studio Odyssey


第二話




「よし、BSSシステム解放。機体とのリンクを開始」
「だから教授!シンクロにしましょうってば!」
「どっちでもいいじゃないの…システム解放。BSS、全機体システムをオペレートしました」
「各部アクチュエーターとマニュピレーターのシンクロ正常。起動可能」
「シゲ君、あくまでそれにこだわるのね…」
「一也君。前座は場を大いに盛り上げてくれた。あとは君がエネミーを片づければ、英雄──そして揺らぐことのない主役の座を得ることが出来る!」
「英雄とか主役とか…どっちにしたって、やらなきゃこっちがやられるんでしょ」
「わかってるじゃない。よし、起動だ!」
「最終安全プログラム解除。起動します」
「そうだ。教授、ずっと気になってたんですが…」
「なんだね?」
「このロボット。名前はなんていうんですか?」
「こいつか?このロボットの名前は──」
 横浜スタジアムでゆっくりと起きあがる巨大ロボット。漆黒の空を飛ぶヘリが、その顔を照らし出す。
 教授は、満面の笑みを浮かべて答えた。
「こいつの名前は、R‐0(アール・オー)」
 投光器の光に、R‐0の全身が照らし出された。
 身長三八メートルの、巨大ロボット。
「なに、心配することはない。R‐0は基本的に君の思い通りに動くはずだからな」
 と、平田教授があっけらかんと言う。
「はあ…」
 巨大ロボット『R‐0(アール・オー)』吉田 一也はどくどくと脈打つ自分の心臓に驚いていた。すごい音──小学校の学芸会とは比べものにならないほど緊張してる。(注*1)
「まずは歩いてみよう。コックピットの中で、本当に足を動かすつもりでやってごらん」
「わ…わかりました」
 でも、本当に足を動かすつもりでって言われても…こんな狭いコックピットじゃ足がぶつかっちゃうんじゃ…
「一也君。聞こえる?大丈夫よ。あなたの脳からはちゃんと筋肉を萎縮させる分泌物がでてるわ。(注*2)動かそうとしても、実際はあなたの体は決して動かないから」
 優しく声をかける助教授、西田 明美。一也はその言葉にこっくりと頷いた。そして、ゆっくりと歩くつもりで足をあげてみた。
「う、動いた!動く!」
 R‐0の足が一也の思い通りにゆっくりとあがる。教授は満面の笑みを浮かべて、インカム越しにコックピットの一也に向かって言った。
「さあ。このスタジアムから出て、エネミーを倒すのだ!」
「よーしっ…」
 一也はぺろりと舌なめずりをした。








 第二話 初陣、横浜決戦。

       1

「何だって!?」
 テレビPのアナウンサー、新士 哲平は、AD大橋の情報に目を爛々と輝かせた。そして、
「みなさま!お聞きください!!」
 マイクを強く右手で握り直し、左手で濡れた髪をなでつけつつ、叫んだのであった。
 カメラマンのセンちゃんが、カメラをエネミーから新士の方へとパンニングする。
「みなさまお聞きください!なんと、我々人類の期待──巨大ロボットが──もう一体現れたという情報をキャッチいたしましたッ!!」
 新士の周り──横浜は山下公園にいた人々──そして、全国のブラウン管の前にいた人々は、そろって驚愕の声を上げた。そして、まだ見ぬその巨大ロボットへと、想いを馳せたのであった。
「果たして今度の巨大ロボットは、あのエネミーをうち倒す救世主となるのでしょうか!?ただいま、その巨大ロボットの現れた場所──横浜スタジアムへと、我がテレビP報道部リコプター班が急行しております。では!そちらへカメラを切り替えてみましょうッ!!」
 新士は手が白くなってしまうほど強くマイクを握りしめて、叫んでいた。
「ヘリコプター班さーんっ!!」


「一也君。エネミーはそっちじゃない!ちゃんと補助モニターを見るんだ」
「え?」
 R‐0のコックピット内。インカムを通して聞こえる教授の声に、一也は補助モニターというものを捜していた。モニターは彼の全面に一五インチほどの液晶平面プラズマディスプレイで五つ並んでいるが──
「ど…どれが補助モニターなんですか?」
 どれも外の景色を映して、暗いコックピットの中をわずかに照らし出しているばかり。
「足の間にあるモニターよ」
「足?」
 明美助教授の言葉に、一也はちらりと視線を落としてみた。
 足の間──正確には、股の間を抜けてちょうど膝の上の辺り──にも、九インチほどの小さなモニターがある。モニターの下には簡単なコンソールパネルがあって、
「あ、これですか。あ、横浜の地図だ」
 どうやらこれが、その補助モニターらしいと一也にもわかった。
 インカムを通して、教授の声が届く。
「一也君が今立ってるのは、横浜市役所前だ。ここから横浜公園を抜けて神奈川県庁前を海へ向かって進むと、エネミーと遭遇することになる」
「つまり、そこから右に向かって進む──と言うこと」
 教授の声に続いて聞こえてくるのは、中野 茂──通称シゲの声。一也は補助モニターで彼の言う進路を確認すると、小さくこくりと頷いた。
「わかりました。右ですね」
 と、勢いよく右に振り向こうとして、
「あ…あれ…」
 ぐらりと、激しく揺らいだ機体に、一也は目を丸くすること以外、何もできなかった。
「いかん!オートバランスシステム割り込み!!」
 教授が叫ぶより早く、R‐0の異変に気づいた明美助教授が、矢のような早さでキーボードを叩く。
「あぁっ!ダメっ!!」
 パイロット、吉田 一也の姉、香奈が叫んだ。
 だが、その叫びもむなしく、R‐0は転びそうになるのをなんとか堪えようと、横浜市役所の屋根に左手をついたのであった。(注*3)


 全国──全世界のテレビの前でその光景を目の当たりにしてしまった人々は、大きくため息を吐き出さずにはいられなかった。
 がらがらというけたたましい音とともに、横浜市役所の屋根に穴が開く。その光景を、テレビP報道部ヘリコプター班が、ばっちり世界に向けて報道してしまったのである。
「一也君…」
 ぼそりと教授。足下に置いていた液晶テレビに視線を走らせる。──と、そこには全高三八メートルの巨大ロボットと、そいつの左手によって潰された横浜市役所が映し出されていたのであった。
「一也君…確かにインパクトのある登場だと思うが…」
「そんな…わざとじゃないですよ!」
 補助モニターに映るR‐0のダメージメッセージ。一也はそのわけのわからないメッセージを見ながら──英語だったのである──
「何でですかっ!?だって…BSSとかって言うのを使ってるんじゃなかったんですか!?それなのに、全然僕の思い通りになんて動いてくれないじゃないですか!」
 今にも泣きだしそうな声で、言った。
「世の中、そんなに甘くない──なんていう言葉があったな」
 と、きっぱりと教授。
「何ですかそれっ!」
「自分に対する戒め──な訳ないか」
「明美君?」
「はい?」
「君は僕のなんだい?」
「助教授」
「わかっていればよろしい」
「僕の質問、聞いてます?」
「明美君、一也君が原因を聞いているが?」
 横浜スタジアムの中に運び込んだR‐0管制用パーソナルコンピューターの前で、明美助教授は「はいはい」と呟きながらキーボードを叩いた。
 モニター上に、R‐0の状況データが現れる。
「一也君とBSSのリンクがうまくいってませんね。BSSのモニター値が六○パーセントを切ってます。予想通り、甘くはなかったみたいですね」
「やっぱりモーションをトレースするには、システム自体を書き換えないと無理なんでじょうか…」
 小さく呟いてシゲ。
「それと明美さん。モニター値じゃなくて、シンクロ率にしましょうってば」
 明美助教授がため息を吐き出すのは、果たして先、後、どちらの台詞に対してか。
「無理、無茶、無謀。大いに結構」
 教授は、明美助教授の前のパソコンモニターを覗き込んで言った。
「それでももう後には引けない。オートバランスシステムを補助システムとして使用すれば、何とか戦える程度には動くだろう」
「ちょっ…教授?何とかって…それじゃ僕は──」
 なんて言う一也の声は、誰の耳にも届かない。
「オートバランスシステムを割り込ませると、演算時間がかかって反応速度が遅くなりますが…」
 と、明美助教授。
「それでも使えないよりはましだ。香奈君はどう思うかね?」
「はい?私ですか?」
 横浜市役所全壊の事実から引き戻された香奈が、うわずった声で反応した。
「なんの話ですか?」
 聞いていなかったのである。だからといって、別に教授たちも驚きゃあしないのであるが。
「BSSのモニター値が、六○パーセントを切った」
「シンクロ率」
「そんなことより、誰か僕の話を聞いてくれてます?」
「補助システムとして、オートバランスシステムを割り込ませる」
「いえ。それだと反応速度が遅くなります」
「…聞いてるはずがないですよね」
「それよりも、下半身のモニター値が七○を切ったときに、BSSスキャンウィザードを立ち上げた方がいいと思います。その方が、結果的に早いはずです(注*4)」
 面と向かって状況を告げられた香奈が、やっと状況を把握して意見した。
「明美君、できるかね?」
 と、教授。
「その程度のプログラムなら簡単です。ハード側での設定はここでは変えられませんから、管制用のソフト側で補完します。二○秒ください」
「わかった」
「あのー…」
 会話が終わったらしいとわかった一也は、やっと、
「あのぅ…乗ってるのは僕なんですよ?僕にもわかるようにしゃべってくださいよ」
 コックピットの中で、半泣き状態で呟いたのであった。(注*5)
 ああ…どうして僕はこんなものに乗っちゃったんだろう。僕、きっとこの人たちに利用されるだけ利用されて、死んじゃっても線香一本──なんて事で終わらせられちゃうに違いない。(注*6)
「教授…僕って、このR‐0のパイロットなんですよね?だったら、R‐0について教えてくださいよ。全部」
「一也君。R‐0のリンクが正常値に戻った。もう立てるよ。それで、なんだって?」
「教授!僕の話聞いてなかったでしょ!」
 うむ。と、言いそうになるのをなんとか堪えて、
「しかしな一也君、R‐0の説明をここでしていると、一向にストーリーが進まない。今はエネミーを倒すことだけに集中しろ。それ以外のことは、とりあえず後回しだ」
 教授は、作者の気持ちを代弁した。(注*7)
「わかりましたよ。やればいいんでしょ。やりますよ。倒しますよ。エネミーを!」
 半ばやけくそじみた一也の声に、高鳴るR‐0のアクチュエーター音。
「よし。それでこそ一也君だ!ヒーローだ」
「教授。勝手に僕の性格づけをしないでください」


 立ち上がったR‐0をテレビモニターに見て、村上 俊平総理は大きくため息を吐き出した。
 そして、ゆっくりと椅子に腰を落ち着ける。思わず立ち上がってしまったのだ。R‐0が盛大に転んだ映像を目の当たりにしてしまったときに。
「大丈夫なんでしょうか…」
 首相官邸、首相執務室。大きなデスクの上に置かれたテレビモニターを見つめながら、総理の脇に控えていた秘書の彼女も呟く。
「かわらん…」
 一言だけ返して、それきり黙り込んでしまう村上総理。
 頭の中では──
 本当に頼むぞっ!?私は信じているからな!君たちが奴に敗れてしまったら、本当に日本は終わりなのだからなッ!!
 しかし、言うまでもなく彼らを信じ切れなかったことも事実である。


「大丈夫なのか…?」
 思わずテレビPのアナウンサー、新士 哲平も中継車の中のモニターを見つめて呟いていた。その奥では、
「移動だ篠塚。国際通りの方に回れ」
「何処ですか、そこ」
 なんてやっているスタッフ達がいる。
「国際通りだ国際通り!国際通りも知らないのかお前は。取りあえずランドマークタワーの方に出ろ!」
「大丈夫なんですか?ちゃんと──」
「大丈夫に決まってるだろう!俺はこう見えてもハマっ子なんだ」
 カメラマンのセンちゃんは、そう言って胸を張った。
「センちゃんがそこがいい画を撮れるってんなら、移動しよう」
 仲間のヘリコプター班が撮る映像をモニターに見ながら返す新士。
「哲平。オレとコンビ組んで何年だ?」
 わざとため息なんかをついて言うカメラマン──センちゃん。
「エネミーは今、新港埠頭を壊して遊んでる。その巨大ロボットが横浜スタジアムから歩いて来てるって言うんなら、決戦の地は万国橋か、国際橋手前だ」
「あー…そんなことを言われてもなんだかよくわからんが…(注*8)」
 実は新士、地方出身なのである。
「とにかくも!」
 旗色が悪けりゃ話を変えるしかない。
「センちゃんの言うように移動だ!行けっ!!」
「ぅおしっ!」
 爆音を立てて、今にも壊れそうな中継車は走り出した。



「あれが…エネミー…」
 一方、R‐0に乗っている一也の方も、エネミーをモニターに捉えていた。
 投光器に照らし出されているエネミー。赤いレンガ作りの倉庫を、まるでブロックでも崩すのかの様に破壊しながら歩いている。
「大丈夫でしょうね…」
「我々に聞かれても困る」
 あっけらかんとして答えているのは教授。所詮他人事なのである。
「一也君?周りの被害を少なくしようとするのなら、新港埠頭でやるのがベストよ。今、足場の地図を送るから」
 明美は助教授の声に、ピコッという電子音が鳴った。補助モニターに、新港埠頭の地図が映し出される。
「わかりました。前向きに善処します。でも、それより──」
「ん?」
「教授。R‐0の電池って、どれくらい保つんですか?」
「くだらん事を気にするんだな。一也君は」
 はぁと嘆息をもらす教授。
 一也は、
「途中で止まったりして、死んじゃうかもしれないのは僕なんですよ!」
 インカムに向かって大声で怒鳴りつけた。
「そう怒るな。短気な男は嫌われるぞ」
「早い男もね♪」
「明美さん…」
「え?何がですか?」
「香奈ちゃんは、気にしなくていいのよ。弟の無事を祈っててね」
「はあ…」
 なんて、好き勝手なことを言う連中の言葉が続く。
「皆さん…僕の話聞いてくれてます?」
「教授、一也君が今にもキレそうです」
「──ほんっとに、キレますよ」
「わかったわかった。R‐0の電源の話だったな」
 教授は偉そうに咳払いをして、
「単刀直入にいって、R‐0の電源は切れない」
 恐るべき事を一也に告げた。
 一也とて、あまり頭の悪い方ではない。教授の言葉の意味するところがわからないわけではなかったけれど、嘘だと思いたい気持ちからも、もう一度聞き返した。
「今なんて?」
「うむ。R‐0は内部に発電器を搭載している。電源は、基本的に切れない」
「いえ。そうではなくて…その…発電器が止まる事っていうのはないんですか?」
「まあ、ないとは言い切れないが──基本的にない」
 一也は大きく息をすった。気持ちを落ち着けたかったのだ。まさか…いや──ね。
 しかし、この教授ならやりかねない。
 一也はもう一度、今度は質問をちょっと変えて言ってみた。
「R‐0に搭載されてる発電器──基本的に止まらない発電器ってなんですか?」
「一也君はものをしらんな。そんなの一つしかないだろう」
 ああ…やっぱりそうなのね…
「原子力だよ」
 一也は真っ白になった。
 原子力。いくら何でも、今年高校生にもなろうという彼なら、その危険性は十分にわかっている。
「どうしてそんな危ないモンを!格闘戦を前提にした巨大ロボットに付けるんですか!!」
「わかってない。全くわかってないッ!!」
 怒鳴りつけた一也を、逆に怒鳴り返す教授。
「R‐0みたいに人型の巨大ロボットを動かすのにどれだけの電力が必要か、君は全くわかっていない!その指先を一本動かすのにも、膨大な電力を消耗するのだよ。その膨大な電力をまかなうのに必要な内燃機関。そう、すなわち原子力!」
「だからっ…」
「大体!!ガンダムだって核エネルギーで動いてるんだ!(注*9)理論的に考えて、そう!アニメではなく、現実的に考えてみろ!巨大ロボットが宇宙空間を飛ぶのには反作用の力でしか動けないのだから、全長の五倍以上もある燃料と推進剤を積んだタンクがついてなければならないんだぞ!!」
「教授って理論のすり替えがうまいですよね」
 と、シゲが言えば、
「教授にパラドックス(注*10)を喋らせたら、右に出るものはいないかもね」
 と、明美助教授が答える。
「それに一也君!これは君に適度なプレッシャーを与えるのに丁度いい。君が負ければ、横浜の町は消滅だ!!」
「全然適度じゃないですよッ!!」
「一也。がんばって!」
「香奈ちゃん…こういうときにそういう言葉はよくないと思うわ…」
「そうなんですか?」
「わかりましたよ!死ぬ気でやりますよッ!!」
「それでこそ男の子だ!だが死なれては困るぞ。我々もまだ死にたくはない」
 他人事他人事と言ってきたが、やはり原子炉の爆発ともなれば、教授にとっても他人事ではないらしい。


 一方こちら、そんなキケンな巨大ロボットとマッドな教授に日本の未来を賭けてしまった男、村上 俊平総理のいる首相官邸──首相執務室。
「総理」
 と、まるまると太った防衛庁長官が書類を片手に執務室へと入って来た。
「何だね?」
 村上総理はテレビモニターから視線を逸らさずに聞く。だから、見えなかった。防衛庁長官のこの男が、口許を軽く曲げて苦笑していた事に。
「陸、海、空、各自衛隊の出動準備が整っています。米大統領からも、エネミー殲滅に最大限の協力惜しまないとの声明を得ました。あとは総理の判さえいただければ、いつでも我々は──」
「市街地を戦場と化す用意がある──か」
 村上総理はそう言って笑った。
「横浜市街に吹く『砂漠の嵐』──か。決して、見たいとは思わないが…」
「しかし総理、今我々が、自衛隊が戦わないで、いつ戦うというのですかっ!?」
 ばんと総理執務室のデスクを拳で叩く防衛庁長官。その切迫した声。村上総理はそれを見て、「ああ、やっぱり政治家達はみんな演技がうまいんだな」などと、ふと思ったのであった。
 が、彼はそんな総理の思いなどに気づくはずもなく、切迫した声のままで、続けた。
「それとも総理?あなたはそのテレビに映っているけったいなロボットが、この日本を救ってくれると、本気で思っているのですか?」
 一瞬の躊躇はあったものの、
「…いや」
 村上総理は、信じたい気持ちとは裏腹に、そう呟いたいた。
 二十年も三十年も前の自分ならば、大きく頷いていたはずなのに…政治家になって──いや、それよりももっと当たり前に──大人になってしまって、夢を信じられなくなってしまったのだろうか。
 再び、テレビモニターに視線を走らせる村上総理。そこには、夢の中でだけ動いていた巨大ロボットが、現実に動いていた。
「…いや」
 村上総理は、もう一度だけ呟いた。
「今はこの夢のような現実を信じてみよう」
 ──と。
 だが、それ以前に読者様はご存じのように、R‐0に負けはないのである。
 負け──すなわちそれは原子炉の崩壊を意味し──つまるところ、R‐0が負けたら『砂漠の嵐』どころの騒ぎでは終わらないのである。
 横浜消滅か夢の実現か。
 実に、リスクの大きな賭である。


「きたっ!巨大ロボットだ!センちゃ…」
「バッチリ撮ってるよ!」
「皆様。ご覧いただけるでしょうか!またも、人類の希望!巨大ロボットが現れてくれました。今度はちゃんと二本の足で歩いております!なんという科学技術。なんという燃える展開ッ!!さあ、今!巨大ロボットが万国橋通りをわたってきました。我が人類の敵、エネミーへと、肉薄します!世紀の対決が、今繰り広げられようとしています!!」
 叫ぶテレビPのアナウンサー、新士 哲平。
 無論、彼らはR‐0が原子力で動いているなどとは夢にも思っていない。それはもちろん世界中の人々も。
 そしてR‐0が負けたとき、横浜の町が消滅する──などとは、まさに神のみぞが知る事だったのである。(注*11)


「教授、さらにもう一つ質問が…」
「一也君、いい加減にしたまえ。これ以上エネミーの暴走を許すわけにはいかないぞ」
 教授の平然とした声に、一也も平静を装って聞いた。無論、答えは大体わかっていたが。
「R‐0の武器は?」
「ない」
「ああ。やっぱり…」
 コックピットから漏れる嘆息。明美助教授はそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
「一也君もだいぶわかってきたみたいね」
「ま、あんまり僕らのことをわかりたくもないでしょうけど…」
「シゲ君。悲観的なことを言わない」
「ふっ…」
 と、教授は笑った。
「──と言いたいところだが、実は安心したまえ一也君!」
 その嬉々とした声が、一也の鼓膜を揺らす。しかし、その嬉々とした声に危機を感じてしまったのは、一也が彼らのことを、多少なりともわかってきてしまったからなのだろうか。
 安心って…できるもんか!
 泣きそうな一也をおいて、話は進む。
「で。R‐0の武器の話だが、残念なことに内蔵武器はないが、外装武器を用意した!!」
「おおっ!復刻版仕様!」
「シゲ君、なに言ってるの?」
「こっちの話です」
 明美助教授の質問に、顔を背けるシゲ。そういう細かいことに、あまり深く突っ込んではならない。(注*12)
「R‐0専用外装武器!その名も、『頭部バルカン』っ!」
「やはり基本中の基本でしょうっ!!」
 大盛り上がりの教授とシゲ。よくわからないけど、ぱちぱちと拍手する香奈。嘆息を漏らす一也と明美助教授。
「やっぱり、僕はこれに乗って死んじゃうんだ…」
「さっきも言ったが一也君。君に死なれては困る。我々も、まだ死にたくはない」
 まずは保身である。腹を割って話すという点では、この平田という男、それほど悪い奴ではない。悪い奴ではないが、
「だったら、もうちょっとマシな武器くらい付けてくださいよ!ミサイルとか、バズーカとか!」
 決していい奴でもないと、一也は確信していた。
「怒るな。R‐0の武器が搭載されていないのには、ちゃんと理由があるんだから」
「──大した理由じゃないんじゃ…」
「そんなことはない!」
 断言して、頷きながら続ける教授。
「R‐0に武器が搭載されていない理由は──」
「理由は?」
「まだそれが未完成だからだ」
 と、きっぱり。
「は?」
 教授はかまわずに、続けた。
「実はなー一也君。R‐0は本来一九九九年に完成する予定だったのだよ。だから、まだ武器にまで開発が進んでないんだ」
 なはなはと笑う教授。所詮は他人事である。(注*13)
「じゃあ、教授は僕に頭部バルカンだけで戦えって言うんですか!?」
「切れるな。後はそうだな…後ろ貯め、前パンチとか──」
「は?」
「ソニックブーム!」
 げらげらとシゲが笑う。(注*14)一也はもう、呆れてものが言えない。夢…そうだ。これは夢だ。夢なら早くさめてくれ…
 だが、夢ではないのである。
「わかりましたよっ!!」
 と、コックピットの中で覚悟を決めた一也が、半分泣きで奥歯をぎゅっとかみしめた瞬間、
「ああそうだ。言い忘れていたが後もう一つ──」
 なんて言う教授の声。
 非常に、恐怖である。
「今度はなんなんですかぁっ!?」
 聞きたくなどないが、聞き返さずにはいられない一也。頼む、もうこれ以上は──
 しかし、一也の想いは、儚くついえたのであった。しかも最悪に近い形で。
「言い忘れていたが、エネミーは身長が五十メートルほどあるらしいので、R‐0とはかなり体格差がある」
「え?そ…とれってどういう…」
「一也君、身長いくつだ?」
「──一六四、五ですけど…」
「明美君、計算」
「はい」
 ぴぽっと、補助モニターに光る数値。一六四対二一五。
「なんですかコレ?」
「身長差だ。一也君がR‐0の大きさだとすると、エネミーの大きさは、大体ジャイアント馬場と同じくらいの大きさと言うことになるな」
「は?」
 一也は凍った。つまり、この二一五とは、一也の身長に対して、エネミーの身長が二一五センチメートルもあると言うことなのである。(注*15)
「じょ…冗談じゃないですよ!なんでこんなに差があるんですか!?大きさが、全然違いすぎるじゃないですか!!」
 一也はインカムに向かって怒鳴ったけれど、
「何を言う!」
 と、勢いにまかせた教授の怒鳴り声に、次の言葉を飲み込まずにはいられなかった。
 教授は勢いだけで、続ける。
「さすがの私も地球外生命体の襲来まで予言できたが、その大きさにまでは責任持てるものか!!断じて、この身長差は私のせいではない!!私に文句を言われても困るっ!!(注*16)」
「…そんな」
「教授って、自分の意見を正当化するのが上手いですよね」
「単に、何も考えていないだけだと思うけどね」
「そこ!うるさい!」
「一也、頑張って!」
「だから香奈ちゃん?そう言う台詞は、こういう場合あんまりよくないわ」
「そうなんですか?」
「おねえちゃん…」
「がんばれ一也君!正義の力で戦うんだ!」
 とは、教授の弁。
 原子炉を積んでて、負けたら辺り一面を消し飛ばすロボットが正義を語るとは──世も末である。
「一也君、頑張って。勇気があれば、何とかなるわ」
 とは、明美助教授の弁。
 しかし、そう言っている本人、そう思っていないので結構いい加減なものである。
「根性だっ!世の中、たいがいのことはそれで何とかなる!!」
 とは、シゲ。
 しかし、それだけで何もかもが出来ると言うのなら、努力などいらない。
「一也!愛の力で戦うのよ!」
 と、香奈。
 もっとも得体が知れなく、実体の見えない力である。
「やりゃーいいんでしょーッ!」
 泣きそう──と言うか、もう泣いているかも──な一也。
「そう!」
 脳神経機械工学研究室のマッドサイエンティスト四人は、彼の言葉に大きく頷いた。









       2

「うおおおおぉぉおっ!」
 駆け出すR‐0。万国橋通りのアスファルトをえぐりながら、エネミーに肉薄する。
「くらえっ!!」
 突然接近してきた巨大ロボットに、エネミーが振り向いた。そしてその振り向いたエネミーの巨体に、R‐0のパンチが炸裂する。
 が、
「バカものッ!!」
 教授はその一也の攻撃に、目を丸くして大声で怒鳴り散らした。
「何を考えているんだ一也君!」
 R‐0のコックピットで、一也も目を丸くした。当たり前である。ジャイアント馬場を、普通の高校生──よりもやや背は低いが──が殴ったところで、どうなるわけでもない。
 まるでコメディ映画のワンシーンのように、停止する二体の巨人。
「…あ」
 呟く一也。
 エネミーがうるさい蠅を追い払うかのごとく、右腕を振るった。
「わあぁぁぁぁああ!」
 とっさに身を引き、後退する一也。だが、上手くバランスを保てず──
「あーあ…また…」
 明美助教授の嘆息と共に、新港埠頭の赤レンガ倉庫が、まるでティッシュケースの様にぐしゃぐしゃと潰されていった。
「なんて戦い方だ、一也君!」
 天を仰ぎ、オーバーリアクションに教授は言う。
「そんなこと言ったって…でも倉庫くらいなら、人死には出ないんですからいいじゃないですか。それに、この身長差なんですよ!」
「違う!私が言っているのは、新港埠頭の被害でも、一也君の戦い方でもない!!」
「は?」
「私の言っているのは、素手で殴る奴があるかと言うことだ!!」
「──え?」
「わかっていないな一也君!手のマニュピレーターむき出しで殴ったら、R‐0が壊れてしまうじゃないか!巨大ロボットにおいて、手は一番もろい部分なんだぞ!!(注*17)」
「あのー…──つまり?」
 一也の耳に響く電子音。その音に、補助モニターに視線を走らせると、
「Wrist ACTUATOR TROUBLE──arm's A。大丈夫。右手首がちょっと陥没しただけだよ」
 一也の目に飛び込んできた英文の説明を、シゲが、実に楽しそうに笑いながら言った。
「手首が陥没って──それで戦えるんですか!!」
「大丈夫。ちょっと陥没しただけだから。まだちゃんと指は動く」
「これ以上壊さなければ」
 はっはっはっと、教授とシゲ。
「そんな…まともな武器もないのに…これで、パンチも駄目じゃ、どうやって戦えって言うんですか!!」
 もう駄目だ。やっぱり僕は死んじゃうんだ…
「なーに、ちゃんと考えてあるから大丈夫だ」
 と、教授。
 嘘だ。
 と、一瞬の躊躇も見せず、一也は思った。彼も大分わかってきたようだ。
 それを教授が察したかどうかはともかくとして──
「ボクサーだって本気で殴れば拳を痛める。そこでグローブをする。R‐0も、プロテクターを着けてやればノープロブレムだ」
「プロテクター…で、どうやって?」
「マニュピレーションレバーにある武器選択スイッチでプロテクター装備を選択して、クリックするんだ。詳細は補助モニターに表示されるから、それをガイドにして──」
「──で。その武器選択スイッチって、マニュピレーションレバーのどのボタンなんですか…?」
「あれ?説明しなかったか?」
「してないですよ!大体、スイッチは飾りだって言ったじゃないですか!!」
 そういえばそんなことも言ったかな…と、教授は無精ひげの伸びた顎を撫でながら、小さく頷く。
「まぁ、右手で握っているレバーの親指があたっているところにあるスイッチだ。そこを押して武器選択をして、トリガーを引いてクリック──」
 言われたとおりに、一也は親指の近くにあるボタンに指を伸ばそうとするれけれど、
「指、動かないんですけど…」
 一也の指先は、彼の意志とは裏腹に、微動だにしなかった。それどころが、R‐0の右手親指が、なにかを探すようにアクチュエーター音を鳴らしながら宙を動くばかり。
「リンクのしすぎだな。明美君」
「BSSのリンク上限を下げます。予想以上に、一也君の脳波は似てるのね」
 ちょっと笑いながら、明美助教授はキーボードを叩く。
「シゲ。こちらからR‐0のパンチプロテクターを出してやれ」
「了解」
 シゲも楽しそうに答えて、キーボードを叩いた。
「さあ一也君、反撃だ」
「一也、来るわよ!」
 シゲから渡された液晶テレビを覗き込んで叫ぶ香奈の声と、教授の声が重なった。
 ゆっくりと起きあがるR‐0。近寄るエネミー。一也の耳に、ピッと小さく響く電子音。補助モニターに、PROTECTOR OKと白く文字が浮かび上がった。
「くるか…」
 近づくエネミーの、瞳孔らしき物もまともに判別できないくぼんだ目が、モニター越しに一也の視線と出会ったような気がした瞬間、
「きたっ!」
 その巨大な生命体は、R‐0に向かって右腕を振りかざした。
 伸びるエネミーの右手。いや、現実にその右腕は伸びたのである。まるでゴムのように──だ。一也はそのパンチをかわそうと──無論努力はしたが、無駄であった。
 エネミーの右フックの直撃を受け、吹っ飛ぶR‐0。新港埠頭からはじき出され、大桟橋国際客船ターミナルの建物にぶち当たって、その動きを止める。
「一也!!」
「R‐0は!?」
 どちらが教授の台詞で、どちらが香奈の台詞か、言うまでもないだろう。
「とっさに顔を護ってます!左腕アクチュエーター、出力低下。同装甲、破損。頭部損傷は確認されていません!」
「なんて戦い方だ…」
 シゲが漏らす。いくら何でも、あんなにまともに食らわなくても…
「一也君?聞こえるか。一也君?」
 教授の呼びかけに、一也の返事は返ってこなかった。
「一也君!」
 必死に呼ぶが、その緊迫した雰囲気に教授が酔っているのであると言うことは、もはやここで深く語る必要もあるまい。


「香奈ちゃん。BSSのモニター値が低下してるわ」
 明美助教授の声に、香奈が彼女の肩をつかんで、眼前のパソコンモニターを覗き込んだ。
システム同士のリンクを示すBSSのモニター値は、四○パーセントにまで低下している。
「システムエラーだと思います。BSSを再起動させた方がいいですね」
「やっぱりね。まだシステムが不安定なんだわ」
「システムエラー?だからあんなにまともにくらっちまったのか」
 シゲが香奈に向かって聞く。だけれど、香奈は首を左右に振って、
「いいえ。たぶん違うと思います」
 インカムのマイクに手をかけて、ちょっとだけ微笑んで言った。
「だって、一也、まともに喧嘩なんてしたことないはずですから」
「──なるほど」
 ぽん、と手を打つシゲ。言われてみれば、最近の子はまともに取っ組み合いの喧嘩なんかしないもんな。(注*18)喧嘩の仕方を知らなくても、何ら不思議はない。とシゲは妙に納得してしまったのであった。
「一也?生きてる。エネミーが来るわよ」
「う…う…背中が…」
「おう!よかった。一也君。生きてたか」
 教授が少しほっとして言う。やはり自分のロボットで戦ってパイロットが死ぬというのはやだったんだろう。しかも初陣でだ。
「うう…お姉ちゃん…ひとつ…聞いていい?」
「なあに?」
「これは夢じゃないの?」
「痛くない?」
「痛い…」
「じゃあ、少なくとも夢じゃないわね」
 さらりとかわいそうなことを言う香奈。
「香奈ちゃんて結構リアリストだったのね」
 明美助教授が驚いたように目を丸くした。それに対してシゲが肩をすくめて返す。
「そうでなきゃ巨大ロボットを動かすのに脳神経との直結なんて案、出さないですよ」
「一也君。エネミーが来るぞ」
「わかってますよ…」
 モニターの向こうで、しかし一也にとっては現実に、ゆっくりとエネミーが近づいてきていた。
「…わかってますってば」
 強く奥歯をかみしめて、モニターの向こうのエネミーを睨みつける一也。そして、両手の人差し指で、マニュピレーションレバーのトリガーを思い切り引き絞った。
 R‐0の頭部に埋め込まれたバルカンが火を噴く。
 ノイズの走るモニター。飛び散る薬莢。肩のプロテクターに弾かれて火花を散らし、足下のアスファルトにヒビを走らせる。
 しかし、エネミーの足は、その攻撃にも弛むことはなかった。
 着実に、一歩一歩と近づいてくるエネミー。
「!?」
 一也が目を見開く。
「なんでだよ!」
 何度も何度もトリガーをクリックするけれど、もう、頭部バルカンがそれ以上火を噴くことはなかった。補助モニターが不機嫌そうに電子音を鳴らす。
「弾切れ!?」
「──まぁ、それはお約束だからな」
 ぽつりとつぶやいた教授の言葉は、一也の耳には届かなかった。
 エネミーの右手が、R‐0の頭に伸びる。
「くっそ…」
 ごうんと揺れるコックピット。
「武器がなくたって…僕だって喧嘩の一つや二つ…」
 一也はエネミーの手を左手で握り返し、右手をエネミーの腹にたたきつけた。
 衝撃が鉄の巨体に響く。一也の右手にも、確かな衝撃が走った。
「よしっ」
 いけると思ったが、がちりと自分の頭上でなった大きな音に、一也は大きく目を見開いた。エネミーがR‐0の頭を両手で持ち、その巨体を持ち上げたのである。
「何を…」
「一也君!しっかり捕まってろ!!R‐0、対衝撃姿勢に移行!」
 そしてエネミーはR‐0を投げつけた。手近な一番大きな建物──横浜ランドマークタワーに向かって。
「うあぁあああっ!」
「くそっ!」
 ズンという腹に響く振動が、横浜スタジアムにまで届いたかに思えた。
「大丈夫か一也君!」
「なんとか…」
「R‐0、戦闘姿勢に戻せ」
 R‐0の巨体を受け止めたランドマークタワー。さすがに二百メートル以上もあるだけのことはあって、ビル自体にダメージは見られなかったものの、窓に使われているガラスのすべては、ものの見事に砕け散っていた。
 ガラスの雨が、R‐0を打つ。
「ちっくしょー…好き勝手やりやがって…」
 一也はだんだんと苛立ってきていた。ただでさえ半ば強引にこれに乗せられて、しかも武器もないのにこんな敵と戦闘をしているのだ。これで八つ当たりをするなと言うのが間違いなのである。
「お前なんか、ブッ倒してやる!!」
 その時、エネミーが教授に一瞬見えたのは間違いではない。
「あ、キレた…」
 切らした張本人、教授がぽつりと呟く。
 R‐0の各部アクチュエーターが、再度高鳴りを増した。
 近づくエネミー。その手がR‐0のまた伸びようかというとき、
「うおおぉおおおぉっ!」
 一也は飛び起きて、エネミーの足首を、思い切り横に蹴り払った。
「うまい!」
 教授が叫ぶ。その叫びに、エネミーが倒れて辺りを壊しまくる破壊音が続いたのだが、この際その程度の些細な破壊音は、鼓膜を揺らすこともなかった──ということにする。
 ゆらりと立ち上がるエネミー。重心が定まらないところへR‐0は体当たりをかまし、さらに辺りを破壊しながら、エネミーの巨体を横浜グランドインターコンチネンタルホテルにまで押していった。(注*19)巨体に響く振動。ビルの鉄骨がきしむ音。飛び散るガラス。
「これで──終わりだ!」
 R‐0はエネミーから離れると、右手を、すっと伸ばした。そこにあるのは──
「なにぃっ!」
 教授が目を丸くして叫ぶ。
 そこにあるのは、横浜コスモワールドの大観覧車である。(注*20)
「パンチプロテクター、自動解除されましたっ!!」
「自動解除!?BSSが一也君の意志を察して!?あり得ないわ!!」
「細かいことは気にするな!それもまたお約束だっ!!」
 外野──うるさい。
 R‐0は大観覧車の鉄骨の何本かをがしりと掴み、足で外枠を踏みつぶして鉄骨を抜き取った。ぐらりと、大観覧車は横浜コスモワールドへと倒れ込む。
 駆け出すR‐0。突き出した鉄骨の槍の切っ先が、真っ直ぐにエネミーの巨体を捕らえる。
「くたばれえぇぇええッ!!」
 モニターの向こうを睨みつけながら、叫ぶ一也。
 立ち上がろうと身を起こすエネミー。R‐0はそのエネミーの顔面に、鉄骨の槍を突き立てた。
 ぐしゃりとつぶれるエネミーの顔。飛び散るビルの壁面と、ガラス。そして──
「な…!」
 エネミーの黄色い体液と、肉片、それらが一緒になって、辺りにどふっと飛び散った。
 液晶テレビを覗き込んでいた香奈が息を飲む。
 コックピットで、眼前にその光景を見た一也が目を見開いて凍り付く。
 横浜スタジアムで、香奈はふっと急に力を無くしてその場に倒れ込んだ。明美助教授が、驚いて彼女に駆け寄る。
「香奈ちゃん!?」
 R‐0のコックピットで、一也は目を見開いたまま、こてっと自らの身を補助モニターの上へ倒した。がりっと鳴ったノイズに顔をしかめさせ、シゲがインカムに向かって叫ぶ。
「一也君!?」
 腕組みをして、一人教授は、
「ヒーローへの道のりは、長く険しいのだな」
 完全に他人事のように──他人事だ──呟いた。


 赤いパトライトが、いくつもいくつも輝いている。
 立入禁止の黄色いテープ。通行止めにされた国際大通りといちょう通りの交差点でもみあう報道陣を眺めながら、一也はR‐0からふらふらと、パシフィコ横浜へと続く、眼下の道路よりもビル一階分ほど高くなったフロアへと降り立った。(注*21)
「ご機嫌いかがかな?」
「最悪です…」
 降りて、真っ先に目に入ったのは教授。教授の方は自分の作った巨大ロボットがエネミーに勝って、ご満悦の様子だ。
「乗り心地の方は?」
「最悪ですよ。まだふらふらします。それに、あれですし──」
 一也はちらりと右に視線を走らせた。
 ナイフのような形のビル──横浜グランドインターコンチネンタルホテルに、エネミーが無惨な姿で張り付いている。顔面を串刺しにされ、汚らしく体液を流すその様は、決してお世辞にも心地の良いものとは言えなかった。
「うむ。まあ、今は時代が時代だからな」
 教授もそれをちらりと見やって漏らす。各局のヘリがエネミーの頭上を飛び交い、そのライトにエネミーの体液が、気味悪く照らし出されていた。
「時代が時代って、どういうことですか?」
 エネミーから視線をそらし、ちょっと気持ちの悪さに眉を寄せながら、一也が聞く。
「ああ。七十年代の敵か、九十年代の敵かって事だな」
 と、教授はあっけらかんとぽつり。(注*22)
「よくわかんないですけど…」
「だろうな」
 そう言って、教授はふっと意味深に微笑んだ。
「行こう。みんな待っている」
「はあ…」
 くるりときびすを返す教授の後について、一也が歩き出そうとしたとき、
「すいません!テレビPの者ですけど、インタビューをお願いしますッ!!」
「こらっ、入っちゃダメだ!報道陣は出て行ってくれっ!」
 制服に身を包んだ警官に、腰の辺りを鷲掴みにされて、テレビPのアナウンサー、新士 哲平が声を荒げていた。もう、その声も大分かすれてきてしまってはいるが…
「ええいっ、はなせっ!報道の自由を君はしらんのか!!センちゃん、いいからまわせッ」
「もうまわしてるぜっ」
「ダメだダメだ!テープを没収するぞ!朝○テレビの二の舞になりたいのか!!」
「○日テレビがなんだ!オレはやるッ!(注*23)すいません!!そこの少年はこのロボットのパイロットですね?乗って、エネミーと戦ってみた感想はどうですか?」
「こら、やめろ!」
「このロボットの名前はなんと言うんですか!?」
「やめろといっとるんだ!!」
「一言!一言おねがいしますッ!!」
「よさんかッ!!」
 一也は目を丸くして、その取っ組み合いを眺めていた。自分には、全く関係のないこと──であるはずがないのだけれど、そういう実感が、わかなかったのである。自分を生放送のカメラが捉えて、全国に放送しているのだとは、夢にも思わなかったのだ。
「一つだけ答えよう」
「あ…」
 一也の前に歩み出る教授。より正確に言うのなら、カメラの前に教授が立つ。
 教授は余所行きの声、カメラ位置を考えた視線方向と、シリアス顔で、
「この巨大ロボットの名前はR‐0(アール・オー)」
 しっかりと、マイクが拾えるような通る声で言った。
「…あ…あの、もう一言!今度はパイロットの方!お願いしますッ!!」
 さすがはプロ、新士 哲平である。教授の奇襲攻撃的な一言にもわずかな動揺しか見せず、うまく切り返す。
 だが、教授もよくわかっているのである。
 まだ初陣だ。すべてを明かすのには早すぎる。
 そう、それは教授のポリシーである。
「行こう、一也君」
 そう言って──なにげに言うが、もちろんワザとそう言ったのであり、パイロットの名前だけを明かして視聴者の想像を膨らませる手なのである──教授は歩き出した。
「はい…」
 一也は何もわからずに教授についていく。
「ああっ!待ってくださいッ!!一言、一言お願いしますよ!」
 声をかすれさせて新士 哲平が、
「一也君!」
 そう叫んだ。
 思わず振り向く一也。しっかりとカメラが彼を捉える。
 教授はにやりと笑った。
 よし。あの男、しっかりと一也君の名前を覚えたぞ。
 言うまでもなく、狙っていたのである。


 港のボードウォークへと続く、パシフィコ横浜が包むオープンエアのスペースへ降りていくと、そこには脳神経機械工学研究室の連中が待っていた。
「いやいや。待たせたね」
 と、教授。その言葉に、シゲが肩をすくめて返す。
「別に、待っちゃいませんよ。教授が戻ってきたら、僕らも連れていかれることになるんですからね」
「あーあ。やっぱりこれが現実なのね」
 明美助教授はため息。少しだけ白い息が、闇夜に踊る。
「──…?」
 まだ少しぼーっとしている香奈は、あんまり状況をわかっていないようだ。
「なにかあったんですか?」
 と聞く一也の前に、少しくたびれた背広に身を包んだ、怒り肩の男が立ちはだかった。
「吉田 一也君だね?」
 と、詰問口調。
「そうですけど、なんでしょう?」
 一也は、直感的にやばいと悟っていた。東京にきてからこっち、いや、正確には教授たち四人に関わってからこっち、いい事なんて一つとしてないので、自然とそう言うニオイが嗅ぎ分けられるようになってしまっていたのかも知れない。
 怒り肩の男は、隣に立っていた、背の高い若い男に向かって手を差し出した。若い男はその手の上に一枚の紙切れを乗せて、口許を弛ませて笑う。
「残念ながら、現実は甘くないんだよ。少年」
「──え?」
「ヒーローには、なりきれなかったな」
「どういう──」
「巨大ロボットのパイロット吉田 一也。およびその制作者」
 怒り肩の男は懐からそれを取り出すと、一瞬口元をゆるませて、言った。
「騒擾、器物破損、並びに内乱罪の適用により、君たちを逮捕する」
「へ?」
「君らには黙秘権も保証されている。これから先、君らの発言のすべては、裁判において証拠となる。不利になる発言はしない方が身のためだ」
 なんだか訳が分からずに目を丸くしている一也の手に、男は懐から取り出したそれ──手錠をかけた。ひんやりと冷たく、なんの感情もない金属の拘束。
「ちょっ…教授──」
 見れば、教授の手にもしっかりと手錠が。無論、他のみんなの手にも。
「ぼっ…僕はこの人たちに…」
「言い訳は署で聞こう。君、パトカーに乗るのは初めてだろう?」
「はい…って。そうじゃなくて!」
 怒り肩の男が、一也の手を無理矢理に引っ張った。
「い…痛いですよ!」
「あーあ、やっぱり現実なんてこんなものよね」
 と、明美助教授。
「内乱罪の最高刑って死刑なんですよ。知ってます?」
 と、シゲ。
「大丈夫ですよ。私たち、なんにも悪い事してないですもん」
 と、香奈。崩壊した施設等は、もちろん彼女の目にも映ってるはずだが…
「現実はなかなか厳しいものだな」
 と、教授は天を仰いだ。
「ちょっ…僕は…僕は関係ないですよッ!!」
 一也の泣きそうな声が、春の近づく夜空に吸い込まれていった。


 つづく








   次回予告

  (CV 吉田 香奈)
 捕まってしまった脳神経機械工学研究室の四人と、一也。
 政府の手に渡ってしまったR‐0。
 しかし、エネミーはこっちの都合も考えずに、世界中の都市に次々と襲来する。
 エネミーをすみやかに倒す事ができるのは、世界中でただ一つ、R‐0のみ。
 政府はついにR‐0の全体究明に乗り出すが、ブラックボックスBSSがその前に立ちふさがる。
 BSSとはいったい何なのか?
 そしてR‐0と五人の運命は?
 次回、『新世機動戦記R‐0』
 『それは男のロマン。』
 お見逃しなく!


[End of File]