studio Odyssey


機械化都市


「緊急事態である!」
 と、チャーミングなトレードマーク──言うまでもなく自称──のチョビヒゲを、ぴんと立てて言う機械化都市警備部第13方面本部長。
「統括本部長よりの緊急の通達をただいまより読み上げる!心して聞くように!!」
 こほむと咳払いをし、方面本部長は小脇に抱えていたファイルを開いた。
 彼の眼前には、彼の部下である者たちが数人と、そしてその者達の操るロボットたちが控えていた。全員きりっと背筋を伸ばして方面本部長の話を聞いている──のかというと、実はそうでなかったりするのだが、まぁこの際それはどうでもいいことなので、その辺にはあまり触れないことにする。
 方面本部長はひとり姿勢を正してから、ファイルに書かれていることを読みあけだ。
 緊急の通達と言うだけあって、結構大変なことを。
「本日13時07分、機械化都市第13本面、第6プラントより、最新型CPUを何者かが強奪した!この最新型CPUには莫大な研究費が注がれており、ゆくゆくはこの都市のシステムを統括すべきCPUであった。第13方面警備部隊は緊急にこのCPU強奪犯を検挙するための部隊を組織し、1時間以内での犯人の検挙を望む!以上!!」
 ぱん、と方面本部長はファイルを閉じ、
「出動っ!!」
 腕を振り上げて叫んだけれど、誰も彼の叫びに答えてはくれなかったのであった。


  13時14分 ── 第13方面本部・警備部

「あのさぁ、何で誰も敬礼とかして、すぐに出動しようとしないの」
 方面本部長は困ったように眉を寄せた。部下達は皆、何を急に呼び出されたのかと思ったら…というように、頭を掻いて難しそうな顔をしたり、ひょいと肩をすくめて見せたりしていたのである。
「さっさと出動しないと!1時間以内に犯人捕まえて来る!」
 言っても、部下達はわかっているんだかいないんだか。方面本部長は部下達を叱咤しようと口を動かすけれど、上手く言葉が出てこない。ぱくぱくと鯉のように口を動かしながら部下達を見回すばかり。
「あのねぇ、君たちねえ…」
 その部下達の中から、
「方面本部長、よろしいですか?」
 すっと、白い手が伸びた。
「あぁ…なにかね?」
 本部長は真っ直ぐに手を伸ばした部下の方に視線を走らせた。手をあげたのは、シルビアと言う名の女性警備員であった。
 シルビアは栗色のウェーブした髪を肩の後ろにまわしてから聞く。
「1時間以内と言いますけれど、何故1時間以内なのでしょう?」
「うむ、いい質問だ」
 方面本部長はこほんと咳払い。
「何故1時間以内かというと、1時間経つと、CPUが犯人の胃のなかで消化されきってしまうからだ」
「しょ…しょうか?」
 呟くシルビア。その隣りに立っていた、金色の髪をショートカットにした女の子が、手を挙げるのと同時に聞き返す。
「それは一体どう言うことですか?」
 彼女の名はカレン。彼女もまた、第13方面本部の警備員である。
「犯人はCPUを飲み込んでしまったんですか?」
「その通りだ」
 うむと頷く方面本部長。
「ということは──」
「ということは、犯人の目撃報告があるというわけですわね?」
 カレンの台詞を遮って続けるシルビア。カレンよりも一歩前に進んだりして、言う。
「犯人の特徴は?身長や体格、出来ればモンタージュなど…」
「うむ…そうだな…わかっていることは、いくつかある」
 方面本部長は静かに目を伏せ、大きく息を吸い込んだ。
 警備員達がごくりと唾を飲む。カレンとシルビアも、思わず一歩前へと踏み出す。
 方面本部長は言った。
 緊急の通達と言うだけあって、結構大変なことだけれど──それに似合わぬ、どうしようもない犯人像を。
「犯人は猫だ」
「は?」
「黒い子猫で、赤い首輪をし、金色の鈴をつけている。以上!」
 方面本部長は再び言う、今度はちょっとばっかり投げやりに。
「そういうわけだから、みんなさっさと出動ッ!!」
 だけれどやっぱり動き出さない部下達に、
「1時間以内に捕まえてきた人は、2階級特進!」
 腕を振り上げて叫んだ。
 13時17分 ── 方面本部にはもう、彼の部下達の姿はなかった。


  同刻  ── 機械化都市・第13方面メインストリート

 警備員達には、各人に1機ずつロボットがあてがわれる。人工知能を搭載した、パートナーロボットである。
「このでっかい都市から、一匹の黒猫を探せって?」
 ぽつりと呟くカレン。眼下にはメインストリートを反重力の力で浮かびながら走っていく車が見える。カレン達警備員の操るパートナーロボットは、規格以上の反重力エネルギーを生むことが出来るため、メインストリートを上から見ることも可能なのだ。
 で、カレンはその眼下の街並みを眺めながら、
「だいたい、13方面にだけでも、猫ってどれくらいいるわけ?」
 ぽつりと呟いただけのつもりだったのに、パートナーロボットであるT-MR2は、彼女の言葉に律儀に応えてきたのであった。
「13方面デハ、登録サレタ飼イ猫ガ3268匹。ノラ猫ハ不明デスガ、総数ハ5000程カト」
「嬉しい情報をありがとう。で、後何分?」
「後50分デス」
「どうやって1/5000の猫を探せばいいのよぅ…」
 カレンはMR2の上で、大きくため息を吐き出した。
 と、次の瞬間──
「あーら、そこを行くのはカレンさんじゃなくって?」
 メインストリートと第12方面へと伸びるストリートの交差点に、カレンと同期の女性警備員──シルビアが姿を現したのであった。


  13時21分 ── 第13方面メインストリート・第12方面ストリート交差点

「あらあら、途方に暮れていらっしゃる?」
 シルビアは元々大きな目をさらに丸くして言った。
「そうよね、一般の方には、1/5000の猫を捕まえることなど、出来やしませんものね」
 言って、シルビアは笑った。くすくすと口許を弛ませて。
 シルビアとカレンは同期入社だ。そして、カレンは全く意識などしていないのだけれど、何故かシルビアは彼女のことをライバル視している。非常にカレンとしては迷惑なのは言うまでもない。
 シルビアは微笑みをたたえた口許を弛ませながら、言う。
「カレンさん、今度こそ、この事件はわたくしが解決させましてよ。そして今度こそ、本当に2階級特進ですわ!2階級あがれば、わたくしも管理職!そぅ!!カレンさんを──」
 くすっと笑って、シルビアは目を細めてカレンを見つめながら言い放った。
「カレンさんを顎で使う身、で・す・わ」
「しるびあサマ、2階級特進シテモ、階級ハ警部補デス。警務課長ガ警部デスカラ、管理職ニハ就ケナイカト」
 間髪入れずに冷静な分析をするのはシルビアのパートナーロボット、N-180SX。
「うるさい」
 と、シルビアはごんと180SXを叩いた。しかし相手は金属体。思わず思い切り殴ってしまい、シルビアは痛みに眉を寄せたのであった。
「でも、シルビア。捕まえるったって、1/5000の猫だよ?手はあるの?」
 と、カレン。「ふん」とシルビアは鼻で彼女の言葉を笑う。
「ありましてよ。当たり前じゃないですか。わたくしの明晰なる頭脳を、あなた方一般の方のそれと一緒になさらないでもらいたいですわね」
 さする手を背中に隠し、シルビアは気丈に笑って見せた。
 そして、言った。
「所詮、相手は猫畜生ですわ!わたくしはそんな物に振り回される人間ではありませんもの!向こうからこちらに来ていただきましょうじゃございませんか!!」
「どうやって?」
 カレンは目を丸くして聞き返した。
 シルビアは180SXの上でふんと胸を張って言う。
「これですわ!」
 彼女の手の中にあったのは──そう──猫をおびき寄せると言ったらこのアイテム、
「『またたび』ですわっ!!」
 袋一杯のマタタビを、シルビアは誇らしげにカレンに向かって突き出した。
「これを持って13方面をくまなく回れば、自然とすべての猫がわたくしに付き従って集まるという寸法!まさに名案ですわ!!」
「──名案?」
 と、カレンは眉を寄せる。
「180SX、コノ案ハ、貴方ノ案デハアリマセンネ」
 と、MR2は180SXに向かって言った。
「ソノトウリデス」
 と、180SXはあっさりと答える。
「ちょっと180SX!何よその言い方は!わたくしの案に、何かイチャモンでもあるわけですの!?」
「ねぇ、1/5000だよ?」
 カレンは眉を寄せながら言った。
「1/5000の猫を集めて、お腹を全部CTスキャンするわけ?」
「そうですわ!名案でございましょう!」
「MR2、計算」
「ハイ」
「1匹の猫のお腹をスキャンするのに?」
「30秒デス」
「かける5000は?」
「150000秒デス。チナミニ、2500分カカリマス」
「……──貴方バカですのッ!!」
 シルビアは180SXを思い切りぼこっと叩いた。無論、180SXは金属体であるので、シルビアの手はおおいに痛かったのだが、彼女は一瞬眉を寄せただけで痛がる姿なんて見せやしない。
「それだけじゃないよ…」
 カレンは小さくため息を吐き出した。眼下のメインストリートから、クラクションのけたたましい音が聞こえ始めていたのである。
 それに気づいたカレンは、「ああ…やっぱり…」と下を見た。シルビアもそれを追って下を見る。そこには、
「うにゃー」
「にゃー」
「フーっ!」
「うにゃうにゃー!」
 いつの間にか集まってきていた13方面の猫たちが、数百匹からの大群となって、メインストリートの交通を妨害していたのであった。
「なんだこの猫の山はァっ!!」
「邪魔だぞー!」
 響くクラクションの音と猫の鳴き声。ケンカしだす猫もいれば、ストリートのゴミ箱をひっくり返す奴まで出てくる始末。
 泣き出す子どもに、悲鳴を上げる猫嫌いのオバサン。
 それからゆっくとり視線を逸らして、
「どうするの?」
 カレンは、シルビアをじっと見つめて言った。
「けっ…計画変更ですわっ!!」
 言って、シルビアはマタタビの入った袋をぽいと投げ捨て、
「覚えてらっしゃい!!」
 と、メインストリートを第01方面へと曲がって走っていった。「きーっ」と、カンシャクをおこした子どものように手を振り上げながら。
「何を?」
「何ヲデショウ…」
 カレンとMR2は、ただ目を丸くするばかり。
 眼下では、シルビアの投げ捨てたマタタビ袋が騒ぎをさらに大きくしていたのだが、言うまでもなく彼女がそんなところまで計算しているわけがあるはずもないのであった。


  13時35分 ── 第13方面・ある空き地

「CPUの耐熱温度は何度ですの?」
 ぽん、と手を叩いて、シルビアは180SXに向かって言った。
「耐熱温度ハ240度ト報告ヲ受ケテイマス。何故デスカ?」
「良い案を思いつきましたわ。CTスキャンをかけたりするから、時間がかかるのですわ。猫を集めたら、対人レーザーでお腹をかっさばいてやればよろしいのではなくて。ほら!これなら、5秒でケリがつきますわ!!」
 言って、シルビアは目を輝かせた。
「我ながら、なんて名案なんでございましょう!」
「……名案」
 180SXは、それ以上何も言わなかった。
 そして、
「180SX、黒猫ですわ!」
 運良く──いや、悪く──彼女の眼前を、一匹の黒猫がとことこと歩いて行くところだったのであった。
「腹をかっさばいておやり!対人レーザー照射っ!!」
「シカシ…赤ノ首輪ヲシテイマセン…間違イノ可能性モ…」
「ロボット風情が躊躇してるのではなくてよ!早く撃たなきゃ行っちゃうでしょ!!」
 シルビアの声に、黒色の子猫は立ち止まった。くりくりの、これまた真っ黒な目でシルビアと180SXを見て、またとてとてと歩き出す。
「…ウ」
「ほらあっ!躊躇してる間に、2階級特進がどっか行っちゃうでしょ!早く撃ちなさいっ、命令よ!対人レーザー照射っ!!」
 シルビアは180SXの上で腕をぐるぐる回しながら命令し続けた。その間にも、黒猫はとてとてと歩いていく。
「あああっ!もういいわよ!!あの黒猫の前に回りなさいっ!私が撃つわ!トリガーを出して!!」
「リョ…了解シマシタ」
 きゅーんと飛んで、180SXは黒猫の前に回った。「およっ」として、黒猫が突然自分に前に現れたロボットに立ち止まる。
「ドウゾ」
 にゅーんと180SXの上に乗るシルビアの前に、対人レーザー照射トリガーが現れる。
「御免ね猫ちゃん、特に恨みはないけど、これも2階級特進のためですの!」
 シルビアはぎゅっと、そのトリガーに人差し指をかけた。
「にゃー」
 黒猫が鳴く。真っ黒の大きな目で、180SXとその上に乗るシルビアを見て。
「にゃー」
 と、再び。
「う…」
「しるびあサマ?」
「なっ…なによっ!こんな事、どうって事なくってよ!!」
「うにゃー」
「ううっ…」
 2…2階級特進ですわ!
「レーザー発射っ!!」
 シルビアの声が響く。そして、
「うにゃー?」
 黒猫はその声に首をちょこっと傾げ、それでからまた、とてとてと歩き出した。
 180SXの脇を回り込んで、向こう側へと。
「えぇーいっ!こうなっては、違う計画をたてるまでですわっ!!」
 180SXの上でシルビアはぎゅっと拳を握りしめる。
「…ヤッパリ」
 黒猫はしっぽを振り振り、空き地の向こうへと通じる穴を抜けていったのであった。


  13時41分 ── 第13方面・居住区B

「黒い子猫、赤い首輪で金の鈴」
 カレンはゆっくりと進むMR2の上で、居住区の狭いストリートの両脇に立つ塀の上を行く猫を見つめながら呟いた。ちなみにそれは三毛だったので探している猫とは違ったのであったけれど。
「そんな猫、いっぱいいすぎて、わかりゃしないよー。もぅ、あと20分もないのに」
 塀の上を行く三毛猫を追い越すMR2。
「CPUモ消化サレテシマッタラ、大損害デスカラネ」
 その大きなモニターアイがぴかぴかと光る。律儀に、三毛猫といえどもお腹の中をスキャンしたようである。
「三毛だよ」
「ワカッテマス」
「黒猫を探してるんだってば」
「確認デス。万ガ一トイウコトモアリマス」
「見つからないよ、絶対。だいたい無茶だって、1/5000だもの。次に猫とすれ違ったら、それで終わりにしよう。MR2、それで帰るからね」
「了解シマシタ」
 MR2のモニターアイが応えるようにぴかぴかと光る。
 ちょうど、塀の向こうから一匹の猫が歩いてきていた。
「あの猫で最後ね、そしたら一応居住区Cを見て、帰ろうね」
「了解シマシタ」
 塀の向こうから黒猫が少し足早に歩いてくる。長いしっぽが、なにやら楽しそうに左右に振れている。
 黒い子猫。その首に巻かれた、赤い革製の首輪。
 ぴかぴかと光るMR2のモニターアイ。
 すれ違いざま、カレンはその赤い首輪から鳴った「ちりん」という軽やかな音に振り返った。
「あ…金色の鈴…」
 MR2がなんの警告もなしに180度、一気に反転する。思わず滑り落ちそうになるカレン。何とかボディ外面についたチューブパイプにしがみついて目を丸くする。
「なに!?どうしたの!?」
「今ノ猫デス!!」
「え!?」
「腸内ニ異物反応アリ!」
「ええっ!?」
 カレンが視線を走らせると、塀の上にいた黒猫は、突然振り返ったロボットに驚いて、一目散に駆けだしていた。それこそ矢のような速さで、首の鈴を鳴らしながら。
「CPUデス!!」
「っ…追跡!MR2!追跡開始っ!!」
 カレンはMR2の上に何とかよじ登って叫んだ。
「本部、応答願いますっ!見つけました!赤い首輪に金の鈴をつけた、黒色の子猫!!」


  13時53分 ── 第13方面・居住区A

 金の鈴を鳴らしながら、黒猫は居住区Aへと曲がる路地を折れた。
 一瞬、猫は後ろを振り返る。
 続いて、そこから数十のロボット軍団が姿を現した。勢いあまってそのまま居住区の壁に突っ込むロボットが数体と、上に乗っていた警備員が数人吹っ飛んだが、無論そんなことは些細なこと。
「まーてーっ!!」
「2階級特進ーッ!!」
 狭い居住区の塀を打ち壊しながら激走するロボットの上に乗った警備員達は、目を血走らせながら叫んでいた。
「待ちやがれこの猫畜生!」
「ネコーッ!逮捕だーッ!!」
 居住区の住人達は、猫とそれを追う警備員達の形相に目を丸くしていた。
 一匹の黒猫を追うロボットに乗った警備員達の姿は、まるでウサギを追うドッグレースの犬のようであったのである。
 もうもうと舞う土煙と破壊された居住区の塀。悲鳴を上げて逃げまどう市民達。
 時折後ろを振り向いて、黒猫は走る走る。
 追うロボット達、その先頭には二人の姿。
「猫はわたくしが捕まえましてよッ!!」
 シルビアの駆る180SX。
「そんなことより、時間を気にしなきゃダメでしょ!もうほとんど時間がないんだから!!」
 カレンの駆るMR2。
 ネコはそれを認め、さらに加速を増した。
「180SX!こっちも負けずに加速よ!マジックハンド用意ッ!!」
「了解シマシタ!」
 180SXのボディ右下からにゅうと手が生える。
「ココカラ先、80めーとる程直線デス!」
 MR2はカレンに向かって言う。
「コチラモはんどヲ出シマスカ?」
「いいわ、こっちはシルビアのサポートを」
「あーらカレンさん、それでも手柄は捕まえた人にですわよ。半分こで、1階級昇進ずつなんて、私はイヤですからね」
「何でもいいよ!」
「何でも…そんな言い方はダメですわよ!はっきり『はい、わかりました』と答えなさい。でないと貴方のサポートは受けられません!」
「こんな時に何言ってるのよ!」
「『はい、わかりました』とちゃんと言ってくださいな。でないと──」
 と、言い合うカレンとシルビアの間を、別のロボットに乗った警備員達が抜けていく。
「悪いが、2階級特進は俺達がもらうぜ!」
「じゃーな、嬢ちゃんたち」
「あっ!!なんですの!!その獲物はわたくしが見つけたんですのよ!!」
「見つけたのは私だって」
「こういうのは、捕まえたモン勝ちだ」
「その通り」
 カレンとシルビアの間を抜けていった2体のロボットを駆る青年達は、ぴったりと黒猫の真後ろに付くと、
「別段、恨みはねーが、これも昇進のためだ!黒こげになってもらうぜ」
「対人レーザー、発射!」
 躊躇せずに、凶悪犯用の対人レーザーを黒猫に向けて発射した。
「あっ!」
「なんて事を!」
 カレンとシルビアが思わず叫ぶ。
「かわいそうなコトしないで!」
「2階級特進が!!」
「…シルビア?」
「わたくし、何か言いまして?」
 しかし、黒猫はそのレーザーを間一髪のところで素早くかわして、居住区の狭い路地を駆け続けていた。
「よかった…」
 カレンとシルビアはそれを見てほっと胸をなで下ろす。その意味するところは、全く違ったとしても。
「MR2、マジックハンド用意!」
「了解シマシタ」
「180SX、マジックハンドは使えるわね!」
「使用可能デス」
 そして二人は──その意味するところは違ったとしても──同じ事を言った。
「前方の二機を排除!」
 二体のロボットは応える。
「了解シマシタ!」
「なにぃーッ!?」
 MR2と180SXから伸びたマジックハンドはむんずと前方の二機の反重力フィールド発生器を掴むと、ぱきりとそいつをへし折ったのであった。
 巨体が地面に落ちる。
 ぼん、と景気のいい爆発音を響かせて。
 そこはちょうど居住区の直線通路が終わるところだった。
 黒猫はその角を折れてメインストリートへと入っていく。無論、カレンとシルビアもその角をマジックハンドの手を地面に着けて曲がっていった。生まれる遠心力に飛ばされないよう、ぎゅっとチューブパイプを握りしめるカレンとシルビア。
 彼女たちの背後では、落ちた2機のロボットの爆発に巻き込まれて何機かのロボット達が誘爆したり、曲がりきれずにメインストリートを走る車達に突っ込んだりして爆発していたのであったが──言うまでもなくそんなもんは、彼女たちの目には入っていなかった。


  13時59分 ── 機械化都市・第13方面メインストリート

 黒猫は走る。
 赤い首輪に付いた金の鈴を鳴らしながら。
 カレンとシルビアはそれを追う。MR2と180SXに乗り──メインストリートを逆走で。
 メインストリートにはクラクションがけたたましく鳴り響いていた。二、三十台の玉突き事故やら正面衝突やらが起こっていたが、それらはすべて彼女たちの通り抜けた後に起こっていた出来事であったので、彼女たちの目には、入っていなかった。
「MR2、後何分!?」
 カレンは揺れる黒猫のしっぽを追いながら聞いた。MR2は間髪入れずに返す。
「後6分デス」
「6分じゃ、捕まえたってCPUを取り出せなくてよ!こうなれば仕方ないわ!レーザー発射用意!!」
「ちょっとシルビア!本気!?」
「2階級特進のためですわよ!!」
 そう言って意を決すると、
「180SX、今度こそ決めますわよ!黒猫の前方へ回り込みなさい!!」
 ぶんと腕を振るって、黒猫の前方を指さした。
「了解シマシタ」
 180SXはシルビアの声に応えると、ブースト加速をオンにした。一瞬180SXの後部ベクタードノズルが水平になって、赤熱する。
「シルビア!」
 一気に加速した180SXは黒猫の前へ回り込むと砂煙を上げながら回転し、爆音と共にそこに停止した。黒猫が急ブレーキをかけて立ち止まる。
「ごめんねネコちゃん!迷わず成仏して!──私の2階級特進のために!!」
 そう言ってシルビアはレーザーのトリガーを引いた。逃げるように動いた黒猫を、その照準で追いかけながら。
「わああぁぁぁあ!!」
 悲鳴を上げるカレン。そりゃそうだ。
 黒猫が逃げるように動いたせいで、シルビアの撃ったレーザーが自分の方に向かって飛んできたのだから。
 ちゅいんと高周波の音を立てて、レーザーがMR2のボディを焼く。
「バカぁッ!!」
 思わず体を動かして逃げようとしていたカレンは、MR2から落っこちそうになった。
「レーザーの光路上に入ってくる貴方が悪いんですのよ!」
「180SX、狙イマシタネ?」
「気ノセイデス」
「それより猫!」
「そうよ!2階級特進!!」
「にゃー!」
 MR2の背後でひと鳴きした黒猫は、ぴょいと玉突き事故をした車の上に飛び乗ると、再びメインストリートを、今度は順方向に駆け出した。
 鈴を鳴らし、黒猫は逃げる逃げる。
「逃がしません事よ!マジックハンド!!」
 と、シルビアはマジックハンドで事故車を掻き分け、進む進む。
「後何分?」
「2分デス」
「こっちもブーストオン!!」
 カレンのMR2もブーストを入れ、事故車両を蹴散らし、走る走る。
「待って猫ちゃん!!」
「2階級特進ーッ!!」
「うにゃあぁーっ!!」
 機械化都市第13方面メインストリートは、第01方面から見てもわかるほどにもうもうと煙が上がっていたのだが、言うまでもなく彼女たちの目には黒猫以外は入っていなかった。


  14時06分 ── 機械化都市・第13方面メインストリート

 シルビアの180SXのマジックハンドが、走る黒猫の尻尾へと伸びる。
 あとちょっと、あとちょっとで届く。ふりふり揺れる長い尻尾が、時折マジックハンドをかすめていく。
「捕まえてシルビア!」
「もちろんですわ!2階級特進っ、掴んで見せますわ!!」
 ふりふり揺れる尻尾だけを、シルビアはじっと見つめていた。後少し、後少し──
「MR2、後──」
「後30秒デス!モウ時間ガアリマセン!」
「シルビア!」
「黙らっしゃいな!180SX、5秒ずつカウントをとりなさい!」
「了解シマシタ。──後20」
 これが最後のチャンスですわ、決して、掴み損ないなどしなくってよ!
 シルビアはぎゅっとマジックハンドのトリガーを握り直した。
「後15──」
「シルビア!」
「見切ったですわ!!」
 揺れる黒猫の尻尾を見つめ続けていたシルビアの目が、かっと光った。
「2階級特進ゲーット!!」
 瞬間、180SXのマジックハンドが動いた。ぎゅっと勢いよく閉じられるマジックハンド。そこに、しっかりと黒猫の尻尾を掴んで。
「やりましたわ!」
「うにゃあぁぁーっ!!」
「後10──」
「シルビア、パス!」
「180SX!!」
「了解。MR2、ぱすデス。後7」
 ぐるりとブースト熱を排出しながら180度回転する180SX。シルビアは飛ばされそうなりながらも、何とか堪えた。が、ぽーんとすでに宙を舞った黒猫を見てから、
「あっ!!しまったですわ!!せっかく捕まえたのに何故わたくし、カレンにパス!?」
 元々大きな目をさらに大きくして叫んだ。が、もう時すでに遅し。
「了解。後6」
 ぽいと投げられた黒猫を、MR2ははしと掴む。
 そして、
「後5──」
 猫をカレンの眼前──自分の頭の上に載せて押さえつけた。
「うにゃああぁぁーっ!!」
 黒猫は不服そうに手足をばたつかせたが、カレンとMR2の手に押さえつけられた今、逃げ出すことはもはや不可能であった。
「後4──」
「カレン、どうする気ですの!?」
「後3──」
「うにゃあぁーっ!!」
「ごめんねネコちゃん!!」
 カレンはきゅっと目をつぶると、ポケットの中からそれを取りだした。ちょっとばかり頬を朱に染めて。
「後2──」
 MR2のマジックハンドが動く。黒猫のお尻をカレンの方に突き出させるようにして。
「痛くないからね!」
 カレンは意を決すると、黒猫のお尻に、「ぷすっ」とそいつを射した。
 いちぢくの形をした、それを。
「後1──」
 黒猫のお腹を押さえつけ、断末魔の叫びから逃げるようにきゅっと目をつぶるカレン。
「うにゃあぁぁぁあぁぁー!!」
 第13方面メインストリートに響いた子猫の悲鳴は、蒼い空の向こうにゆっくりと吸い込まれていった。


  14時21分 ── 第13方面本部

「おおおおおっ!!本当に1時間以内にCPUを回収してきたか!!」
 第13方面本部長は──あくまで自称の──チャーミングなちょびひげをぴんと立てて、眼前に立つ二人の部下に向かって言った。
「本当に1時間で回収してくるとは!いやぁ、流石は私の部下達だ。上の連中も、回収は不可能と思っていたようだからな。こうなると、私も鼻が高いよ、はっはっはー」
「はぁ…」
 カレンは右手に小さな紙袋を持って、苦笑いを浮かべていた。
 その三歩ほどと離れたところにシルビア。
「でも、猫を使えまたのはわたくしですので…」
 一応、言う。けれど、もうそれほど2階級特進に興味はなくなっていたのであった。
 それもそうだ。回収した手段が──じゃ、後で人に自慢なんて出来やしない。それどころか一生──なんて言われてしまうかも知れない。
「くっ…悔しいですわ…」
 シルビアはぽつりと呟いた。
「で、カレンくん。CPUはどこだね?」
「はい」
 と、カレンは右手に持っていた小さな紙袋を、方面本部長にそおっと差し出した。
「この中です」
「ん?紙袋?なんだね、何もこんな物に入れてこなくてもよかったじゃないか。大した大きさの物でもないだろう。どれどれ」
「あっ…」
 方面本部長はカレンから紙袋を受け取ると、がさがさとその中をあさって、薄汚れた青色のスポンジに刺さったままのCPUを取りだした。
「おおお!これだ!!すばらしいぞカレンくん!」
「は…は…はぁ」
 CPUをなめるようにして見つめる方面本部長を見、乾いた笑いを浮かべるカレン。その三歩後ろでは、
「ば…ばっちいですわ…」
 シルビアは顔をしかめながらに呟いていた。
「すばらしい、よくやった!約束通り、カレンくんは2階級特進だ!!」
 と、右手を差し出して握手を求める方面本部長。
 が、カレンが握手をしてこないので、
「どうしたんだねカレンくん、嬉しくないのかね?」
 怪訝そうに眉を寄せて言う。
「いえ…そんなことは全然…」
 言うまでもなく、右手はさっきまでCPUを掴んでいた方の手だったのである。
「光栄です。ホント…」
 カレンは照れを演出するように、右手で金色のショートカットの髪をぽりぽりと掻いて笑った。
 三歩後ろでは、
「汚いですわ、カレンさん。色々な意味で」
 シルビアがそんなことを呟いていたのであった。
「よし、それではカレンくん、今回の件の報告書をまとめて、早急に提出してくれたまえ。それを受領し次第、君の表彰を行って、2階級特進とする」
 紙袋の中にCPUを戻して、機械化都市第13方面本部長はきりりと背筋を伸ばしてちょび髭を立てて言った。
「ふふん、私も、君らのような優秀な部下を持って鼻が高いよ。はっはっは!」


  14時29分 ── 同・第13方面本部

「あのぅ…それなんですけど、方面本部長…」
 カレンは少しうつむき加減に、「はっはっはー」なんて言って笑う方面本部長に向かって言った。
 三歩離れていたところにいたシルビアが、ゆっくりと近づいてくる。
 右手と左手、そこに1枚ずつの書類を手にして。
「何かね何かね?ん?」
「あの…報告書なんですけど、概要と概算だけをまとめたんで、見てもらえますか?」
 カレンはシルビアの手から報告書を受け取ると、自分の分とシルビアの分の二枚を、本部長の手に手渡した。
「ん?もうまとめてあるのか、感心感心。どれどれ──」
 方面本部長はほくほく顔のまま報告書を手に取り──そこに視線を走らせて──倒れた。
 ほくほく顔のままで。
 ぱたり──と。
「あ…」
 カレンとシルビアは倒れた方面本部長を見て呟いた。
 ひらりと報告書が宙に舞い、方面本部長の顔の上に舞い降りる。
「わたくしのせいじゃありませんわ」
 シルビアは「ふん」と鼻を鳴らして言った。
「すべては、カレンさんのせいですわよ」
「私!?どうしてよ。私は一生懸命、あの子を捕まえようとしただけじゃない。それに、第一発見して、報告だってちゃんとしたのよ」
 カレンも「ふん」と鼻を鳴らして腕を組んだ。
「機械化都市の被害は、私のせいじゃないわよ」
「カレンさんの2階級特進は、これではありませんわね。ほーほっほ!手柄を独り占めしようとするからですわ!自業じ・と・く」
「ちょ…何でよ!2階級特進はなくなってもしょうがないとしても、私は別に手柄を独り占めしようなんて思ってなかったわよ!」
「2階級特進はなくなってもしょうがないとしても──って。その物言いですと、やっぱり──」
「そうじゃないってば!」
「カレンさんは、やっぱり信用できませんわね。何をお考えになっているのやら…」
「ちょっと、何よその言い方は!」
 方面本部長の顔の上に舞い降りた報告書が、再び風に舞った。


  14時36分 ── 第13方面本部・ロボット整備ルーム

「180SX?」
「ナンデスカ?MR2」
「ソロソロ被害計算ハ終ワリマシタカ?」
「ハイ、終ワリマシタ。MR2ノ方ハイカガデス?」
「今終ワリマシタ。ドウデス?二人ノ計算結果ヲ、足シテハミマセンカ?」
「名案デスネ。私モ、気ニナッテイタノデス。今、でーたヲ送リマス」
「了解シマシタ。フーム…」
「転送終了デス。イカガデスカ?」
「フーム…」
 MR2はうなると、マジックハンドの手でぽりぽりと頭を掻いた。
「CPUノ製作こすとガ資料通リダトスルト──コノ結果デス」
「…フム。2ツ分デスカ」
 MR2と180SXはマジックハンドの手で、自分の頭をぽりぽりと掻きながら言った。
「意外ト、少ナカッタデスネ」
「──ソウデスネ」
 MR2の頭の上では、赤い首輪に金色の鈴をつけた黒色の子猫が、我関せずという風に丸まって静かに眠っていた。