studio Odyssey


Fate or Fortune


 規則正しく響く靴音に、女はゆっくりと目を開けた。
 わずか半刻ほど前までは戦場であった砦。その中に作られた小さな神殿の礼拝堂。
 しんとした礼拝堂へと届く靴音に、女は祈りの手をほどき、戦いの神を描いたステンドグラスを見上げながらに立ち上がった。
 やがて足音は立ち止まる。
 女は、ゆっくりと振り向いた。
「…何者だ?」
 陽光の降り注ぐ広い礼拝堂の中に、澄んだ女の声が響いた。

 かすかな残響を残して広がり消える声に、男は返す。
「我は剣士、ジェイル・バーストーン」
 握りなおした剣が、ちゃり、と小さく鳴った。
「お前の命を、もらいに来た」
 真摯な声が響く。しかし、女はその声に、あざけるように目を細めた。
「我を、剣の継承者と知っての事か?」
「…当然だ」
 剣を青眼に構えるジェイル。銀色の刀身に、目を細めて口許を弛ませる女の姿が映る。
「愚かな剣士、ジェイル」
 その剣の中で、女は言った。
「宿命の紋章を持ちし我ら剣の継承者を、そのなまくらな剣で討とうと申すか?」
「そのなまくらな剣に誓った」
 女を剣の向こうに見据え、ジェイル。
「剣士、ジェイル・バーストーンとして」

「いいだろう」
 小さく返し、女はゆっくりと両手をひろげた。その動きにあわせ、床にまで届こうかという女の銀色の髪が揺れ動く。
「ならば、その背負いしものの強さを、今決めようではないか」
 女には答えずに、剣の握りと足下を確かめるジェイル。
 女の髪が、突如として巻き起こった風に舞う。同時に、その手にまがまがしい輝きを放つ二振りの剣が現れた。
 女の声が、礼拝堂に響き渡る。
「我が剣と、そしてお前の剣と!」

「──上等!」
 ジェイルは石の床を蹴った。青眼に付けた剣を、迫る勢いとともに大上段から振り下ろす。
「太刀筋は悪くない」
 女の右手が動く。そして互いの手に握られた剣が火花を散らし、甲高い音を空間に響かせた。
「だが、その剣では私を討つことは出来ない」
 口許を弛ませ、女は左手をジェイルの身体めがけて振り上げた。咄嗟、ジェイルは後ろへと飛び退く。眼前を走り抜けた切っ先が、ジェイルのマントの端をかすめていった。
「なめるな!」
 小さく舌を打ち、再び女に迫るジェイル。懐に飛び込み、握りしめた剣を女の胴へと水平に薙ぐ。
 切っ先が閃光を走らせた。確かな間合いに、ジェイルは強く奥歯をかみしめた。
 が、それはただ空を薙いだだけだった。
「──惜しい腕だ」
 女が笑う。
「紋章は伊達じゃないか?」
 空を薙いだだけの剣を斜に構えなおし、ジェイルは口許を弛ませた。わずかに動いただけで自らの剣をかわした女を見据えて、言う。
「それでこそ、継承者って奴らだ」
 女は、自分を見据える目に、そっと目を細めた。
「そうか──」
 笑う。
「どこかで見た顔と、太刀筋だと思ったが」
「ご託はいい」
「あの王宮の剣士のひとりか」
 構えを解き、剣を斜に構えたジェイルに女は目を細める。
「国も滅び、主も亡くした今にも、まだ我らに戦いを挑もうとは、見上げた忠誠心だ」
「言ったろう。この剣の誓いだ」
 斜に構えた剣をゆっくりとジェイルは青眼へと付け直す。
「構えろ」
「お前たちの主には、敬意をはらう。継承者──戦いに結末をもたらす我らの剣に自らの運命を悟り──」
「構えろ!」
 女の言葉を遮り、ジェイルは短く強く言い放った。
 だが、女は続けた。
「死を選んだ、お前たちの主には、敬意をはらう」
 床を蹴るジェイル。礼拝堂に響いた女の言葉を雄叫びにかき消し、剣を振るう。
「黙れ!!」
 剣を薙ぐジェイルを迎え撃つ女。剣戟の音が激しく響いた。
「愚かな剣士──」
 女の言葉に耳を傾けることなく、ジェイルは間髪入れずに次の打撃を放った。しかし、女はまたもたやすくそれを受け止める。金属がはじけあう音が響き、再び銀色の閃光。音。閃光。音。
 幾度となく繰り返され、それでもまだ剣を振るい続けるジェイルに向かって、女は哀れみを込めて呟いた。
「──ならばその剣、今、砕いてくれよう」
 ジェイルは渾身の一撃を振り下ろす。
 女はまがまがしい二振りの剣を、同時に振り抜く。
 激しい金属音が響いて──残響の中、礼拝堂の床に砕かれた剣が落ちた。

「お前の剣は、折れた」
 女はゆっくりと剣を構え直し、ジェイルの喉元へと切っ先を向けて言う。
「王、王妃、そしてあの翡翠色の髪の王女を護るべき剣士としての宿命も、これで終わりだ」
 女は笑う。
「我ら、戦いに結末をもたらす剣の継承者の持つ剣こそが、人々に運命を導くのだ」
 喉元に突きつけられた剣の切っ先は、静かに光を放っていた。
 それでも、ジェイルはただ、折れた剣を握りしめたまま、女のことをまっすぐに見据えていた。
「俺は、お前たちの導く運命なんか、認めない」
 確かな響きを持った声で、ジェイルは言った。
「俺は、認めない」
「お前の主であった、あの翡翠色の髪の王女は、我らの宿命がもたらす運命を、受け入れたのだぞ」
 剣の握りを直し、それでもジェイルは女をまっすぐに見据えていた。
「我ら、戦いに結末をもたらす剣の継承者の前に、その命を捧げたのだぞ」
「俺は認めない」
 戦いの神を描いたステンドグラスから降り注ぐ陽光に輝く剣の向こうに女を見据え、ジェイルはただ繰り返す。翡翠色の髪の王女、護るべきはずだった彼女の言った最後の言葉を、認めないために。
 女が言う。「運命は──」
 彼女の最後の言葉が耳に届く。「きっと──これが私たちの宿命だから」
「運命は、宿命の前に無力なのだ」

「──俺は!!」
 ジェイルは握りを確かめた。女が目を見開く。
「俺は宿命が導く運命なんて、俺の剣で変えてみせる!!」
 喉元に突きつけられた剣に向かい、ジェイルは折れた剣を振り上げた。再び剣の破片が宙を舞う。舌を打ち、飛び退く女。構え直すジェイルに向かい、女は言い放つ。
「お前には出来なかった!」
 女が剣を振り上げる。最後の、一撃のために。
「大いなる宿命を前にいくらあがこうとも、運命を変えることなど、人には出来ぬのだ!」

「──出来るよ」
 振り下ろされる剣を、その剣が受け流した。
 継承者の剣。女が両手に持つのと同じその剣が、ジェイルに向かって振り下ろされた女の剣を受け流した。
「運命は変えられる」
 静かに響く声に、ジェイルは言葉を失った。
 女が間合いを取り直し、剣を構え直す。
「──継承者」
 小さく女は呟く。
 女と同じ額の紋章。
 同じ剣。
「運命は変えられる」
 それらをもったその少女は、言った。
「大いなる宿命の前にも、その宿命から、逃げることをしなければ」
 ジェイルに向かい、その翡翠色の髪を揺らして優しく微笑みながら。
「私たち」

 そして、少女は言った。
「我は剣の継承者」
 剣を振るい、ジェイルにその柄を向けて。
「天より賜りし大いなる宿命によりこの地に降り立ち、今、汝に問う」
 陽光の中に輝く、一振りの剣。
 継承者の剣。そして──
「剣士、ジェイル・バーストーン。汝の言うその剣を、今、手にするか?」

 女は言った。
「戦う覚悟があるのか?」
 静かに、憂いすら、こもった声で。
「宿命を背負い、しかしそれから逃げることをせずに、自らの手にした剣で運命を切り開いて」

 ジェイルは静かに目を伏せた。
「俺は──」
 そして折れた剣を静かに、床に置いた。
「俺は宿命が導く運命なんて、俺の剣で変えてみせる」
 少女の翡翠色の髪が、巻き起こった風に揺れた。
 少女はかすかに口許を弛ませて微笑む。
 その視線の向こう、剣を青眼に構えるジェイル。
イメージCG その1 「決めよう」
 銀色の刀身の向こうに、女の姿が映った。
「宿命が運命を導くのなら、その背負いしものの強さを、今!」
「大いなる宿命を前にいくらあがこうとも、運命を変えることなど人には出来ぬ」
「変えてみせる」
「ならば、証明して見せよ」
 女は静かに両手を動かし、剣を構えた。
「今生まれし、剣の継承者たちよ!」
 女が動いた。
 銀色の閃光を残し、雷のごとく肉薄する。
「──上等!」
 そして、ジェイルも駆けだした。
 振り上げた大剣の先のさす天に向かって、突き抜けるかのごとき雄叫びとともに、迫る剣に、自らの剣を信じて。
 そして──強く、一歩を前へと踏み出す。

 はるか地平線の向こうにまで広がる青空の下。
 わずか一刻ほど前までは戦場であった、草原の中の砦を見下ろす丘の上。
 優しく吹く風に、少女の翡翠色の髪が躍っていた。
「継承者は、戦いに結末をもたらすの」
「──それで?」
 ジェイルは素っ気なく返す。見下ろす戦場跡には、もう誰の姿も無かった。
「だから──」
 少女は、うなって言葉を探していた。「えーっと…だから」
 ジェイルは軽く鼻を鳴らして、笑った。仕方がなくて、言う。
「ここにいる理由も、ないか」
 継承者がもたらした戦いの結末が、勝利か敗北か──ジェイルは首を振る。どうでもいい。ただ──ジェイルは聞いた。
「お前、これからどうするつもりなんだ?」
 聞かれて、翡翠色の髪の少女は屈託無く笑った。
 少女らしく、楽しげに。
「ジェイルは?どうするの?」
「俺は今、お前の話をしてるんだ」
「うん?」
 少女は言う。
「私は、私の宿命に向かって、行くよ」
 それはジェイルにも予想できた答えだった。だから、ジェイルは用意していた言葉を、続けた。
「お前の宿命って、なんだ?どこからどう見ても、ただのガキにしか見えないんだが…」
「見た目はガキでも、背負いしものは、大きいの」
 翡翠色の髪を風に躍らせて、少女は眼下の砦を見つめているような気が、ジェイルにはした。
「そうかい」
 短く、返す。翡翠色の髪の少女──視線を外し、自分の背中にある剣を見て──ジェイルは言った。
 ひとつ、小さく息を吐きだして。
「お前が行くなら、俺も行く」
「なにが?」
「背負いし、剣ってやつか?」
 軽く笑って、ジェイルは歩き出した。

「あっ、まって!」
 翡翠色の髪の少女が走り出す。
 ジェイルは草原に静かに立ち止まり、ため息でもなくて、ひとつ、息を吐きだした。
 折れた剣。そして今、背中にある剣。
 自分を追い越していく、翡翠色の髪の少女。抜けるような青い空に踊る、その、同じ髪。
イメージCG その2 「なぁ」
 ジェイルは少女に向かって、聞いた。
「そういえば、お前、名前は?」
 立ち止まり、少女は笑う。
「なに言ってるの?」
 屈託無く、楽しそうに。
 そして彼女は言った。

「ラッテ」
 抜けるような青い空に、同じ翡翠色の髪が躍っていた。