studio Odyssey



Over the Same Roof


Act-2

 びゅぅぅ、っと風が吹き抜けていく。
 今日は朝からずっと風が強かったなぁ、と考えつつ空を見上げるが、地上とは違い空の上では雲が悠然と陣取っていて動く気配さえない。
 ここはビルの屋上。一応それなりに高いところであるが星を見ることは出来ない。さっき言った通り雲があるのに加え、下のネオンの恩恵がここにもあるからである。よって雲が無いときでもそう多くの星を見ることはできない。
 さっきまで飲んでいた缶コーヒーを、いつも彼女が座る方と逆の方に置くと、昨日買ったマイセンのメンソールを一本取り出して、風で火が消えないようにライターで火をつける。
「ふぅー」
 煙草の煙を吹き出しながら床に寝そべって、雲を眺めてみる。
 いつもは大体一日おきにこの場にくる。が、昨日もこの場に来たのに今日もこの場にいるのは何故だろうと考えてみる。理由は、彼女が昨日言った、
「明日オーディションなんだ」
 という言葉がやはり気になったからだろう。
 しばらく煙草をふかしていると

 ぎぃぃぃ。

 聞きなれた無気味な音が聞こえる。煙草を消してそのまま扉を背にして上半身だけ起き上がる。

 ぎぃぃぃ。バタン。

 無気味な音とともに扉が閉まる。しばらくすると目の前が暗くなり、
「だぁ〜れだ?」
 と言う声が聞こえた。こんなとこに来るのは彼女しかいないので当ててやろうと、
「……」
 ここで困ってしまう。普通ここでは、相手の名前を言えばいいが、如何せん名前を知らない。彼女といっているがこれも名前を知らないから『彼女』と呼んでいるだけの事である。
「え〜、分からなかった?」
 彼女は両手を放しながら、ちょっとふくれてそう言った。
「いや、分かってはいたけど」
「ま、そうゆう事にしておこう」
 ここぞとばかりに、名前を聞こうするが
「おはよう」
 と、遮られてしまう。
 聞けないのはいつもの事だとおもい直し、
「ん、おはよう。朝じゃないけどね」
 いつもの様に返事をする。
「挨拶だからいいじゃん」
「まぁね」
 いつもの挨拶を交わすと彼女はいつもの様に隣に座って、空を眺めた。
「今日は星、見えないね」
 雲を見ながら彼女が言った。
「ん、雲でてるからね」
「こんなに風吹いてるのにね」
「上ではほとんど吹いてないみたい」
「うん、そうみたい。ほとんど雲動かないよねぇ」
 すると彼女は、はっと気が付いたように
「ねぇ、月が見えてるよ」
 肩口を掴まれ、揺すられながら
「ん〜、そ〜だね〜」
 と、わざと声を揺らしながら言ってみると、彼女は手をパッと離し、
「あ、ごめん」
「ふ〜死ぬかと思った」
 襟を直しながらわざとらしく言い、
「こんなとこじゃ死ぬに死にきれない」
「そうだね、不法侵入ばれちゃうもんね」
 ここぞとばかりに聞きたかった事を聞いてみる。
「それもあるけど、今日の結果を聞くまではね」
 彼女はなんのことかと首をかしげていたが、何を聞いたのか分かったらしく、
「結果は来週に出るんだけどね」
 と前置きをしてから言った。
「結構、手応えがあった」
 満面の笑みをこぼしながらそう言った。
「あのね、順番のちょうど前に面接官の休憩時間があったの。その時、社長が頑張ってねって声かけてくれたの。」
「ん、それって、手応えがあったってことなの?」
 ちょっと話の骨を折るようだが気になったので聞いてみると、
「それだけじゃないの、5人一緒にやるんだけど社長は一人にしか質問しなかったの」
 自慢気な彼女を指差すと、嬉しそうに、
「そ、他の人には質問しなかったんだよ。それに終わってからも声かけてくれて「受かってるといいね」って言って肩揉んでくれたんだから」
 それってセクハラでは?と思いつつ、
「そうなんだ」
 と相づちを打つ
「そう。他にもね、って、これが自信ある一番の理由なんだけどね」
 彼女は、ちょっと胸を張って言った。
「オーディションのときやった題材がね、昔やったことがあるやつだったの」
 そう言うと彼女は題材をどうやってやったかなどを、こと細かに話し始めた。
 こうなると彼女の合否は関係なく、この喜びをさまさぬよう、相づちを打ちながら彼女の話を聞いていた。彼女の嬉しそうな笑顔を眺めながら。
「なんか一人で喋ってるね」
 一通り喋り終えた彼女はそう言った。
「ん、別に、面白かったし」
 ありきたりの返事だとは思ったが、面白かったのは確かだ。
「ずっと喋ってたから、喉かわいちゃった」
 そう言いながら彼女はそこらをぶらぶらと歩き始める。
 さっきまで飲んでいた缶コーヒーを差し出すかどうか迷っていると、彼女がしゃがみこんで、いきなり、
「まだ、ここにいる?」
 と聞いてきた。
「ん、まだ居るつもり」
 何も考えずにそう答えると、彼女はつまらなそうな顔をして、
「そっか」
 と立ち上がりながら言った。
「それじゃ、一人で帰るね」
 さすがに今更「やっぱり、帰る」とは言えず、
「ん、それじゃ」
 と言うと、半ばやけで、床に寝転がり空を見上げる。
 すると、帰ろうとした彼女がお辞儀をする様に顔を覗き込み、
「それ、一口もらっていい?」
 と、飲み残しの缶コーヒーを指差してそう言った。
 床に寝そべっていた体を起こしながら、缶コーヒーを取り、一口分は中身が入っているのを確認すると、
「もう冷えてるけど」
 そう言って彼女に差し出した。
「ありがと」
 彼女はコーヒーを飲んでからそう言うと、
「じゃ、今度こそ帰るね」
 と、彼女は扉に向かい歩いていく。
 また、寝転がってしばらくすると、

 ぎぃぃぃ。

 無気味な音が聞こえる。

 ぎぃぃぃ。バタン。

 扉が閉まる。
 ポケットの中からマイルドセブンのメンソールを一本出して火をつける。床に寝そべると、雲がはれている事に気付き、星々を見ながら考える。この残り少ない缶コーヒーをどうするべきか。

「ふぅ〜」
 溜息と一緒に煙草の煙を吹き出す。
 目の前には幾つかの星。