studio Odyssey


キャンパス - 第三章

writtenby : 丸満

 駅前のバス停の手前。
 一本だけ、木が立っている。その木が立つ地面は、ちょうど人の膝くらいまでの高さがあって、タイルブロックで囲まれていた。
 だから、その目印の場所には、待ち合わせの人がよく腰を降ろしていた。
 俺たちもまた、いつもそうだった。
 指先に熱を感じて、俺は視線を落とす。煙草の火種が、フィルターまであと少しというところまで来ていた。マズイ…いつの間にこんなに…
 手を伸ばして、灰皿に煙草を消す。そう、この待ち合わせ場所には、大きな灰皿が二、三メートルおきに置かれているのも、ポイントだった。アイツら全員、ヘビースモーカーだからな。
 俺は思いだし笑いをしながら、新しい煙草に火をつけようかどうしようか考えた。おかしい。学生の頃は、煙草なんか、ほとんど吸わなかったんだが…
 アイツらの影響か!?副流煙中毒ったか!?
 などと考えながら、バカだと思いつつ火をつける、もっとバカがここにいる。あたりは陽が落ち始めて、冬の残りの寒さに包まれはじめていた。とは言っても、東北出身の俺は寒くも──訂正、やっぱり寒いものは寒い。
 人待ちのそぶりを見せずに、俺は煙草を吸っていた。
 しかし、本当に奴らは来るのか?突然の、メール。『約束の日に、約束の場所で』
「どこだよ…」
 小さく悪態を付きながら、俺は駅から降りてくる人を眺めていた。約束の場所が、どこだかわからなかったからだ。わからなかった理由は簡単で、ありすぎるから。
「──節操ナシだったからな」
 呟く。節操ナシと言えば、アイツら、ナンパーズでもある。よもやとは思うが、いつだかみたいに、ナンパしていたりしないだろうな。
 俺は辺りを見回した。──いなかった。俺は少しほっとした。奴らの事だ。男との待ち合わせなぞ、簡単に蹴るだけの気概は十分すぎるほどに十分だ。
 俺はまた、駅から降りてくる人波に視線を送った。ここから、奴らの誰かは降りてくるに違いない。待っていれば、きっと。今日が、『約束の日』であれば。いや、たぶん、そうだと思うが。
 三月二二日。
 あの絵が、最後のサインにできあがった日。二年前の、俺たちが最後に顔をつき合わせた日。卒業の日。
「今日だろ」
 誰にとでもなく、呟く。そして、駅から降りてくる人波を眺めている。もしもこのまま、誰とも出会わずに終電まで行ってしまったとしたら──俺はバカだろうか。
 考えてみて、思い出す。しまった。終電が行っちまっても、そのあと二時間は待たなければならないじゃないか。いつだったか…飲みに出て、終電がなくなって、奴らとこの駅前、そう、俺が今見ている駅前のあの入口のところで、トランプの大富豪に興じたじゃないか。地べたに座り込んで、「革命ー!」「なにッ!?」「そして8流しー」「待て!!貴様、あと一枚ではないか!?」「そのとおし!そしてあがりだ貧民どもめ!」「最後に革命してあがるな〜!!」「ぐああ〜、2が、2が、2がぁぁ!」「よっし、よくやった!俺、3が三枚っ」「だろ」「結束すんなーッ!!」
 …バカだな。
 道行く、終電に乗れなかった人たちに眺められながら、そんなことしていたな。なつかしいな。懐かしすぎて、バカ臭さの方が先行するが…
 俺はゆっくりと立ち上がった。煙草も、ちょうど二本目が終わるところだった。
 俺は、少し歩き回ることにした。他の場所に、もしかしたら、誰か居るだろうか。たとえば──
 俺は駅前のスクランブル交差点に向かって、小走りに走り出した。
 信号が点滅をはじめていた。
 
 
「知らなかったなぁ」
 俺は呟く。
「ここのことじゃ、なかったんかなぁ」
 目の前には、白い鉄板が立っていた。工事現場のアレ。つまるところ、工事中。「あれー?」
 想い出の公園だ。初めて俺たちが飲んだ飲み屋が、ちょうどこの公園の斜向かいだった。それで俺たちは飲んだあと、コンビニでアイスを買って、夜のこの公園でバカみたいに遊んだんだ。そうだ。アイツが確かブランコに乗って、酔った勢いで思いっ切りにこぎまくって、後ろに生えていた木の枝に頭をぶつけたんだ。「愚か者がいる〜」「ぬおぉぉ…」「バカだな」「アホだな」「通り越して、人間じゃねーよ」「ひでぇ…」
 俺はその白い鉄板の脇から中を覗き込んだ。工事中──しかし、公園を全部封鎖して、どこをどう工事するものなのか、ちょっと見てみたかったというのもある。
「だろうな」
 案の定、工事中と言うくせに、公園の中はあの頃と変わらなかった。ただ、工事用にブルトーザーやショベルカーが入っている程度だった。
「問題なし」
 と、判断し、俺はその鉄板の隙間に身を滑り込ませる。
「何してんだ」
 突然に言われ、俺は左足を突っ込んだ姿勢のままで、硬直した。
「工事中の立て札が、見えんのか」「見えます」「なら、入るな」「もう左足は入ってしまいました」
「なら、仕方がない。全身入るも、左足入るも、同じだからな」
 そう言って、奴は笑った。
「ジャンボ」
「ナマステ〜」
「どこの生まれだ!?」
「お前だ、お前!」
「俺は東北だ」
「ジャンボはスワヒリ語だっ!」
「しらん!」
「知らない言葉を使うな」
「じゃあ、ナマステはどこだよ」
「インド」
「ちっ」
 ことさら悔しそうに、奴は舌を打った。どうでもいいんだが、「あのな、左足をあげたままの姿勢というのは、非常に疲れるのだが…」
「じゃあ、入ればいいだろう」
「だな」
 そして俺たちはその公園の中へと入って行った。「やっぱり、約束の場所って、ここだったんか?」「さあ?」
 奴は首を傾げながら返した。公園のブランコの上。俺はコンビニ袋から缶コーヒーをとりだした。そして肉まんをとりだして、「ほら、半分」「お、サンキュー」
「俺、さっきまで駅前に居たんだけどな」
「あー、駅ね。確かに駅前という事も考えられる」
「だろう」
「っていうか、場所くらい決めやがれ!」
 俺は思い切りに行って、コーヒーのプルタブをあげた。
「相変わらずに、物事をテケトーにすすめやがって」
「そういう人間の集まりだからな」
「面白いかもしれんが、格好良くはないと思うぞ?」
「格好いいは、人それぞれだったりするからな」
「それはある」
 肉まんを頬張りながら言う奴に、俺も肉まんを頬張りながら返す。「とりあえず、こっちは二人になった。奴ら、まだ一人でうろうろしていたりするんだろうな?」
「かも、しれないな」
 肉まんをもぐもぐとやりながら、そして奴は言う。
「どれ、状況を調べてみよう」
 ふと、思った。
「なぁ…」
「何?」
 奴は言いながら、携帯でメールを打っている。
「初めから、そうすればよかったと思わん?」
「…」
 奴はぽかんとしていた。何を言っているんだという風に。
 そして一言、小さく呟いた。
「──たしかに」
「俺ら、そろってバカだ」
 そして俺は煙草をとりだして、それに火をつけた。
 
 
 やがて、もう一人、工事現場に姿を現す。
「あー、悪い子だー」
 なんて、ブランコの上からの声。奴は返す。
「うるせぇ、お前がここに呼んだんじゃねーか。俺は、さっきまでマックにいたんだ」
「ハズレだったな。そこは違う」
「っていうか、一番始めに電話使って呼び出した奴が勝ちなんじゃねーか?」
「じゃあ、俺たち勝ちだ。敗者め。靴をなめろ」
「殺してやろうか?」
「お、アイツからリメール来たぞ」
「なんだって?」
「えっと…ちょっと遅れるってよ。おまけをつけていくって」
「おまけ?」
「なんだ、おごってくれるのか。ごちそうさま」
「遅刻はいつも通り、10秒100円だからな」
「じゃ、『ごちそうさま』とメールを…」
「相変わらず、俺たち、バカなことばっかやってんな」
「お前もな」
 俺たちは笑いあう。もちろんのこと、それが好きで、いつもやってるんだ。
 こうして、何の予定も立てないで、大まかにだけ、決める。「会おう」「いいぜ」「じゃ、何日のどこで」「おっけ」
 そこから先は決めない。
 いつもの事だ。「予定は未定であって、決定ではない」「っていうか、俺らの場合、予定が意味ない」
「今日、どうすんだ?会ったはいいけど、その先はよ」
 奴が聞く。
「しらん」
「なんだよ、それ」
「飲みにでも行こうか。──っていうか、それくらいしかないべよ」
「ないな」
「行くなら、どこ?」
「そりゃ、決まってるでしょ。香代ちゃんのところだよ」
「古っ!?激、古っ!!どこだったっけ。バイトの女の子だろ、その子」
「そう、鈴木香代ちゃん」
「よく覚えてるなー。さすがはナンパーズ」
「違う」
「ちなみに、その店はもうつぶれました」
「マジで!?」
「さすが地元民」
「いや、俺の地元は東北だか──」
 
 
 そしてしばらくして、そいつも白い鉄板の隙間から姿を現した。
 そして、速攻、
「うおっ!?さすがはナンパーズ隊長!!」
 と、喝采を浴びたのである。
「なんでだ」
「女連れて現れるなんて、ナンパーズ以外の何者でもない」
「ってか、お前らも嬉しかろうと思って連れてきたんだよ」
「お久しぶりです、先輩方」
「──うれしくなーい」
「連れてくるなら、人数分、女の子を連れてこい」
「女の子じゃないですかー」
「女と認めない?」
「女とは、俺が認めたXX染色体を持つヒトの事だ」
「難しいことを言ってるようだが、内容は──」
「サーイテー」
 
 
「とりあえず、久しぶりだよな」
 ブランコを漕ぎながら、誰かが言う。
「だなー、二年ぶりくらいか?」
「この公園に来るのは、もっとだな。三…くらい?」
「かもしれない」
 煙草をくわえながら、少し離れたところで誰かが言う。
「ま、でも一人いねーけどな」
「繋がらないんだから、仕方ない」
「あの番号は?」
「こっちからかける分には、繋がらないね」
「ぴっ、ぷー?」
「それは、着信拒否だ、着信拒否」
「──なつかしいなぁ」
「誰にやられたんだっけ?」
「古傷を…」
「そんなことされた事があるんですか?」
 聞く彼女に、皆が返す。
「そう、こいつ」
「あるんだよ」
「なかなかないだろ」
「うるせぇよ!」
 そして奴は話を変えた。
「アイツ、ピッチ買ったのか?」
「だとしたら、買いましたとメールくらいしやがれ」
「でも、もしもピッチ買いましたって奴からメールが来たらどうする?」
 そして俺たちはにやりと笑いあった。
 それを見ていた後輩の彼女が、おそるおそるという風に、聞く。
「どうするんですか?」
「ホントは、言うまでも無いんだけどね…」
 一瞬の沈黙。そして同時に、
「同時攻撃」
 そして俺たちは笑いあう。そういえばいつも知り合いの奴が電話を変えたとか買ったとかいうと、俺たち五人で同時攻撃をしまくった。相手がメールを打つのに慣れていようがいまいが関係なく。しかも俺たちは示し合わせて、同時刻に。
 後輩の彼女は笑っていた。
「そうだ」
 誰かが思いだしたように言った。
「喰らったっけ?」
「はい」
「──そうだっけ?」
「覚えててやれよ」
 
 
 俺たちは、しばらくその場所でダベっていた。
 たまに携帯でメールを送るのを試みて見たが、アイツにはつながらなかった。本当に、アイツが呼び出したのか、誰もが疑問にすら思っていた。
「──ものすゲー、変なこと言って見ていい?」
「なに?」
「アイツ、実は死んでて、俺たち呼び寄せてるんだとしたら、どうする?」
「やめてくださいよー!そういう話、ダメなんですよー」
「知ってる」
「いや、あり得ない話ではないぞ…アイツ、一人暮らしだからな…よもや…」
「きゃー!」
「まぁ、アイツは殺してもしなないから大丈夫だ」
「いや、殺せば死ぬだろう」
「そうか?」
「──たぶん」
「死にますよっ!」
「奴の家って、どこだっけ?」
「キャンパスの近くだろ。よく、俺たちも溜まってた」
「──そういや、そうだ」
 駅前からキャンパスまでは、バスでも三○分はかかった。だからこそ、俺たちはよくアイツの部屋に入り浸っていた。で、狭い部屋に男五人。
 サイテーな環境だった。
 で、そこで俺たちは講義をさぼってゲームに興じたり、麻雀に興じたりで、深夜零時になったりして、「しまったー!?バス、ない!?」「っていうか、電車がもうない」「お泊まりさせてーん?」「初めから、そのつもりだったろう」「あ、俺、すでに歯ブラシセット置いてあるし」「お前ら、同棲してんの?いつの間に!?」「なんなら、俺ら、別の奴のところ行くわ」「マジで!?」「嬉々とするな!!っていうか、マジで居てくれ!!」「食うかッ!!」
「じゃあ、お泊まり保育が決まったところで、保育な教育の時間──」
「なんだよそれ」
「おうおうおう、隠しても無駄だ。年貢の納め時だ!」
「さぁ、秘蔵なものを出せ!メディアはとわん」
「ないよ」「ないわけないだろう。お前の事だ」「あ、じゃ、アレだ。『お前はヌードデッサンのモデルを見せてくれ』」「なんだよ、それは」「ぬぬっ、シラを切るか」「ってか、男同士。基本的にはココだろう?おらッ!!──あっ!!」
「ふっ…人生で三番目のピンチを思い出しちまったゼィ」
「おま…この娘…ファンなの?」「コ…コレクション…?」「しかし、秘蔵探しはどうかと思うぞ…第一、見けられた方はどうすんだ?」
「気にするな」
「するだろう」
「修学旅行の様相を呈して来たな!」
「どこがだ!?」
「あのさ〜、最近、気になる娘がいるんだよね」
「またか…ってか、ビデオをセットするなーッ!!」
「えー、見ないのー」
 
 
「いや…」
 静かに「死んでるんじゃねぇか」なんて言っていた張本人が言う。
「奴の家は立入禁止指定区域にされている」
「ここは?」
「工事現場」
「ここは?」
「ってか、奴んちも別にいっていたけどな」
「あ」
 突然、誰かの電話の着メロが鳴った。「誰だ?」と俺たちは顔を見合わせる。立ちあがったのは、ブランコに座っていた彼女だった。
「あ…お友達からです。ちょっと、ごめんなさい。もしもし──」
 そして俺たちに背中を抜けて彼女は離れた。なにやら、ちょっとこそこそとした風に。俺は少しそれが気にかかりもしたが──
「飲みに行くか」
 奴の声に、彼女の背中から視線を外した。
「待ってても、来るかわからないしな。何かあれば、アイツはこっちの番号知ってるっぽいんだし、連絡取れるだろう」
「じゃあ、電話の繋がる店じゃないとダメだな」
「どこに行く?『ゆう』?」
「あそこは高い」
「いいじゃねーか、みんな給料貰ってんだろうが」
「男に使う交際費はない」
「じゃあ、貯金が三百万くらいあるだろう」
「ごちそうさまでーす」
「なんでだ!!」
「こっちは今月は板とCPU買って、金がないんじゃ!」
「知るか!」
 結局何も決まらないいつもの俺たちのところへと、電話を切った彼女が戻って来た。
「あ、決まっちゃいました?」
「いーや」
「俺たち、なんつーか、みんな優柔不断?」
「いや、意見の統一がないだけだ」
「そうとも言う」
「もう少し待ってみませんか?」
 彼女はバックの中に携帯を押し込みながら、俺たちを伺うようにして言った。
「もう少し待ったら、来るような気、するんですけど」
 そして俺たちは大きく息を吸い込んで、ため息にも似て、その息を吐いた。
 けれど皆、同じに、ポケットの中から煙草とライターを取りだして、それに火をつけて。四人。四セット。
 あと、ひとつ。
 あの絵の中。
 赤い点の光の数まで、あとひとつ。
 夕焼けが消えて、夜の帳が公園を包んでいた。
 赤い光が、そこに四つ。