studio Odyssey


第三話




「僕はなんにも知らないですよ」
「さっきから、そればかりだな」
「知らないものはしょうがないでしょ。知らないんだから」
 取調室というのは、本当に殺風景なんだな──と思ったのは、一時間も前のことだ。
 昨日の事があれからどうなったのか、巨大ロボットR‐0のパイロット、吉田 一也は何も知らない。
 ずっと、留置所にいたからである。
「んじゃ…とりあえず、質問事項をもう一度繰り返させてもらうよ」
 不機嫌そうに、ちょうど一也くらいの歳の息子か娘でもいそうな中年の刑事は、スチール机の上の書類に視線を落として言った。
「何度聞かれても、答えは同じですよ」
 ため息を吐く一也に、
「こっちも聞きたかないよ。これも職務だ」
 ため息で返す刑事。
「はぁ…」
 一也は曖昧に、小さく唸った。
「まず、あのロボットを作った人間というのは?」
「お姉ちゃんたち、四人だと思います」
「君はなぜあれに乗ることに?」
「教授に呼ばれて、半ば強引に」
「その教授と呼ばれる人間は、どこかの軍事機関、及び国家の機関に属しているのか?」
「知りません」
「教授と呼ばれる人間は、どうやってエネミーの情報を手に入れたんだね?」
「よく知りません。ハッキングしたと言っていました」
「教授は、何か特別な情報で、エネミーが日本に攻めてくることを知っていたのではないかね?」
「知りません。けど、多分それはないと思います」
「というと?」
 一也の言葉に、刑事は少し身を乗り出した。一也は言おうかどうしようか少し迷ってから、
「あの人はこういう事が必ず起こると確信してたみたいですから」
「何を根拠に?」
 少し目を伏せて、遠慮がちに言った。
「なんの根拠もなしに…」








 第三話 それは男のロマン。

       1

「もういい、さがってくれ…」
 村上総理は頭を抱えて、秘書を下がらせた。
 目の前には頭痛の種。エネミーについてのファイルが三冊もある。
 なんだって…オレが総理の時にこんな事が…
 あれから、もう五日も経つ。それなりにいろいろな事が解ってきてはいるのだが、頭痛はひどくなるばかりだ。
 何しろ、解らないということが次々と解ってきているのだから──
 大方、このファイルも採取したエネミーの筋肉組織だの、皮膚組織だのの難しい解剖報告が載っているのだろう。(注*1)
「これが…美女のプロフィールなら、穴が開くほど見るんだが…」
 エネミーのことでこちらに詰めているので、このところご無沙汰なのだ。(注*2)
 はあ…
 女性のスカートをめくるように、ファイルの端っこの方を摘み上げ、そうっと中を覗く。
そして、彼の目の中に、その文章は飛び込んできた。
 『エネミーを倒した巨大ロボット。R‐0についての報告』
「なんだとっ!」
 思わず声を荒げてファイルをめくる。
 巨大ロボットR‐0──R‐0、それがあのロボットの名称なのか!見たぞ。あの戦いぶり。確かに周りの被害は尋常ではなかったが、幼い頃に抱いた何とも言えない気持ちが、あの時に目を覚ましたことには間違いない。
 そう!あの映像は凄かった。どこだったかな…そうだ。テレビPだ!あんなに間近で捉えていたのは、あの局だけだったな!(注*3)
 後で連絡して、テープをダビングしてもらおう。いや、全局に押収という形でテープを持ってこさせ、編集するか…何しろあれだけのモノは、もうないだろうからな。
 もうない──本当にもうないのか?
 それはうれしいような…悲しいような…
 いや。とりあえず今はこのファイルだ。
 巨大ロボットR‐0──あの得体の知れない、妙な男が作ったらしい──R‐0か…
 総理はふるえる手で、ゆっくりとページをめくっていった。


 三日前──
「では、ただいまよりこの巨大ロボットの分解作業を始める。各員事前に配られたマニュアル通りに作業するように」
 班長らしき人の言葉に、二十数人からの作業員は威勢良く答えて、巨大な倉庫の中に寝かされたR‐0に駆け寄っていった。
「こんなモンがいじれるとは、夢にも思わなかったぜ!」
「っていうか、夢だよな!」
 などと、若い作業員たちがしゃべりながら走っていくのを見て、
「頼むから、壊さないでくれよー」
 R‐0のハードウェア設計者、中野 茂──通称シゲは呟いた。その隣にいるのは、システムプログラマーの西田 明美助教授である。
「──っていうか。放射性廃棄物はどうするつもりなのかしら…」
 明美助教授が恐ろしいことをさらりと言う。
「さぁ…とりあえず書けって言われた分解マニュアルにはしっかりと書きましたけどね。解体順序を間違えないでくれるといいんだけど…」
「そんなことより、R‐0を綺麗にしてあげてくれないかなぁ」
 そんなこと──と言ったのは誰であろう、読者の方もすでにお分かりの通り、吉田 香奈である。
 R‐0にかかったエネミーの体液は、軽く拭き取られている。だが、香奈にして見れば、まだ汚れが気になるレベルなのである。そわそわとR‐0の方を見ては、
「あ。右手のBパーツに変なのついてる」
 だの、
「ボディの装甲版、少しへこんじゃってるなぁ」
 だのと、お掃除がしたそうである。
 ここは、東京国際空港の片隅にある飛行機格納庫。R‐0は前日、横浜からここに移動されてきた。(注*4)
 そして今日、制作者立会いのもと、分解作業となったのである。
「教授はどうしたんですか?」
「まだしぼられてるんじゃない?今日からは、本庁の方に身柄を引き渡されたらしいし」
「あ、足の右装甲版が割れてる。一也があそこで蹴ったからね」
「あの整備服、四菱のですよ」
「他んとこの技術者もきてるわよ。(注*5)やっぱり興味あるんでしょうね」
「やっぱり手のマニュピレーター、壊れちゃってますね。鉄骨も持ったし…」
「一也君はどうしたんですか?」
「彼は仮釈放よ。香奈ちゃんの下宿先にいるわ。監視付きだけど」
「一也、お部屋汚してないかなぁ…」
 好き勝手なことを言いながら、三人は分解作業を見守っていった。
 ごろごろと三人の目の前を、放射性廃棄物を詰めたR‐0のコアが運び出されていく。ドラム缶くらいの大きさの円柱形の入れ物の中に、放射性廃棄物が詰まるように設計されているのである。
「あれ、壊れたらいやですね」
「そうね。慎重にやって欲しいわ」
「もうこれでR‐0は動かなくなっちゃいましたね」
 四肢の分解はかなり進んでいるようだ。作業員たちがR‐0のアクチュエーター(注*6)を見て、
「おい、見ろ。このアクチュエーターの構造は凄いぞ。このギアがここにかかって…こう。凄いじゃないか。一つのモーターでこれだけの部品を動かしてるのか!」
 喚起の声を上げつつ、写真を撮る。あれは提出用であり、おそらく私腹を肥やすためにも使われることであろう。
「ああ…オレの作った散点支持型アクチュエーターが、目立重工の技術者に…」
「ご愁傷様。だから、ちゃんと特許をとっときなさいって言ったのよ」
「あ、ボディーの第三装甲版が外されますよ」
 クレーンで徐々に吊り上げられていく、R‐0のボディ、最後の装甲版。ブラックのこの最終装甲版が外されると、R‐0の本体内部がむき出しになるのである。
「原子炉が露出しましたね」
「外すつもりなのかしら…」
「最終装甲版は壊れてないみたい。やっぱり、装甲版は厚めにしといてよかったですね」
「…逃げたいとこですね」
「私たちを見張ってるあの警官さえいなきゃ、とっくに逃げてるわよ」
「あ、クレーンが降りてく。原子炉を外すんですね」
 シゲと明美助教授は思わず目をつぶった。ううっ…頼むから危ないことは止めてくれっ。
 香奈の方は、めまぐるしく動く人々を面白そうに眺めている。まるで、初めてR‐0の分解を見ているような目だ。
「よーし、あげていいぞ。ゆっくりと。ゆっくりとな!」
 作業員の声。そして、ごうんごうんというクレーンのあがっていく音に、明美助教授はうっすらと目を開けてみた。どうやら原子炉は、ちゃんとシゲの書いた解体報告書通り、丸ごとはずせたらしい。(注*7)
「あれ…その後どうなるんでしょう…」
 と、シゲがぽつり。
「動燃(注*8)が分解するんじゃない?」
 と、原子炉を見上げながら明美助教授もぽつり。
「R‐0、いよいよ完全に動かなくなっちゃいましたね」
 香奈は、R‐0をちょっと背伸びするようにして見て、言った。
 R‐0の露出したボディの上で技術者が腕まくりをして、その中に消えていく。
「とうとうですか…」
 それを見てシゲが息を飲む。
「コックピットの下。もう丸見えでしょうね」
 明美助教授も、軽くため息を漏らした。
「BSSですか?」
 小首を傾げて聞くのは香奈。
「あれは、R‐0のブラックボックスですからね」
「何したって無駄よ。あれは開けらんないわ」
「無理に開ければ、壊れちゃうんですよね。超精密機械ですし…」
 他人事のようにぼやく三人。その三人の所に、作業員の一人が足早にやってきて、
「おい。あのマニュアル通りにシステムにパソコンをつなげたら、TYPE PASSと聞かれたぞ。パスワードを教えるんだ」
「コックピットの下にあるインターフェイス?」
 と、シゲ。
「そうだ」
「五○ピンのプラグ?」
 と、明美助教授。
「そうだ。それだよ」
「BSSって書いてあるやつですか?」
 と、香奈。
「わかってるなら早くパスワードを教えろ。怒るぞ」
 作業員は軽くため息を吐き出した。全く、あんなものを作るだけのことはあって、そろいもそろって変人ばっかりだ。
「パスワードはなんなんだ。え?」
「パスワードですか…」
 明美助教授を、ちらりと見やるシゲ。明美助教授はその視線に気づいて、少し考えるような素振りを見せた後、
「悪いんだけど…あのパスワード、私たちも知らないのよ」
 軽く髪を掻き上げて微笑むと、大きくため息を吐き出した
「なんだと…あれを作ったのは、君らじゃなかったのか?」
 三人、大きく頷いてから、
「ですが、僕はハードの設計をしただけです。システムについては、知りません」
 偉そうに胸を張って、言い逃れるシゲ。
「私は単なるプログラマーですから、言われたとおりのプログラムを組んだだけです。システムプログラムならわかりますが、BSSの内部構造については、知りません」
 さらに、明美助教授も作業員の台詞をするりとかわす。
「君は…」
 と、香奈の方を見る作業員。だが軽く微笑んで「何か?」というように小首を傾げてみせる香奈を見て、
「──知らなそうだな」
 少しでも話の通じそうなシゲと明美助教授の方にのみ、視線を向けた。
「君らが知らないのなら、知っている奴を呼んでこい。あの教授とか言う人間なら知ってるのか?だったら本庁に連絡して…」
「教授はシステムを作った人間より、ハードを作った側に近い人間です。教授もパスワードは知りません」
「じゃあ、誰なら知ってるんだ?」
 シゲの言葉にいらついたように作業員が言う。
 明美助教授は努めて冷静に、ある意味では相手を見下して、突き放したように、
「だから、私たちも、パスワードは知らないって言ったでしょ」
 そう言って、にこりと微笑んだ。


「やれやれだ」
 村上総理はファイルを閉じると、「もうどうでもいいや」というようにそのファイルを机の上に放り投げた。
「結局わからずじまいと言うことか…」
 机に両肘をつき、親指の爪を噛む。小学生くらいの頃の癖だが、エネミーが出てからこっち、ストレスのせいかこの癖がまた出てしまっていたのである。
 ファイルの中の書類。R‐0の分解報告はお粗末なものだった。
 R‐0の基本的なハードウェアシステムは、アクチュエーターから装甲版に至るまで、現行の科学技術の応用で作り出せるものであった。
「BSSか──」
 呟いて、総理はふっと笑う。自分で自分の台詞に酔ってしまったのである。
 BSS。ただひとつ。システムの中枢、何もわからないブラックボックス。
「あの男──平田教授と言ったな…」
 村上総理は大きく息を吸って、
「よくわかってる男じゃないか」
 世の中の『お約束』というものに満足している自分を笑った。(注*9)


 同刻。第一話で登場した北米防空司令部。──通称クリスタル・パレス。
「またかぁっ!」
 きりきりと痛む胃を押さえ、司令官ジョン・マッキントリックは叫んだ。
 昨日やっと復帰したばかりなのである。無論、マーロックスはまだ手放せない。
「衛生軌道上にまたあの卵か──」
 机に両肘をついてシリアス顔に言うのは副司令、ペーター・ローガン。
「くそぅ…化け物め」
「司令。どうなさるおつもりですか?」
「しるかっ!やつに聞け」
 胃を押さえて喚くマッキントリックを見て、ペーターは「無様なやつだ」と、両手で隠した唇を突き上げた。(注*10)所詮は、脳のない現場のたたき上げだ。
「目標!降下を開始」
「来たな!今度はどこだ?」
 そう言いながらも、マッキントリックもペーターも、エネミーはまた太平洋に落ちて日本へ向かうであろう事を確信していた。
 深い理由はない。
 それがお約束というものだからである。(注*11)
「目標降下予想地点、でました!」
「どこだ?」
 ペーターがシリアス声に聞く。
 コンソールパネルの前のマニュピレーターは、声を荒げて叫んだ。
「バミューダ諸島、北方五○○キロ!」
「何だと!!(注*12)」
 ペーター・ローガンが、額に脂汗を浮かべて立ちあがった。
「あ…もう…だめ…だ」
 ジョン・マッキントリックが恐るべき事実に倒れる。
「馬鹿な…」
 ペーター・ローガンは、脱力感とともにすとんと椅子に座り込んだ。
「約束が違うではないか…」
 いや。そんなことはない。
 それもまたお約束なのである。(注*13)


「第一次戦闘配備!ありったけの火力を集めろ!!」
 司令、ジョン・マッキントリックが叫ぶ。
 北米防空司令部は、オヤジのうるさい大声に、その活力を取り戻していた。
 倒れても立ち上がる。ネバーギブアップ。それが現場のたたき上げだ。キャリア組とはひと味もふた味も違うんだ!
「ペータァー!邪魔だ!何もしないのなら失せろぉッ!!」
 キャリア組、ペーター・ローガンは椅子に座ってぼうっと空を見ている。どこぞに飛んでいったっきり、戻ってこないのである。
「ペータァー!」
 日頃の恨みも込めて、マッキントリックはペーター・ローガンの頬をばしばしと叩いた。おおう!快感!と、思わずマッキントリックの顔も弛む。(注*14)
「司令!目標はニューヨークに向かって依然進行中」
「よーし…わかったァ!」
 どうやら、マッキントリックのストレスはかなり解消されたようである。
「大西洋を巡回中の各船、各潜水艦に連絡!目標を補足し、補足出来次第攻撃!」
 ぼそりと、
「魚雷による攻撃の有効性は確認されず…」
 生きる屍ペーター・ローガンが漏らせば、
「おうるぅぁああっ!」
 マッキントリックのアックスボンバーがペーターの顔面に炸裂する。
「いいか!躊躇するな!!全力でたたき込め。どんな化け物だろうと、いつかは倒れる!!」
 それはマッキントリックがたった今感じた真理であり、司令部のみんなに示して見せたことである。(注*15)


「目標はロングアイランド島に上陸!」
「魚雷によるダメージは特に確認されていません」
「空軍主力部隊、あがりました!接触まで後一○」
「ニューヨーク市民の避難は六○パーセントほどが完了しています!」
 次々と飛び交う情報を頭の中にたたき込みながら、司令ジョン・マッキントリックは少しずつ焦りだしていた。
 馬鹿な。無敵のアメリカ軍が、あんなわけのわからん宇宙生命体に負けるとでも言うのか?否!ありえん!
 しかし…くっそう…これもすべて仮想敵国の弱体化のせいだ。あのせいで、どんどん軍縮が行われているからだ。(注*16)まったく…
「仕方ない、大統領に連絡を」
「しっ司令!それはまさか…」
「連絡を取るんだ!こうなっては、最悪の事態に備えておかなければならん」
 ジョン・マッキントリックはシリアス顔で言った。こうなれば、人類最強の武器を使うしかないのだ。アメリカにあるすべての核を使えば、世界を何度壊すことだってできる。
「アメリカは…ダメだ…」
「うるさいぞペーター!」
 さっきからぼそぼそと呟いているだけのペーターを、何度射殺してやろうと思ったことか。だが、さすがにこんな現場に死体が転がっていたら、邪魔である。
 ペーターは空を見つめながらぽつりと呟いた。
「何でアメリカには、巨大ロボットがないんだ…」
「ペーターは、何を訳のわからん事を言っておるのだ?」
「あれ?司令はご存じないんですか?日本に向かっていった目標を倒した、巨大ロボットのこと」
「巨大ロボット?」
 日本があいつを倒せたことは聞いていたが、その方法が巨大ロボットだと?ふん。手先の器用な猿どものやりそうなことだ。
 非難するように鼻を鳴らすジョン・マッキントリック。
 だが──
「目標。ニューヨークまであと五○!」
「空軍の爆撃では目標の歩行速度を抑えることしかできていない模様!」
 司令ジョン・マッキントリックは、次々と聞こえてくる新しい情報に、次第に焦りを強めていった。
 その後ろではペーター・ローガンが、
「アメリカは…ダメだ…巨大ロボットがない…」
 と、繰り返している。
 そんな──そうなのか!
 アメリカには、どんなに強い軍隊があろうと、無敵の核の力があろうと、巨大ロボットがないから、ヤツには勝てないのか!(注*17)
 そんな…馬鹿な…
「司令!大統領と連絡が取れました」
「司令!目標は再び海に足を入れました」
「司令!ニューヨーク市民の避難は依然完了していません」
「司令!陸軍の配置はまだ四五パーセントです」
「司令!」
「司令!」
「司令!」
 返ってこない司令、ジョン・マッキントリックの答え。
「ああっ!司令!」
「口が半開きになってるッ!」
「ヨダレも出てるぞ!」
 副司令ペーター・ローガンよろしく、司令ジョン・マッキントリックも、あっちの世界へ旅立ってしまったらしい。
「しれぇーっ!」
 マッキントリックの肩をがくがくとマニュピレーターの青年が揺する。
 ぷち。という音とともに、こちらの世界へ返ってきたジョン・マッキントリック。
 大声で、
「パワーレンジャーに連絡!巨大ロボ発進!!(注*18)」
 大真面目に叫んで、立ち上がった。
「司令!何を血迷っているのですかぁっ!!」
 マニュピレーターの青年は、泣きそうになりながらマッキントリックの肩を揺らす。
「あ…ああ…ダメか。そうだな。ダメだな」
 はっと一瞬目を丸くしたけれど、
「ならば仕方ない──」
 マッキントリックはちっと舌を打ち、腕を大きく振るって叫び続けた。
「自由の女神、起動だ!!」
「しれぇーっ!!何を言っているんですかぁッ!!(注*19)」


 それから二日後、日本でのエネミー騒動より一週間後──
 村上総理は自分のオフィスで、ある男の到着を待っていた。後ろ手に手を組み、窓の外、東京の町を見下ろす。
 オレが守ってやらなければならない国──か。
 そんな台詞を吐く村上総理が、自分に酔っているのであるとは、言うまでもない。
 こんこんというノックの音がして、
「失礼します。お客様がおみえになりました」
 例の美人秘書が、三人の男を中に通した。
「わかった」
 肩越しに後ろを振り返る村上総理。そして、三人の男のうち、真ん中にいる手錠をはめられた男がその男だとわかると、
「手錠は外してやりたまえ。それから、彼と二人で話がしたい」
 何枚もある舌のうち、総理大臣の、シリアス用の舌を使用して言った。
 二人の男は嫌そうに頷くと、男の手錠を取り外し、一礼をして去っていく。それを確認して村上総理は振り向くと、軽くなった手首をこすっている科学者に向かって、言った。
「はじめまして──かな。平田教授」
「これはこれは、村上 俊平総理。応援してますよ。前回の選挙でも投票させていただきましたし、その節は、ご協力を感謝します」
「その話も詳しくしたい。まあ、掛けたまえ」
 と、来客用ソファに座るよう平田教授を促す村上総理。
「では──ところで、お茶は出ませんか?できればうまいコーヒーが飲みたいところですが」
「好きかね。コーヒー?」
 と、教授がソファに腰を下ろすのを見て、村上総理も腰を下ろす。
「ずっと、警察のご厄介になってたものですからね。日本の警察ってのはあれですな。美味いカツ丼も食わせてくれないのですね」
 大真面目顔をして言う教授。別に、ジョークを言ったわけではないのである。
「うん。じゃ、面白いコーヒーでも煎れてもらおう」
 軽く笑いながら、村上総理はテーブルの上の電話に手をかけて、
「私だ。国産のコーヒーを二つ煎れて持ってきてくれ」
 秘書に向かって言う。平田教授も、ご満悦のように頷いて返した。
「沖縄のあるコーヒー農園のやつですね。一度飲んでみたかったんですよ」
「よく知ってるね。それだよ(注*20)」
「総理は、コーヒーにはうるさい方で?」
「いや。そうでもないがね。うるさいだけなら、うるさいかもしれんが…君はどこのコーヒーが好きだね?」
「私は、グァテマラとかが好きですなぁ」
「中米産だな。あれは香りがいい。私は、ハワイ・コナとかが好きだね」
「酸味系ですね」
「トラジャは飲んだことはあるかね?」
「インドネシアの幻のコーヒーですね。あれはうまい」
「うむ。今度一緒に飲もう。うまいコーヒーを煎れてくれる店を知ってるんだ」
「ええ。ご一緒したいですな。んで、こんな話をしていていいのですか?」
「うむ。そうだな…(注*21)本題に入ろう」
 そう言って、総理はソファに深く座り直した。
「単刀直入に言おう。ページの無駄だからな」
「そういう台詞を言うと、ツッコミに行を取るので止めていただきたい」
「うむ、わかった」
 と、村上総理はひとつ咳払い。
「では──聞こう。君の作ったあの巨大ロボット、名前はなんと言ったかな?」
 探るように村上総理は言う。もちろん、村上総理もあのロボットの名は知っている。
 教授はにやりと笑って、
「MSZ‐006ですか?」
「それはZガンダムだろう」
 村上総理につっこまれた。
「総理もお好きですな…」
「なっ…いや。その…」
 にやりと笑う平田教授に、しどろもどろの村上総理。「おほん」と軽く咳払いをしてから、続ける。
「確か名前はR‐0とか言うらしいが…」
「ええ。決して型番ではなく、それが正式名称です」
「そうなのか?」
「なんですか。名前が付いていた方がよかったですか?エルガイムMK‐Uとか、ガンダムF91、バルキリーVFXとか」
「君も好きだね…」
「じゃなきゃ、あんなもの作りませんよ」
「だろうな」
 と、村上総理は軽く笑う。この男、決して悪い人間ではない。──決していい人間でもないが──それが、村上総理が抱いた平田教授という人間像であった。
「君は、何故R‐0のような巨大ロボットを作っていたんだね?」
「愚問ですね」
 教授は楽しそうに笑うと、ソファに深く座り直した。軽く口許を弛ませ、言う。
「こういう事態が起こることを、確信していたからですよ。そして、事は起こるべくして起こった。ただそれだけです。一般人には、そうは見えないかも知れませんけどね」
「なるほど」
 村上総理はもちろんそう言うことを聞いていたわけではなかったのだが、あえて続けて聞くことは止めにした。何を言っても、似たような答えが返ってくるのだろう。この男、そういう男だ。
 大きく息を吸い込み、話題を変えるようにして、村上総理は聞いた。
「ところで、R‐0は、あれ一体しかないのかね?」
「と、言いますと?」
「先日、二体目のエネミーがニューヨークを襲った」
「知ってます」
「アメリカ軍は、ニューヨーク市街の八○パーセントを焦土と化して、やっと奴の動きを止めたそうだ」
「ええ。知ってます。核を使わなかったところに、敬服しますよ」
「アメリカ側からせっつかれている」
「何をです?」
「日本を救った巨大ロボットの情報公開をだよ」
「なるほど──」
 総理と教授の会話は、そこでいったん途切れた。美人秘書がコーヒーを運んできたからである。
 テーブルの上に出された、白い湯気を立てるコーヒーを見つめ、出ていく美人秘書のお尻に──二人してちらりと視線を走らせてから──コーヒーに手を伸ばす。
 無言でコーヒーを軽くすすり、
「結構いけますな」
「だろう。国産も捨てたものではあるまい」
 と、あくまでコーヒーの感想を述べつつ、二口、三口と飲んでいった。
「情報公開を求められているのなら、資料をすべて渡してしまえばいいでしょう。R‐0の分解報告は、出ていると思いますが?」
 教授はカップを口に付けたまま、上目遣いに村上総理を見た。
 総理もカップを口に付けたまま、目だけで笑って言う。
「あんな資料では、米軍は納得しないよ。まるで的を獲ていない」
「散点支持型アクチュエーターと、オートバランスシステムの基礎理論だけでも十分でしょう。どうせ彼らにはまだわかりませんよ」
「それは、巨大ロボット文化レベルの違いという事かね?」
 笑って言う総理に、平田教授も笑って返す。
「日本は戦隊ものならゴレンジャーから始まって、カーレンジャー。アニメでならマジンガーZ、ジャイアントロボ、コンバトラーV、そして今にもつづくガンダムシリーズと、向こうとは歴史が違いますよ」
「アメリカだって、スタートレックにはまって、あれと同じ宇宙船を作ろうとしている人間はいる(注*22)」
「宇宙船は理論的に、かつ、現在の大したことない技術で作れますよ。ですが、巨大ロボットはそうはいきません」
 教授はコーヒーカップをソーサーの上に置き、
「巨大ロボットは、世間一般にマッドサイエンティストと呼ばれる人間にしか作れんのですよ」
 偉そうに、にやりと笑った。いや、正確には彼は自分が偉いと思っている。目の前の総
理大臣よりも──だ。
 総理は笑う。だが、それは教授の言うことに共感している自分へ対する自嘲の笑いだ。
「もう一度聞く。R‐0はあれ一体しかないのかね?」
「ありません」
「合体したりは…?」
「しません。コストパフォーマンスの問題で、二体も三体も作れません(注*23)」
「では、金をこちらから出せば、新しい機体ができるかね?」
「できません」
「それはなぜだ?」
「総理もご存じでしょう…」
 教授はまたもにやりと笑った。この二人、きっとこうして喋っている雰囲気、及び状況に酔っているのに違いない。
 総理もシリアス顔で、教授の言葉に返した。
「BSS──か」
「そうです。R‐0の中枢システム、BSS。あれは、もう二度と作れません」
「なぜだね?」
「愚問ですね」
 教授は大まじめな顔で、
「その方が展開的に燃えるからです」
 言った。(注*24)


 傾き始めた陽が、大きな窓を突き抜けてオフィスを照らす。
「私だ。今、彼と話をした。やはり例の組織、作る必要があるようだ」
 オフィスの机の上にある電話を手に、村上総理は言う。
「──ああ、彼らは民事責任を問われても、あれだけの金額は支払えるはずないからな。こちらで持とう。(注*25)──なんだと?金がない?そんなこと知るか。税金を上げてしまえ。なんなら消費税を一○パーセントにしろ。でなきゃ、都市復興税でも作ってしまえばいい。──反感?そんな物は知らん。そんな奴らは、巨大ロボットのなんたるかを語って一蹴しろ。(注*26)とにかく、今の我々は彼らに頼るしかないのだ。全面的にバックアップしろ」
 ため息混じりに、椅子に座り直す村上総理。差し込む夕日に目を細め、電話の向こうの声に耳を傾ける。
 サマにはなっているのだが、
「──ん?娘がニューヨークから帰ってくるから今日は帰ってこいと家内が?わかった。今日は帰る。──ケーキを?わかった。買っていく」
 会話の内容がいまひとつである。
 村上総理は電話を切って、再び大きくため息を吐きだした。
「宇宙から飛来した未知の生物エネミー、そしてそれを迎え撃つ巨大ロボットR‐0──か」
 机の上には一枚の契約書が乗っている。赤い光に照らし出された、白い真新しい紙。
 R‐0を返すことを条件とした、最終指揮権委託の同意書。
「こんな事になって…日本は、一体どこへ行こうとしてるんだろうか…」
 その舵取りをしている人間とは思えないことをぼそりと呟いた。
「とにかく…」
 村上総理が立ち上がると、ぎしりと椅子がきしんだ。
 大きな窓から、夕日に照らされた眼下の都市を見下ろし、軽くため息を吐き出して、
「今日は帰るか…ケーキも買わんといかんし…」
 腰を叩きながら、ドアに向かって歩き出した。
 総理である以前に、彼も気の弱いパパなのである。









       2

「おお!我が子よ!」
 東京国際空港、おんぼろ倉庫内でそう叫んだのは誰であろう、平田教授である。
「あ!教授。お帰りなさい」
 右手にヤカン、左手に沢山の紙コップを持って香奈が言う。
「今、丁度みんなでお茶にしようと思ってた所なんですよ。教授もご一緒に」
 にこりと笑う香奈。ちなみに、みんなというのは脳神経機械工学研究室の四人だけではない。今は沢山になった、R‐0整備スタッフのみんなである。
「あ、教授。お帰りなさい」
「おう。シゲ、元気そうだな。どうだ、R‐0の調子は?」
 スチール机にパイプ椅子。文字通り即席の休憩所に教授が歩み寄ると、そこにはシゲが座って仕事をしていた。
「ぼちぼちですね」
 と──読んでいた漫画を机の下にしまい──パソコンに向き直って言う。
「夕方には、再起動実験をしてみます。教授、警視庁から直ですか?」
「そうだよ。覆面パトカーでね。こっちゃ、もう政府の人間だ。今まではらってた税金の分、たっぷりと使わないとな」
 にやりと笑って、パイプ椅子に腰を下ろす教授。
「R‐0が十分使ってるでしょ」
 と、突然後ろから声をかけた明美助教授の声に顔をしかめさせる。
「ひどいことを言うな、明美君。R‐0はアレで完璧だったのに、政府の方が改造しろといったんだぞ」
「原子力で動く格闘用ロボットの、どこが完璧なんですか」
 と、その明美助教授の後ろから一也。
「一也君、いたのかね?」
「京都に帰っていいというのなら帰りますけど、どうせまた呼ぶでしょ」
「わかってくれると嬉しいよ」
「僕は全然嬉しくないですが…」
「だがね、一也君」
 くるりと振り返り、真面目な顔を見せる教授。
「政府と手を組んだのは君のためでもあるんだよ」
「なぜです?」
「君が壊した横浜の街。直すだけの金は君にあるまい」
 当たり前だ。
「なっ…何で僕が払うんですか!だいたい…」
 と、反論する隙を教授が与えるはずもなく…
「ないだろう!それどころか、君は一生借金を返すため、だけに、働くことになってしまう事になる。(注*27)ああ!なんて可愛そうな一也君!!ならば我々が政府の要求をのんで、公僕と成り下がる他はあるまい。まだ若い一也君のことを…思えばこそ!!」
 握り拳をつけて力説する教授。一也は大きくため息を吐き、
「もう、いいですよ。あきらめました…」
「そう!そのとおり。ここまで来たら地獄の果てまで一蓮托生!死ぬときは一緒だよ」
 肩を叩く教授に、肩を落とす一也。その向こうから、香奈の大きな声が聞こえてくる。
「みなさーん!お茶が入りましたよー!」


「結局、電源方式は内部と外部に?」
 シゲのR‐0改造計画書を見ながら教授が言う。
 日本政府──より正確には、教授と村上総理の──契約により、R‐0及びその制作者とパイロットは、新しく設立された政府直属の特務機関に配属されることとなった。自衛隊とほぼ同等の扱いの、対エネミー用特務機関である。
「しかし、切れることをわかっていて電池を使うというのはなぁ…」
 改造計画書を見ながら、教授はぽつり。
「原子炉を積んでる格闘用ロボットに乗ってる、僕の身にもなってくださいよ」
「なんだ。一也君は、政府側の人間なんだな」
「常識人なだけです」
 超法規的措置、及び、防衛費のほとんどの使用を認められたこの特務機関であったが、政府の方から、R‐0を特務機関に配属させるにあたって、いくつかの改造を言い渡されていた。と言っても、大きく変えろと言われたのは電源方式──要するに原子力はやめてくれ──であり、それに乗っ取って、現在R‐0の改造が、このおんぼろ倉庫内で行われているというわけである。
「切れる切れるって言ったって、仕方ないじゃないですか。有線による電力供給は絶対にやだって、そう言ったのは教授でしょ」
 眼前のパソコンモニターを見つめながら、ため息混じりに明美助教授は呟く。
「うん。やだ」
「子供みたいですね」
「一也君、これはポリシーだよ」
「何でもいいですよ」
「で、結局バックパックにバッテリーを搭載させることにしました。これが外部電源となります」
 と、シゲ。自分も教授の手にしているのと同じ改造計画書を見ながら言う。
「んで、ボディ内部に内臓電源を入れます」
「それでどれくらい保つ?」
「外部電源は稼働状況にもよりますが、大体十分ほどは保ちます。内部は、五分が限界といったとこですね」
 ん?と、仕様書とシゲの言葉を今一度頭の中で確認し、
「シゲ、内部電源五分というのは、狙ったのではあるまいな」
 彼に疑いのまなざしを向ける教授。(注*28)シゲはややドキっとしたように瞬きをし、
「い、嫌だなぁ教授。外部電源との接点スペース、内蔵電源充電システムのスペースなんかで、こうなっちゃっただけですよー」
 あははははと笑って、頭を掻いた。
「ああ、そうそう。そんなことより、教授の先生、お見えになってましたよ。なんか、一人でR‐0のあちこちを見て、ふんふん唸ってました。忘れてましたよ」
「シゲ君、話題を逸らそうとしてるのが見え見えだわよ」
 澄まし顔でキーボードを叩きながら明美助教授。電源方式変更によるプログラムの変更を行っているのである。
「ああ、そう言えば僕もその人には会いましたよ。『おう!君がパイロットか。燃えるねぇ!!』って、肩叩かれました」
 思い切り。とは、喉まで出かかったがいわなかった。言ったところで、どうなるというわけでもなかったし…
「センセイが来てるのか!なぜ早くいわん」
 ばんと机を叩きながら立ち上がる教授。
「だから、忘れてたんですって」
「あの人のことだ。手ぶらではきまい!」
 と、握りこぶし。
「聞いちゃいねー…」
「いつもの事よ」
 相変わらずのペースでキーボードを叩きながら明美助教授が言う。だてに彼の助教授をやっているわけではない。
「じゃ、明美君にシゲ。後のことは任せる。私は先生と会ってくるからな」
 と、R‐0のボディの方へ走っていく教授。
 その後ろ姿を見ながら、一也は残った二人に聞いた。
「先生って、教授の先生なんですか?」
「そ。まぁ、正確には違うけど。教授をあの道に引きずり込んだ、諸悪の根元よ」
「ひどい言いようですねぇ…」
「そう?ま、私も全然知らない訳じゃないしね。あの人も、悪い人じゃないけど、究極の学者バカよ。教授と同じで」
「バカって事はないでしょう…」
「じゃ、マッドサイエンティスト」
 はっ、反論できない…
 一也は苦笑いを浮かべて黙り込んだ。
 明美助教授は、モニターから視線を逸らしもしなかった。


「センセイ!」
「おう!平田。燃えてるか!?(注*29)」
 香奈を捕まえてR‐0の説明をさせていた教授の先生、道徳寺 兼康は懐かしい弟子の顔に目を輝かせた。
「あんなハナ垂れ小僧だったお前が、こんな燃えるモンを作ったとはな」
 と、R‐0を見てしきりに感心したご様子。
「恐縮です。これもセンセイとは違って、機械工学を専攻しなかった賜物ですよ」
「言うじゃないか!ま、それも事実だがな」
 がははと豪快に笑う道徳寺 兼康。機械工学では名のしれた天才科学者であり、教授のある意味での先生であり、マッドサイエンティストの鑑でもある。
「だが平田。政府の犬に成り下がったそうじゃないか。儂は悲しいぞ!何故だ?我々マッドサイエンティストは常に中立。どこの国にも軍にも属してはならん。そういうモンではなかったのか?」
 道徳寺 兼康。さすがはマッドサイエンティストの鑑。言うことが違う。彼にとって、マッドサイエンティストとはそういうモンなのであろう。
「そうは言いますけどね。センセイ…」
 この教授が腰を低くして喋る相手は、後にも先にもこの男、マッドサイエンティストの鑑、道徳寺 兼康だけだろう。
「巨大ロボットは金がかかるのですよ。戦闘をすれば街は壊れますし、機体も壊れる。金なんて、いくらあっても足りないのですよ」
「現実主義になったなぁ…平田」
「財布の紐を握ってるのが明美君なんで…」
「おう!彼女か。なるほど、頷ける」
「ロマンじゃおまんまは食えんのですよ」
「彼女の台詞だな。名言だ」
 おかしそうに笑いあう二人。見ている香奈には、何がなんだかよくわからない。いや、香奈だから解らないというわけではない。念のため。
「今日は、どうしてこちらに?」
 答えを期待しつつ、本題に入っていく平田教授。この道徳寺 兼康が、ただ巨大ロボットが見たいからなどという単純な理由だけでここまで来るはずがない。手みやげの一つや二つ、持ってきているのに違いないのである。
「いや。平田の作った巨大ロボットというのが見たくてなぁ」
 と、意味深に笑う道徳寺 兼康。持ってきているからといって、「はいどうぞ」と差し出す人間ではないのである。
「なるほど。どうですか、R‐0は?大した物でしょう」
 教授もわかったもので、軽く話題を逸らす。
「ああ。すばらしいな。デザインといい、システムといい、申し分ない」
「ですが、問題点もいくつかあるのですよ」
 と、肩をすくめてみせる教授。
「問題点とな?」
 無論、そんなことは百も承知である道徳寺 兼康。だが、そう聞き返したのは話を作ろうとする一貫の流れからであり、マッドサイエンティスト同士の暗黙の了解の一つである。
 話の流れの中から、あたかも『お約束』のように演出して見せる。
 それが、カッコイイのである。
 いや、少なくとも二人はそう思っている。
「儂には、R‐0に問題点などなさそうに見えるがな」
「いえ、ただ一つ…しかし最大の問題点が、R‐0にはあるのです。それは──」
「それは──」
 道徳寺 兼康の探るような言葉に、教授はこくりと頷いて、言った。
「まだエネミーを倒すための、必殺武器が用意されていないことなのです」
「…なッ!」
 喉を詰まらせる道徳寺 兼康。教授は、その彼に気づかないフリをして、続ける。
「いかにR‐0が強力無比なる力を持っていようとも、これから先、熾烈を極めるであろうエネミーとの戦いにおいて、これほどの問題点はありません。しかし、私には…」
 くっとうつむき、歯を噛みしめる教授。
「しかし私には、R‐0にふさわしい、究極武器を作り出すだけの力はない!」
「何を言う平田ッ!!」
 声を荒げる道徳寺 兼康。
「何を言うのだ平田!お前がそんなことでどうする!!お前がそんなことで、この国を、この地球(ほし)を、誰が護るというのだッ!?(注*30)」
「センセイ…」
「いいか平田…」
 教授の肩に手を道徳寺 兼康。ふっと憂いを込めた瞳で微笑み、
「お前がそんなことでどうする。お前がそんなことでは、私がここに来た意味がない」
「セ…センセイ…では…まさか!」
 はっと目を見開き、シリアス声で言う教授。
 ここまで来て言うのもなんだが、もちろん、すべて演技である。でも、わかってない香奈は、自分も教授の驚いたような声に合わせて驚いている。
「平田…」
 自分の顔を覗き込む教え子の顔をじっと見て、
「儂はお前を信じている。信じているからこそ、お前なら道を間違えずに使ってくれると思い、今日、ここへ来たのだ。あれと共に」
 マッドサイエンティストの鑑、道徳寺 兼康は遠い目をして呟いた。
「センセイ…まさか…まさかあれが!」
 道徳寺 兼康の言葉に、教授はさらに目を丸くする。その教授の顔を見て、道徳寺 兼康は真摯に大きく頷いた。
「ああ。ついに完成した…」
「とうとうあれが!?」
「あの…あれって何ですか?」
 眉を寄せ、不安そうな表情で聞く香奈。
 二人の取り巻く雰囲気と、お約束的展開をわかっていない香奈だからこそできる質問である。他の人間なら、「はっ!」と顔をしかめるだけの所だろう。
「ああ…センセイが長年研究してきた、究極の武器だ」
 ぽつりと、教授は呟く。ふさぎがちに、香奈に視線を走らせて。
「武器!?R‐0に乗せるんですか?」
「そうだ!」
 香奈の言葉に、強く頷き返す道徳寺 兼康。どうやら香奈の反応に、ご満悦のご様子である。
「そうだ。R‐0に…いや!この、R‐0にしかつけられない!究極の武器!!(注*31)」
「そんな武器が!」
 と、驚いたように香奈。その手を口に当てて息を呑む。いやしかし、何も知らないというのは恐ろしい…
「平田。これを使えば、この世界を手に治めることも可能だ。だが、儂はお前を信じてこれを託すのだ。わかっているな。決して、誤った道には進むなよ…」
「センセイ…私を信じて…」
「ああ、そうだ平田。オレはお前を信じている。(注*32)武器は、外にあるトレーラーに乗せてある。お前の、自由に使え…」
 と、マッドサイエンティストの鑑、道徳寺 兼康はきびすを返した。
「センセイッ!!」
 去っていく道徳寺 兼康の背中に向かって、その弟子、平田教授が声を荒げる。
「道徳寺先生!」
 いや、香奈は演技ではなくマジだ…
「平田…」
 ふと歩みを止めて、道徳寺 兼康は肩越しに振り返った。
「これから先、お前には苦難の道のりが待っていることだろう。だが、忘れるなよ…」
「センセイ…」
 弟子、平田の視線に大きくうなずき返す道徳寺 兼康。そして前を向き、歩き出す直前に、彼は最後の言葉を付け加えた。
「正義は、お前と共にあるということを」
 道徳寺 兼康の去っていく背の向こうに、赤い夕日が見えた。──のは、言うまでもなく錯覚である。


 道徳寺 兼康の後ろ姿が見えなくなり、「もう帰ったな」と 教授は確信すると、
「では香奈君。センセイの置いていった物をありがたく頂戴しよう」
 と、いつもの調子でにやりと笑った。
 現金な物である。
 だが、
「香奈君?」
 振り返ると、香奈は胸の前で手を組んで、感動に半泣き状態だった。
「あの…香奈君?」
 香奈はただ、道徳寺の去っていった先を見つめ続けていた。
 困った娘である。


「──と、言うわけで。それが目下の所、R‐0に搭載された究極の武器だ」
 インカムを通して、コックピット内の一也に向かい、教授は嬉しそうに言った。
「こんな凄い物…あの人…」
 一也は驚きを隠せないでいた。そりゃそうだろう、どう見てもただの妄想狂のオヤジにしか見えなかったのだから…
「道徳寺先生はすばらしい人よ。一也、見かけで人を判断してはダメ」
 香奈は完全に洗脳されている…
「ま、あの先生が凄い凄くないはともかく、今は目の前の敵を倒すことに集中しなさい」
 明美助教授は道徳寺 兼康の頭脳は認めているが、人間性については首を傾げるところだった。
「一也君。エネミー、有効射程距離まであと二○だ。FCSを立ち上げるよ(注*33)」
「了解」
 シゲの言葉に、補助モニターにFCSと表示される。一也はそれを確認すると、R‐0の右手に握られた巨大な銃──ビームライフル──を両手で構えた。
 道徳寺 兼康の持ってきた、R‐0専用究極の武器。その名も、『ビームライフル』。シゲは陽電子砲(ホジトロンライフル)と言って聞かないが、誰がなんと言おうが、教授と道徳寺 兼康本人は『ビームライフル』と呼んでいる。(注*34)
 なお、現在R‐0の右手首の中には、道徳寺 兼康の持ってきたもう一つのR‐0専用究極武器『ビームサーベル』も、装備されている。(注*35)
「一也君、エネミーが有効射程距離に入った」
「了解。FCS、ロックします」
 扇島から、浦賀水道へ向けてビームライフルの標準がロックされる。その中心は、真っ直ぐにこちらへ向かってこようとする、エネミーの頭部だ。
「システム正常。FSC、ロックを確認」
 明美助教授がモニターを見ながら言う。
「チェックしてみましたけど、一応FCSに問題はなさそうです」
「あっても、今回は問題ない。今回は試し撃ちだ」
 あっさりと教授。腕組みをして、言う。
「ビームライフルの威力さえわかれば、エネルギーパックが空になるまで撃ち尽くしてもかまわん」
 ビームライフルの威力もわからないのに…まぁ所詮彼にとって見れば、周りの被害がどんなに大きくても、そんなこと、些細な問題でしかないのであろう。
「教授ぅ、陽電子砲にしましょうよぅ…ポジトロンライフルの方がかっこいいですよぅ」
「うるさい、シゲ。あれはセンセイが作った物だ。ちゃんとセンセイの決めた名称で呼ぶってのが、筋って物だろう!」
「R‐0は僕が設計したのに…」
「却下する」
「…いいですよ、もぅ」
 シゲは眉を寄せて、
「しかし、凄い武器ですね…」
 R‐0の持つ巨大なビームライフルを見て、呻くように漏らした。
「ああ…私も、実に威力が楽しみだ。センセイも、これを使えば世界をその手に治めることも可能だと言っていたからな」
「願わくば、一也君があの銃口を僕らの方に向けないように…」
「問題ない」
 と、教授。ちらりと、
「香奈君の近くにいれば、さすがに一也君も撃ちはしまい」
 香奈に視線を走らせて呟いた。
「銃口向けられるような気がするなら、普段からそういうことをしなければいいのに」
 明美助教授は呟いたけれど、そんなこと彼らに出来るわけないと、百も承知していた。
「よし、では一也君──」
 インカムに手をかけ、教授はにやりと微笑む。
「はい…」
 教授の言葉に、ごくりと唾を飲む一也。コックピットの中、モニターに映る外界をじっと見つめながら、マニュピレーションレバーを握り直す。
 補助モニターには、エネミーを追うFCSの情報が、次々と現れては消えていっていた。
「準備はいいかね?」
「はい」
 マニュピレーションレバーのトリガーに、そっと指をかける一也。
「では…」
 そして、
「撃てぇ───っ!!」
 教授の叫びと共に、一也は思い切りトリガーを引き絞った。
 輝く閃光が空を引き裂き、海を割る。そして、水を蒸発させながら、エネミーの頭部もろとも辺り一面の物を吹き飛ばす。
 モニターを突き抜けてきた閃光に、思わず片目を閉じる一也。
「な…」
 ゆっくりと光が減衰していくと、その向こうには、蒸気の立ちこめる海があった。
 一也はぽかんと口を開けて、その光景に目を疑っていた。まるで巨大な水滴が落ちたかのように水面は揺れ、朝靄かと疑うばかりの蒸気が海面に立ちこめていたのである。
「あ…え…エネミーは…」
 補助モニターを確認するけれど、そこに、動く物は何一つ確認できなかった。
 耳鳴りのような高周波の音が静かに消えていく。
 海が、平静を取り戻す。
 一也はただぽかんと──あきれて──それは恐るべき破壊力に?──ただただ感服するばかりだった。
 教授は口元をゆるませて、「うんうん」と頷いていた。


「皆さん、こんなに凄いのに…」
 R‐0から降りた一也は、ぽつりとそう呟いた。
「ん?」
 と、近くにいた明美助教授が一也の言葉を聞き返す。その顔は、夕日に照らされて少し赤くなっている。(注*36)
「なにか?」
「いえ…べつに…」
 と、教授の方を見ると、
「うむ。実に大した破壊力だ。さすがはセンセイと言ったところか」
「もはや、向かうところ敵なしといった感じですね」
 なんて、シゲと満足そうにビームライフルの破壊力について語り合っている。ああいうところを見る限りじゃ、ただマッドサイエンティストなのに…
「気になるわ。なに?」
「え?あ…」
 明美助教授に聞き返されて、一也はちょっとどもりながらも、聞いてみた。
「だって、教授とか…あの先生とか…これだけの物を作れる頭脳と、人脈を持ってるのに、どうしてそれを生かそうとしないのかなって」
「生かしてるじゃない」
 と、事も無げに明美助教授は言う。
「このR‐0を生み出したのはあの教授。あのビームライフルを作ったのはその先生。ほら、生かしてるじゃない」
「僕の言ってるのは、そう言うことじゃありませんよ」
「どういうこと?」
 明美助教授は、口を曲げて聞き返した。
 一也は少し考えてから、続ける。
「どうしてこれだけの物を作れるのに、教授たちは巨大ロボットなんかに情熱を燃やして、もっと社会の役に立つことをしようとしないのかなっ…て」
「一也君は、男の子なのにね」
 一也の言葉にくすっと笑う明美助教授。一也はそれに、むすっとして聞き返した。
「どういう意味ですか?」
「そんな顔しない。そう言う意味じゃないって」
 明美助教授は軽く笑ったまま、ひょいと教授たちの方へと視線を走らせて言った。
「教授たちに言わせれば、巨大ロボットはロマンなのよ」
「は?」
「男のロマンなんだって。わかる?」
 ロマン?男の?
 一也は眉間にしわを寄せた。それを見て、明美助教授も肩をすくめてみせる。
「私は女だから何とも言えないけれど…ま。ひとつだけ言えるとすれば、ロマンじゃおま
んまは食べられない──って事ね」
「そりゃ…そうですけど…」
 言葉を濁し、眉を寄せる一也の肩を叩き、
「さ、いきましょ。香奈ちゃんがお茶を入れてくれてるわ」
 一也の前に立って歩き出す明美助教授。
 一也もその後について歩きながら、ふと、夕日の沈む方──横浜の街の方──に視線を走らせた。
 そして、思わず吹き出す。
 夕日に向かって、教授は仁王立ちしていたのである。
「男のロマンねぇ…」
 ぽつりと、一也は呟く。
 夕日と、それに照らし出されたR‐0のシルエット。
 そう、それは男たちのロマンなのである。


つづく








   次回予告

    (CV 平田教授)
 第一話に比べるとギャグのセンスは下降の一途。
 リアルな設定もどんどん駄目になっていく。
 挙げ句の果てには読者がどんどん離れていく!
 このままではいかん!
 このままでは打ち切りにせざるをえない。
 と、いうことで長い間のご愛読…
 って。教授!(CV 吉田 香奈乱入)
 下降の一途をたどろうが、どんなに読者が減ったとしても、絶対最後まで続けます!
 まず手始めに、下がった人気を取り戻すべく、新しい女の子キャラを入れましょう。
 (平田教授「そんな卑怯な…」)
 と、そういうわけで次回『新世機動戦記R‐0』
 『彼女の名は遙。』
 お見逃しなく!


[End of File]