あとがき
何を書いたらいいのか、よくわかりません。
新世機動戦記R‐0を読んでくださったみなさん、そして、連載当時から、今まで、変わらぬご声援を送っていただいたみなさん、別に声援は送ってなかったけど、更新されるのは待ってたぞというみなさん、ありがとうございました。
新世機動戦記R‐0、これにて終了です。
全26話と、26話劇場版、そして2nd Millの15部、これにて、新世機動戦記R‐0は終了となります。
長い間、本当に長い間、ありがとうございます。
僕は、この作品を書き上げ、長い休眠に入ろうと──思ってたんだけど、それは何時の話だ?
さて、いい加減この書き方もかったるくなってきたので、いつもの書き方に戻します。
いかがでしたでしょうか、新世機動戦記R‐0 2nd Millennium END.
長かったです。
本作品は、なんと、企画の開始が98年頃だったと思います。そして、webページに第1部が上がったのが2000年の3月19日だったので、そこから計算しても、なんと、3年です。
長っ!?
つーか、いい加減、3年も経つとテーマとかネタとか、古くなっちゃうでしょ!?
みたいな感じもしますが、それほどでもないですな…
総理大臣の名前、小渕沢とか言う辺りが、時代を感じるちゃ、感じでしまいますが…
さて、こんなに長くかかった2nd Mill。何故?という声が強いと思います。なので、そのあたりの話を書こうと思います。何故、2nd Millはこんなに時間がかかったのか。
そもそも、それは2nd Millを書くことになったきっかけから始まります。
みなさんは、新世機動戦記R‐0の実際の週刊連載を知らない方がほとんどだと思います。
97年の3月19日から、約半年に渡って連載されていた、オリジナルの週刊連載版です。
これを知るのは、おそらく、オデのみんなと、一部の人たちだけだと思います。
今、webサイトに上がっている26話のデータは、実は正確には『週刊復刻版』です。
週刊版は、1週間に1回のリリース(毎週水曜日)という、締め切りに追われる形だったため、実は、完成度は今ある『週刊復刻版』ほど高くはなかったのです。まぁ、それほど変わりがあるわけではないですし、オデ的に週刊版と週刊復刻版の区別はないので(そもそも、データがない)、それほど大きな差があるわけではないのですが、週刊復刻版では19話の没原稿が後半で選択式になっていたりします。(本当の週刊版では、一也が戦わない方しかありません)
あと、復刻版は、26話が劇場版と称して、4部構成になっています。
これは、何故か。
実は、週刊版のラストは、26話週刊版というデータ、つまり、劇場版の2のデータしかなかったのです。
これには、不満の声が多かったのを覚えています。
なんでここで終わっちゃうの!?
みたいな、そんな感じの感想です。今見ると、確かにそうです。当時はページ数という絶対的な壁を作っていたので、あそこで終わるしかなかった現状があったのです。
そうです。
実はR‐0のラストは、みなさんから「えー」と言われるようなラストだったのです。
そもそもは。
98年、僕は、studio Odysseyを、webサイトとしてスタートさせようという提案をしました。
そしてここで、R‐0を連載しようと話したのです。
良くも悪くも、R‐0は超大作で、目玉のコンテンツとなり得ました。
実は、今のwebサイトではまったく見られませんが、R‐0には、キャラクターデザインとして板倉氏が関わっていて、一也や遙、香奈も教授も、おおよそ全てのキャラクターに、ちゃんとした絵がありました。(なんと、香奈は全26話、すべて違う衣装で登場するというおまけ付きで、全26話分の衣装デザインを当時、僕はした。無論、『やっぱり夏のお約束』の回用に水着のデザインまでした!)
そして当然、R‐0、ひいてはゴッデススリー、R・Rに至るまで、全てのメカはyokokei氏がデザインをした、設定資料まであったのです。
そうです。
R‐0は他の小説系webサイトの作品たちと見比べても、決して見劣りすることのないパワーがあったのです。
よって、98年、webサイトのスタートと共に、R‐0の復刻をしようという提案をしたのでした。
この時作られる予定だったのが『完全版』というものです。
『完全版』の制作は、97年の10月頃、つまり『週刊版』の終了と共にスタートしました。『完全版』は、ページ数の制限があった各話のページ数をとっぱらい、全26話で全てを完璧におさめようというものでした。それは、R‐0の連載中に出てきた書きたいことや、みんなのやりたいことなど、それはもう、膨大な量でした。
結局、『完全版』は5話まで作られたところで止まってしまいました。
実は、studio Odysseyのwebサイトは、98年の8月くらいの段階で、五話までを公開した段階で、一度停止してしまったのでした。
コンテンツ的なこともありましたし、運営の困難さ、HDが飛んだ、というのもありました。
つまり、studio Odysseyは、R‐0どころか、何も創り上げないまま(正確には、それ以前に書きためていたお話と、2話だけ公開されたMilky'sなどがありましたが)、終了するところだったのです。
これは、当時のことをほとんどしらない皆様は、はじめて耳にする話だと思います。
さて、それから2ヶ月ほどが経ってのことです。
僕は、studio Odysseyのwebサイトを終わりにするために、最後にR‐0を公開しようと考えました。ええ、studio Odysseyのwebサイトは、実は、終わる予定だったのです。
そして作られたのが、『週刊復刻版』でした。
10月から、studio Odysseyのwebサイトは『週刊復刻版』の連載のため、週二回更新を年末まで続けました。
そして、そこで、少数ではありましたけれど、素晴らしい反響をいただけたのでした。
それはもう、うれしくなるくらいの事でした。メールでいただいた感想、直接いただいた感想など、今でも机の引き出しの中に眠っています。
そして、多くのサイト様から、リンクを張っていただき、studio Odysseyの閉鎖が無くなったのでした。
しかし、先に書いたように、『週刊版』は、やり残したことで一杯でした。『週刊復刻版』をリリースし、ある程度、やりたいことは書き込んだものの、それはまだ、「R‐0を完結させる」には、至っていなかったと言えます。
そんなことから、この年の12月24日には、週刊連載時にちょっとおざなりにしていた遙のエピソードを書いた、「聖夜と言う名のいつもの夜」がリリースされました。(これを書いたのは、97年の12月ですが)
この部分は、特に『週刊版』ではグレーゾーンにされていたので、一応、ちゃんと書いておこうと思ったのでした。(『週刊復刻版』では、ちゃんと書かれている)
そして、一番のグレーゾーンであったのが、一也と遙の関係でした。
はい。
そうです。
ぶっちゃけ、これに答える必要が、どうしてもあったのでした。それが、2nd Millでした。
いただいた感想や、話の中で、一番多く聞かれたことが、これでした。あと「R‐0って、続くんでしょ?」という言葉でした。
当時の僕は、R‐0を続ける気はありませんでした。しかし、あまりにも多くの意見、そしてこのグレーにしてしまった部分に対しての反響がありました。そして、『完全版』も作りきれなかった自分に対しての責任もありました。
2nd Millennium END.の制作を開始したのが何時のことか、すでに昔の資料を引っ張り出しても、定かではありません。
しかし、99年の3月22日、webサイトで、2nd Millennium END.の予告が打たれました。
覚えている方がいるかはわかりませんが、2nd Millの第1部を、どんどんロードしていって、がりがりと表示させていく、あれです。
99年、夏に向け、2nd Millの制作が開始されました。
書きたいことはたくさんでした。
でも、一番に書きたいことは、やっぱり一也と遙の事でした。
でも、一也には、詩織がいます。
そんなん、さくっと書いてしまえば、それで終わりでしょう。
しかし、R‐0は人の心の動きみたいなものを、しっかりと書きたかったのです。それは、週刊連載の時と同じです。「リアルとギャグの境界線」を渡っていくには、決して越えてはならない一線があると思うのです。
そこで、当初は全4部構成で、この話を書こうとしました。
完成は、7月。
そして、8月いっぱい連載して…
さて。
細かいツッコミは置いておいて、まずは、シナリオの全体の流れを作ろうという事になって、シーンをがりがりと書き連ねていくことにしました。
このシーンを書き連ねたファイルは、今も手元にあるので、いつか公開するかもしれませんが、なんと、これは草案の段階で、結末まで書くよりも前の段階で…
200シーンを越えました。
さて、200シーンというのはどこいらかというと…
8部のラストのあたりです。
すでに、あり得ないサイズです。
さて、結局、2nd Millの連載が開始されたのは、99年の年末でした。
この時点で、シナリオの終わりは見えていません。書きためたのは、3部ほどのところまで。
そして、2000年3月。
僕は、大学を卒業し、某コンピューターソフト開発会社に就職します。
R‐0の連載は、これにより、恐ろしいほどに停滞します。
仕事をしながら、小説を書いて、webを更新して…などという器用な事は、なかなか出来ません。というより、ソフト開発会社って、凶悪です。休みなんて、ありません。1ヶ月に1回か2回ある休みに、なんとか書いてはいくものの、どうしても加速できず、ページ数はかさむばかり…月に1回更新されればいいほうという感じになっていき、そして、2002年の5月に、更新を停止しました。
studio Odysseyが生まれるきっかけとなり、そして、studio Odysseyを存続させる力となったこの作品は、僕にとって、越えられない壁となったのでした。
あまりにも大きく、厚く、強く、それは僕の前に立ちふさがりました。
こんなもの、手を出さなければよかった。
そう思いました。
こんなものに手を出さず、いつものノリで、書きやすい作品をショートサイズくらいでぷちぷちと書いて公開して行く方が、どれだけ楽だろう。人の心の描写とか、揺れる心とか、そんなの書くことを放棄して、巨大ロボットをいかに格好良くとか、そんなことを放棄して、楽な作品作ってる方が、どんなにサイト的にもいいだろう。
そんなことばっかり考えていました。
R‐0は僕にとって、越えることの出来ない壁なのでした。
しかし、2nd Millのテーマは、その僕に対して、とてもとても、挑戦的なテーマでした。
「人は、変えられない過去を誇りに変えて、今を生きていけるか」
何故、こんなテーマを当時の僕は選んだのでしょうか。
当時の僕は、もしかすると、今(というより、ちょっと前)の僕が、見えていたのでしょうか。
2nd Millの更新は停止しましたが、コンテンツとしては存続していました。
2nd Millは、更新停止していたものの、「終わらせなければならない」ものだったのです。それは、テーマに対する僕の答えでもあり、そして、studio Odysseyがもう一つ上に行くためには、避けて通れない道でもあったからでした。
そして、2nd Millは、完結しました。
2003年2月、僕は会社を退職し、2nd Millを終わらせようと、studio Odysseyをひとつ上の世界に押し上げようと、再び書き始めました。
長かったです。
それから考えても、約1年。
本当に長かったです。
エピローグを書いて、最後のシーンを書いたとき、僕は、本当に泣きそうでした。
別に、感動させるようなシーンを書こうと思っていたわけではありません。けれど、この長い作品が、ついに終わるのかと、涙があふれそうでした。
97年から数えて、6年です。
たくさんの事がありました。
それはもう、語り尽くせないくらい、たくさんのことがありました。
その過去を乗り越えて、R‐0は完結しました。
ありがとうございました。
サイトを見てくださっているみなさんには、ただ、それだけを言いたいです。
そして、お待たせしました。
本当、ごめんなさい。こんなにかかるはずじゃなかったんです。
いや、マジで。
これで、新世機動戦記R‐0は、すべて終了です。
R‐0という作品が、その派生であれ、なんであれ、ここから先、僕の手によって書き下ろされることは、おそらくありません。
これにて、完結です。
長い間、本当に、ありがとうございました。
さて、とっちらかってきてましったのですが、そこはあまりの感動のせいだと言うことで許していただくとして、最後にスペシャルサンクスをいつものようにして、終わりたいと思います。
まずは、校正のNこと、李。
2nd Millはあまり校正に出しませんでしたが、週刊版からずっとR‐0を見守ってきてくれてありがとう。
メカデザインのyokokei氏。
R‐三の戦闘シーンや、米海軍の戦闘シーンなど、多くの描写、そしてたくさんのメカデザイン、ありがとう。2nd Millの執筆中には、いつもとなりにデザイン画がありました。
板倉氏、2nd Millにはほとんどかかっていないけれど、週刊版の頃の一也や遙の絵は、今も頭の中で動いています。彼らの一挙手一投足を僕の頭の中で鮮明にしてくれたことを感謝します。
そして、studio Odysseyのその他のスタッフたち。
もう覚えていないでしょうけれど、初期のプロット作りにみなさん、参加してくれていたのですよ?特別にスタッフのみのサイトをつくって、みんなの意見をアップして、それでブレインストーミングしました。ありがとう。僕の頭の中にあった混沌とした様々なものを、みんなが具現化してくれました。
本当に、ありがとう。
そして、多くのR‐0を読んでくださったみなさん。
続きを催促してくれたみなさん。
みなさんのご声援がなければ、2nd Millは完結しなかったでしょう。
一番の力を与えてくれたのは、みなさんです。
何度言っても言い足りませんが、本当に、ありがとうございました。
そして最後まで2nd Millを読んでいただいたあなたへ。
ありがとうございました。
新世鼓動戦記R‐0、これにて完結です。
さて。
いかがでしたか?
小説『新世機動戦記R‐0』。
映画、インディペンデンスデイの話題から、「もし地球に宇宙人が襲ってきたら、どうなると思う?」と言う友人の問いに、「絶対巨大ロボットが現れて、世界を救う」と、本気で答えた僕の、「ああ、そんなこと言わなきゃよかった」的な今の思いはともかくとして、6年の歳月の後に完結した、一大超大作は?
長すぎる?
回りくどすぎる?
ごもっとも。
でも、お楽しみいただけましたか?
お楽しみいただけたのなら、それだけで満足です。
そしてこの作品が、みなさんの記憶に残るものであったら、これ以上のことはありません。
では。
次の作品でまた、お会いしましょう。
2003/12/22 未明。
著者 村上 裕一
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