studio Odyssey


2nd Millennium END. 第13部




 漆黒の闇の中に、ふたつの赤い光。
 そしてそれは、静かに闇の中を動き出した。

 海からの風を受け、老人はひとり、たたずんでいた。
 潮の香りの中に、かすかな夏の香りがしている。ゆっくりと南天へ向かって昇っていく陽が、その風の中の香りを強くしていくのに、そう時間はかからないだろう。
 老人は、軽く笑った。
 その時まで、あとどれだけか。
 そしてその時を、人類は迎えることが出来るのか。
 眼前の海が割れる。
 東京湾。羽田沖。
 静かに闇の中を動き出した赤い光が海上に顔を出す。
 そしてそれは、天に突き抜けるかのごとき咆哮をあげた。
「来おったか…」
 老人はにやりと口許をゆるませた。
 鮮やかな青へと変わり始めた空を、数機の戦闘機が爆音とともに駆け抜けていく。


 Nec本部、そのハンガー。
 煙草の煙の中で、男の表情がゆがんだ。耳打ちした兵士の言葉に、小さく舌を打つ。
「──悲しいニュースだ」
 そして男は手にしていたワイヤレスマイクに告げた。「カズヤ、エネミーが上陸したそうだ」
 聞こえたスピーカーからの声に、一也は手を止めた。作戦本部室の隣、シゲの制作部室の奥、秘密の部屋にいた皆も、はっとして目を見開いた。
「地上に残った、一体だな」
 男の声が響く。
「奴に与えられた最後の命令を、君も覚えているかね?優秀じゃないか。奴は、この後に及んでも、その命令を忠実に実行しようとしているのに違いあるまい」
「奴に与えられた、最後の命令って?」
 小さく、吉原がつぶやいた。隣の詩織が、そっと一也の事を見た。
 一也は閉じたドアの向こうに視線を送るようにしながら、小さく返す。
「R‐IIと戦うこと」




   新世機動戦記 R‐0 2nd Millennium END.
                         第13部




       1

「行かなきゃ」
 一也は小さく言うと、ドアノブをそっとまわ──遙がその手を押さえつけた。
「──なんだよ?」
「出ていったところで、何かテがあったりするわけ?」
「ないけど」
「ないけど、じゃないでしょ!」
 一也の手を押さえつけたまま、遙はその鼻先に顔を突きつけた。
「あんたが出ていったら、終わりでしょ?R‐IIを奴らが動かせば、この辺り一帯を消し飛ばすついでにエネミーも、それにこのすべての出来事も、消し飛んで終わっちゃうのよ?」
「何かテを考えてからでも、遅くないと思う」
 睦美が続く。
「あいつ、十五分だけ待つって言ったわ。まだあと、十分はあるでしょ?」
 隣の恭子に視線を送ると、恭子も腕に巻かれた時計を見て、こくりと小さくうなずいていた。
「──何か、テはあるわけ?」
 一也が聞く。遙の手を、そっと下げさせながら。
「ないけど──それをこれから考えるのよ」
「時間がないんだ」
 一也はドアノブをゆっくりと回した。


「エネミーの上陸予定時刻は?」
 煙草の煙を吐き出しながら男が聞くと、少し離れた所にいた通信士が返した。
「数分と言ったところです──発見が遅すぎました」
 答えに、男はちっと舌を打った。見回せば、ハンガー中に部下の兵士たちの姿がある。「まぁ、いい」
「外にいるスパイダー隊に、対エネミー用編隊を組んで対抗しろと伝えておけ」
 兵士の一人がかしこまった声を返して、耳に当てた無線に男の言葉を伝えていた。
 男は腕のローレックスに視線を落とす。
「──長居は無用か」
 つぶやく声に、騒がしい男の声が重なった。「痛いですよっ、離してくださいよっ、逃げたりしませんよっ」男は声のした方向、ハンガー入り口に視線を送る。
「不審な男を外で捕らえました」
 兵士に連れられてやってきたのは、小太りの気の弱そうな男と、ひょろりと背の高い男。
「何者だ?」
 煙草を飲み、男が眉を寄せる。
「日本のジャーナリストのようです」
 二人を見て、香奈が言った。
「あ、篠塚さんと片桐さん」
「知り合いですか?」
 聞き返すのはベル。
「小沢さんのお友達」
 兵士は二人を乱暴に香奈たちの輪の中へと押しやる。「いたいっ!」篠塚が悲鳴を上げたが、誰も顔色ひとつ変えなかった。
 後ろ手に回された手の親指を、コンベックスで固定された篠塚が、
「だから言ったじゃないですか!危ないからやめましょうよって!」
「ジャーナリストに危険はつきものだ」
 片桐は軽く返す。
「あの…大丈夫ですか?」
 自分の事はともかく、香奈は乱暴に押し倒された片桐と篠塚を気遣うようにして聞いた。片桐は軽く笑う。
「やぁ、すみません。助けるつもりだったんですが、捕まりました」
「そんな、あっさりと…」
 かなたがため息を吐く。
「ああ、運命の恋も、晴れやかな結婚もできないまま、私、ここで死んじゃうのね」
「大丈夫」
 植村。大沢が続く。
「もともとできないから」
「このーッ!」
 手は縛られているので、ふたり、蹴られた。
「緊迫感のない奴らだ」
 笑いながら教授が言う。
「教授もでしょ」
 シゲに言われる。
「事態は、最悪ですよ?」
「なぁに、大丈夫さ」
 ふっと、教授は口許をゆるませながら、ハンガーの中にあるその巨大ロボットを見た。
「戦っているのは、我々だけじゃない」
 天窓からの陽光に、その巨大ロボットの頭部が、弱く輝いていた。


 街を抜けていく車のハンドルを握ったまま、小沢はふと、言った。
「すみません」
「何がだ?」
 助手席に座っていた村上が返す。
「電話、鳴ってるみたいなんで」
 と、前を向いたまま小沢はスーツの胸ポケットに手を突っ込み、中から二つ折りになった携帯電話を取り出した。広げて番号をちらりと見る。「もしもし?」
 尋ねるように、小沢はコールに応えた。
 電話の向こうからの声が言う。
「久しぶりだな…」
「誰です?」
 老人の声に、小沢はさらりと返した。が、電話の向こうの老人は軽く笑うだけで、「わからなければ、それはそれでいい。正体を云々するほどの暇もないのでな」言った。
「Necの面々が、どこかの悪の組織の連中の手に落ちたようだな」
「──よくご存じで」
 返して、ちょうど信号待ちに止まった隙に、小沢は携帯電話にハンズフリーマイクをつないだ。老人の声が車内に響く。村上が、少し、眉根を寄せていた。
「どうかね?この地球の未来を、奴らだけに任すのは、少々不安ではないかね?」
「まぁ、そうですね」
 小沢は返す。軽く。
 電話の向こうの声が告げた。少々、むっとした風に。
「ラジオをつけてみたまえ」
「ラジオ?」
「Necの面々は、この地球を護ると言っておきながら、重大な見落としをしてしまっていることに、気づいていない」
 村上がラジオのスイッチを入れていた。老人の声に、ラジオからのニュースの声が重なっていた。「──湾、湾岸の住民のみなさんは、あわてずに避難をしてください。繰り返します、東京湾、湾岸、東京国際空港付近に、エネミーが姿を現しました。海上自衛隊、航空自衛隊、および米軍の特殊部隊は現在──」
「地上のエネミー──」
 はっとした風に、小沢は言った。
 老人の声が返す。
「宇宙に残る最後の一体も重要だ。だが、この一体も忘れてはならない。正義は、どんなに小さな悪からも、目をそらしてはならないのだ。悪に、大きいも小さいもないのだ」
「しかし、Necは今、これに対抗する事ができない…」
 ぽつりと小沢はつぶやく。
「本部を占拠された今、この力に対抗する術がない。それどころか、R‐IIは大気圏外仕様になって、出撃は不能──」
「奴らだけに任せようとしたのが、失敗だったな…」
 老人は笑った。小沢は返す。「くそっ…こんな時に、俺たちを助けてくれる、正義を行う力を持ったものが他にもいてくれたら──」台詞は真剣味を帯びた雰囲気だが、その実、その表情は普段と変わらない。
 村上が眉根を寄せていた。
「ふ…」
 老人が軽く笑った。
「案ずるな…この地球を護ろうと戦う者は、お前たちだけではない」
「──え?」
「正義は何時の時代も、何処の場所であっても、必ず、それを信じる者の隣にあるのだ」
 老人の声の後ろで戦闘機の爆音がしていた。そしてそのすぐ後に、何かの爆発する音。続いて、エネミーのものに間違いのない咆哮。
「ここは、任せてもらおう」
 老人は言った。
「今度は、派手に遅刻するなよ」
 笑う風に。
 そして電話は途切れた。
 車内には、ラジオからのキャスターの声だけが残った。
 信号を右折して、小沢は湾岸へと車を進ませる。ぽつりと、軽く、言いながら。
「道徳寺さん、なんか手があるんですかね?」
「知らん」
 村上は窓から湾岸方面の空を見つめながら返した。
 数機の戦闘機が、その空に白い軌跡を描いていた。


 海を割って姿を現したエネミーは、戦闘機からのミサイル攻撃を受けながらも、ただ低くうなりながら進み続けていた。やがて、海面を割り、エネミーは大地に足をつける。その眼前には、アスファルトで舗装された広い広い、滑走路。
 その奥には──
「シャクだがな」
 老人──道徳寺 兼康──はふっと笑った。
 後ろに控えていた、初老と呼ぶにはまだ早い、別の男が返す。
「致し方ありませんでしょう。もっとも、我々の最高傑作を持ってすれば、宇宙のエネミーとて、余裕なはずですがね」
 言う男、春日井 秀哲。
「もっともだ」
 返すのはまた、別の老人。
「正義に、力の差などない。強さはとは、力の差ではない」
 設楽 信之の見つめる先、上陸したエネミーがその方向を向いた。
「奴は?」
 道徳寺。
「今しばらく──大丈夫ですよ」
 春日井。
「奴らとて、ただの寄せ集めじゃありませんでしょう?」
 設楽。
 エネミーの咆哮が天を貫く。
 滑走路の奥、巨大な格納庫の前に、蜘蛛の形をしたロボットたちが陣形を組んだ。
 その赤い目が、怪しく光る。


       2

 自分の足音が、嫌なくらいに、無機質な金属の床に響いていた。
 廊下の先にはハンガーがある。
 柵の向こう、巨大なロボットの頭部が見える。まっすぐに歩く。向かう先はひとつ。その結末は分からなかったけれど、一也が今向かう先は、ただひとつ。
 そっと柵に歩み寄る。
 下を見下ろす。
 男が、彼の姿に、笑うようにして言った。
「来たな、カズヤ…」


 ハンガーの上と下。一也と煙草をくわえた男の姿。
 一也はゆっくりと、言った。
「来たぞ」
 男が返す。
「それでいい」
 そして男はくわえていた煙草を投げ捨てて足でもみ消すと、
「武器を捨てたまえ。そして、そのロボットを起動させるんだ。時間がないのは、君も承知済みだろう?」
「だから、出てきたんだ」
「エネミーか…やっかいなものを、我々は敵にしているな」
「あんたたちが作ったんだけどな」
 軽く言ってのけ、一也は手にしていたサブマシンガンを投げた。ハンガーの上から、下へ向かって。ゆっくりと落下するそれが、やがて地面に大きな音を立ててたどり着く。
 響いた甲高い音に、男は顔をしかめていた。
「武器は捨てた」
 小さな一也の声に、外からの咆哮が続いていた。
 視線を天井へと向ける一也。言葉を続ける。
「みんなを解放してくれ。R‐IIを動かすのは、その後だ」
「君は、自分の置かれている立場が分かっていないようだ」
「それはあんたもだ」
 響く咆哮と、何かが炸裂する音。揺れる空気に、ハンガーの古びた窓がガラスが音を立てて揺れていた。「ここにいれば、あんたの命も危ないくらい、わかるだろ?」
「スパイダー大隊がいる。時間稼ぎくらいには、役だってくれるだろう。カズヤ、君はその巨大ロボットを動かしたまえ。君の要求は、その後だ」
 視線を落とす一也。
 その先で、男は不敵に笑っていた。
 爆音が響いて、ついに窓ガラスの何枚かが砕け散った。
 誰かの悲鳴が響いていた。


「──これは、愚かなる人への、神の裁きだ」
 確実に強くなる振動と、何かが爆発する音。
 その中に、男の声が届く。
「悲しみの輪廻を繰り返すだけの人へ、神がもたらした、結末だ」
 声に、男が視線を走らせる。一也も、その視線を追った。
 仮眠室、シャワールームのある方へと続くハンガー奥の通路に、新士、泉田、そしてその台詞を言った男の姿があった。
 一也は息を飲む。
 男を認めた奴が、強く舌を打った。
「スティーブ…貴様、よくものこのこと…」
 静かに目を伏せ、スティーブと呼ばれた男が言う。
「これが、戦うことでしか、傷つけあうことでしか何かを護ることが出来ない人への、神が使わした、彼らの答えだ」
 その声は知っている。
 あの時、電話の向こうから聞こえてきた声に違いない。東海岸特有の、早口の英語。「ハルカを巻き込む気はなかったんだ」と言った、その声と同じ──同じ声は、続けた。
「人は、この世紀末に、滅びるべきだと彼らは言っている」
「貴様のご託など、聞いている暇はない!」
「違う。彼らの出した答えだ。ともすれば、我々人類よりも進化した、彼らの出した答えだ。この世界を護るために、彼らの出した答え──」
 爆音に、ハンガーが強く揺れた。
 一也はその揺れに床を踏みしめた。廊下の向こうに一瞬、視線を戻す。みんなは──天井からはずれたガラス窓が、けたたましい音を立てて床に砕け散っていた。「これが、その答えだ」
「カズヤ」
 スティーブの呼びかけに、一也は彼の事を見た。初めて出会う男。この男が何者か、自分は知らない。声を聞いたことがあるだけ。けれど──たぶん、すべてを知っている──
「もう、終わりにしよう」
 男が言った。
「私は、正義を行い、この世界を護ることのできるものを探していた。この、二年の間。
 だからこそ、エネミーから、彼らを生み出した。あの、二年前の惨劇を、再び繰り返さないために。誰も、悲しまずにすむために。
 力なき正義は無意味だ。力無き者には、正義を全うすることもできない。
 しかし、力こそがすべてでもない。力は、力に押し流され、やがて正義を見失う。
 私は、ただ、この世界を護ることのできるものだけがほしかった。誰も悲しむことのない、新しい世紀を迎えたかった。だからこそカズヤ、君たちと戦うことを望んだ。本当の正義を行うことのできるものは、はたして誰か。
 そして、答えは出た。
 君たちの正義も、我々の正義も、奴は認めなかった。
 これが、その答えだ」


「どれだけ時間が進んでも、どれだけ人が進化しても、人に正義は行えない。この世界を、護ることもできない。人には、そもそも正義などと言うものは存在しない。
 だからこそ、人は今、この世紀末に、滅びるべき存在と認められたんだ」


 大きな咆哮が響いた。
 続いて、赤い巨体がハンガーの壁面を割った。
 巨大な蜘蛛の前足が、安普請の壁面をうち砕く。ガラスが飛び、トタンが砕けた。コンクリートの床にヒビが走り、衝撃に地面がいびつに隆起した。
 咆哮の響いた空へ、一也は視線を走らせる。砕けた天井の向こうに、光るその目が見えた。
 飛び散ったガラスのかけらが頬をかすめる。スローモーションのようにゆっくりとスパイダーIIの巨体が眼前に倒れ込んだ。
 金属の激しくぶつかり合う音が響く。
 イーグルの巨体に受け止められ、スパイダーIIが停止した。
 ゆっくりとエネミーが動く──
「──認められるか!!」
 エネミーの、天を突き落とすかのような咆哮に、その声はかき消された。


「難しいことは、考えるつもりはないがな」
 笑う風なその声に、目を見開いて自分の眼前に倒れ込んだスパイダーIIを見つめていた男が振り向いた。
「ここから先は、こちらの自由にやらせてもらう」
 男の視線と教授の視線がぶつかる。と同時に、教授は立ち上がって駆けだした。背中の後ろで親指を止めていたコンベックスは、すでに解き放たれていた。
「なに!?」
 男が目を丸くする。兵士たちが駆けだした教授に銃口を向ける。が、同時に駆けだしたのは教授だけではなかった。シゲがその後ろの続く。ベルがかなたと逆方向へ走る。植村、大沢が声を上げる。「整備班、四○秒で仕度しなッ!!」
「ただ捕まるほど、お人好しじゃないんで」
 片桐が小さく言った。その手に、十徳ナイフが握られていた。


 安普請のハンガーがきしむ。
「一也君!R‐IIをあげる!!」
 ハンガーの下からの教授の声。
「はい!」
 一也は柵に身を乗り出して返す。そして駆け出す。「一也!」階上に向かって走ってくる香奈、それを追うベルが見えた。一也は言う。香奈の声を遮って。「一也、大丈夫?」「奥にみんながいるんだ!避難させて!!」
 すれ違う。
「わ、わかった!」
 駆けていく一也に、香奈はこくこくとうなずいて返した。
「遙には早く来いって」
 我に返った兵士たちが、駆けだした皆に向かって、銃を構えていた。
「Necの奴らにはかまうな!スティーブを捕らえろ!!」
 崩れ落ちるトタン屋根がR‐II、イーグルの金属のボディに音を立ててはじける中、男が叫ぶ。エネミーの咆哮。爆音に空気が軋む。
「シゲさん!」
 通路の奥に消えた香奈とベルの後ろ姿を確認して、一也は叫んだ。
「手伝って!」
「なにゅを!?」
 ハンガーへと降りる階段の途中、あがってこようとするシゲと一緒に、一也は飛んだ。
 銃声が響く。
 仮眠室、シャワールームのある方へと続くハンガー奥の通路にいた新士、泉田、そしてスティーブの元へと飛び込んだ一也とシゲ。
 一也は四人の頭を押さえつけて奥へとひっぱり込んだ。
 跳弾の火花が頬を打った。


       3

「走って!裏から出られる!!」
「逃がすな!」
 駆け出すいくつもの足音。
 Nec本部、安普請の廃格納庫の床がひび割れ、波打つ。その中を駆けていく足音。銃声が響く。
「シゲさん、新士さんたちとこの人を逃がして!」
 一也は喧噪の中で叫んだ。
「どうして?」
 シゲが返す。
「このオッサンを助ける理由なんかないだろ?」
「このオッサンはこう見えて、今回のエネミーを作った張本人だ」
 新士が言う。シゲはその言葉に目を丸くした。「この人が…?」
 一也に手を取られて走るスティーブ。
「諸悪の根元!?」
「そういう言い方をするな」
 泉田にたしなめられる。
 直後、ぐらりと激しく大地が揺れた。咆哮と爆発音に混じって、悲鳴が背後から聞こえてくる。振り向く一也。
 天井が落ちてくる。
「くそっ!?」
 一也の短い舌打ちに、シゲが続いた。「上!?」
 天井が落ちてくる。
「Keep your head down!!」
 言いながら、一也はスティーブの頭を押さえつけた。崩れ落ちる石膏の固まりが、四人に降り注ぐ。大きな固まり、小さな固まり、無数の固まりが身体、頭を打つ。痛みに飛びそうになる意識をつなぎ止めるために、一也は強く奥歯をかみしめた。
 やがて、静寂。
「一也…くん?」
 頭を押さえてしゃがみ込んでいた新士は、ゆっくりと立ち上がった。直撃はまぬがれたものの、見れば腕に青い痣がいくつかあった。見回すと、がれきの中から泉田が咳き込みながら頭を出していた。
「一也くん!?」
 新士の声が聞こえて、一也は目を開けた。身体を動かす。身体を覆っていた階上の床の破片が、音を立てて流れ落ちた。腕の中には、初老と言うにはまだ早いくらいの男の身体。
 スティーブ。
「大丈夫」
 自分がとっさに守った男の身体に大きな怪我がないことを確認すると、一也は短く返した。が、
「大丈夫じゃないよ!?」
 新士が叫ぶようにして言った。
 不思議に思って、頭に手をやる。嫌に汗をかいているような気がして──汗をぬぐった右手を見る。
 赤い手。
「…どこか切った?」
「どこかって──」
 新士は何かを言おうとしたが、瓦礫の中から勢いよく頭をもたげたシゲの一喝に、彼は言葉を詰まらせた。
「わかったから、一也くんは早くR‐IIに乗れ!!」
 見れば、シゲも頭から血を流している。血を流しながら、少し怒った風にして一也を見据えている。
 一也は小さく笑った。
「男で、しかもオッサンですけど?」
「…シャクだな」
 つぶやくシゲの言葉に、スティーブが続いた。
「何故、私を助けようとする?」
 その言葉は彼の母国語だった。その場にいた者で、その言葉がちゃんと理解できるのは、たったひとりしかいなかった。だから、彼は返した。「理由なんか──」
 ふと、声が聞こえた気がして、抜け落ちた天井を見上げた。道は前も後ろも落ちてきた天井のがれきに埋もれて進めない。
 一也は軽く笑う。抜け落ちた天井の向こう。手を差し出す彼女の姿に。
「なにしてんの?一也」
「お前こそ、なにしてんだよ。行くぞ」
 そして彼は、男に向かって早口に返した。
「あなたのことはよく知らない。けど、あなたの言う正義っていうのが、本当に俺たちにはできないことなのかどうか、確かめるために、今、俺たちはここにいるんですよ」
 崩れ落ちた天井の向こう、遙の姿。手を差し出している。
 一也は手を伸ばす。
 そしてその言葉のまま、言った。
「助けられるかもしれない人間を無視するのは、俺たちの正義じゃない。もう、俺たちはそんな人たちを見たくない。ただ、それだけですよ」
 遙の手を、一也はしっかりと握りしめた。
「あと、ついでに言うなら、こいつを巻き込みたくないと、あんたは言ってくれた」
「無理だけどね」
「言っても聞かないって事くらい、よく知ってる」


「もう本部まで!?」
 Nec本部、滑走路に面した巨大な格納庫の近くで吼える巨大な生命体と、それに集中砲火を浴びせる赤い蜘蛛の形をした巨大ロボットに、小沢は舌を打った。
「捕まってください!」
 助手席の村上に向かって言う。
 次の角を曲がれば、本部までは未舗装の道を走り抜けるだけ。今、自分たちがその場所に行ってなにができるか、それは分からなかった。分からなかったけれど、今は突き進むしか、ない。
 アクセルを踏む。村上が目を見開く。完全なオーバースピードだ。
「曲がりきれんぞ!?」
「大丈夫ですよっ!!」
 ハンドルを回す、曲がるべき方向へ。そして、サイドブレーキをあげる。瞬間、ハンドルを逆方向へ切り返す。
「4WDで!?」
 GTOの車体が横へと滑る。アスファルトの路面に、タイヤがけたたましい音を立て、白煙を舞わした。
「やべ…っ」
「なに!?」
 にやりと笑いながら、小沢はアクセルを踏み込んだ。未舗装の本部へと通じる道の両脇にたったフェンスが、GTOのボディにはじき飛ばされ、宙を舞った。
「まぁ、これくらいは些細な問題ということで」
 GTOは体勢を立て直す。
 一直線に、エネミーへと迫る。
 その道の向こう、新たなトレーラーが数十台か、見えた。
「…あれは!?」
 追いつく。
 そのトレーラーのキャリアの上から、アクチュエーター音が響いた。
 カーキのシートが風にまくれあがる。
 追い越す。
「あれは…」
 助手席の村上がつぶやいた。
「昨日の敵は、今日の友ですかね」
 小沢は笑う。
「昨日って、二年も昔の話ですが」
 数十台のトレーラーを追い越したGTO。その背後から同じように猛スピードでエネミーへと迫るトレーラーたち。キャリアから、蜘蛛型の巨大ロボットが無数に立ち上がる。
 先頭のトレーラーに乗った男が、窓から顔をつきだして、電子メガホンで怒鳴っていた。
「全機、任意に迎撃!シャクに障るが、これも我が軍の正義のためだ!!」
 小沢は背後をちらりと見やって、笑う。
「ゆけっ!スパイダー大隊!!エネミーを、今度こそ蹴散らしてやれ!!」
 ジョン・マッキントリックの怒号が響く。
「心強いじゃないですか」
 小さくうなずき、小沢は強くアクセルを踏む。
 追い越していく、対エネミー用ミサイルの一斉掃射。


「鬼ごっこは終わりだ」
 二階へと、なんとか上ってきた一也たちを待っていた男が言った。
 はっとした皆の視線が、通路の先に走る。
 男はゆっくりと胸ポケットからジッポーを取り出すと、くわえていた煙草に火をつけた。フリントのこすれる音が響いて、火のついた煙草が燃える音が、喧噪の中で耳に届いたような気がした。
 脇に控えた兵士たちの銃口が突きつけられる。
 その場にいた皆が、身を凍らせた。
 静かに歩み出た一也が言う。
「お前たちの目的は、R‐IIを動かすことなんだろ?」
「お望みなら、イーグルも今ならセットにしてもいいわ」
 と、遙。後ろにいた友達、睦美、恭子、詩織、そして吉原を守るようにして、一也の隣に並ぶ。
「みんなには手を出さないで」
「状況は変わった」
 煙草をゆっくりと飲み、男。
「君らのロボットだけを手にして帰るわけには、いかなくなった」
 男の意を介し、一也は肩越しに視線を送る。シゲが小さくうなずきを返す。隣にはベルと香奈、新士、そして泉田。奥にいるのは、スティーブだ。
「彼は、もともとは我々の同志でね」
 男は言う。
 遙が即座に返す。「よく知ってるわ」
「たぶん、あなたが知っている以上に、よくね」
「そうか」
 笑う風にして、男は大きく煙草の煙を吸い込んだ。吐き出される言葉とともに、白い煙が舞う。時折揺れる空気の中、男の言葉が響く。
「確か君は、スティーブの息子と親しくしていたんだったな」
「二年も昔の話よ」
「そうだな」
 男は笑う。笑って、言う。軽く。
 中傷に似た風に。
「彼は、二年も前に死んだんだったな」
「そうよ。昔の話」
 遙が返す。男はかまわずに続ける。
「二年前の、あの、ニューヨークを襲ったエネミーによって」
「過去のことだわ」
「二年前、君の目の前で、力無き正義の前に、彼は死んだんだったな。恋人であった、彼は」
 男は口許を曲げて言う。
 遙は一瞬言葉に詰まったけれど、言い返そうとして顎をあげ──
「お前に何がわかる!」
 スティーブが二人の前に飛び出す。兵士が素早く身構える。「ば…っ!?」シゲは男の服の端をつかもうとしたけれど、その手は空をつかんだだけだった。
「撃つな」
 煙草の煙が吐き出される。
 スティーブは手にしていた短銃を、通路の向こうの男に向かって突きつけていた。
「なんのつもりだ?」
「これ以上、無駄口を叩くな。お前に、我々の気持ちなどわかりはしない」
「わからんね」
 男は口の端を突き上げた。「くだらん」
「スティーブ、お前はやはり、二年前のあの時に、立ち止まったままの存在だったようだ」
「私だけじゃない」
 スティーブはゆっくりと撃鉄をあげた。
「人は皆、その歴史のどこかで立ち止まったまま、進化出来ずにいる。新しい世紀をむかえる資格など、ない。私も、そしてお前も──」
「一緒にするな」
 男が手をかざす。その手にはベレッタ。
 水平に突き出されたその手の中の銃口が、光を放つ。
 爆発音。
 続く、エネミーの咆哮。
 世界が傾ぐ。
 一也は目を見開いた。手を伸ばす。間に合わない。床が波打つ。どこかで何かが激しく壊れる音。
 遙は宙に舞った長い髪の向こうに、それを見た。誰かの悲鳴が響く。
 赤いそれが、宙に舞った。
 ベルが叫んだ。
「シゲさん──!?」
 壁を突き抜けて飛び込んで来た巨大な肉片が、その場を分断した。どろついた緑色の体液が辺りに飛び散る。倒れ込んできた遙を一也は胸に抱くと、彼女の頭を抱え込んで壁に背中を付けた。
「シゲさん!!」
 叫ぶ。
 誰もが目を見開いて、その一瞬の出来事に言葉を飲んでいた。
 男とスティーブの間は、壁を突き抜けてきたその肉片によって分断されていた。そして、その間には、シゲが立っていた。両手を精一杯に広げ、立っていた。
 あわてて立ち上がったベルが、転がるようにして彼に駆け寄る。ふらりと揺れた身体を、彼女が支えた。「シゲさん!?」
 小さな白い手を、彼の胸に押しつける。
 赤くにじむ胸を強く押さえつけて、彼女は叫んだ。
「どうして──!?」
「カッコいいじゃん、オレ」
 崩れ落ちそうになる身体を何とか支え、シゲは再び男と男の間に立った。そして両手を再び広げる。分断された通路の向こう、男と兵士、その脇の壁際。一也と遙がいる。
 シゲは軽く笑った。そして、言った。
「行けよ、早く」
 顎をしゃくる。「R‐IIは、もう動く。早く行けよ」
「なんだかよくわからないけど──」
 そして、言った。
「こいつらに、見せてやらなきゃならない事があるんだろ?」


「…遙」
 小さく、一也は腕の中の遙に向かって言った。
「──行ける?」
 小さく、遙が返した。
「誰に向かって、モノ言ってんの?」
 うつむいたまま、遙。
 自分を包むその腕を、自分と同じ時を刻む時計をしたその腕を、ぎゅっと強く握りしめて、言う。「あんた、バカ?」
 うつむいたまま、彼女は言った。
「放っておいたら、新しい世紀なんか、こないんでしょ?あんたがいつも言ってるように、みんな、傷ついちゃうんでしょ?そうなってからじゃ、遅いんでしょ?」
「ああ──」
「──もう、誰も…」
「ああ」
 そっと遙の頭に手をかけ、長い髪を、一也は優しく手の中に包んだ。
「同じ思いはさせない」
 うなずく。
 そして──
 駆け出す。彼女の手を取って。


「待て!!」
 男が叫んだ。その口許から、煙草が飛んだ。
「止まれ!!」
「無駄だ」
 にやりと笑って、シゲは言った。
「あんたなんかに、止められない。今を止める事なんて、誰にもできないのと同じにな」
 分断された通路の向こうとこちら。ベルに支えられたシゲが言う。両手を広げ、自分の後ろにいる皆を守るようにしながら、言う。
「あんた、正義がどうとかって、言ってたっぽいな」
 喧噪の中に言葉が響く。
「俺たちに、正義は行えないか?俺たちには、力がないから、正義なんか、行えないか?」
 やがて、向こうの通路の先に、二人の影が消えて、見えなくなった。
「あいつらは、走ってったぞ」
 シゲは口許をゆるませる。
「俺は、ここに立ってるぞ」
 気丈に、笑う。
「これは、正義か?」


「教授!」
 ハンガーへの階段を駆け下りながら、一也は叫ぶ。
「R‐IIは!?」
「後は、君ら待ちだ」
 遙の手を引きながら、一也は走る。
 薄汚れた白衣に身を包んだ教授は、にやりと笑う。笑って、言う。
「かなた、パイロットスーツを二人に」
「はい!」
 脇でインカムを手にして指示を与えていたかなたが、二人に気づいて駆け寄ってきた。一也と遙もその場所へと走り寄る。そしてかなたは一也の髪の毛が赤く染まっているのを見て、「一也くん!?頭、血が──」「大丈夫です。タオルでもあれば」
「行けるだろう?」
 EVR‐ZERO、イーグルと、そしてそれにドッキングしたイーグル2、R‐IIを見上げながら、教授。
 一也は強くうなずきを返す。
「時間がない」
 教授は言った。
「最後の一体がカッシーニに激突すれば、今までの我々の苦労も、すべて水の泡になる。わかってるな」
「わかってます」
 一也。
 咄嗟、遙が続く。
「でも、このエネミーは!?」
「大丈夫だ」
 教授。
「何も、戦っているのは我々だけではない」
「今度は、向こうが派手に遅刻してるみたいだけど」
「なに?」
「それぞれの正義」
 笑って、一也は遙の胸に、かなたから手渡されたパイロットスーツを押しつけた。
「俺たちの正義は?」
 問われたけれど、遙は答えることができなかった。
 それでも、一也は軽く笑っていた。
 彼女の頭に手をかける。その長い髪をくしゃりとなでつける。
 そして、言う。
「新しい世紀まで、あと何分?」
 腕に巻かれた、同じ時計を見せながら。
 教授はにやりという風に笑っていたはずの口許を少しゆるませて、微笑みに似た口許を見せて、言った。「見せてくれよ」
「新しい世紀っていうやつを。君らの言う、未来っていうやつを」


「約束したろ、ベル」
 シゲは言う。「俺は、お前の力になってやるって」
「二年も前の約束が、今も生きてるかって、聞いたけど──」
 男を見据えるシゲを支え、ベルはそのまっすぐな目を見つめていた。シゲは口許をゆるませる。「生きてるよ」
 笑う風に。強く、笑う風に。
「過去は変えられない。どんな過去も。俺たちはその過去からつながる、今を生きてる。だから、いつか過去になる未来のために、俺はあの時からずっと──そして今、ここに立ってるんだ」
 ベルはその言葉に、すべての言葉を飲み込んだ。
 強く、彼の赤くにじむ胸元を押さえつけた。
「これが、俺の正義だ」


「ハッチ全開!」
 インカムに向かって大沢が叫ぶ。
 手の空いた整備員たちが、滑走路へと向かう資材搬入路のシャッター脇に駆け寄ってきた。数人がそのハンドルに飛びついて、勢いよく回し始める。
 さび付いた音を立てて、そのシャッターが、ゆっくりと上がり始めた。
「我こそはイーグルを滑走路へ誘導すると言うやつは、俺に続け!」
 大沢は外へと飛び出す。「おわあぁぁ!?」突然、その眼前を、蜘蛛型ロボットの足の破片が飛んでいった。
「蹂躙されるままかよ!?」
 大沢は頭上へと視線を走らせる。巨大な、あまりにも巨大なハ虫類の姿をした生命体が、砲撃の中で咆哮をあげていた。
 本部を背にして構える巨大な蜘蛛が、背に乗せたレールガン、対エネミー用ミサイルを、雨のように放った。
強烈な光。思わず目を堅く閉じる大沢。
 爆発音が響く。咆哮が続く。
 しかし、耳を貫くその咆哮は、衰えさえも見せない。
 目をそっと開けると、巨大な腕が、小さな蜘蛛をなぎ払った瞬間だった。破片が飛び散る。爆発。
 大沢はただ、息をすることさえも忘れたかのように、その場に立ちつくしていた。
「…ちくしょう」
 やっと言葉を絞り出す。
「これじゃ、イーグルをあげる前に、こっちが狙い打ちに──」
 大沢に続いて外に飛び出してきた何人かが、空を見上げて叫んでいた。
 その声に、大沢も皆の指さす先を見た。
 資材搬入路脇へと、一台の車が滑り込んでくる。止まるが早いか、そのドアが開いた。二人の男が飛び降りてくる。
 二人もまた、皆が見上げるのと同じ空を見た。
「──大遅刻ですね」
「来たか──」
 小さくつぶやく小沢、そして村上。大沢と整備員たちの見上げる空の向こうから、一機の巨大なヘリコプターが近づいてきていた。
 整備員は皆、そのシルエットを見て、口々に呟く。「あれは…」「専用ヘリじゃないか」「どうしてこんな所に?」「まさか──」
 けたたましい音を立てて近づくそれに、エネミーもまた、低くうなりながら空を見た。
「何かが吊られてる…」「あれは大破したんじゃないのか?」「いや、でも──」
「あれは…?」
 つぶやく大沢の背中へ向かって、小沢は軽く言った。
「正義を行おうとしてるのは、俺たちだけじゃない」


「スティーブの言った言葉で、ひとつだけ正しいことがある」
 男は吐き捨てるようにして言った。
 手にしていた銃を、まっすぐに突きつけて。
「力無き正義など、無意味だ。それだけは、間違いない」
 そして銃声。
 大きなシゲの身体が、ぐらりと傾いだ
「あ──っ!?」
「シゲさん!」
 小さなベルの腕の中へ、大きなシゲの身体がゆっくりと倒れ込んでいくのを、香奈はその目で見た。


「行けるよな?」
 こめかみに光る銀色の端末。BSS。
 それとリンクするためのヘッドギアをかぶり、つきだしたインカムに向かっていいながら、彼はコックピットへと飛び込んだ。
 シートに身を預け、フルフェイスのヘルメットをかぶる。シールドをおろす。シート右脇下にあるコックに手を伸ばす。
 回す。ACTVIEへ。
 いくつものファンが回転する音が聞こえ始めた。
 コックピットから外へと目をやると、その機体のシステムを設計した男が、親指を立てた右手を彼に向かってつきだしていた。彼は笑う。笑って返す。
 やがて、ゆっくりとそのハッチは閉まった。
 真っ暗な空間の中、ひとつだけの光。四角い、足の間からのびた補助モニターの光。
 白い文字が浮かび上がる。
 BSS system released.


「誰に向かってもの言ってんの?」
 コックピットシートへと身を落ち着けながら、彼女は返した。
「私の台詞でしょ?」
 言いながら、各種計器のスイッチを順に入れて行く。シート両脇の薄膜ディスプレイが静かに光りだす。そして、無数の情報がそこに流れ始めた。
 コントロールトリガーの握りを確かめる。
 メインエンジン、サブエンジンの出力情報。GPS情報。メインコンピューターとのリンク。天候分析情報。そして、ドッキングシステム情報。
 さまざまに流れていく情報を視界の端に確認しながら、遙は言った。
「行けるわね?」
 ただひとつの光だけが照らすコックピットの中、一也は返す。
「もちろん」


       4

「なんのつもりだ?」
 男はまっすぐに銃口を向けたまま、言った。
 ベルが顔を上げて男の方を見る。その眼前、精一杯に両手を広げて立つ、その姿。
 ベルの腕の中、シゲは細く目を開いた。「ああ、ちくしょう…」つぶやく。「俺って、やっぱ脇役なんかな」
 その姿に、詩織が小さくつぶやいた。
「…香奈さん」
「なんのつもりだ?」
「わかりません」
 香奈はまっすぐに返す。男を見据えたまま。
「ただ、あなたのしようとしている事が、正しくないと思っているだけです」
「無駄に命を落とすな。スティーブをこちらに渡して貰えれば、それでこの場は、彼に免じて引こう」
「いやです」
「なぜ?」
「ただ、あなたのしようとしている事が、正しくない気がするからです」
 ただ、香奈はそれだけを繰り返す。
「あなたは、自分がしていることが、正しいと思っていますか?」
「なにを…君は、自分が今しているその愚かな行為が、正しいと思っているのか?」
 そっと、男は銃を下げた。脇に控えていた兵士の銃口が、香奈の身体を確かに捕らえていた。香奈は言う。まっすぐに男を見据えたまま。
「はい」
「君は、何もわかっていない」
 男は香奈に向かって呟く。
「その男は、君らがエネミーと呼ぶ奴らを、創った男だぞ?」
「はい。なんとなく、わかってました」
「どきたまえ」
「いやです」
「なぜ?」
「ただ、あなたのしようとしている事が、正しくない気がするからです」
 そして香奈は、言った。
「スティーブさん」
 まっすぐに前を向いたまま、言った。
「あなたが本当にこのエネミーを創った人だと言うのなら、あなたは、死んじゃダメです。生きないと、ダメです」


「私とあなたは、もしかしたら、同じかもしれないから」


 陽光に銀色の機体が輝く。
 牽引車に引かれ、その巨大な万能輸送機が姿を現した。誘導灯を振りながら、大沢をはじめとした整備員たちが、滑走路へと走っていく。
 新B滑走路へと、イーグルは進んでいく。
 咆哮が、響いた。
 気づいたハ虫類の姿をしたそれが、いきりたって吼えあげた。激しく空気が震撼する。
 補助モニターが、警告音を発していた。
 真っ暗なコックピットの中、唯一の光となったその薄膜ディスプレイが、警告を発していた。
 音は聞こえない。完全に密閉されたコックピットの中に、音は聞こえてこない。ただ、警告音だけが鼓膜を揺らしている。
 シートの奥に感じる、イーグルの懐かしいエンジン振動。
「遙…」
 一也は小さくつぶやいた。
「なぁに?」
 落ち着き払った声が返ってくる。


「全機、ここが正念場だ!!」
 トレーラの屋根の上に立って、電子メガホンを片手に叫ぶのは誰でもない。今、エネミーを取り囲み、そして集中砲火を浴びせている大隊を指揮する男、ジョン・マッキントリックである。
「撃ち尽くせ!!実弾の一発も残すな!!エネルギーは使い切れ!!」
 しゃがれはじめた声でマッキントリック。
「指令のご命令だ」
 冷静にインカムに向けて言うのはペーター・ローガン。
 ふたりは同時に、叫んだ。
「Necの奴らを護れ!」
 エネミーの目が赤く光る。
 腕を振り上げる。「走れ!!逃げろ!!」大沢の声に、整備員たちが駆け出した。
「てーッ!!」
 スパイダー大隊のすべてのスパイダー、スパイダーIIが、エネミーに照準を合わせた。無傷の機体は一体もない。足を数本失ったもの。頭部のメインアイを損傷したもの。武器をたくさん積んだ腹部を、丸ごとなくした機体もいる。
 だが、すべての機体はその現存する武器のすべての照準を、ただ一点に集めた。
 爆音が響く。
 数百のミサイルが軌跡を描く。レールガンの閃光が空を裂く。
 エネミーの咆哮が響く。
 その中で、すさまじい爆発の中で、エネミーは振り上げた右腕を振り下ろした。
 指先から、肉の槍が伸びる。まっすぐ。
 一機の翼をめがけて。
 しかし、その間に、その影は舞い降りた。


「あなたが本当にあのエネミーを生み出したっていうんなら、あなたはなおのこと、死んじゃダメです」
 香奈の声が響く。
「戦争の道具なんかじゃない。人を傷つけるものなんかじゃない。正義のため。みんなを救うため。誰かを傷つけて、悲しませるものなんかじゃない。誰かのことを助けられるもので、自分の傲慢な考えなんかじゃなくて、戦争としての道具なんかじゃなくて、それで傷ついた人たちのためのものだって──確かめるまでは、死んじゃダメです」
 男をまっすぐに見据える、香奈の声が響く。
「私たちは、戦争してるんじゃない。傷つきたくて、人を傷つけてるんじゃない。正義がほしくて、戦ってるんじゃない。誰にも、悲しんでほしくなんかない。みんな、みんな、助けたい。力は、ないかもしれないけど、それでも、形はたとえ違っても、手に入れたいものがある。つらいこともある。悔やむこともある。自分の力のなさに、何もいえない時もある。弱い自分に、何もできない時もある。
 それが正義というのなら、正義を行うことは、難しいです。本当、本当に、難しいです。
 でも、だからこそ、私たち──」


「今、ここに立ってるんです」
 震える空気の中、香奈の言葉だけが、空気を揺らす。
 強く、強く、その空間を、彼女の言葉が揺らした。
「未来の私が見つめる過去の私を決められるのは、今、ここにいる私だけだから。
 振り返って、そのときの私を、私は、絶対に後悔したくないから」


「誰にも、消せない過去を誇りに変えて、今を生きてほしいから」


 大地に震撼が走る。
 舞い降りた影を、肉の槍が包む。
 閃光とともに、アスファルトの滑走路の破片が辺りに散った。エネミーが、天に向かって吼えあげた。
 超重量のそれが、まるでスローモーションのように衝撃で沈んだ自らの身体を大地から立ち上がらせた。破片が宙を舞い、やがて振り注ぐ。
 人の形をしたそれの目が、金色に輝いた。


 走り抜けた衝撃に、その床は割れた。
「!?」
 男が目を見開く。下げていた銃を、咄嗟に振り上げる。しかし衝撃に階下の支えを失った床は、男と彼女たちの間で、ハの字に割れた。
 香奈が体勢を崩す。「香奈さん!?」咄嗟に腕を伸ばした睦美と恭子が、彼女の腕をつかんだ。
「ダメ!?」
 もう片方の腕を、香奈は宙にのばした。男がひとり、その割れた地面を飛び越えて行く。
 抜けた床の向こうへ、兵士たちの身体が落ちていく。残された男が、振り上げた銃の引き金を引いた。
「ダメ!!」
「香奈さん!?」
 香奈の手は空をつかむ。
 スティーブの身体が、空でくの字に折れた。
「吉原ッ!!」
 力を振り絞り、ベルを支えながらシゲ。吉原は手にしていたサブマシンガンを投げ捨て、詩織とそして睦美、恭子の身体をなんとか支えた。
「どうして!?」
 もう一度の銃声に、香奈の声が重なった。


「行けよ」
 コックピットの中、男は小さく言った。
 肩越しに後ろを見やる。
 一機の翼。無傷の翼。
 エンジン音が高鳴る。
 全開にまであげられたスロットルの高鳴りに、男は口許をゆるませる。
「それぞれの正義の先へ」


「科学者の『良心』と、言ったかな?」
 足を打ち抜いた男の腕を押さえつけ、男は言う。にじむ汗に、少し、自嘲するようにして笑いながら。
 香奈はそっと、空をつかむだけだった腕をおろした。
 少しぎこちない日本語で、男は言う。
「ハルカに、『自分の心に嘘をついている』と言われて、私は正直、戸惑ったよ」
「──嘘?」
「今の私が見つめる、過去の私は、どうだろう?」
 短く言って、男は笑った。
「君の言葉を借りて言うのなら」
「こっちだ!」
 声が聞こえた。
 はっとして香奈は振り返る。皆もその後に続く。
 崩れ、傾く通路の脇、手を伸ばして皆を呼ぶ姿がある。「急げ!本部はもう崩れるぞ!?」
「小沢さん!」
 香奈は考えるよりも先に、言葉が口をついて出ていた。
「あの人を助けてあげて!」
「香奈さん!」
 睦美が腕を引く。
「お願い!」
「小沢さん!香奈さんを!」
「香奈さんは僕が連れて行く」
 ベルに支えられたシゲを通路の奥に逃がしながら小沢。吉原が詩織、そして睦美と恭子をつれて来る。すれ違い、小沢は香奈の元へと駆け寄って、その腕を取った。
「あなたは…」
「No thank you, Mr.」
 男が言った。
「これを」
 そして、ケースに入った、一枚のCDを男は投げ渡した。
 小沢はそれをしっかりと受け止める。そして──
「行こう、香奈さん」
 彼女の腕を取って、彼女を立ち上がらせた。「どうして!?」
「助けられるかもしれない人が目の前にいるのに!どうして──!?」
「カナ?」
 男の声が、静かに響いた。
「──人類は、愚かだと思うよ」
 香奈は、言葉を飲み込んだ。「生き残るべき価値なんか、ない。正義なんて、行えやしない」
「この世界を護ることなど、できない。そしてそれだけの価値も、ない」
 何かを言おうと、香奈は口を動かした。だけれど、そこから言葉が出てこない。
 小沢が強く腕を引いた。だけれど香奈は立ち上がらなくて、小沢は片手に持っていたCDのケースを口にくわえると、両手で彼女の腕を取った。
 小さな爆発音がした。ガスか何かに火が回って、爆発したような音だった。
 爆風がそこを抜けていく。
 風の中に、香奈の髪が踊った。口をきゅっと結び、男をまっすぐに見つめる香奈の髪が、その風の中に踊って──彼女の銀色の端末が、その髪の中に見えた。
 再びの爆発。
 香奈の腕をとる小沢。
 男が言う。
 見つめる彼女にまっすぐに。崩れゆく景色の中で。
 静かに。
「Would you show me the answer in a 2nd Millennium END.」


「Sure.」


       5

 爆音が高鳴る。
 ジェットエンジンの排気ノズルが赤く赤熱し、その機体が動き出す。
 目指す先は青い夏空の向こう。
 鼓膜を揺さぶる気高い音。やがて、羽は海からの風をつかんだ。
 機首が進むべき場所へとその先を向ける。浮き上がる。
 大沢はその機影を追っていた。周りには整備員たちの姿。「行ってこーい!」両手を口許に当てて叫ぶ。インカムもなしに、聞こえるはずもないのに。
 崩れゆく本部から走り出してきたシゲたちも、空の向こうへとあがっていくその機体を見た。「離陸できたみたいだ」ぽつりとシゲはつぶやく。「ベル…」
「後は、一也くんたちに任せておけば、心配ない」
「しゃ、しゃべっちゃダメ!」
 小さな身体で大きなシゲを支えながらベルが言った。シゲはかすかに笑う。
「心配すんなって」
「するわよ!」
 金色の髪を振り乱して叫ぶベルに、シゲはその髪にそっと手をかけた。
「大丈夫」
 青い空の向こうに、白い軌跡が生まれていた。
 エネミーが吼えた。
 空の彼方へとあがっていこうとするその翼に向かい、激しい咆哮をあげていた。その目が赤く光る。ハ虫類の形をした身体が、水面のごとく脈動を始める。
「おまえの相手はそっちじゃねえ!」
 コックピットの中で男は叫んだ。エネミーの前に立ちはだかった巨人が動く。
「この俺が、相手だ!」
「あれは…」
 崩れゆく本部から、そのつぶやくようなかなたの声に、植村は巨人へと視線を動かした。力強いその姿。人型の巨大ロボット。頭頂高はR‐IIと同じくらいか。エネミーの前には小さく見える。だが、その圧倒的なシルエットは、人型ロボットとは言え、Rシリーズとは一線を画していた。
「なんだ、あれは…」
 つぶやく。
 その巨大ロボットの設計理念は、Rシリーズと似ていると思った。人型であり、動きを見る限り、限りなく人に近い動きを実現している風に見えた。
 しかし、シルエットは全く違った。R‐IIがF1とすれば、それは重戦車を彷彿とさせるシルエットだった。
「何処の誰が、あんなもん…」
 呟く植村の視線の先、肩口には、Rシリーズがそうであるように、固有のロゴが銘打たれている。
 FAR‐一+二。
「ファア?」
 その声は、天に向かって吼えあげたエネミーに咆哮にかき消された。その身体から肉の矢が放たれ、青い空の上空を行く、一機の飛行機に向かって襲いかかる。
「まずい!?」
 はっと振り向いた大沢が声を上げた。
「問題ない」
 即座に、教授がにやりと口許を揺るませながら続いた。
 巨大ロボットが動く。
「させるか!!」
 巨大ロボットのコックピットで、男は叫ぶ。と同時に、男はフットレバーを勢いよく踏み込んだ。
「やつは──」
 教授は口許をゆるませたまま、呟くようにして言った。
「我々と同じ、正義を胸に秘めた──心強い、味方だ」
 巨大ロボットの目が、ぎんっと強く輝く。
 それは、見る者たちを驚愕させた。
 FAR‐一+二と銘打たれたその巨大ロボットは、確かにRシリーズとよく似ていた。だが、今までのRシリーズのシルエットとは、明らかに違い、重戦車のように見えた。それは、Rシリーズのような「身軽さ」を持たないように、誰にも見えたのだが──
「なにぃ!?」
「バカな!?」
 シゲがと大沢が、同時に叫んだ。
 その巨大ロボットは、すさまじい早さで、エネミーへと、肉薄したのである。
「ホバー!?」
 砂塵が巻き起こる。
 驚愕に満ちた目を、エネミーが眼前に迫ったそれに向けた。風の中から、拳の一撃が繰り出される。エネミーが吼えた。巨体が、海面へとはじき飛ばされた。
「い、いまの…」
 かなたは立ち上った巨大な水柱を唖然と見つめながら呟いた。植村は上空にさっと視線を走らせる。イーグルは大丈夫のようだ。それだけを確認すると、
「教授、あれは…!?」
 インカムに向かって、叫んだ。
「あれは──」
 教授の声。
「──露払いは、我々に任せてもらおうか」
 そのインカムからの声をかき消す、老人の声。
 はっとして、植村はかなたを見た。
「ホバーとは…やってくれる…」
 呟きながら、大沢が駆け寄ってくる。その後ろには、シゲとベル、そして睦美と恭子、詩織をつれた吉原、整備員たちの姿もあった。
「くそっ…オイシイところを…」
「シゲさん!しゃべっちゃダメ!!」
 ベルが必死になって叫んでいたが、ぐっと奥歯をかみしめて巨大ロボットを見据えるシゲに、睦美はぽつり。
「…案外、平気そうなんじゃ…」
「あ、あれだけ血が出てたら、倒れるよ!?」
 恭子がさすがにたしなめた。
「かなた、俺のノートPCを!!」
「え…う、うん!」
 手渡されたノートPCの外部入力に、植村はインカムの入力をつなげようと──
「その必要はない」
 ふっと軽く笑うようにして、新士が言った。その後ろには、泉田、片桐、そして篠塚の姿もある。
「そのノートで、テレビは見られるのか?」
「…まぁ」
「それなら、どこの局でもいい。映すんだ」
 そして新士は巨大ロボットに向き直った。
「察しはついてる…」


 海面が、ぐぐっとせり上がった。
 そこから、エネミーの真っ赤に燃えるような瞳が、ぎらりと輝きながらあらわれた。
 対峙するのは、漆黒の重装甲の巨大ロボット──FAR‐一+二。
 その映像が、今まさに、全世界に向けて発信され始めた。
「正義を行おうとしているのは、我々だけではない──」
 教授が、小さく呟いていた。


「っていうか、教授!?どこにいんの!?」
 植村。
「なんでこの人、スパイダー大隊のやられたあとをバックにしてしゃべってんの!?」
 かなた。
「いいなぁ…」
 シゲ。
「俺のかっこいいシーンなんて、流れてなかったんだろうなぁ…損な役まわりだなぁ…」
「し、シゲさん!?」
 ベル。
「おーい、誰か救急車ー」
 整備員の誰か。


「──ここは、俺たちに任せて、お前たちは…」
 薄暗いコックピットの中には、一人の男がいた。
 眼前のモニター光にシルエットとなっていた男の顔は分からない。男はエネミーを見据えたまま、すっと右手の人差し指を立て、その指で、しっかりと上を指した。
「宇宙(そら)を目指すんだッ!!」


「よくやる…」
 新士。
「だが、この地上残った最後のエネミー…頼れる者は他にいまい?」
 片桐は軽く口許をゆるませる。
「やっべー!?まだわかんねー!?」
 大沢が頭をぼりぼりとかきむしっていた。
「やばい…私、わかっちゃった…」
 睦美。
「つき合い長いっていうのは、罪なもんスかね…」
 吉原は苦笑気味に呟いた。


「Necよ…」
 画面が切り替わった。
 青い空。白い軌跡。ゆっくりと画面が下がっていく。初めにフレームに入ってきたのは、エネミーの姿だった。
「この星の未来、場所は違えど──」
 そしてエネミーと対峙する、FAR‐一+二。
 立ち上る、スパイダー大隊が破れたあとの黒煙。砕かれた東京国際空港の滑走路。
 東京国際空港を見下ろす何処か。
 三人の科学者の背中。
 真ん中に立った年老いた科学者が、叫ぶようにして言った。
「ともに護ろう!」
 その姿が、画面いっぱいに映し出された。
「それぞれが信じた──正義のために!!」


 古ぼけたハンガーの中から、香奈を抱きかかえるようにして小沢が駆け出してきた。
 その後ろで、ばんっと、強烈な爆発が巻き起こった。
「きゃあっ!?」
 衝撃に、安普請の壁がはじけ飛ぶ。窓ガラスが砕け、宙に散る。
「走れ!」
 口にくわえていたCDケースをスーツの内ポケットに押し込みながら、小沢は香奈と共に走った。
 少し離れた所に、皆の影が見える。
 そして彼らの見つめる先には、海に立つエネミーと対峙する巨大ロボット。青い夏空の遥か彼方に消えていこうとする、白い軌跡があった。
 それを確認して、小沢は言った。「頼みますよ…」
「道徳寺さん──」
 その男の名を。


「ゆけ!我らが最高傑作よ!!」
 三人の狂科学者(マッドサイエンティスト)たちが、白衣を翻らせて叫んだ。
 エネミーが吼える。
 返すように、巨大ロボットの目が、ぎらりと光る。
 この地で、今まさに、最後の決戦が始まろうとしている。


「っていうか──」
 ノートPCの液晶を見つめながら、かなたが小さく呟いた。
「よくやる…」
「あー、俺の一番のシーンが、台無しだし…もうダメかも、俺…」
「シゲさん!?ちょっ…」
「救急車まだかー?」


                                   つづく


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