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空席の椅子があって向かいには、これも椅子に座って、神父が一人。白く反射している黒髪で、目も耳も殆ど見えないが、特に気にする様子はなかった。
窓からは、斜に朝日が射している。
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「つまりですね、“萌え”という精神の営みを持つ僕達を、差別的に扱うべきじゃないと言っているんですよ」
熱弁。脂ぎった髪と顔に、脂の乗った身体と顔、それと或いは、頭。
「“アキバ系”などと勝手に括って、話題のネタにするなんて、失礼ってものですよ」
絵にして『ヲタク』と題して転がしておく為にあるような、そんな男。
「なら、アンタ方は、例えば“渋谷系”とでも呼ばれるべきなんじゃないのかとですね」
ここまで典型的な容姿も、珍しいだろう。ワックスとニスで武装した、照り輝く肉体。
「趣味嗜好の対象が、バイクにでも変われば、連中、それを格好良いと褒めるのに、理不尽ったらありません」
当然、眼鏡のオプション付属だ。イラストはイメージですが、実物と、何ら異なることはありません。
「今や、日本の誇る一大文化分野。人と金も大いに動く産業だってのに、まるで分かっちゃいません」
会話や対話をしようという気は、まるでない。所謂“語り”タイプで、最早、演説である。
「どうしたら、世間に広く、その威厳を知らしめることが出来るんでしょうかねえ」
人と話すのは苦手だが、話し始めると止まらない。そういう人種。
「っと、随分語ってしまいました。そろそろ、失礼します」
男に対しては、あまりにも小さな椅子から立ち上がり、会釈。
ありがとうございましたと礼を言って、部屋から出て行った。
椅子の向かいには、やはり椅子に座って、神父が一人。少し赤みがかった黒髪で、目も耳も殆ど見えないが、落ち着いた存在感を示していた。
窓からは、鋭く日差しが射している。
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「で、酷いと思うのよねえ。別に、私がアスランを好きでも、あなた方に関係ないでしょ、って」
熱弁。深い黒だが手入れのされていない髪に、澄んだ白だが手入れのされていない肌。
「そりゃあ、声が大きかったことについては、仕方がないと思うの。私も、それに反論はないのよ」
絵にして『腐女子』と題して転がしておく為にあるような、そんな女。
「でもね、ヒトの話に耳欹てて、明らかに聞こえるヴォリュームで揶揄するのは、喧嘩売ってるとしか思えないわけなの」
ここまで典型的な容姿も、珍しいだろう。メリハリのメリの字がない、歩くドラム缶。
「けど、どうせ言ったところで理解しないだろうし、暴力に訴えるなんて、か弱い私には出来ないし」
当然、眼鏡のオプション付属だ。イラストはイメージですが、実物は、若干酷い場合があります。というか、酷いです。
「アスランを好きにならないなんて、どうかしてるってのよ。 2 年もレギュラー持って番組やってたんだから、あなた方の好きなタレントなんかより、よっぽど長寿なのに」
説得や教化をしようという気は、まるでない。所謂“愚痴り”タイプで、言葉とは裏腹に、垂れ流しているだけである。
「まあ、あんなのに好かれても迷惑だろうし、これはこれで、良いのかもしれないけどね」
人と話すのが好きだと思っているが、人に話すのが好きなだけ。そういう人種。
「ああ、もう四時じゃない。もうそろ帰らないと。やっぱり、リアルタイムで観ないとね」
慌てた仕草で、椅子を揺らして立ち上がり、会釈。
聞いてくれてありがとうと礼を言って、部屋から出て行った。
椅子の向かいには、やはり椅子に座って、神父が一人。光りの加減で一層赤らんだ黒髪で、目も耳も殆ど見えないが、落ち着いた存在感を示していた。
窓からは、紅い夕日が射している。
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神父はゆっくりと動き出し、手を上げて深く伸びをした。
それから髪で隠れた耳元に手をやって、そして離す。
椅子から立ち上がり、もう一度全身を解す。
座っていた椅子を、振り返って机の下に収め、すっかり体温と同化した、イヤフォンとアイマスクは、机上に放った。
気だるそうに何か独りごちて、部屋から出て行った。
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“ Collection Box ”と書かれた箱を振るが、音はしなかった。掌の中で、シュークリームが歪む。
壁に当たった箱が、何も入っていない内側を見せて、カスタードクリームが、リノリウムの床にデコレートされた。