studio Odyssey


H.S.G.F Milky's - 02:But Tomorrow - B


       3

「美鈴、電話よ」
 階段の下から、お母さんの呼ぶ声。私は読んでいた文庫から顔を上げると、
「はーい」
 と、きっと聞こえなかっただろうけれど、返事をした。
 時計を見ると、十時を少しまわったくらい。だけど…誰だろう…こんな時間に私の家に電話をかけてくる人なんて。
 部屋のドアを開けて、廊下へ出る。そのドアの開く音を聞いたのだろう、階段の下からお母さんが、
「高橋さんよ。いい、美鈴。あんまり長電話しちゃダメよ」
 なんて、普段はあまり言わないようなことを、言った。
「うん、わかってる」
 と、返事を返し、最近になってからやっと使うようになった、二階の子機電話を手に取った。えーと…保留解除…ってどれだったっけ。
 高橋さんは何度か家に電話をかけてきたことがあるけれど、一度だけ、一時間くらい電話をしていて、怒られたことがあった。けど、その話を高橋さんにしたら、「一時間なんて、長くないよ」と言われたのだけれど…それ以来は、用件とちょっとした話で、二十分くらい話すのが常になっていた。
「もしもし?」
 と、子機を手に、ベッドに腰を落とす私。
「あ、美鈴?私、私、ミチコ」
 いつもの、高橋さんの明るい声。
「うん、どうしたの?」
 こんな時間に――と言おうとして、やめた。きっと高橋さんには、まだこんな時間、なんて言う時間じゃないのだろう。
受話器の向こうの高橋さんは、
「あのさー、明日さー、英語のオーラル?あれでさ、プリントの提出ってあるじゃん。訳すヤツ。やった?」
 と、一息に言う。
「え…うん。やったけど…」
「あ、さすが。あのさ。今やってたんだけど、よくわかんないんだよね。ちょっと教えてくれない?」
「うん…いいけど…間違ってるかもよ」
 と、言いながらも立ち上がり、机の脇に置いてある鞄を開ける私。プリントは、確かさっきファイルに挟んで入れたはずだった。
「何をおっしゃるー」
 と、笑いながら、高橋さん。
「学年でも上から数えた方が早い美鈴ちゃんじゃーございませんか。私の皺のすくない脳味噌なんかより、ずっと信憑性高いって」
「そんなことないよ…間違ってるよ。きっと」
 プリントを手にして、私は苦笑いを浮かべていた。私だって、さっきまで辞書に首っ丈で訳していたのだから、きっと間違ってるところがたくさんあるはずだ。
「間違ってたらごめんね。いい?言うよ」
「オッケ。留守電のテープに録音しちゃうから、最後までぱーっと訳、言っちゃって」
「うん。えーと…あなたは一九六九年に終わった――」
 プリントを手に、英文の訳を言う私。時々、自分で書いた文なのにつっかえたりもしたけれど、訂正を入れたりしながら、なんとか一番最後まで、訳していった。
「――で、終わり」
 と、読み終えたプリントを机の上に置き、私はちょっと手を伸ばして、部屋の窓を開けたのだった。
 涼しい風が、ぱあっと部屋の中に吹き込む。
「サンキュー、助かった。後は、こっちでちょこちょこっと語尾変えるわ。同じだとやっぱやばいだろうし」
「うん。がんばってね」
 言いながら、私は窓から吹き込む風に、目を細めていた。そっと、私の髪を撫でていく、五月の夜風。
「あ、それでさー」
 高橋さんの声。その声とほとんど同時くらいに、私は、窓の外、階下の夜道に、彼女の姿を見つけていたのだった。
「今日さ、いつものお店でさ、変な子にあったんだよ。ウチの学校の制服着てたけど、見たことのない子でさ」
 すぐにぴんときた。私だって、その子が目の前にいれば、すぐにわかる。
「その子って、もしかして赤い髪の…」
「そうそう。なんだ。知ってる子なの?あの子さ、ちょっと変じゃない?」
 階下の彼女は、とことこと小走りに、闇の中へ消えていく。
 私はなぜだか気になって――あの胸騒ぎを、再び感じて――見えなくなってしまった彼女の姿を追いながら、
「その子…何か言ってたの?」
 受話器の向こうの高橋さんに、聞いていた。
「んー?あー、なんかねー。学校行ってて楽しいか――とか、行かなくていいんだったら、行かないか――とか?そんなこと聞いてきてさ」
 あの女の子がそんなことを?
 でも、それって一体――どういうことなんだろう…
「それでさ、彼女、突然消えちゃったんだよね。ふっと。びっくりだよ」
「消えた…どうして?」
 すごく、気になる…
 高橋さんは、困ったような声で、言った。
「さぁ?私らが『無くなっちゃったら、面白いと思うけどね』なんて言って、振り向いた時には、もういなかったんだよ」
 その言葉に、ぱちんと、私の中で何かが弾けた。
 滅多にあることじゃないけれど、私にも、時々直感で物事がわかってしまう時というのがある。しかも、どうしてか、わかってしまうことには悪いことが多くて、しかも、そういうことに限って、良く当たったりする。
 この時も、そうだった。よくわからないけど、その直感が、外れているような気が、全くしなかった。
 どうしよう…
 きっと、あの子とあのドクター・フューチャというおじいさんは、学校を壊すつもりなんだ。


 「ごめん。急用が出来たから」と、気がつくと私は高橋さんの電話を切っていた。
 そして電話をベッドに放り投げ、部屋を飛び出し、階段を、一気に駆け下りていた。――もしかしたら、生まれて初めて。
「どうしたの美鈴?」
 リビングから顔を出したお母さんが、その私の行動に、目を丸くしていた。
 私は、きっと、もっとお母さんが驚くだろうとわかっていたけれど、引き止められるとわかっていたけれど、
「出かける!」
 と、短く、言った。
「美鈴っ!待ちなさい。何でこんな時間に――」
 勝手口に走る私。お母さんが、追いかけてくる。
「学校に行くの。どうしても行かなきゃならない用があって――」
「嘘おっしゃい。高橋さん達に呼び出されたんでしょう!?電話があったものね。それで出かけるんでしょ!」
「違うよ」
「嘘を言ってもダメよ!美鈴、貴方高校に入ってから、悪い友達の影響を受けたのじゃないの?夜中に出かけるのだなんて。ダメよ!お母さんは許しませんからね!!」
 ぎゅっと私の腕をつかんだお母さんの手を、
「離してっ!」
 と、強く振り解いている私が、そこにいた。
 お母さんが驚きに、目を丸くする。
 私も、自分がして見せた行動に、目を丸くして、ただ、立ちつくしていた。
「美鈴…」
 ぽつりと呟いて、不意に、お母さんは崩れるように、泣き出してしまったのだった。
 ただ、よくわからないけれど、しゃくり上げるように、お母さんは泣き出してしまって――「美鈴…どうして」とか、「何でお母さんの言うことを聞いてくれないの」とか、小さく、小声で言っていたのだった。
 それを見て、私も、何でだろう、凄く、自分が悪いことをしてしまったような気がして、凄く、泣き出したくなってしまって、だけれど、気がつくといつもの靴を履いていて、勝手口のドアを開けていて、
「ちょっと、出かける」
 そう言って、夜の街に、駆け出していた。
 泣き出しそうになりながら、だけど、学校に向かって、真っ直ぐに。









       4

「来客か――」
 その老人は、私に気づいて、小さく言った。
 学校の中庭。
 そこには、あのドクター・フューチャという老人がいた。
「夕方の娘か…あの、旅館の娘だな」
 ふっと、その老人は笑う。
「こんな時間に、こんな所へ何をしに来た」
 私は、弾む息を整え、ごくっと唾を飲んでから、精一杯の声で、言った。
「貴方こそ…貴方こそ、こんなところで何をしているのですか!?」
 校舎の壁に反響する、私の声。ドクター・フューチャは、その声に、満足そうに笑っていた。
「何をしているか――とは、愚問だな」
 彼は笑いながら、言う。
「私は今を生きようとする若者達にとって、不必要な物を排除しようとしているだけだ。喜ばれこそすれ、君らに止められる覚えはない」
「不必要――って…学校が…」
 呟くようにして言いながら、夜の闇に包まれた校舎を見上げる私。無機質な、個性のない、コンクリートの建物。学校。
 学校は、不必要――なの?
「不必要だとは、思わないかね?娘よ。君たちは学校に行き、何を学んだ?何を学ぶために、今も学校へ行く?必要のない学ぶべき事。意味をなさない、テスト。役にも立たない事しか学べないのならば、あるだけ無駄だろう、こんな物は。ならば、いっそすべて無くなってしまえばいい。そうすれば、君たちがこんな場所で、無駄な時間を過ごす必要もなくなる」
「それが…貴方が言う、今を生きると言うことなの?」
「そうだ。今を生きる――つまり、今しなければならないことを、すると言うこと。その際に不必要な物、妨げとなる物は、すべて、排除すべきなのだ。たとえば学校。たとえば教師や友人。たとえば、親」
 ドクター・フューチャの声が、無機質なコンクリートの壁に響き、私の耳に届く。奇妙な響きを持って、私のことを、私のしてきたことを、否定するように。
 けれど、もしかしたら、それも本当のことなのかも知れない…
 ドクター・フューチャは、言った。
「娘。お前はここに、何をしに来た。私を止めに来たのか?それとも、共にこの無意味なる物を、破壊しに来たのか」


「そんなこと…わからないです」
 ぽつりと、言う私。だけれどその声は、しんとした空気の中で、十分な力を持って、空気を揺らしていた。
「そんなこと…わからないです。どうして私はここに来たのか――けど、どうしてなのか、あなた達がこの学校を壊してしまうんじゃないかと思ったとき、どうしても、それを止めたかった。だから、ここに来た。学校が本当に必要かどうか、私にはわからないけれど――外見や、行動だけで人のこと、友達のことを判断する先生達が、私たちにとって必要なものなのかどうかはわからないけど――私達のこと心配してくれる親の事、泣かせてしまってまで、こんな時間に、この場所に来る必要があったのかどうかなんて、わからないけど――この学校と言う場所に、それだけの価値があるのかどうかなんて、私にはわからないけど――」
 ぎゅっと、手を握りしめていた私。小さくなってしまう声を、ふるえる唇から、懸命になって絞り出している私。
 けど、ただ一つだけはっきりと言えることは、
「私は、学校が無くなってほしくない。だから、貴方の考えには、賛成できない」
 ただ、それだけ。
 だけれど、それがすべて。


「ならば私を止められるか!娘っ!!」
 ドクター・フューチャが勢い良く腕を振るうと、私の周りに、黒い人影が、何十という数、姿を現した。
 後ずさる私。その私に向かって、
「ゆけっ!一般戦闘員、その娘をとらえるのだっ!!」
 ドクター・フューチャが叫ぶ。
「うぃーっ!」
 一般戦闘員というその黒い人影達は、一斉に、両手をあげて叫んだのであった。
 しかしその次の瞬間に、
「止めて見せようじゃないかっ!!」
 夜の校舎に、その声は響いた。
「ちいっ!やはり現れおったか!」
 ドクター・フューチャが舌を打つ。
「今を生きる――美しい言葉だな、ドクター・フューチャ。だが、その言葉の持つ意味は、誰かに教えられて知るような物ではないはずだ。それぞれの者が、それぞれの壁にぶつかり、悩み、そして乗り越えていき、自らで感じ取るものであるはずだ」
 ゆっくりと中庭に姿を現す、先生。
「…先生」
 小さく呟く私に、先生は微笑みながら、歩み寄ってきてくれた。
「高見くん、君のしたことは正しい。今を生きるなんて事は、今の君たちにはまだわからないことだと、僕も思う。だけれど――」
 先生は私の脇に立ち、ドクター・フューチャを睨み付けて、言った。
「今を生きるために戦うのなら、僕は君に力を貸す!」


「猪口才(ちょこざい)なっ!ゆけ!一般戦闘員ッ!!」
「うぃぃいーっ!!」
 ドクター・フューチャの声に、両腕を高々と振り上げ、意気揚々と私たちに迫り来る、黒い人影。一般戦闘員。
 先生の後ろに隠れて、後ずさりそうになる、私。
「高見くん、逃げてはダメだ。この力を使い、戦うんだっ!」
 先生は力強く私の手を取ると、その手に、小さな、ペンダントのような物を握らせ、私を前に引っぱり出した。
「でも…」
 戦うだなんて…そんなこと…出来るかどうか…
 私は握らされたそれに、視線を落とした。
 これは…何?
 青くて…かすかな星明かりに、弱く輝く半透明の…宝石?
「それを手に言うんだ高見くん。Set Free Milky'sと!」
「二度も同じ事を言わせてたまるものか!一般戦闘員、あれを奪えっ!」
「Set Free Milky's?」
 尋ねるように、聞き返す私。
「くそうっ、遅かったかぁッ!!」
 ドクター・フューチャが強く舌を打った次の瞬間、強烈な光が、私を包み込んだ。


 強烈な閃光に驚いて、私は目をつぶってしまった。
 何が起こったのか、よくは理解できなかった。ただ、次に私が目を開けたときには――
「え?」
 私の周りにはあれほどいた黒い人影――一般戦闘員という人――はすべて何かに吹き飛ばされたかのように倒れていて――
「ちぃっ、また変身しおったかっ!生意気なっ!」
 と、ドクター・フューチャの声がして、
「ドクター・フューチャ。貴様の思い通りにはさせないぞ!」
 と、先生の声がそれに続いていた。見ると、先生は真っ直ぐに、ドクター・フューチャを指差していて――けど…
 え?
 私は、自分の腕を見て、首を傾げていた。
 あれ?私、こんな服着ていたっけ?
「さぁ!高見くん、奴を倒すんだ」
 と、面と向かって言われて、先生を見返す私。
「え…?」
 倒すと言っても、どうやって…?
 首を傾げていると、先生も、ドクター・フューチャも、困ってしまったように、沈黙してしまったのだった。
 こほむ、と先生は咳払いをして、
「高見くん、君は変身して、奴と戦うだけの力を手に入れた。理解できる?」
 と、言う。
「変身?」
 言われてよく自分の姿を見てみると、確かに、やっぱり着ていた服が私の服じゃなくなっている。喉元の所には、さっき先生に手渡されたあの青い宝石があって――背中には、鳥のような二つの翼があった。
 ――そうか、変身したんだ。
 何となく納得して、こくんと頷く私。それを見て先生は、
「さあ、気を取り直して――」
 ドクター・フューチャに、再び向き直った。
「行くぞっ!ドクター・フューチャっ!!」
 と、勢いよく叫ぶ先生。
 でも――
 変身したからって戦えるようになったって訳じゃ…


「気を取り直して」
 と、ドクター・フューチャ。
「時間いっぱい、ページ限界、待ったナシだっ!クラスシーックスっ!!」
 腕を振るい、思い切りに叫ぶ。
「はいはーいっ♪」
 と、その声にあの赤い髪の女の子の声が返した。声の先に視線を走らせると、校舎の一部に穴を開けて、巨大なロボットが、姿を現したのだった。
「なっ!」
 先生が息をのむ。
「今回はスケールが大きいじゃないか!」
「そうですっ」
 クラスシックスという女の子はその巨大ロボットの肩の上に笑いながら立っていて、
「ふっふっふー。今回は前回の人型ロボとは違い、いろんな工事で大活躍のショベルカーを、一般戦闘員のアタッチメントパーツとして拡張してみました。頭上高五メートル。右手のショベルカーアームアタッチメントは最大七メートルまで伸び、左手の鉄球ハンマーは重量――」
「クラスシックス…」
「はい!なんでしょうフューチャ様っ」
「台詞が長い」
「えー…だって、さっきあの子は原稿用紙一枚分くらいの台詞言ってましたよー」
「へへーん、こっちは正義の味方だからいいのだ!」
「あ!そんなことを言って!!」
 先生の言葉に、クラスシックスという子はぷっと頬を膨らませると、
「ならばもう問答無用っ。いけぃっ!解体破壊向け工事ロボ、現場かんとくん一号っ!!」
 と、その巨大ロボットの上で、私たちをびっと指差した。
「アイサーッ!」
 両腕を振り上げ、応えるその巨大ロボット。
 でも――やっぱり腕を振り上げた訳なので、
「あっ――あいたっ!」
 クラスシックスさんは、その巨大ロボットの肩の上から滑り落ちてしまい、したたかにお尻を打ち付けて、痛そうに顔をしかめたのだった。
「もーっ、やっちゃって下さいっ!」
 もう一度、私たちを指差して言うその目が、ちょっと、涙目に見えた。


「高見くん!ぼうっとしている暇はないぞっ!」
「え?」
 先生の声に顔を上げると、私たちの眼前に迫ってきていたあの巨大ロボットの右腕、シャベルになっている右腕が、高々と、漆黒の空に向かって掲げられていたのだった。
 あれが振り下ろされたら――と思った瞬間に、それは振り下ろされた。
「!?」
 私に向かって、断頭台の刃のように振り下ろされる鉄の爪。
「高見くんっ!?」
 先生が叫ぶ。
「とったっ!」
 ドクター・フューチャの声。
 鉄の爪は、過たずに、私の立っていた中庭のレンガタイルに、突き刺さった。
 飛び散るレンガタイルの破片。舞い上がる土煙。ドクター・フューチャは、その光景を目の当たりにして、にやりと口許をゆるませた。
「あっけなかったな!若造っ」
「高見くん!」
 先生のその声と、ドクター・フューチャの笑い声が、夜の校舎に反響した。


 舞っていた土煙が、吹いた夜風に掻き消えた。
「なにっ!!」
 ドクター・フューチャが目を丸くする。
 晴れた土煙の中に、私の姿が、あるはずもなかった。
「馬鹿な!?どこに行った!?」
 私の姿を探すドクター・フューチャ。そして、クラスシックスさん。巨大なロボットもまた、私の姿を探して、辺りを見回していた。
 その中で先生はいち早く私の姿を見つけると、
「おおっ!」
 と、私の姿を見て、目を輝かせたのだった。
 私はというと――ただ自分の置かれた状況に、目を丸くするばかり。
「ど…?」
 逃げなきゃ――と思って後ずさったところまでは、自分の意志に近かった。けれど、その次の瞬間には、私の身体は重力という束縛から解放され、宙に、夜空に向かって、飛び上がっていたのだった。
「なんだとっ!?」
「飛んでますっ!?」
 目をまん丸にして、クラスシックスさんは言うけれど、それは私も同じ事で…自分が空を飛んでいるのなんて、何とも、不思議な感覚だった。
「かまうものかっ!所詮は、最近耳元でうるさくなってきた蚊とかわらん。たたき落としてしまえっ!!」
 ドクター・フューチャが叫ぶ。そして、クラスシックスさんがそれに続く。
「ではいきますっ!現場かんとくん一号、左手巨大鉄球ハンマーっ!!」
 言いながら彼女が腕を振り上げると、
「アイサー!」
 と、巨大ロボットもぎらりと目を輝かせて、工事現場でビルを壊すために使いそうな鉄球のついた左手を、勢いよく振り上げたのだった。
「高見くん!」
 先生が叫ぶ。
「腰の両脇に剣がある。使うんだ!」
 言われて、自分の腰に目をやる。と、そこには、二握り半ほどの剣の柄があった。こくんと小さく頷いて、右手を伸ばし、それを手に取る私。
「ならば、こっちもやっちゃって下さいっ!」
「アイアイサー!!」
 クラスシックスさんの声に答えたロボットの目が、私のことを確かに捕らえて、光った。
「ぱーんちで、ぐぅっ!!」
 彼女が叫ぶと、巨大ロボットは、アンバランスと思えるほどに巨大な鉄球を付けた左腕を、思い切りに振り下ろしたのだった。
 空気を裂いて、唸りをあげて、私に向かって飛ぶ鉄球。
「!!」
 迫り来る鉄球に目を丸くし、私は身を翻した。背中の翼と、足首のプロテクターが、強烈な発光と共に、私の身体を宙で動かす。
 眼前を、すさまじい勢いで、黒い鉄球が走り抜けた。闇に踊る、私の髪。
 爆音と共に、その黒い塊は、校舎の壁にのめり込んだのだった。
 けど、私はというと――
「あ…と…と」
 それどころではなくて、なんだかよくわからないけれど、身をかわすだけのつもりだったのが、勢いに一回転などしてしまい、なんとか姿勢を立て直そうと必死だった。
「外したかっ」
 と、ドクター・フューチャが舌を打つ。
 と、クラスシックスさんがそれに続いた。
「では♪もういっちょー!」
「アイサー!」
 校舎の壁から――校舎を崩しながら――素早く巻き戻される巨大な鉄球。何とか体勢を立て直し、再び左腰の剣に手を伸ばし、巨大ロボットに向き直る私。
 素早く巻き戻された鉄球が、私の眼前で巨大ロボットの左腕に戻る。そして、そのロボットは、再び私に向かって、振り上げた腕を、
「ぱーんちで、ぐうぅっ!!」
 彼女の叫びと共に、腕を振り下ろしたのだった。


「もう、これ以上、壊させない!」
 言いながら、私は腰の剣を引き抜いていた。
 両手でしっかりと柄を握りしめると、それは、緑色の、まるで鳥の羽のような光の剣を、そこに生み出したのだった。
 大丈夫。きっと――そんな気がする。
 私はそれを、青眼につけた。
「アイサー!!」
 巨大なロボットの、巨大な鉄球が、唸りをあげて迫り来る。私は、一瞬小さく頷いてタイミングを合わせると、身を翻し――次の瞬間に、私の背後を走り抜けた鉄球は、再び鉄筋の校舎にのめり込み、盛大にそれを、破壊したのだった。
「覚悟っ」
 叫びながら、巨大ロボットを視界に捕らえる。と、背中の二本の翼は、私の想いに呼応するかのように、光り、地面すれすれにまで、私を急降下させたのだった。
 そして、直線上にそれを捕らえると、翼は、再び、光り輝いた。
「一般戦闘員っ!奴を止めろ!!」
 ドクター・フューチャの声に、倒れていた一般戦闘員達が息を吹き返し、私の前に立ちふさがる。けれど、私の振るう光の剣を前に、彼らにはなす術もなかった。
 地面すれすれを飛び、巨大ロボットに肉薄する私。下段に構えた光の剣が、強く輝き、私の軌跡を、レンガタイルの地面に刻みつけた。
「私は――苦しいかも知れないけど、辛いかも知れないけれど――」
 光の剣を、強く握り直す私。
 それでも私は――
 輝く翼。強く、歯をかみしめ、頷く私。
 それだからこそ私たちは――今を――
 私は、光の剣を、思い切り、振り上げていた。
 流れた光の奔流は、爆発とともに、辺り一面に、粒子となって飛び散った。









       5

 大丈夫。
 うん、きっと、大丈夫。ちゃんと、言える。
 家。勝手口の前。
 私は、小さく息を吸い込んで、決心を堅くした。
 勝手口の脇にある窓からは、弱く明かりが漏れて来ている。きっとお母さんかお父さんがまだ起きていて――もしかしたら二人とも?――私の帰ってくるのを、きっと怒って、待っているのだろう。
「大丈夫?」
 と言うその声に、私は振り向く。先生が、少し困ったように表情で、眉を寄せていた。
「なんなら、僕がご両親にちゃんと」
「大丈夫です」
 私は、はっきりと言う。
 だって、私は何か悪いことをしたわけではないもの。お母さんを泣かせてしまったことは事実だけれど、きっと、それは私たちが生きていく上で、いつかは出会ってしまう出来事で、だからこそ、私たちは――上手く言えないけれど、今を生きている。
 苦しいことも、辛いことも、あるのだろうけれど、今は答えを出せなくても、真っ直ぐに、答えに向かって生きていきたい。たとえ、歩みは遅くとも。
 そのための衝突――そのための、今なのだから。
「大丈夫です」
 私はもう一度はっきり言うと、先生に向かって、微笑みかけた。
 先生も軽く笑って、私に返す。
「高見くんは、今、自分は今を生きてると思う?」
「はい」
 先生の言葉に、大きく頷く私。
 先生も、何度か私の言葉に小さく頷き返しながら、
「うん、でも、同じ質問を他の子たちにもしたことがある。でもその子達も、高見くんと同じように答えたよ。今を生きてるって思うって。でも、面白いと思わない?」
 おかしそうに、口許をゆるませて笑う先生。
 先生はそのままで、続けた。
「きっと高見くんとその子達は、違う風に考えていると思うんだ。けれど、みんな、それでも今を生きていると思っている。でも、本当に今を生きてるって、どういうことなのかな?高見くんは、どう思う?」
「どう…って…上手くは言えないですし…まだ、私にも、よくはわからないですけれど」
「うん。でも、高見くんなら、この質問には答えられる思う」
 そう言って、先生は一瞬沈黙した。
 私がその沈黙に顔を上げ、先生のことを見た瞬間に、
「つまらない毎日は、続くと思う?最悪な日は、明日も、続くと思う?」
 先生も私のことを真っ直ぐに見て、聞いたのだった。


「…わからないです」
 ぽつりと、私は沈黙を破って、話し出した。
「続くかも知れないし、続かないかも知れない。けれど、私は、きっと――」
 先生は、小さくなってしまう私の声に――私の背中を軽く押してくれるように、小さく相づちを打ってくれて…私はそれに押される様にして――しっかりと、言っていた。
「続かないと思います。きっと明日は、今日よりも――」
 そうか。
 私は、自分で言った言葉に、自分で納得していた。そうなんだ。それがつまり、そう言うことなのかも知れない。
 ――と。


「じゃ、僕は帰るよ。明日までに、学校の方も何とかしておかないといけないし」
「はい」
「じゃ、高見くんも、がんばって」
「はい」
 と、答えたはいいものの、やっぱり――
「あの…大丈夫ですよね、私」
 急に不安になってしまって…お母さんを泣かせてしまったことなんて、初めてだったし、それに、こんな風にすることも、初めてだったし――
 けど、とまどう私を見て、先生は、ただ口許をゆるませて、笑っているだけなのだった。
 どうしてだろう…その先生の笑い顔に、私、安心してる。
「じゃ、がんばって」
 もう一度言われ、
「はい」
 答えた私は、背を向けた先生に背を向け、勝手口のドアノブに手を伸ばしていた。
 口の中で、最初の台詞を唱えながら。
 片手に、あの青い宝石を握りしめながら。









       6

 あれから、数週間。
 毎日は、刻々と過ぎていき、今という時間が、取り戻すことの出来ない過去へと、少しずつ、だけれど確実に、変わっていっていた。
 先生がこの学校を出ていってから、もう、どれくらいの今が過去へと変わったか。
 そして――
 私の毎日は、あの時よりも、少しでも前に進んでいるのだろうか。
 答えの出せない謎掛け(リドル)を考えながら、ぼうっと、私は窓の外を眺めていた。
 学校は、今までと変わらずに、今までと同じ事を、繰り返している。
 高橋さん達は、相変わらず言う。
 「毎日同じ生活で、つまらない」と。
 チャイムが鳴った。
 ふっと現実に引き戻されて、時計に視線を走らせると、四時間目が終わり、お昼休みに入ったところだった。筆箱にシャーペンを入れて、お弁当を食べる準備をしようと、机の上を片づけていると、前の席の高橋さんが、伸びをしながら、言った。
「うーっ…なんでもー。毎日毎日、勉強ばっか。ねぇ、美鈴もそう思わない?」
「え…?う…うん。ちょっと…」
「あーもー、つまんないよねー。もー、学校で唯一の楽しみって言ったら、コレ」
 言いながら、高橋さんは机の脇に掛けてある鞄に手を伸ばした。
「お弁当くらいのものだよー」
 と、その中からお弁当の入ったポーチを取り出す。
 私も、軽く微笑みながら、鞄を開けて、中からお弁当の入っているポーチを取り出した。
「さて――」
 と、高橋さんはイスを動かして私と向き合うと、私の机の上にお弁当を置いて――
「ねえ」
 私は彼女がポーチの紐をほどくのよりも先に、言っていた。
「ん?」
 高橋さんは目を丸くする。私の、突然の提案に。
「今日、すごくいい天気でしょ。屋上に行って、お弁当食べよう。みんなを誘って、いつもと、少し、変えて」
「は?」


 でも結局、私たちはみんなで屋上に向かっていた。
 言い出しっぺの私――相変わらず、みんなの一番後ろについて歩いてる。
 楽しそうに、みんな、笑いあう――相変わらず、それを見て微笑んでいる私。
 学校の屋上は、いつも開放されていた。誰も、知ってはいたけれど、私も、もちろんみんなも、この時、初めて屋上に上ったのだった。
「うわぁ、すごー。いい景色じゃん」
 と、高橋さんは感嘆して、言った。もちろん、みんなも同じ。私も含めて。
「一階分上がってきただけなのに、意外と景色って違うもんなんだね」
 北条さんの言葉に、「あ、今同じ事考えてた」「私も私も」なんて言って、笑いあう私たち。
「じゃ、景色のいいトコで、あっちの方に座って食べよう」
 高橋さんが指差した屋上の端の方に向かって、私たちは歩き出した。


 ふと、立ち止まって、青い空を見上げる私。
 思わず、微笑んでしまう。
「高見くんも、下を見て歩いてばかりじゃいけない。周りの早さにあわせて、歩いているばかりじゃいけない。時には立ち止まって、周りを見回して、空を見上げてみるくらいのゆとりを持っていなくちゃ。いつでも、どんな場所でも」
 思い出してしまった言葉。
 その言葉に、ふと、懐かしいような感覚を、私は覚えた。
 いつの頃からだろう…学校と言う場所が、うつむいて、周りの早さに合わせて生活しなければならない場所になってしまったのは。
 いつの頃からだろう…学校の先生という人が、勉強を教えるだけの人になってしまったのは。
 いつの頃からだろう…そして、私たちがそれを嫌いになってしまったのは。


「美鈴!」
 みんなが呼ぶ。
「うん」
 私は制服の上から胸にあるあの青い宝石に軽く触れると、
「今行く!」
 軽く微笑んで、みんなの所へ向かって、歩き出した。
 同じ謎掛け(リドル)を解こうとする、仲間達の元へ。




第二話 終わり