studio Odyssey



彼女の猫

Written by : Hraes

「猫を、探しているんです。」
彼女はそう言った。


「今日も雨か…。」
仕事は捗らない、洗濯物は溜まってる、冷蔵庫は空に近い。

(これが一段落したら買出しにでも、と考えていたんだがな…)
ディスプレイにはエラーメッセージを大量に吐いたコード。一段落つけるにはまだまだ時間がかかりそうだし、
仮にそうなってもこの雨では出かけるのも億劫だ。

「どうしたものか。」
思案しながら煙草に火をつける。眠気は峠を過ぎたのか、体は睡眠を欲していない。
だが、このまま仕事を続けてもいいことは無さそうだ、仕方ない。
「少し弱くなったら出かけるか。」
何とは無く窓際に近づく。───ん?


女性が居た。雨の中、傘を差して辺りを見回している。
本来ならそこで興味を失ってしまうであろう対象だが、何かを必死に探しているのだろうか、
傘から外れた肩が濡れていることも気付いていないようだ。──ただ気にしていないだけかも知れないが。

普段の私ならこんな時絶対自ら足を突っ込むような真似はしないだろう。
しかし(興味を持ったせいもあるのだろうが)、徹夜明けで若干ながら気分が高揚しているのだろうか、
或いは自分に気付かぬところで下心でもあるのだろうか、気がつくと煙草を灰皿に押し付け、傘を持って外に出ていた。


「肩、濡れてますよ。」
不意に声をかけられたことに驚いたのか、彼女は一瞬ビクっとしてこちらを振り向く。
「あ…」
「ああ、怪しいものじゃあありません。」────自分で怪しいという人物はそう居ないだろう
「すぐそこに住んでいる者なんですが、窓から貴女の姿が見えましてね、こんな雨の中何をしてるんだろうと。」
自分の部屋のほうを指しながら答える。
「…たいした事じゃないんです。」
へえ。
「こんな雨の中で、たいした事じゃない、ですか。」
「…」
我ながら何をしてるんだろう、まるで尋問じゃないか。心の中で苦笑しつつ言葉を続ける。
「探し物でしたらお手伝いしますよ。尤も、貴女さえ良ければ、の話ですが。」
彼女は多少戸惑っていたようだが、少しするとぽつりと一言漏らした。
「猫を、探しているんです。」
「猫?」
「はい、まだ仔猫なんです。私の大事な家族で…」
───そういえば、ここニ、三日、この辺りを人懐っこい小さな三毛猫がちょろちょろしていたな。
「ああ、心当たりがあるかも知れません。」
「本当ですか!」
「ええ、そいつを見つければいいんですね。協力しますよ。」


かくして、二人の捜索が始まった。
この辺りの地理には詳しい。猫の生態だって多少なりとも把握している。雨宿りしそうな場所や
野良猫にとって居心地が良さそうな場所を見て歩く。こんな雨だ、猫もそうそう出歩かないだろう。
私は鰹節(部屋から調達してきた)をポケットに入れたまま思い当たる場所を一箇所ずつ潰して行くことにした。

一時間ほど探しただろうか、予想に反して猫はまるで見つからない。時折見つかるには見つかるのだが、
目当ての猫ではない。こうなると意地だ、引くに引けない。
「いやあ、見つかりませんね。」
「ええ…」
もしや事故にでも遭っているのだろうか、そんな良からぬ考えが浮かぶ。
「事故にでも遭ってなけりゃいいが…」
しまった。うっかり私が漏らした一言に彼女は泣きそうな顔を見せる。
「いや、大丈夫ですよ。きっと。」
慌てて取り繕う。何の根拠があるんだ。


───結局、猫は見つからなかった。


彼女は終始泣きそうな顔のままだった。一応、猫を見かけたら保護するということは約束し、別れた。
あまり良くない気分のまま部屋に戻った私は、寝ていなかったことを思い出し、急激に襲ってくる眠気に
耐えられず、そのまままどろみの中に落ちていった…


丸一日眠っていたようだ。日付は変わり、雨はすっかり上がっていた。
彼女と彼女の猫は気にかかったが、それよりも昨日から何も食べていないことを思い出した。
「買出しに行かないとな。」
一人呟き、支度をする。そうだ、いつもとは違うルートにしよう。意外とあっさり猫が見つかるかもしれない。
玄関に放り投げるように置いてあった傘をたたみ直し、家を出る。


猫は見つかった。正にあっさりと。
その小さな三毛猫は道路の端に倒れていた。もし血が流れていなければ寝ていると思ったかも知れない。

どうすればいい?「見つかりましたよ」と、この猫を彼女に連れて行くことが出来るか?私には出来ない。
しかし、彼女は猫を探し続けるだろう。見つかるまで。私は悩んだ。悩んだ末に、やはりこの事は告げまい
と決めた。彼女の記憶から仔猫が無くなるまで、───それが何時になるかはわからないが。

私はその小さな亡骸を抱え運び、手厚く埋葬した。

その日の午後、散歩から戻る途中の私は彼女に会ってしまった。出来ることなら、こちらに気付かないで
欲しかった。
「どうも。」
一刻も早くその場を立ち去りたかった、最初は。
おかしいと思ったのは彼女が妙に明るい表情をしていた事に気付いた時だ。そして、片手に持つバスケットに。
「猫が見つかったんです!」
───へ?
彼女は頬を高潮させながら私に告げた。
彼女は嬉しそうにバスケットを見せた。中には白い毛玉が丸まっている。ん?白?
「あー、これが例の仔猫ですか?」間抜けな質問をする。彼女が連れているんだから当然じゃないか。
「はい、昨日の帰りに見つかったんです!」

体を脱力感が襲う。私は一体何を探していたんだ、そもそもどんな猫かすら聞いていなかったじゃないか。
全て思い込みで行動していたのか。
「ははは、見つかったのなら良かった。」
「はい、あの、それで失礼ながら名前を名乗るのも、お尋ねするのも忘れていたので…あ、私──って言います…あの?」

もはや彼女の声は耳に入らない、怪訝そうな顔になっていく彼女を置いて私はふらふらと歩き出していく。
何だか全てがどうでもよかった。あの三毛猫は可哀相だが、無関係な男の手でとはいえ、埋葬されたんだ、成仏するだろう。

そして、部屋に戻った私は重大なことに気がついた。仕事が進んでいないじゃないか。

「明日…やるか…」

そう呟き、ベッドに倒れ込むのだった。


author:
Hraes
URI
http://www.studio-odyssey.net/thcarnival/x02/x0207.htm
author's comment:
 コンセプトは思い込み。
 「病気の子供は居ないんだ…」のCMとあわせて思いついた。
member's comment:
<Ridgel> 日ハムファンですね。(間違って覚えたらしい)
<kenon> 初めて書いたとかじゃないですよね?
<u-1> SSらしき物は初だそうでw
<Tia> うまw
<kenon> 初めてじゃ書けないよこんなの。
<yuni> 面白い、そして騙された。
<Ridgel> ご自身で仰ってますけど「病気の子供は居なかったんだ」がコンセプトですね。
<u-1> 病気の子どもはいないんだは懐かしいな。ただ、「病気の子どもはいないんだ」というあのCMは、騙されたけど、それに安心するという物だから、これとはちょっと違うかなって感じする。
<Ridgel> これは違ったけれど、ま、いっか☆とでもいいますか。
<u-1> 意図も違うようだしね。思いこみで損してしまうのをストレートに書いた感じ。面白い。つーか、仕事サボる理由が俺と変わらないwコイツは俺か!?