studio Odyssey



Report 1

 あるエルフプレイヤーのレポート。またはそのエルフの別の人格か、それに類するものの書き留めたこと。

01:オンラインセッションについて

はじめに

 テーブルトークRPG(以下、TRPG)は、ネットワーク社会の変化に伴い、新しい形態として、「オンラインセッション」という形態が現れ始めている。
 「オンラインセッション」とは、今までのTRPGとは違い、ひとつの卓を囲んでわいわいとプレイするという形態ではなく、PCの前に座り、ネットワークを介してTRPGを楽しむというものである。
 この新しい形態によるTRPGのプレイには、まだ問題となるべき要素が数多くある。

 だが、その簡便さは特筆すべき部分である。

 従来のTRPGが、一カ所の場所に集まらなければならないという前提があり、そのために時間的な制約や場所的な制約が多かった中で、オンラインセッションは、この「プレイを楽しむ」以前の問題を、「ネットワーク」という武器によって、軽々とクリアした。

 私たちは、この新しい形態の「オンラインセッション」を、実際の「オンラインセッション」を通し、広め、そしてよりよい、それは従来の形式のTRPGの持つ魅力に劣らない、ものへと進化させるべく、ここにこの物語を紡ぐこととした。

オンラインセッションの欠点

 まずは、多く目に付く、従来のセッションに対してのオンラインセッションの欠点を考えていく事にする。

  • プレイヤー同士の顔が見えない。
  • 意志の疎通がしにくい。
  • 展開が遅い。

 最も顕著な問題点として、以上の3つがあげられる。
 まず、1つ目の、「プレイヤー同士の顔が見えない」という問題点であるが、これは2つ目の「意志の疎通がしにくい」という問題にも繋がる。

 会話を中心とするTRPGにおいて、プレイヤー達の表情というのは、相手の状況を知るための、重要な要素である。
 プレイヤーはプレイヤー達の表情を見て各々の状況を判断するであろうし、ゲームマスター(以下、GM)はそんなプレイヤー達を見て、適宜、状況に応じてリードしていくことだろう。
 だが、オンラインセッションでは、相手の表情が見えないため、この部分の意志疎通は、非常に難しい。

 そして「展開が遅い」という部分は、どうしても会話ではなく、文字を入力する形態にならざるを得ないため、展開がその速度に寄ってしまうという問題点である。
 そして会話が行き来してしまい、かつ、ログが残るため、少し前の話題等に話が戻ってしまいがちになりやすい。従来のTRPGであれば、会話で進むため、1秒前の会話であっても、聞き逃していれば、そのまま物語は進んでしまっていたが、オンラインの場合は、1スクロールによって、容易に10分前であろうと1時間前であろうと、思い出せてしまうのである。

 3つの問題点についての、改善策を考える。

 まず、プレイヤー同士の顔が見えない、意志の疎通が取りづらいという部分であるが、これは経験とプレイヤーを「いかに知っているか」という要素が大きいだろう。

プレイヤーを「知っている」と言うこと

 オンラインセッションという形態は、従来のTRPGとは違い、「いつでも、どこでも、誰とでも」という新境地を開拓している。
 だが、その「いつでも、どこでも、誰とでも」というのは、オンラインセッションを成功させる上では、ひとつの障害となるだろう。

 それは、相手の顔が見えない、意志の疎通が取りにくいという問題点に寄るものである。

 オンラインセッションでは、プレイヤー、及びGMは、従来のTRPGよりも、相手が「何を考えているのか」を意識しなければならない。
 GMは、提示した情報に対して、プレイヤーがどのように受け取ったのか。プレイヤーは自分がどのようにGMの情報を理解したのか、そして他のプレイヤーに対して、自分がいかに理解したのかを、従来のTRPGよりも、強く意識して提示しなければならないだろう。

 オンラインセッションにおいては、このような問題から、「ある程度知っている」間柄で行うのが望ましいと思われる。

 最も、それはオンラインセッションの新しい楽しみのひとつである、「いつでも、どこでも、誰とでも」という部分に矛盾する。
 このことから、「オンラインセッション」をより多くの人と楽しむためには、ある程度の「テストプレイ」を身内の間で行うことが望ましいのかもしれないし、もしくは、意識してGM、プレイヤー間の意志疎通を行うべきなのだろう。

 私事であるが、ソードワールドRPG(以下、SW)におけるオンラインセッションは、今回で、通算4回目である。
 前3回は直接の面識があり、そして従来型のTRPGを行った事もある面子であった。そのため、比較的「誰がどう動くか」は容易に想像できたし、彼らが何を考えているかも、言葉足らずな状況でも、ある程度理解できていただろう。

 今回のオンラインセッションは、直接の面識があると言っても、「飲みに行ったことがある」程度の面子であり、中には「ネット以外では会話をしたことがない」というメンバーもいる。

 この中で、より円滑な意志疎通をするために必要な事は何かというのは、今後の課題でもあるが、現在の状況(2回のセッションを終えた段階)では、「どうしても個々人のフェイズがズレがちになる」という部分が顕著に現れていたように思う。
 この部分は、パーティーリーダーとなるべき人物の不在という状況もあるだろうが、今後、どのようにして展開して行くかで、さらに突き詰めていくべきだろう。
 それは、経験という意味も含めてだ。

展開が遅いということ

 オンラインセッションの展開の速さは、プレイヤー、GMのタイピング速度に比例する。
 当然、タイピング速度が速い者ほど、多くの発言が可能になる。
 会話で進行するゲーム形態であるTRPGは、これによって展開が大きく左右されるであろうし、場合に寄っては、タイピング速度が速い者ほど発言力が増し、セッションの中で重要な位置を取る事となるだろう。

 私は過去の経験から、オンラインセッションに置いてのゲーム内でのキャラクターの位置づけは、従来型のTRPGが「よく話す」人が中心部に来ていたのと同様に、「タイピング速度が速い」人が中心部に来るのだろうと推測している。

 オンラインセッションにおける最適なプレイヤー、GMの配置は、タイピング速度で言えば、「GM>プレイヤー内での中心となる人物>その他のプレイヤー」であろう。
 GMはプレイヤーたちの発言に対して返答しなければならないし、情景の描写や、セービングロールの判定、その他さまざまな要素から、どうしても荷が重くなる。それは従来型のTRPGの比ではない。(例えばルールに関しての意見をふと聞こうとしても、それはタイピングしなければ聞くことは出来ないからだ)そのため、タイピング速度が速いGMというのは、それだけでゲームを円滑に進める事ができるだろう。
 そして二番目には、プレイヤー内で中心となる人物が来るわけだが、これはパーティリーダーとなるような人物がよいだろう。タイピング速度の速さを生かし、他のプレイヤーとの意志疎通をはかり、簡単なルールの補佐をし、セッションを導くという役割を果たす。この人物は出来る限りその他のプレイヤーの意見をくみ上げ、その他のプレイヤーたちとの意志疎通を図るようにすべきだろう。それをすることによりGMの負担の一部(プレイヤーの意志をくみ上げる)を減らす事が出来るからだ。

 ただし、タイピング速度がその全てを左右するようではいけない。
 それはTRPGを楽しむ上で、それぞれのプレイヤーが「楽しい」と思う要素の違いにも寄るが、発言しなければいないことと変わらないTRPGでは(オンラインセッションでは、雰囲気を楽しむという意味合いが弱いこともあり)、大きな問題となる。

 今回のセッションでは、この部分に関して、独自のハウスルールとして「@ルール」を使用している。

 「@ルール」とは、発言の始め、もしくは最後に「@」をつけることにより、他のプレイヤー(含GM)に対して「これから発言をするので、一時的に発言を控えてください」との意志を告げるルールである。例えば、「私、思うのですが@」と発言された場合、メンバーは発言したプレイヤーがこの後に発言する自分の発言を何よりも先に聞いて欲しいという意志があって発言した事を汲み、発言を控えるのである。同じように、発言をここでしたいというタイミングで、「@」を先置きして、発言をタイプするという方法もある。つまり「@」と発言した後、「私、思うのですが、それはちょっと違うと思うのです」と続くのである。文章がその後にも続くのであれば、「思うのです@」として発言を続ける。

 この「@ルール」により、プレイヤー(含GM)は発言者の発言に耳を傾ける。

 ただし、「@」の乱用は避けなければならない。
 発言をしたいのは、すべてのプレイヤーで共通であるし、@を置いた場合、他の全てのメンバーは「待ち」の状態となる。発言待ちの状態というのは、発言したいと思っていればいるほど、長く感じるものである。@を置いたプレイヤーは、可及的速やかに発言を終わらせて、@状態を解かなければならないだろう。最も、@を置いた後に発言が(タイムラグ等から)起こることもあるし、タイプ途中のものを送信してしまうこともあるだろう。(出来る限り、控えるべきではあるが)
 @を置いたプレイヤー(含GM)は、落ち着いて、出来る限り早めに発言を終わらせるべきだろう。

 「@ルール」は特に、「決め台詞」を使う場合や、GMの描写、説明シーン、どうしても言っておきたいことの際に使用される。

 展開が遅くなる原因として、大きな要因ではないが「発言したものが読まれない」事がある。
 オンラインセッションはチャットで展開するため、従来のTRPGに比べ、発言がスルーされる事が多い。
 重要でないチャチャ入れやボケなどは、オンラインセッションでは華麗にスルーする技術は重要であるが、そのスルーの中に重要な発言が混じっていた時(それが今後の展開についてを、誰かがぽつりと言ったような場合)、そのスルーされた会話はログに埋もれてしまい、読み返した時に始めて気づくという事もよく起こる。

 この部分の問題を解決するために、「聞いて欲しい発言」に対して、「@ルール」とは別のマークルールが必要かも知れない。

 例えば、重要な「聞いて欲しい発言」、または「提案」などに、独自の記号を付加するのである。
 ここは次回以降のセッションにおいてテスト導入しようと考える所だが、ローマ字タイプと、極一部のカナタイプの人間(それが誰かはここでは触れないが)のために、「@」同様、比較的押しやすく、それ自体に意味のないキーが望ましいだろう。現在の候補としては「¥」か「:」であるが、このハウスルールを「提案発言ルール」とするのであれば、手を挙げているようなイメージを連想しやすい、「¥」が適切かも知れない。

展開を早めるために

 展開を早めるためにに必要な要素は、この他にも、「華麗にスルー」する技術というものがある。

 オンラインセッションは従来のTRPGに比べ、チャットで進行するため、どうしても「ボケ」と「ツッコミ」をしていると、それに時間を取られ(従来のセッションでは一瞬の脱線であったとしても、従来のものよりも時系列性の強いオンラインでは)、展開が遅くなってしまう。

 プレイヤーは「ボケ」と「ツッコミ」を、従来のそれ以上に、うまく考える必要があるだろう。(するなという訳ではない)

 例えば、誰かのボケに対してツッコミを入れるときも、ツッコミは簡潔に突っ込むべきであるし、誰かが先にツッコミを入れた場合、ほじくりかえしてツッコミを入れるべきではない。(するなと言う意味ではない)
 ボケもボケで、出来る限り、ボケを引きずり過ぎてはいけないだろう。ボケたあとにツッコミをもらえたら、シナリオに真っ先に戻り、次の展開に入っていくくらいの心構えを持ってボケに望むと、展開を早めることができるだろう。誰かがボケをしたら、誰かが突っ込むだろうと予測し、次の展開を意識しておく(言うなければ、その隙に次の発言をタイプする)くらいの呼吸がプレイヤー間にあれば、オンラインでの展開はよりスピーディになると思われる。(ただし、皆でツッコミがなしというのは寂しいが)

 タイピングに自信がある者は、ボケつつ、ツッコミつつ、それでいてシナリオも進めることが出来るだろうが、それをすると独壇場になってしまうので、自粛をするべきだろうと思われる。

 そしてボケ倒しが発生した場合や、拾うほどでもないボケに関しては、ぐっと涙をのんで、華麗にスルーというのも必要だろう。
 オンラインセッションは、ある意味では、身内にも厳しい。

 展開を早めるためにその他に出来ることは、オンラインセッションの利点を利用したものが他にあるだろう。
 次に、オンラインセッションの利点をあげつつ、考察していきたい。

オンラインセッションの利点

 以下は、オンラインセッションにおける特性から生まれる、利点と思われるものである。

  • コンピューター上ですべてが処理される。
  • プレイヤーの顔が見えない。

 従来のTRPGと大きく違い、そして従来のTRPGには決してなかったものが1つ目の、「コンピューター上ですべてが処理される」という利点である。

 つまり、プレイヤーは無駄な計算をする必要はない。
 今回のセッションでは、SWのルールを使用しているが、IRCクライアントにダイス機能と、SWの戦闘ルールで最も面倒な、レーティング表をプログラムに埋め込んで使用している。
 これにより、セービングロールは従来のTRPGよりも視覚的、かつ直感的にわかりやすくなっており、レーティングの読み間違いや探す手間を省いている。

 その他にも、オンラインセッションでは、プログラムを組むことによって、その他さまざまな事を自動化することができるだろう。

 ただし、それはあくまで「楽しさ」を阻害するレベルにまで自動化するべきではない。
 その気になれば、自動戦闘すらも可能になるが、それはダイスを振るう楽しさを奪うことに他ならない。この線引きは、セッションに参加するメンバーで決めるべき所であると思うが、個人的な見解としては、(どうしても時間のかかる)戦闘であっても、自動化は極力避けて、別のハウスルールを適用することによって回避すべきではないかと考える。

 ハウスルール、及び自動化に関しての線引きは、今後のセッションの中で探していくべき事だろうと思うが、慣れも手伝えば(例えば、プレイヤーがダイスを振ったタイミングで、GMはプレイヤーキャラクターのデータの全てを知っていれば、そのダイスを見ただけで)すぐに達成値を求める事が出来るだろう。

 プレイヤーは達成値を「11です」とタイプするだろうが、GMはすでにそのタイプが発生する以前に行為の結果を知り、タイプを始める(または終わらせておく)事も可能だろう。

利点を最大限に利用するために

 利点を最大限に利用するために、GMはいくつかの事をして置くとよい。
 まずは、プレイヤーキャラクターの全てのデータを把握しておくことがよいだろう。従来型のセッションではキャラクターシートをGMがその手元に置いておく必要はあまりなかったが(少なくともセッション中は)、オンラインセッションでは、GMはキャラクターの全データを手元に置いておくべきだろう。

 これにより、GMは誰かに「シーフと知力で振って」と告げたとき、そのキャラクターの「ボーナス値をすで知っている」のである。
 プレイヤーはダイスを振るだろう。すると、ダイス目がその瞬間にわかるわけだが(自動化しているのであれば、そのタイミングでプレイヤーもGMも同時に知る事になる)、その後、プレイヤーはボーナス値を足した値を発言するだろう。しかし、すでにGMもこれと同じ作業を先に行っていれば(さらにGMが慣れていれば)、プレイヤーの発言よりも先に、結果を知っておくことが可能となる。GMはプレイヤーの発言を「確認」の意味として認識し、すでにタイプしてある「結果」を発言する事によって、よりスピーディに展開する事ができるようになる。

 この利点を最大限に利用するため、オープンダイスを使用しないのであれば、GMは事前にダイスをいくつか振っておき、メモに書きためておくという方法もある。(1セッションで20から30あれば事足りる)
 オンラインセッションでは、オープンダイスをする利点は余りないので(結局、自動化されたダイス機能を使ったとしても、プログラムである以上、それをコントロール出来ないと言い切れる人間はいないので、その辺りはメンバーの信頼の問題であろう。最も、重要な部分ではオープンで振った方が面白くはなるが)、事前にセービングロールの必要な値を出しておけば、作業を簡略化でき、かつ、ダイスボットの反応を待つ手間が省けるのである。

 最近はオープンダイスが主流となりつつあるが、オンラインセッションでは(ダイス目と難易度の組み合わせが多くのTRPG上のルールであることをふまえて)、従来のクローズドなダイス操作の方が作業が簡略化できるだろう。

 場合に寄っては、ダイスを振ることなく処理してしまうとしても、それは展開のスピーディさとのトレードオフにおいて、適切に処理すべきで、厳守すべき事ではない。

欠点を利点とすべき所

 利点としてあげた「プレイヤーの顔が見えない」は、欠点の中でもあげた。
 欠点では「プレイヤーの意志疎通が阻害される」というのが主な理由であったが、オンラインセッションにおける「プレイヤーの顔が見えない」というのは、最も大きな利点ともなりうる。そしてその利点は、「ロールプレイングゲーム」の本質にすら触れるほどの利点となりうるだろう。

 オンラインセッションでは、相手の顔が見えない。
 それはすなわち、日本人である我々がとかく意識しがちな「相手の事を考えて引っ込んでしまう」事や「恥ずかしい」という感情を薄れさせることができる。

 例えばわかりやすく言えば、あなたがパーティのリーダーで、いわゆる「主人公」的なキャラクターであったとしよう。
 あなたはセッションのクライマックスに、GM、またはその他のプレイヤーから、暗黙の内に「決め台詞」のようなものの発言を求められるかも知れない。その時、従来のオンラインセッションであれば、あなたは周りの目を気にして、どうしても萎縮してしまうに違いない。
 だが、オンラインセッションでは相手の顔が見えない。
 あなたは従来のそれよりもキャラクターの「ロールプレイ」に集中し、すばらしい台詞を言う事が出来るだろう。「お前のしていることは間違っている!!」と、声を大にして叫ぶことも出来るはずだ。

 これは、従来の「プレイヤーの顔が見える」TRPGにはなかった部分だ。

 同様に、男性が演じる女性キャラクターや、女性が演じる男性キャラクター。変わったところで言えば、オカマのキャラクターや、オナベ、一桁の歳の子供、ヨボヨボのおじいさんおばあさんまで、オンラインセッションでは従来のそれに比べて、実に違和感なく、そのロールプレイに没頭できるだろう。

 「プレイヤーの顔が見えない」というのは、大きな欠点である。
 だが、それを補ってあまりある、大きな利点ともなりうる。

 プレイヤーはこの利点を十分に意識し、欠点を補うほどに「ロールプレイ」を楽しむべきであるし、従来のそれのように萎縮することなく、堂々としてロールプレイをするべきである。
 ともすれば、オンラインセッションが従来のセッション形態との棲み分けが必要となれば、この部分が、「オンラインセッションの分野」として発展するだろうとは、想像に難くない。

実際のセッションから

 以上の欠点と利点は、実際のセッションによって、より明確になったことであり、ある程度の解決策はすでに触れているが、以下は「今回の我々のセッション」から私が感じた、「我々に関しての固有の問題」を多く含む、「TRPGの根本に関わる問題」の内、特に「オンラインセッション」によって顕著に現れる問題と、その「問題」が「オンラインセッションの欠点」とどのように結びついているのかを考察したものである。

2つの遊び方の形態

 「我々に関しての固有の問題」のひとつとして、オンラインセッションの問題点のひとつ、「意志の疎通が取りにくい」の部分に、「遊び方の形態」の問題があるのではないかと考えた。
 特に「我々」は今回が初めてのセッションであり、しかもオンラインという特殊な状況であった。
 反省会の中でも、各々、考えていた部分にズレがあったと語っている。では、その原因はそこにあったのではないか。

 TRPGの遊び方の形態は近年、大別して2種類の形態に分けることが出来るだろう。
 1つはGMが主導となり、用意されたシナリオを紡ぐ事を主体とした、「ストーリーを遊ぶ形態」のものと、もう一つはプレイヤーが主体となり、「キャラクターを遊ぶ形態」のものである。
 まずは、2つの形態に付いて、簡単な説明を行う。

 GMが主導となり、用意されたシナリオを遊ぶ、「シナリオを遊ぶ形態」であるが、これは近年のTRPGにおける、一般的な遊び方である。

 GMはシナリオを用意し、プレイヤーたちの前でそのシナリオを紡ぐ。
 プレイヤーはGMのシナリオを理解し、そのシナリオの「大筋から外れることなく」ストーリーを楽しむ。ストーリーはGMが用意した大枠があり、その大枠の中でならプレイヤーの行動は特に制限はされない。(大枠の大きさはGMの腕前によるが)例えば「悪い魔導師をやっつける」というシナリオの場合、プレイヤーは「悪い魔導師をやっつける」事はできるが、「悪い魔導師と手を組んで、街を破壊する」事は決して出来ない。

 GMはNPC等を利用し、プレイヤーをストーリーに導く。
 プレイヤーはその流れに乗って、比較的しっかりと構成された起承転結を進んでいく。
 転にクライマックスはあり、プレイヤーたちが「面白かった」と思うカタルシスはそこに存在する。

 このため、ここでは便宜的に「シナリオを遊ぶ形態」と呼んでいる。

 「シナリオを遊ぶ形態」は近年のTRPGの主流で、大手の出版社等から刊行されているリプレイなどは(商業的な意味もあるが)、多くはこの形態を取っているように見える。
 シナリオにはオープニングがあり、導入があり、語りがあり、クライマックスがあり、エンディングがある。
 一部のルールでは、この構成すらもルールの中に組み込んで、「遊びやすさ」とハリウッド映画的な「カタルシス」を与えやすくしている。

 そしてプレイヤーは最終的にGMの用意した「目的」を達成出来たか出来なかったかで、「成功」または「失敗」と判断される。

 もう一つは、プレイヤーが中心となった、「とりあえずなんでもいいから、キャラクターで遊ぶ」形態である。
 これは初期のTRPGがこの形式に近かったと思われる。少なくとも、現在のTRPGの多くのルールは(少なくとも国産のルールは)、この形式には余り向いていない。

 プレイヤーはキャラクターをロールプレイする。
 ただそれ以上には何もない。GMは「悪い魔導師をやっつける」という起因を、何かしらの方法で彼らに与える。だが、プレイの主導はすべてプレイヤーに任せられる。すなわちここでプレイヤーが「悪い魔導師と手を組む」と言う行動に出た場合、GMは「その状況に対応するために動く」のであって、決して、「悪い魔導師を倒す」ためにシナリオを修正「しない」(それはストーリーを遊ぶものになるからだ)

 これはいささか極端な例だが、この繰り返しで構成されるのが、「キャラクターを遊ぶ」形態である。
 プレイヤーはキャラクターのロールプレイに重きをおく。つまり、「悪い魔導師は倒す」という正義のヒーローと「悪い魔導師に魔法を教えてもらいてーな」という魔導師がいた場合、そのふたつは同時に進行される。ふたりは一緒に悪い魔導師のいる場所まで行ったとしても、戦いを挑む正義のヒーローに対して、魔法を覚えようとする魔導師は戦いを挑むことも「普通にある」

 ましてや、魔導師は正義のヒーローの邪魔をして、悪い魔導師のいる場所まで、行かせまいとするかも知れない。
 それはGMが主導となる「シナリオを遊ぶ形態」の中には、決してない要素であり(GMが操作するNPCがそうするというのはまた別で)、そこに「成功」も「失敗」もなければ、「正しい」も「間違っている」もない。無論、それはGMの中にもない。(GMはそこに道を創るだけで、そのストーリーを進めはするが、責任を負わない)

 プレイヤーはキャラクターを遊び、ストーリーの中にカタルシスを得るのではなく、「行動の中に」カタルシスを得るのである。

 そして、ここであげたこの2つの形態は、「共存しない」

 GMが「シナリオを遊ぶ」形態をプレイヤーに提示した時、プレイヤーが「キャラクターを遊ぶ」ようにした場合、プレイヤーはものの見事に大枠を外れていく。GMはそれを修正しようとするだろう。プレイヤーが気づいてその修正に乗り、「シナリオを遊ぶ」ようにシフトすれば問題はないが、そのまま「キャラクター」を遊び続けた場合、GMが修正を適宜入れていけば、不満が募るだろう。
 ともすれば、それによってプレイヤーがさらに暴走すれば(しかし、あくまでそれを暴走と思うのはGMのみである)シナリオは容易に崩壊し、結果としてセッションは失敗する。当然、成功にあるカタルシスは得られないし、プレイヤーも「キャラクターを遊ぶ」という意味で、カタルシスを得られない。

 逆に、GMが「キャラクターを遊ぶ」形態をプレイヤーに提示した時、プレイヤーが「シナリオを遊ぶ」と考えていたとき、プレイヤーはGMから投げ渡された「ただひとつの起因」をもてあます。プレイヤーはGMに誘導されてシナリオを遊ぶ事を前提としているため、「何をしたらいいのかわからない」のである。逆にGMからは見れば、「何故何もしないのか」となる。結果としてプレイヤーは「ストーリーの大枠」を探してうろうろと動き回るだろうし、GMの誘導を待って、消極的なプレイとなる。当然、キャラクターを遊ぶというカタルシスは得られないし、成功なのか失敗なのかもわかりづらく、双方共に、首を捻る事になるだろう。

今回の2回のセッションの考察

 多くのTRPGのセッションが、前者の形態であることは先に触れた。
 これは、すでに当サイトに掲載されているSWを基本ルールとしたセッションのリプレイにも言える。
 これは意図的にそうした訳ではない。たまたま、「暗黙の内にそうなっていた」のである。

 では、このセッションのプレイはどうであったか。
 今回の2回分のセッションを見た限り、このセッションは後者の色合いが濃くでていると思われるが、細部に至ってまでよく分析すると、プレイヤー間で「互いに違う」ようなのである。そして、1つのシナリオを2日に分けて行ったためか、1日目と2日目で、GM側も微妙に入れ替わっているように見える。

 では、わかりやすい部分として、オープニング部分を抜き出してみよう。

 「プレイヤーたちは船の食堂にいる」という「ただひとつの起因」のみをGMはプレイヤー達に与えた。
 これは、「キャラクターを遊ぶ」形態の導入と分析できるだろう。

 この状況に素早く対応したのは、ウィル、ドゥアンである。意外なのが、TRPG初体験であるラゼットがうまく動いている所が面白いが、ソアラは何をしたらいいのかわからずにぷち混乱をネタにしている。ウィルの誘導でジニーのキャラクターも動き出すが、この段階では、全てのプレイヤー達の間で、GMが次にどう出るかというさぐり合いがあっただろう。と言うのも、現在のTRPGの主流はGM主導型であり、「ストーリーを楽しむ」事を前提に考えていたのに違いないのだ。

 GMは次の起因として、ムルガスによってソアラにちょっかいを出す。
 恐らくGMがここでソアラにムルガスを使ってちょっかいを出したのは、「女の子のキャラクターだったから」程度の意味しかなかっただろうが、ソアラはまだ「どうしたらいいのかわからない」でいる。

 もしもこのタイミングでソアラが「キャラクターを楽しむ」方向にシフトしていたらもっと別の展開もあっただろう。(最も、彼女の場合はそれ以前に設定がよくないが)ソアラの立ち回りによっては、他のキャラクターたちを引き込んでの展開があったに違いない。GMとしても、ともすれば頭の中では一悶着くらいがあって、ルードが駆け込んでくるくらいのシーンを考えていただろう。

 そして船は難破する。
 GMが投げた起因は(砂浜チームに関しては)「砂浜に3人、打ち上げられている」だった。

 ここではジェダがうまくキャラクターを動かし(初心者のジニーとラゼットがいるにも関わらず)、うまくNPCから情報を聞き出し、シーンを完結させている。特筆すべきは、ジェダは会話から相手の情報を引き出していて、NPC側からの「提案」や「依頼」を何一つ出させることなく、GMの意図を汲んでいる所である。

 一方、村の方はシェリスという重要なNPCの登場により、GMの作った「大枠」を理解したソアラとドゥアン(ウィルは倒れたままだが…)が、GMの導くストーリーに乗って行動をしている。

 この後、1日目のセッションでは、基本的にGMは起因を放る事をメインとしている。
 恐らくGMは、どちらかといえばキャラクターを遊ぶ方法を提示していたのだろう。
 ジェダ等は特にその流れに乗ってうまくプレイをしているが、ソアラ等はGMに誘導されるのを暗に「やったるああああああああああああああ!!ゴラァ!!」の台詞で示している。(かどうかは定かではないが)

 そしてプレイ2日目に入る。

 プレイ2日目は、プレイヤー達の行動に関しては、1日目と同じように考えてもらってかまわないだろう。ジェダはキャラクターをプレイする方向で続けているし、途中参加(正確には違うが)のウィルも、どちらかと言えば探りを入れているフシが強いが、キャラクターをプレイする方向性がうかがえる。(だが、必ずしもウィルはその方向で固定しているわけではない)転じて、ソアラやラゼット等はGM主導のシナリオを想定してプレイしている。(NPCの出方をうかがうという台詞などからもわかる)

 ただし、GMは1日目を受けてか、多少の軌道修正がうかがえる。キャラクター主導から、ある程度のGM主導へとシフトを始めているのである。
 これはセッション内にはない話だが、ひとつの要因として、ソアラのプレイヤーがGMに対して、「もちっとぐりぐり引っ張っちゃった方が、オンラインの場合はだれなくていいんじゃないの?」という、セッション後の談話で語ったというところもあったかも知れない。

 今になって思えば、これは完全にソアラプレイヤーの思慮不足であった感が否めない。単純に、GMとソアラのプレイヤーとの間での、フェイズが合っていなかったのが問題であったのだろう。(そしてソアラのプレイヤーは発言力があった)

 そしてセッションは例の「センスイービル事件」に収束するのである。
 GMは「キャラクターで遊ぶ」ジェダ、ウィルたちの中に、「ストーリーで遊ぶ」ために必要な軌道修正を試みる。ルードの部下が水場に駆け込んでくるシーンだ。これは「ストーリーの大枠」の中へとプレイヤーたちを戻すためにGMが行った行動であっただろう。だが、前日のセッションで「大枠」を見誤っていた(またはそれを見切れていなかった)プレイヤーは、GMの「ストーリーを遊ぶ」形態の中ではイレギュラーであった「戻る」という選択肢を選ぶ。

 この瞬間に、水と油であるふたつが混ざり合おうとしたために、大きなほころびが生まれたと言っても過言ではない。

 ストーリーを追いかけていたプレイヤーはGMがミスリードをしたと認識し(それは単純にルールの勘違いという部分もあったが)、「ストーリーを遊ぶ」という形式の中にある「外れてはいけない大枠」を外れたつもりはなかったのに、誘導されずに何故だと思っただろうし、「キャラクターを遊ぶ」形態の中にいたプレイヤーはGMのダイクンが光らないという「ストーリー」の前に何故だと思ったことだろう。

 このシーンは、GMのルールミス(という程でもないが)がある事もあって、とかくGMが悪役になりがちだが、このシーンは全てのメンバーが抱えていた小さなほころびが、たまたまこのシーンに収束しているだけであろう。問題は、全てのプレイヤーたちがこのふたつの形態のどちらか片方でシナリオを進めようとしていたわけではなかったために、その小さな亀裂が、たまたまここで崩壊したのだろうと推測する。

 この後、シナリオは急激に加速して、クライマックスへと向かう。
 プレイヤー達は「時間が押していた」「倒すべき敵が明確になった」と分析しているが、この時、プレイヤーは皆「大枠」を明確に理解したのであろうと推測する。そして「キャラクターで遊ぶ」ではなく、「ストーリーで遊ぶ」ものへと、明確にシフトしたのだろう。
 言うなれば、プレイヤーたちは皆、今までは縦横無尽に広がっていたと思っていた闇(ともすればそれはストーリー)が、実は無限の闇ではなく、トンネルだったのだと気づいたのだ。そしてその中に自分たちがいると認識し、かつ、そのトンネルは狭く、ただひとつの出口あると、明確に意識したのである。
 あとはその出口に向かって駆け抜けるだけだと、誰もが気づいたのである。

 結論として、このシナリオの出口はただ1つしかなかった。
 だが、その出口がいくつかあると思っていたプレイヤーがいたことは事実だ。
 そして、出口はただひとつしかないと思ってはいたものの、その出口が見えなかったものがいたことも事実だ。

 この問題は、オンラインセッションに関してだけの問題ではない。従来のTRPGの形態でおいても、十分に起こりうる問題であっただろう。ただ、「オンラインセッション」という意志疎通の難しい形態が、「ほころびが目に見えてちぎれてしまうまで」すべてのメンバーに見えなかったというのが、中盤の展開上の問題となったのだろう。

今後の課題

 今後の課題として、「我々に関しての固有の問題」においては、この2形態のうちどちらを選ぶのかを明確にしておく必要があるだろう。

 「ストーリーを遊ぶ」形態にする場合、セッションの成功、失敗を念頭に置くべきであろう。
 現在のTRPGの主流がここにあるのは前にも触れているが、この形態にするのであれば、GMは事前に「大枠」をプレイヤーに提示しなければならないし、プレイヤーはその大枠から外れてはならない。(大枠の大きさはGMの判断によるが)GMはプレイヤーが大枠を外れそうになったら、NPCなりシナリオなりで、行動を適宜修正しなければならない。プレイヤーはそれを受けて、大枠の概観を知らなければならない。
 多少窮屈な感はあるが、その前提が「ストーリーを遊ぶ」事にあるため、すべてのメンバーが適切に動けば、完成度の高いシナリオになるだろう。そして、それらを補助するルールとして、「シナリオハンドアウト」(プレイヤーにシナリオの中で「知っていてよいこと」をGMが事前に提供するルール。「知っていてよいこと」はNPCの情報等が含まれる)や、「今回予告」と言ったルールの追加が考えられる。

 一方、「キャラクターを遊ぶ」形態にする場合、セッションの成功、失敗という概念自体も必要ないかも知れない。GMは古くのTRPGがそうであったように、「優秀なロールプレイ」をしたプレイヤーに対して経験値等の報酬を払うべきだろう。(色を付けてもよい)
 もっとも、基本がフルアドリブプレイになるので、GMにかかる負担は比較的大きい。プレイヤーの性向によってある程度の流れは予測できるだろうが、どのような行動を取るのかは、その時にならなければわからないからだ。この問題に関しては、シナリオの組み方の方法論によって、ある程度は吸収できる部分ではあるだろう。例えば、今回の例で言えば、登場するNPCたちにそれぞれの「行動理念」と「バックグラウンド」または「歴史」を明確に定義し(それをプレイヤーに伝える必要はないが)、プレイヤーの行動によって、「それがどう変化するのか」を主眼におけばよいのである。
 ただし、「貫通行動」(行動理念と似ているが、少し違う)だけはブレさせてはならないし、それはプレイヤーに明示すべきではある。(その人は何がしたいのかを明確に提示する事で、プレイヤーはキャラクターを遊ぶ中で、そのNPCと敵対するのか、利用するのかを明確に判断できるためである)
 そしてプレイヤーは自らのキャラクターが「どう動くか」を念頭に置いて、積極的、かつ自立的に動き回らなければならない。そのため、キャラクターのバックグラウンド等をしっかりと設定し、それを「ロールプレイ」していかなければならないだろう。
 こちらの形態では、追加すべきルールは、あえてあげるならば、ダイスによる「ランダム性」の要素だろう。具体的なものは思い当たらないが(この形態のルールが少ないこともあって)、ともすれば「何でもアリアリ」になりすぎてしまう部分に、スパイスとしての「ランダム性」が必要になるだろう。(シナリオの型がそもそもないので「そうしたくても出来ない」状況になってもよいため)

まとめ

 最後に、「我々に関しての固有の問題」から「オンラインセッションの欠点」を考えた上で、我々がどちらを選ぶべきかに付いて考える。

 結論から言って、適宜切り替えて(もちろん、それはセッションの開始前に全てのプレイヤーに通達すべきだが)いくのが、模索という意味ではベストだろう。
 というのも、多くのプレイヤーは「ストーリーを遊ぶ」事になれており、私も当初、「ストーリーを遊ぶ」形式のもので展開するのであろうと、何の疑いもなく考えていたからである。
 そして私がこの「2つの形態」に関して考えが至ったのも、今回のセッションを行った後、反省会のために多くのTRPG関連のサイト等でのレポートを見、それらをふまえた上で分析を行って、始めて理解したからである。

 今回のルールで使用しているSWは、どちらかといえばやはり前者に適したルールである。(依頼→探索→問題→解決という型があるため)よって私は、何の疑いもなく、今後の課題で述べたような「シナリオハンドアウト」や「今回予告」のようなルールをアドしていき、「オンラインセッション」の形態を構築していくつもりでいたし、今までのオンラインセッションでも、その形態で特に大きな問題は発生していなかったように思えた。

 だが、今となっては多少、考えが違う。

 私個人の意見としては、このメンバーでは「キャラクターを遊ぶ」形態にするべきではないかと考える。キャラクターを遊ぶ形態は、言うなければフルアドリブプレイに近い。結末はただひとつではないかもしれないし、ましてや、結末すらも存在しないかも知れない。(ただひとつの制約くらいはないと、セッションとして成立しない可能性もあるが)
 だが、このメンバーの性向や、先で述べた「オンラインセッションの欠点と利点」を考えたとき、オンラインセッションで求められるのは、ともすれば「キャラクターを遊ぶ」形式なのではないかと考えたのである。

 オンラインセッションの欠点に、意志の疎通がしにくいというものがある。
 それはつまり、「大枠」を知ることが難しいと考える事ができるだろう。
 展開が遅いというのはつまり、「探り」をしてしまう時間や、各々のプレイヤーが「ストーリーを追うことを意識しすぎて、誰かの発言の後に発言しづらい」(GMが応えを返すのを待つ)という理由なのではないかと考えたのである。

 逆に、利点であるところの、「コンピューター上ですべてが処理される」は、「キャラクターを遊ぶ」上では、追加すべきと思われるランダム性の追加に関しての煩雑さを押さえることが出来るし、「プレイヤーの顔が見えない」という最大の利点は、「ロールプレイ」を主眼においたこの形態では、非常に優位に働くのではないかと考えたからだ。

 最終的な決定は、メンバー達の意見の元、GMに判断して頂く事になるだろうが、果たして次のセッションはいかなるものになるのか…

 「ストーリーを遊ぶ」形式にいくのか、それとも「キャラクターを遊ぶ」方向に行くのか、はたまた、探りという意味で、ともかくは「キャラクターで遊ぶ」ことを主眼においた、結末が3,4つあるような「大枠」の大きなものを使うのか、切り替えながら試していくのか…

 今から楽しみである。

 でも、「キャラクターを楽しむ」っていう話になったら、バックグラウンドまっさらなわたしは、辛いカモYO!!