studio Odyssey



no title

Written by : Ridgel

夕方から降り始めた雨は次第に雨足を強めて、夜になる頃には土砂降りになった。
傘を持っていなかった青年は、バスの座席横の窓から土砂降りの車外を眺めていた。
天気予報では雨は降らないはずだったのに…と気象予報士を呪いつつ憂鬱に溜息をつく。
溜息の数だけ幸せは逃げるなんて、誰かが言っていたなと思いつつも、漏れ出る吐息を抑える事は出来そうにない。
ツいていない一日だった。
バイトで大きなミスをして叱責を受けたり、お気に入りのジャケットにコーヒーを溢したり、カフェでカップを割って弁償させられたり
電話してきた同棲中の恋人と些細な事で喧嘩をしたり…挙句の果てにこの雨である。

バスを降りても雨が止む気配は無かった。
それどころか雷が近くに落ちたらしく、閃光と轟音が走った。
傘も無いのに土砂降りから雷雨へとパワーアップしたらしい。
冬に雷が多いのはこの地方の特色らしいがそんな特色は嬉しくも何ともない。

今更走った所で大した差はないな、急いで帰った所で気まずいだけだし。
ずぶ濡れになった青年は、開き直った。自棄になったとも言う。
少し遠回りになるがコンビニに寄って酒とツマミでも買って帰ろう。
アイツは下戸だから、ささやかな嫌がらせだ。
子供の頃、良く両親が聞いていた歌を小声で口ずさみながら、不思議と足取りは軽くなった。
傍から見るとタダの危ない人だったろうけど。


行かなくちゃ  君に逢いに行かなくちゃ
雨に濡れて行かなくちゃ


そういえば、この歌の名前は何だったろうと考えているうちにコンビニに着いた。
びしょ濡れの自分は店員にとっては嫌な客だろうなと内心思いつつ、ビールとツマミを物色する。
ふと、秋の新製品のスイーツが目に留まった。確か、アイツが食べたいとか言っていたヤツだ。
お値段315円(税込み)。昼にカフェでカップを弁償した所為で、これを買うとツマミを諦めないとならない。
…考えてみれば、様々な事情でイラついていた自分は、電話してきたアイツに辛く当っていなかったろうか?
唐突に後悔の念が頭をもたげてくる。

コンビニを出ると、雨は殆ど止んでいた。こんな事なら少し仕事先で雨宿りでもすればよかったな。
今日は、とことんツいてないらしい。青年は苦笑しながら家への道を歩き始めた。
さっきと同じ歌を口ずさむ。足取りはさっきよりも軽かった。


行かなくちゃ  君に逢いに行かなくちゃ
雨に濡れて行かなくちゃ 傘がない


見慣れた安アパートの近くに、同じく見慣れた人影が立っているのを見つけるのと同時に青年は曲名を思い出して呟いた。
「傘がない、か。」
またも苦笑しながら、見慣れた人影に手を振って青年は足を速めた。



スイーツはあまり美味しくなかった。


author:
Ridgel
URI
http://www.studio-odyssey.net/thcarnival/x01/x0105.htm
author's comment:
 曲自体古かったかなぁ。
 恋人側のシーンもいれようかなって思ったんだけど、時間が。
 さらに言えばお値段315円(税込み)を見た時点で、ありきたりな展開になるなぁ。風邪を引いたってオチにしようかとも思ったんだけど、美味しく無いってほうがいいかなって。
member's comment:
<zeluk> なんか渋いっていうか大人っていうか、どことなくエロスを感じる。
<u-1> 雨が繋げた縁という感じに読んだ。同棲でなくてもよかったかなーと思う。例えば、展開としてだけど、彼氏のウチに来たんだけど実は彼氏がバイトでいねぇ。電話したら、彼氏が怒られた直後で、逆ギレ。帰る!と言ったが、雨で帰れない。だと、ドラマかなぁと。
<zeluk> ドラマだ…
<yuni> くらっと来るなw