達の何人かも、いつの間にか拍手してる。
 ど…どうして?
 どうして?みんな、それでいいの?
 けど、私も気がつくといつの間にか、その両手を膝からあげて──









       4

「みんな、それでいいのかっ!?」
 私の手が打ち鳴るされることはなかった。
 その突然に体育館に響いた声に。
「みんなはそれでいいのか?」
 そう言って体育館に姿を現したのは、先生だった。
 なんでだろ。なんか──嬉しくなって来ちゃった。
「君たちが望んでそうするというのなら、私もそれを止めはしない」
 先生はそう言いながら、生徒の間を縫って体育館の真ん中間、バスケットコートのセンターサークルへと身を進ませる。
「しかし、それが本当の君たちの出した答えでないとするのならば、私は何度でも聞こう。君たちは、本当にそれでいいのか!?」
 しんとした体育館に響く先生の声。
「それこそ詭弁だ」
 その声をうち消すような、スピーカーからの声。口の中にこもるような、あのロン毛の子の声。
「それこそまさに弱者、少数派の、力を持たない者の、自分を正当化するための意見だ。誰も、惑わされてはならない。惑わされる者こそ、真の弱者である」
 ──そうなの?
 そうかも知れない──頭の良くない、私みたいな、弱者の、弱い子の意見かも知れない。
 けど──
「下がりなさい」
 と、スピーカーから響いたのは、ワリオの声だった。
「先生、これは生徒総会ですよ。我々教師の出る場ではない。彼らが、彼らの自主的行動において彼らの──」
「言いますね」
 先生はワリオの言葉を遮るようにして言って、笑った。檀下のワリオが、先生の言葉に苦虫を噛みつぶす。
「なら、自分がまずその場を離れたらどうです?」
「何を──私は生徒会の指導員として──」
「正体は、分かっているんですよ」
 そう言って、先生はすっと壇下のワリオを指さし、
「さぁっ茶番は終わりだ、偽ワリオ──いや、偽黒井っ!!」
 きっぱりはっきりと、言った。
 はいぃー?


 ざわつく体育館。そして響く声。
「何を根拠にそんなことを言うんですか?」
 女の子の声。体育館に立ち上がったその女の子は、あの赤い髪の女の子だった。
 彼女は、キッと先生のことを睨み付ける。
「根拠?」
 呟くような先生の声に、再び体育館は静まり返った。
「なに、ごく簡単なことだ。──いいだろう。ならば、今暴いてくれよう!」
 先生はゆっくりと檀下のワリオに向き直り、真っ直ぐにワリオを指差す。
「愚かな偽者めっ!!」
 そして、言った。
「貴様の額には大きくマジックで『ニセ』と書かれているのだっ!!」
「なんだとっ!?」
 って、ばっと自分の額を覆う偽ワリオ。
 んー…何かいま、すっごく先生が現れて喜んでた自分が惨めになってきた。
 にやりと微笑む先生。
 はっと、今更気づいたかのように、目を丸くする偽ワリオ。遅いって。
 あの赤い上の女の子が、ため息混じりに言った。
「嘘です…そんなの」
 なんか──体育館がいろんな意味での沈黙に包まれていた…


「くそうっ!計画変更だ!!」
 沈黙を破るように叫ぶ偽ワリオ。要するに開き直ったとも言う。
 正体を暴かれた(?)偽ワリオは、叫びながら壇下で身を翻すと、自らの身にまとっていたスーツをばっと脱ぎ捨てた。
「正体を現したな偽者めっ!」
 叫ぶ先生。なんか異様に元気。
「よくぞ私の正体を見破った!だが、所詮はそれだけのことだ!」
 偽ワリオの変装を解き、その中から姿を現したのは──鼻眼鏡。伸びすぎという感じの眉毛。ぐしゃぐしゃの髪の、どこかにいそうで絶対いない──という感じの老人であった。
「貴様!何者だ!」
 びっとその老人を指差す先生。老人は腕を振るい、何故か白衣のその裾を翻らせて言った。
「私の名はドクター・フューチャ!この世界の未来のため、若者を導かんとする者!」
「なにぃっ!?」
 先生はぎゅっと歯をかみしめる。
「ドクター・フューチャだとっ!?」
「その通り!さぁ、おしゃべりはここまでだ若造っ!」
 ドクター・フューチャと名乗った老人は再び腕を振るい、
「新会計──いや、ロボ二号、ヤツを黙らせろ!」
 と、壇上に立っていた会計──スポーツ刈りの方──の子に命令して、先生を指差しのだった。
 次に瞬間、新会計の目がカッと光ったかと思うと、そこから強烈なレーザー光線がほとばしり──
「な…っ!?」
「先生逃げてっ!」
 その光線は、先生の頭上にあった巨大なスピーカーを、真っ直ぐに射抜いたのだった。


「先生っ!!」
 砂煙みたいなものがもうもうと舞う体育館は、混乱に包まれていた。
 私は、考えるのよりも早く駆け出していて、壇上から飛び降りていて、逃げまどう生徒達の間をぬって、体育館の中央に落ちたスピーカーに駆け寄っていた。
「…せんせ」
 落ちたスピーカーは、六個の大きなスピーカーが円形に組み合わされた物で、先生は丁度その中に囚われるような格好で倒れていた。
 下唇をぎゅっと噛んで、私はスピーカー同士をつなぐスポークを揺する。
「先生っ、ねぇ先生ってば!」
 けど、先生はぴくりとも動かない。
 ぎゅっと目をつぶった私は、あの、昨日感じた、なんか黒い重たいヤツが、またおなかの辺りに生まれていたのを、感じていた。


「みんな、逃げないでっ!」
 何でだろ…
 自分で自分が信じられなかった。だって、そんなこと、私がするとは思わなかったんだもん。
 ホント、笑っちゃう。だって、ついさっきまで私も──今私がしていることと同じ事をしていた人の言葉を、信じていなかったんだもの。
 私の精一杯の声に、体育館が一瞬、静まり返った。
「みんな、本当にそれでいいの!?」
 私は言う。先生が、私に、みんなに聞いたのと同じように。
 勢いよく振り返り、真っ直ぐに、檀下に立つドクター・フューチャとか言う奴を見据えて、言う。
「みんな、本当にそれでいいの!?」
 ドクター・フューチャは、その私を見て笑った。
「ほぅ…次はお前か。私の考えに楯突こうという、愚かな行為をする者は」
「稲葉 夏稀さん、貴方邪魔しないって、私に約束してくれたじゃないですか」
 と、いつの間にかドクター・フューチャの脇に立っていたあの赤い髪の女の子が言う。
 やっとわかった。彼女、ドクター・フューチャとグルだったんだ。それで、私のことを操ろうとしていたんだ。先生のこと悪く言って──それで──こめん、先生っ。
 私がもっとしっかりと、真実を見通せる目を持ってたら。
「愚かな娘だ」
 ドクター・フューチャは、私を見下すような笑みをその口許に浮かべて、言った。
「何故私の理想を、理解できない?」
「その通りですっ!」
 と、あの赤い髪の女の子。ドクター・フューチャの脇で、握り拳で楽しそうに言う。
「フューチャ様はこの学校に究極の階級社会を作り、大衆心理操作における集団力学のベクトル的見知による──よる──えーと…」
 ──彼女もわかってないんじゃ…
 赤い髪の女の子は、ドクター・フューチャの視線にこほむと咳払い。
「要するに、先生方や生徒会の方々をマインドコントロールして、フューチャ様を中心とした管理社会を作ろうというわけですっ!」
 要せるだけ要して、言った。
「そんなこと、させないっ!」
 力一杯、言っている私。
「愚かな…力をもたぬ弱者は、いつも時代に逆らい、吼える。お前もそうか」
「フューチャ様、ちなみに夏稀さんの偏差値は──」
 むっかぁと来たっ。
 ああそうですよ!私は頭良くないですよっ!!偏差値低いですよっ!!赤点取って追試したことだってありますよっ!!
 生徒会だって、どーせ、何にもしない副会長でいいやって思ってた人ですよっ!!
 けど──けどね!
「そうよ!私はあんまり頭良くないし、きっとあなた達の言う階級社会の中じゃ、バカで、支配される側の人間だと思う!だけど、そんなことはわかってるけど、けど──」
 けど──なに?
 私が本当に言いたい事って、何だろう…両手をいっぱいに広げて体育館の真ん中に立って、一人で、一生懸命になって叫んで、逃げまどうみんなの足を止めて──それで私の言いたい事って、なに?
 けど──みんな──
「みんなは、誰かが決めた偏差値とか、階級とか、価値観とか、そんなものに縛られて、自分を捨ててしまってもいいの!?」
 私は、みんなに向かって、言っていた。
「みんなは、誰かにコントロールされて、自分自身を、見失ってしまってもいいの!?」
 そう、私はきっと彼らの言う階級の中じゃ、支配される側の人間。だけど──
「私は、嫌だっ!!」








       5

「愚かな、意見できる力も持たぬ者よっ!身の程を知れっ!」
 ドクター・フューチャは叫ぶ。そして、脇に控えていた女の子に目配せをする。
「やってしまえ、クラスシックス!」
「はいはーいっ!」
 クラスシックスと呼ばれたあの赤い髪の子は、
「一般戦闘員の皆さーんっ!やっと出番ですよーっ!!」
 なんて言って、両腕を振るったのであった。
「うぃーっ!!」
 って、体育館の両脇に立って事の成り行きを見守っていたと思っていた先生方が、両腕を振り上げて叫ぶ。
 はぃいいぃぃぃぃっ!?
 もしかして、先生方って──全員戦闘員だったんですかぁっ!?


「ならば、力を持てばいいだけのことだっ!」
 背後でした声。
「先生っ!?」
 振り返ると、スピーカーの隙間から、先生が私に向かって真っ直ぐに手を伸ばしていた。
「使え、夏稀くん!こいつを使えば、ドクター・フューチャの野望をうち砕くことができる!」
 先生の手の中にぎゅっと握られていた物。それは、青いペンダントみたいな物だった。大きさは七、八センチ。角のない二等辺三角形といった形で、半透明。よく見ると、中に基板みたいな物が入っている。
「これ…」
「説明している暇はない。そいつを手に、言うんだ。『Set Free Milky's』と!」
「──…」
「あっ!何だその目っ」
 いや…だって、それはちょっと…ねぇ?
「君がここで変身しなきゃ、この小説の意味がないだろ!」
「はぁ?」
「とにかく──」
 先生は気を取り直すように咳払い。
「夏稀くん、君にならできる。奴に支配されるのは、誰かに自分をコントロールされるのは、もう嫌なんだろう?」
「──…ん」
 先生の言葉に、ぎこちなくだけれど、頷く私。
「それが君の、身君自身で出した答えだ。夏稀くん。ならば、今君がしなければならないことは何か!?」
 背後でした物音に、私は振り向いた。
 そこには、ドクター・フューチャの言うところの一般戦闘員の皆さんが、じりじりと詰め寄ってきていたのだった。
「!?」
 ぜ…絶体絶命!?
 私は、ぎゅっとそのペンダントを握りしめていた。
「夏稀くんっ!」
 先生の声。
「やっちゃってくださいっ。一般戦闘員の皆さんっ!」
 クラスシックスの声。
「うぃーっ!!」
 一般戦闘員の皆さんの声。
「いやあぁぁああぁっ!!」
 私の声。
「Set Free!」
 私はぎゅっと、そのペンダントを握りしめた。
「Milky's!!」
 私の声にあわせて、手の中の青い宝石が、真昼の太陽のように輝き始めた。


 輝きが体育館を包む。
 そこにいたすべての人が、驚愕に息をのんだ。
「なっ…何だこの光はっ!」
 ドクター・フューチャの叫び。クラスシックスも目を丸くする。
 そして、光は弾け飛んだ。
 一緒になってはじき飛ばされる一般戦闘員の皆さん。
 そしてその光の中から姿を現したのは──私。
 でもその私も、驚きに目を丸くしちゃってたから、あんまりかっこいい登場の仕方には、さすがにならなかったかも知れない。
「やったな夏稀くん」
 先生の声。見ると、先生を囚えていたスピーカーの枠は、激しい光の奔流に吹き飛ばされていた。
「よくわかんないけど…これ──」
 私は、その時になって初めて、自分の姿をまじまじと確認したのだった。
 うそぉ!ちょっ…ええっ!
 変身したんだってとこまでは、理解できていた。けど…ちょっと…やっぱしはずかしぃ。
 変身した私。基本色はピンクの──まぁ、その色は可愛いとは思うんだけど──なんとなーくスタイルの基本が、『バニーガール』って感じで…頭に手を当てると、ちゃんと耳があったりして──しかも超ミニ!
 足が…足が…あんま見せたくないよう!
「こ…これって、先生の趣味?」
 世に言うジト目というやつで聞くと、こほん、と先生は咳払いをして、返した。
「半分くらいだ」
 半分も入ってりゃ、十分だ。
「先生、彼女いないでしょ」
「だまれ。敵は僕じゃなくて、あっちだ。彼女イナイ歴なら、あっちのが長そうだ」
「失敬だな小僧!」
「そうですっ!」
 何なんだ一体…


 ともかくも──
「なんだか知らんが、いろんな意味で面白いっ!」
 ドクター・フューチャはそう言って、白衣の裾を翻らせた。
「儂に楯突こうというのなら、それはそれで結構。勝負だっ」
「望むところだっ!」
 と、握り拳で言う先生。オイ、けど戦うのはあんたじゃないだろう。
「行けっ!クラスシックス!」
「負けるな夏稀くん!」
 ──なんだかなぁ…
「はいはーいっ!」
 と、楽しそうなクラスシックスの声。
「洗脳ロボ二号!いけぃっ!!」
「ぽあーっ!」
 彼女の声に、洗脳ロボ二号──新会計の、スポーツ刈りの方の子──の変装が解け、中から機械仕掛けのロボットが姿を現した。
「先生っ、武器ないの武器!?」
 あの洗脳ロボ二号ってやつ、目からビーム出すじゃないっ!?あんなのにあたったら、死んじゃうよぉっ!!
「腰に銃が装備されている!それを使うんだっ!」
「って、言いながら逃げないで先生っ!」
「僕はもうあれで十分痛い目は見たっ!」
「もおぉぉおーっ!!」
 半泣き状態で叫びながら、腰に手を伸ばす。私の背中にあったプロテクターの内部で何かが回転して、そこから交番の警官が持っていそうな大きさの銃が、勢いよく飛び出してきた。
 私はそれを、ぎゅっと握りしめる。
「くらえーっ!」
 と、洗脳ロボ二号に向けて、立て続けに引き金を三回ほど引いた。
 びっくり。
 飛び出してきた弾は、SF映画に出てくるような光の弾だったんだ。いや、もうこの状況になっちゃってる時点で、その程度のことでは驚かないんだけど──その破壊力の凄まじさに、私は目を丸くしちゃったんだ。
「…は?」
 弾を受けた洗脳ロボ二号は、粉々に吹き飛んでいた。あの…ゲームセンターとかにゾンビを鉄砲で撃ってくゲームとかってあるじゃない?あれでやられたゾンビみたいに、洗脳ロボ二号は、下半身だけになっちゃって…活動を停止していたのだった。
「せ…せんせいぃ…これ…これっ」
 なにこれぇ!怖すぎるぅっ!
「おかしいなぁ…」
 と、先生は私から数歩離れたところで、首を傾げて悩んでいる様子。
「このHSGF G M36は小型銃として作ったはずなのに、さすがに今のは出力が大きすぎるぞ?」
「大きすぎるって…先生何か間違えてるんじゃ──」
「おおっ!」
 悩んでいた先生は、ぽーんと手を打って、目を大きく見開いた。
「しまった。途中式を光子一個のエネルギーで換算してた!アボガドロ数をかけるのを忘れていたんだ!」
 えっ…?光子一個?アボガドロ数?なんかどこかで聞いたような…でもそれって何だっけ?
 って私が悩んでいると、ドクター・フューチャがぽつりと、言った。
「お前、モル数の計算を光子一個で換算してたら、アボガドロ数倍、6.02×1023倍も違うじゃないか」
「さすがはドクター・フューチャ…」
「せんせいっ!それってすっごい違うじゃないですかっ!」
 一千兆倍越えてるじゃない!
「些細なことだ」
「全然違うっ!」
「くっ…やるな若造っ!」
「あんたもあんた!それでも話を進めようとしない!」
「こっちに向けるな小娘ーっ!」
「怖いですぅ!」
 あーあーそうよそうよ!私は破壊の女帝よーっ!!
 開き直ってやるから!
「観念しなさいドクター・フューチャ!あなたの野望も、これまでよ!」
「まぁ、計算上でも一千兆倍ものエネルギーを出す銃を向けられちゃな…」
「先生…?」
「こっちに向けるな!」
 もぅ、いい。
「さぁ、観念しなさいドクター・フューチャ。生徒の心を操り、大衆心理操作におけるグル──グル──…」
「集団力学のベクトル的見知。わからないなら、使わない」
「先生?」
「だからこっちに向けるなーっ!」
「ともかくも、みんなを操って、個性を奪う、学力だけの階級社会なんて、私が作らせないっ!」
 私は銃の照準にドクター・フューチャをとらえて、言った。
「誰の心も、誰かが操る事なんて、できないんだからっ!」


「ふっ…小娘が」
 と、ドクター・フューチャは笑い、目を伏せた。観念──するはずがない事は言うまでもない。
 かっと目を見開くドクター・フューチャ。ぶわっと大きく腕を振るう。その次の瞬間、
「なっ…!」
 何故か強烈な突風がまき起こり、私たちは思わず目を閉じてしまったのだった。
「ドクター・フューチャ!?」
 私と先生の声が重なる。
 その突風に私たちが目を閉じてしまった一瞬の内に、奴はこつぜんと姿を消してしまっていたのだった。
 体育館中に、笑い声とともに、奴の最後の台詞が聞こえてくる。
「小娘、そして若造よ!今日は存分に楽しませてもらったぞ。今回は身を引いてやる!」
「…一千兆倍だからな」
「先生…」
「だが、この現代はお前達のような人間ばかりではない!世界は、大多数の人間達の思考に流され、誤った方向へと進もうとしている!私は、この世界を変えて見せるぞ!!」
「誤った方向へ進もうとしているのはお前だっ!そんなこと、させてなるものかっ!」
 と、握り拳つけて叫ぶ先生。けど──結局自分は直接戦わなかったくせに。
「まてっフューチャ!決着はまだついていないぞ!!」
 宙に向かって叫びながらそう言った先生の声に、
「ではでは!」
 あの、彼女の笑うような声が、答えたのだった。
「洗脳ロボ一号、オートモードにて戦闘開始っ!」
 はいぃぃいっ!?
 見ると、あの新会長の子が──ロン毛の子が──置き去りにされた洗脳ロボ一号が、
「ぽあーっ!」
 と、その変装を解いて、目を輝かせて両腕を振り上げていたのであった。
「うそぉおおぉっ!?」
「夏稀くんっ!行けっ!!」
「ちょっ…だって、ヤダっ!」
 洗脳ロボ一号は、両腕を振り上げたままの姿勢で、機械的な声で、言った。
「『地震発生装置』起動開始」
 ぴかっと光るその目。
「ええーっ!!」
 見ると、洗脳ロボ一号の身体の各部から変なコードがにょきにょきと伸びていって、地面に突き刺さっていくではないか。
「夏稀くん!あれを切れ!ついでに奴もたたっ斬れっ!」
「どうやって!?」
「左腰の前、そこのパックの中にライトセーバーが入ってる」
「これ?」
 左手に銃を持ち替え、言われた場所にあった長方形のパックから飛び出している円柱物を握る私。すっと引き出すと、それはふぉんという音を発して、ピンク色の光の剣を生み出したのだった。
 思わず唖然。
 だけど──なんかちょーうれしくないっ!?こーゆーの!!
「行けっ夏稀くん」
 今回ばかりは、先生に従っちゃうっ!
「了解っ!」
 左手に持っていた銃をぽんと先生に手渡し──先生はそれを落とさないようにと大慌てだった──私はそのライトセーバーを、ぎゅっと両手で握り直した。
 ふぉんという音を発する光の剣──ライトセーバー。
「ぽあーっ!」
 洗脳ロボ一号の目が、再び光る。
「『地震発生装置』準備完了。安全装置解除」
「そんな物騒な物、使われてたまるかっ」
 駆け出す私。
 私はライトセーバーを振りかぶって洗脳ロボ一号に肉薄すると、
「起動しま──」
 奴の言葉が言い終わりのよりも早く、
「あんた達なんかに、偏差値が高いだけで偉いと思ってるような連中なんかに──」
 私は、光の剣を思い切り袈裟懸けに振り下ろした。
「操られてたまるもんかっ!」
 流れた光の奔流は、爆発とともに、辺り一面に粒子となって飛び散った。









       6

「ごめんね、先生」
 帰り道。
 私はわざと素っ気なく、言って見せた。
「なにが?」
 隣を歩く先生が、首を傾げて聞き返す。
 傾き、沈もうとする陽。私と、先生の二人の影を映すアスファルト。
 駅へと向かう十分間の道のり。なんでかな?昨日はあんなに嫌で早足してたのに、今日はわざとゆっくり歩いてる。
 困ったモンだ。
 生徒総会は、なんとか収拾がついて、無事に(?)終わったのだった。私が新会長を壊した後、ワリオ他、本物の先生方が血相を変えて体育館に飛び込んできて──何とか生徒全員を教室に帰し、波乱に富みまくった今回の生徒総会は、終焉を迎えたのだった。
「なにがごめん?」
 先生が私のことを見て言う。
「んー…まぁ、いろいろ」
 私は頭を掻いて、
「私がもっと早くに先生の言うこと聞いてれば、こんな事にはならなかったのかなって」
 ちょっと素直に言っちゃったりなんかしちゃったりして、自分でびっくり。
「その通りだ」
 なんて言う先生に、ちょっとむっ。
「じゃ、あれだな夏稀くん」
「はい?」
 先生は楽しそうに笑って、言った。
「今度は生徒会長、やってくれるってわけだ?」
「いえ、それとこれとは話が別です」
 きっぱりと、私。
「…なんだ」
 先生はおどけるように、肩をすくめて見せた。
「ま、それを決めるのは僕じゃないしね」
 私はただ、笑っていた。


 駅。
 先生は下り電車なんだって。
 ま。言うまでもなく、私は上り電車ってわけ。
「じゃ、先生さようなら」
 って、改札口を抜けてぺこりと頭を下げる私。
「うん、そうだね」
 先生は小さくため息を吐き出して、笑った。
「夏稀くん?」
「はい?」
 小首を傾げて返す私。先生はその私に向かって、
「いいね。なにがあっても、今日のことは忘れないように。今日、君は大事なことを学んだんだから」
 そう、諭すようにして、言った。
 何言ってるんだか。なんて、私は笑う。
「はーい」
 と、軽く答える私に、先生も、満足そうに笑っていた。
「じゃ、先生。ばいばい」
 私は軽く手を振る。
「ああ、元気で」
 そう言って、先生は下り電車の 待つホームへと、上がっていった。


 え?
 上り電車のホームへと上る階段を、半分位の所まで私はとんとん拍子に上がっていった。そしてそこで、ふと立ち止まった。
 先生、なんて?
 あわてて、階段を駆け下りる。
 先生、なんて言った!?さっき──
 駆けのぼる階段。下り電車の待つホームへの階段。
 先生、「元気で」って言った。そんなの、普通の「さよなら」の挨拶じゃない!
 どういうこと?ね…先生っ!?
 息が切れる。足が、ついてこない。
 なんでよもぉーっ!
 聞きたくない電子音が、私の鼓膜を揺さぶった。


 ホームまで駆け上がった私は、その場で立ちつくした。
 ホームに人影は、もうなかったんだ。
 なんでよ…もぅ…
 なんか、あの黒い重たいヤツが、またおなかの辺りに生まれて、私を立てなくさせる。
 沈む直前の真っ赤な陽が、ホームに光を投げかける。暮れゆく日。
 思わず、ため息が出る。
 何でだろう…
 先生、あの「さよなら」の台詞は、つまり、そういうことなの?違うよね。また、明日あえるよね?そうだよ。嘘だよ、冗談だよ。きっと私が振り向くと、先生、私の後ろに立っていて──そう、きっと初めて生徒会室の前で会った時みたいに──
 私は息を大きく吸い込んで、振り向いた。
 ずっとむこうにまで広がるホーム。
 誰もいない、静かなホーム。
 先生は、やっぱりいない。
 私は、ディバッグを背負いなおして、小さくため息を吐き出した。


 後から知ったことだけれど、先生は元々、事故や産休なんかで教員の欠員が出たときに派遣されてくる、ヘルパー教師みたいなものだったんだそうだ。
 私たちの学校に来たのも、英語の何とかって先生が事故で入院しそうになったからだったそうで、結局その先生が入院することにならないとわかったとき、先生は、私たちの学校から、出ていくことになったんだそうだ。
 ため息を吐き出す私。
 そのため息に、うつむいた拍子に、私は、自分の胸にあるそれに気がついた。
 どうしよう…これ…
 そっと、制服の中から小さな宝石のようなそれ──青いそれを取りだし、きゅっと握りしめる私。
 なんでだろ…すっごく、胸が苦しい。
 ホームを駆け抜ける夕風が、私の髪を揺らした。
 なんでかな…ほんの数日の間だけだったけど、先生には、すごくお世話になった気がする。今まで、何年間も学校という場所で、何人もの先生からいろんな事を学んだけど、先生からは、誰も教えてくれなかった──けど、一番大事なのかも知れないことを、教えてもらった気がする。
 私が、私であること。
 自分で、自分を決めること。
 自分で、自分を、コントロールすること。
 先生、言ったよね。なにがあっても、今日のことは忘れないように。今日、君は大事なことを学んだんだからって。


 じゃあ先生。
 これ、もらってもいいよね。
 もしも私が何か、大きな力に──権力とか、お金とか、いろんな物に──コントロールされそうになったとき、この力、使ってもいいよね?
 この青い宝石、お守りにしてもいいよね?


 きゅっとあの青い宝石を握りしめたまま、私は、ゆっくりと階段を下りていった。









       7

 一夜開けて翌日──
 登校するときも、なーんか、みんなの視線が気になって気になって…
 昨日の一件で、今や私は学校一の有名人になっていた。まぁ…しょうがないと言えばしょうがないのかも知れないけど…あぁぁあ!しかし…なんか…はずかし…
 でも、うつむいて歩いてるとやっぱり危ないもので、
「おおっ!」
「あっ、すみません!」
 私は、危うく誰かとぶつかりそうになってしまったのだった。
「すみません。よそ見をしていたもので」
 まずは謝り──
「何だ、稲葉じゃないか」
 って、聞き覚えのある声に顔を上げると、そこに立っていたのは、あのワリオだった。
「あ、先生」
「丁度よかった!」
 と、ワリオはぽーんと手を打つ。
「稲葉、ちょっと来い」
「は…はい?」
 私はワリオに手を取られ──もちろんあんまり嬉しくはない──今通ってきた校門の方へと、連れて戻されてしまったのであった。
「な…どうしたんですか先生?」
 なんて言う私の声が聞こえているんだかいないんだか、ワリオは私の手を引いて、ずんずんと歩いていく。
 もぉー…離してよー…遅刻しちゃったらどうするのー…
 苦笑いで引っ張られていく私。
 向かう先らしい校門脇には、なんだか知らないけど人垣ができいて、その人垣を作っていた人たちは、ワリオと私が近づいていくと、おおーっとどよめき出すのだった。
 な…なにごと?
 人垣が割れる。その先にあるのは──ああ、学校行事の予定とかいろんな物が掲示されている、掲示板じゃない。ここ半年くらい、見てもいないやつ。
 これがどうかしたの?
「見てみろ稲葉っ!」
 と、ワリオ。嬉しそうに掲示板を指差す。
 はいはい、見ましょう──と、渋々ワリオが指差す先に視線を走らせた私は、そこに書かれていた文字に、思わず目を丸くした。
 『生徒会役員信任投票開票結果』
 いや、それが結局行われたんだって事にも驚いたんだけれど、それよりも驚いたのは、その一番上に書かれている名前と、その役職。
 稲葉 夏稀。
 で──
「かっ…かいちょぉっ!?」
 そこにはしっかりと、『会長』と明記されていたのだった。
 な…なんで…
 って視線をワリオに送ったのに、
「凄いことだぞ稲葉。見ろ。全校生徒一一六七人中、一一六三人が投票して、九九・八パーセントの信任票だ。史上最高の得票率だぞ。文句なしの、会長だ!」
 ばーんと、ワリオは私の背中を叩いて豪快に笑う。
 な…なんで!?どうして!?
 どーしてそうなっちゃうわけ!?
「おめでとう稲葉さん!」
「先輩、がんばって下さい。応援してます!」
「稲葉さん、貴方のお姿に惚れました。一生ついていきますっ!」
 なんて、掲示板を囲んでいた人たちが口々に言う。
 ちょっと、ちょっと、ちょっと!
 なんでぇっ!?
 「ま、それを決めるのは僕じゃないしね」
 って言った先生の言葉が、不意によみがえった。
 いや…だって…ええっ!?
 人垣の中の誰かが、拍手をし始めた。目を丸くしている私をそのままに、その音はどんどんと大きくなっていって──
 ええっ!?なんで…
 なんでよぉおおぉっ…!!
「センセェっ、やっぱダメですー!!」
 泣きそうな私の声は、春の空に吸い込まれていっちゃっただけだった。




第一話 おわり