studio Odyssey



隣ん家の死神さん

Written by : zeluk

『どーもーーー! ハードゲイでーーーす!』

 その叫びとともに高速で腰を振るう男が一人、俺達の見ているテレビに映っていた。
 一月も半ばといったところか、更に冷え込んできたので大学に後期試験を受けに行く以外では殆ど自宅のコタツに丸まる、という生活が続いている。
 そんな中ふとテレビを見ていると冒頭のような人物が出てきたのだ。名をレイザーラモンだかなんだか。ハードゲイ(以下HG)だとか名乗っているらしい。
 兎に角見た目からして既に「アウッッ!」(野球の審判風に)って感じなのだがそのキャラクターも既にアウトである。具体的に言うとボーク。投げる前から一塁に出ちゃうよみたいな。
 放送規制に明らかに引っかかってPTA連中から小うるさく言われそうなそれを見ながら、そこにいるのがデフォルトになってきた金髪美少女、メリーがげんなりと呟いた。

「わっけわかんないわ、こんなのが面白いの?」
「下らなくて面白いんじゃねぇのか?」

 適当に切り返す、が、そこで思い出したのだが確かこのメリーとかいう人形の如き美しさの少女はマッシブなお兄さん達の絡みが大好きだったはずである。
 そこら辺を問うてみると既にブームは過ぎたといわれた。どうもころころと趣味が変わるらしい。今の壁紙は妙に可愛い子猫だった。

「メリーちゃんはあれなのよ。ちょっと前までは女が趣味だったのよ」
「しかしころころと趣味を変える奴だねお前も。前は何が趣味だったんだ」
「えぇっと……こう、女の子をいじるのが、少し」

 なんというか非常にきつい趣味してるなぁこいつ。
 いつの間にか入り込んでいた貞子を窓から蹴りだして鍵を閉める。そのまま流れるようにお茶を飲もうと思ったのだがポットにお湯を入れるのを忘れていた。
 しょうがないので台所まで行くことにする。

「あ、ねぇねぇー。ついでに大福もってきてよ、大福」
「お前に福なんて訪れるわけないだろ。頭大丈夫か?」
「なんで食べ物持ってきてって頼んだだけで今年の運勢まで言われなきゃいけないのよ!? てか失礼よその言い方!」

 ちなみにこいつのおみくじの結果は末吉という微妙なものだった。

 しょうがないので大福も持っていくことにしよう。まぁ俺も何かつまみたいと思ってたのでちょうどいいといえばちょうどいい。
 ポットにどぼどぼと水を入れてテーブルの上に置く。「電源を入れといてくれ」といってから再び台所へ行き、大福を探す。
 確か冷蔵庫にしまっておいたっけな、と思いながら冷蔵庫を開く。寒いのでとっとと見つけよう。
 少しあさるとすぐに見つかった。賞味期限も切れてないので大丈夫だろう。計六つ。俺が四つでメリーが二つといったところか。

 一つずつ袋に入った大福をコタツの上においてそそくさとコタツに潜り込む。うぅ、寒かった。
 その間にメリーは大福に手を伸ばすが、それをみたらし団子が三つほど刺さっていたであろう串で迎撃する。要するに手の甲を刺突。

「お前、こういうのはあれだ。安っぽかろうがちゃんとお茶と一緒に楽しむのがいいんだぞ」

 口に残った餡子をあっつーいお茶ですっきり流すのがいいのだ。と、右手の甲から血を噴出すのを必死に押さえているメリーに言う。こいつ自称幽霊の癖してこういう攻撃に実に弱い。
 この前なんか箪笥に小指をぶつけてちょっと半泣きになりつつ「私は幽霊だから痛くない」と小さな声で連呼してた。ちょっと可哀想な子である。
 いつものようにキャンキャンと喚くと思ったが思いのほか痛かったらしい。じたばたともがいている。
 流石にかわいそうになってのでコタツの下から救急箱を取り出して机の上においた。

「〜〜〜もう今更”なんでそんなとこから救急箱が!”なんてベタな突っ込みはしないわ……っ! なんにせよこの仕打ちはあんまりじゃないかしら……っ!」
「人の話を聞かないからだろう。まったく」
「話すも何も問答無用で刺――っっ〜〜!?」

 更に続けようとしたので消毒液をぶばーっとかけてやった。またやってきた激痛にかなりじたばたしてるので手早く包帯でも巻いてやろうかと思ったのだが、よくみると傷口は塞がっていた。変わりに消毒液をぶっかけた部分から煙がもうもうと上がっていたが。

「ば……馬鹿な、こいつはもしやただの消毒液ではなく硫酸……っ!?」
「なんでそういう危ない思考に行き着くかしらないけどね、とりあえずそれただの消毒液じゃないでしょ……っ!? なんで清めの水がそんなとっから出てくるのよ……!?」
「いや、高校の頃の後輩にもらった奴なんだけどな」
「何者よその後輩……」
「あ、お湯沸いた」
「スルー!?」

 まだなにやら喚いているが、とりあえず無視をしてお茶を入れることにした。

「ったく……意味わかんないのよね、呪は決まらないし怨声も届かないし……」
「おい、お茶」
「あ、ありがと」

 お茶と一緒に大福を三つ渡しておく。べ、別にメリーが可哀想だと思ったわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよ! で、でも……一個多いのは、まぁ、それなりに悪いかと思ったからだけどね。まぁ別に一つ増えただけだから大して変わりはないが。
 さて飲むか、と湯飲みにすっと手を伸ばす。しかしその手は空を切った。

 響いたのは轟音。揺れたのは部屋。砕けたのは壁。

 吹っ飛んできたのは、無駄に筋肉質な上半身裸の男で、砕けた壁の向こうにいたのは妙にどでかい鎌を構えたこれまた綺麗な女だった。

 とりあえず印象に残ったのは、男のほうがなにやら禍々しい仮面をつけていることくらいか。


 * * * * *


「えぇと、はじめまして。私の名前は死神・刈り取るモノといいます。まぁ難しいのでハーちゃんとでも呼んでください」

 と、コタツに入るなり名乗ったのは、白髪の恐ろしいくらいに綺麗な女だ。
 黒を基調とした長袖の上着と薄青のジーンズという随分とラフな格好をしていて、肌は異様に白い。目の色が赤なのでアルビノかと思ったくらいである。
 まぁそこまで見ればただの美女なのだがその背に背負っているものがいけない。なんとそれはとてもとても大きな漆黒の鎌だったのです!

「なるほど事情はよくわからないし聞くつもりのないのでとりあえず帰ってくれ」
「あぁぁぁぁいきなり喧嘩売ってんじゃないわよあんたーーー!!」

 厄介ごとには巻き込まれたくないのでその心境をまっすぐに吐き出したのがいけなかったのか、俺の後頭部を叩こうとしたメリーの左手を軽く避ける。
 そんな様子を見てハーちゃんと名乗る美女は苦笑いを浮かべる。

「迷惑をかけてしまってごめんなさいね。まさか吹っ飛ぶとは思ってなかったのよ」
「いや、まぁいい迷惑だがとっとと壁を直してくれるなら文句は特にいわんよ」
「そう? 助かるわ」

 そういって微笑むハーちゃんとやら。うむ、美人の笑顔はそれだけで眼福だ。ただ後ろの鎌がどうにもアウトだ。なんていうかあの禍々しさがアウトだ。
 更にアウト加減で言うと……

「いやーんほぉんとごめんねぇぇぇー。アタシが迷惑かけちゃってぇぇ〜」

 今現在俺にまとわりついている筋肉質の男だろうか。
 こいつは今世紀最大の汚点である。俺にとっての。

「……それでハーちゃんさんとやら。これはなんなんだ」

 俺にまとわりつく変な仮面をつけた男を指差す。

「それは私の夫。死神・握り砕くモノ。死神 田中吉峰。ちなみに死神が苗字で田中吉峰が名前」

 と、俺にまとわりつく男を指差しつつハーちゃんとやらは言った。

「イヤァン! 田中吉峰だなんていわないで! よ・し・みって呼んでぇぇぇん」
「どうしようメリー。こいつキモい」
「うんわかってる。わかってるから私に話題を振らないで」

 べたべたと首に手を回して今にでも唇をくっつけようとするこの状況がキモいんだが誰か助けてほしいところである。一応仮面をつけてるので直接唇が見えたりはしないのだが、中で「コフー、コフー」とやけに熱の篭った呼吸をするのは何とかしてほしい。
 そんな様子を見かねたのかハーちゃんさんが背負った鎌の柄にそっと手を添えた。

「ヒッ……は、ハーちゃん? そういうのを振り回すのって、よしみ、嫌いだわ」
「奇遇ね、私も貴方のオカマ言葉は大嫌いよ?」
「そ、そう……でもこういうのってもうやめられないと思わない?」
「そうかしら。私たちの愛の力で何とかなると思うのだけど」
「うん、あれだ。奇行が止まったのは実に嬉しいんだがそのまま振るうと俺の首も一緒に刈りかねんので自重してくれるといいんだが」

 あらごめんなさいね、といってハーちゃんさんは鎌から手を離す。うぅむ、なんかいやな汗が背中を伝いまくっててお兄さんは泣きそうだ。
 ダレカタスケテ。


 * * * * *


 簡単に事態をまとめると、要するに夫婦喧嘩をしていたようだ。
 夫である田中吉峰のあまりのモーホーっぷりに嫌気のさしたハーちゃんさんは死神の鎌とやらでその腐った性根を狩り殺そうと奮闘開始。だがそれはそれ、鎌は人を軽くブッチしちゃう武器なので田中吉峰も必死で抵抗したそうだ。
 そんな中、ついに鎌の一撃が首にクリーンヒット。しかし外皮が異常に硬く出来ている田中吉峰の首は切断されることなく、その衝撃によって家の壁をぶち抜き俺の部屋に入ってきたということだ。

 二人はしきりに謝ってから壁の向こうへと消えていった。お詫びということで幾ばくかのお金と、壁をよくわからない方法で修理して。

 とにもかくにもまるで地獄のような時間帯だった。なんでってお前、あれだ。仮面をつけた筋肉質の男がべたべたと身体を触って、しかも息が荒いんだぞ? 悪夢以外の何者でもないだろう。
 別れ際、しきりに手を振ってくる死神 田中吉峰をシカトするのはなかなかに大変だった。しかしあんな二人が夫婦とは、世の中わからないものである。

「まさか本当に死神様だったなんて……しかも二人……もう駄目、意味がわからないわ」

 何やらぶつぶつと呻いているメリーはさておいて、俺はふぅと一息ついて今度こそ湯飲みをしっかりと手に取った。
 少しさめてしまったお茶は一気飲みするにはちょうどよい。クッと喉に流し込んで一息ついた。

 テレビに目をやると、変わらずHGレイザーラモンが腰を一生懸命に振っていた。確か腰を腱鞘炎だかなんだかで痛めたらしいが、それでも彼は腰を振る。

『フォーーーーーーーーーーゥ!!』

 そう叫びながら腰を振る彼の姿は確かに輝いていた。直視は絶対にしたくないが、飛び散る汗が輝いていた。
 一瞬だけ怪しい仮面をつけたマッシブな男が腰を振ってる姿を思い浮かべた。どうにもマッチしすぎていて逆に気持ち悪くなったのは僕と君だけの秘密だ。

 テレビのHGレイザーラモンに連動するかの如く、一生懸命に窓を叩く貞子を視界から追い出しながらふと思う、どうにも異世界に迷い込んだような日常を過ごしているな、と。

「なんだかなぁ」

 呟いた言葉はそっと紛れてただ消える。
 もちゃもちゃと大福を食べるメリーの口の周りについた餡子をぬぐってやりながら、俺は再びため息をついた。


「お前、大福くらい綺麗に食べろよ」
「んなっ!? べ、別にいいでしょどうだって!」


 ……まぁ、なんとかなるか。


author:
zeluk
URI
http://www.studio-odyssey.net/thcarnival/x04/x0408.htm
author's comment:
 前書いたやつでいい?
member's comment:
<u-1> もう、なんていうか、ゼルクのメリーさんは看板コーナーだから、いいんじゃね?w