studio Odyssey



そして振り返れば…


 ばぁんとけたたましい音とともに、えぶちゃんはそのドアを魔法の力にはじき飛ばしました。
 部屋の中にいた人たちは、なんだなんだと、飛び込んできた私たちに振り返りました。
「おさわがせしまーす」
 と、アピさん。
「中央の魔硝石で、混合液が作れますっ!!」
 えぶちゃんは私を魔硝石の前に立たせ、「ど、どうするんですか?」あたふたあたふたする私の隣から、ぱちぱちと勢いよくそこにあったスイッチを押していきました。
「作成する混合液は、<4>。そしたら、組み合わせするアイテムを──」
「待ちなさい!お嬢さんっ!!」
 えぶちゃんがたたき壊したドアの方から響いた声に、私たちははっとして振り向きました。その部屋の中へ、護衛団団長が──「ソウルストライク!!」
 生まれ出た五つの精霊球にすっ飛ばされて、入ってきました。
「さっさとつくっちまえ!!」
 部屋の中に、スピさんが飛び込んできます。「左舷、弾幕薄いよ!?何やってんの!!」
「あ、あわわ…あわ…」
「落ち着いてっ!混合に失敗したら、水溶液も取り直しだから!!」
「逆にプレッシャーでは?」
 アピさんが苦笑するようにして言いました。「あおさん!左に展開!」「槍騎士軍団!左から来る護衛団を叩き飛ばしてくださいっ!」「おおよー!!」「アブ、魔法士は中央を!!」「火力の限りに!!」「スピ!右から来るぞ!?」「この量は、ぴくみんだけではもちませぬー!」ドアの向こうから聞こえる声が、私をせき立てます。あぁ…早く!早く作らないと!?
「ゼ、ゼロピーが2個、綿毛が3個──それに水溶液──」
 アイテムを、私はそれぞれ、組み合わせ機の中に入れていきます。「しまった!?」「兄者が突破を許された!?」「スピさん!中に何人か行っちゃう!」「うぉ!?」
 がんっというけたたましい音がして、私のすぐ脇を翡翠色の髪の魔導士がすっ飛ばされていきました。「スピさん!?」「ソウルストライク!!」吹っ飛ばされた姿勢のまま、スピさんは魔法を唱えました。生まれ出た精霊球が弧を描き、壁や天井を削り取って爆発しました。
 ぱらぱらと降り注ぐ石のかけらから頭を護りながら、私がスピさんの姿を追いかけようとすると、
「こっちの事を気にすんな」
 帽子を直し、スピさんは再びドアの方へと走り出しました。
 気、気にするなって──
「って、む、ムリですよ!?」
「言ったろ。突っ走ってくしかねぇんだって」
「スピ──」
 振り返ろうとした私の手を、アピさんがぐいっと引っ張りました。目を見開き、私はアピさんを見ました。そのまっすぐな瞳が、私に向かって、言います。
「落ち着いて。大丈夫」
 優しく、微笑んで。
「最後に、魔法の粉を入れるのです」
 えぶちゃんが言いました。
「量は、五四二九グラム。間違えずに。大丈夫です」
「だ、大丈夫って──」
 剣戟の音と魔法の炸裂する音は、明らかに近くなっていました。というより、もう、すぐ後ろでしています。
 ギルドの中にいた何人かの人たちも、何事だとばかりに目を丸くして、ドアの方を見ています。なのに、
「さ、あと少し」
 にこりと、アピさんは笑いました。
「だ、大丈夫って、こ、こんな事になってるのに!?」
「でも、へーきです」
 こくりと頷くアピさんに、私は──私もまた、こくりとちいさく、不器用に頷きを返しました。
「魔法の粉は、五四二九グラム。後少しです」
 あと──すこし。
 私はゆっくりと息を吐くと、魔法の粉を手に取りました。五四二九グラム──そっと、組み合わせ機の中に入れていきます。
 剣戟の音が激しく響いていました。「SP切れた!!」「魔法士隊、後方待機!」「アチャ、ハンター隊は前へ!!」「槍騎士軍団は、通常攻撃で迎撃せよ!!」「ぴくみん隊、気力だー!」「総大将!プリ隊が全然いないのは何故ですか!?」「仕様です」「マテ!」「あと一押しだ!」
 あと、少し──そう、あと少し──
 私は組み合わせボタンを、そっと押しました。「そして触媒は──」
「透明な宝石!」
 かっと、アイテム組み合わせ機の上に乗っていた宝石が輝きました。


「──出来た!!」
 ころんと組み合わせ機の中から、黒い液体の入った試験管が転がり出てきました。
「さぁ、それを早く、ギルド職員に!」
「はいっ!」
 私はだんっと、その部屋の中央にあった組み合わせ機の乗った壇上から飛び降りました。そして、魔法士ギルド職員の女性に向かって、駆け寄ります。
「えぶちゃん!私たちも加勢しましょう!」
「はいっ!」
 ふたつの足音が、私と逆方向へと走り出して行きました。「サフラギウム!!」「めておすとーむ!!」
 再び巻き起こった激しい爆音を背に、私は混合液を彼女の前へと、差し出しました。
「で、できましたっ!」
「なんか、すごいことになってるわね」
 にこり。ギルド職員の彼女は微笑みます。「まぁ、何があったのか、特に聞こうとは思わないけれど」「す、すみませんっ」
「いいのよ」
 彼女は微笑みを絶やすことなく、言いました。「冒険者の相手をしているとね──」
「こういう事は、日常茶飯事だから」
「──は?」
「ソアラの転職試験は、混合液<4>を作ることだったね」
「はいっ」
「それじゃ、確認しようか?」
 私の差し出した試験管を彼女は受け取り、子細に眺めはじめました。ごくり、つばを飲んだ自分の喉に音に驚いて、私はびくりと身体を振るわせました。
「──ふん」
 彼女が喉を鳴らすようにして言うまでのその時間が、私にはとても長く感じられました。
 背中の向こうでは、耳慣れた声たちが叫んでいます。「火力が足りません!隊長!!」「中央、突破されますっ!?」「増援をー!!」「ギルド内にいる、魔法士、魔導士!!」「お?」「なんだ?」「俺たちか?」
 ざわりと、ギルド内にいた魔法士たちがドアの方へと顔を向けました。
「そこにいる女の子が、たった今、転職しようとしている!しかし、悪者どもの手によって、阻止されんとしている!さぁ同士よ!手伝え!!」「むぅ!?」「なにっ!?転職せんかったら、祝福も出来ぬ!!」「助太刀いたす!!」
 ばっと、ギルド内にいた方の人たちもまた、一斉にドアの方へと向かって走り出しました。そしてすぐに「サンダーストーム!!」「ファイヤーボール!!」「ナパームビート!!」「フロストノヴァ!!」「サイトラッシャー!!」炸裂をはじめた魔法に、ぐらぐらとギルド全体が揺れました。
「──大変な騒ぎね」
 彼女は笑いました。
 ギルドには、私とそして彼女だけが残っていました。
 部屋の中央には、ふわふわと浮いた魔法の力を封じ込めた宝石。
 飛び交う魔法に、きらきらと輝いています。
「あなたひとりの転職に、みんな必死」
「──すみません」
「よかったわね」
「え?」
「まぁ、完璧ではないけど、これなら合格ね」
 え──?
「じゃ、じゃあ!?」
 私は目を丸くして、彼女を見ました。
「あなたの望む職業──魔法士への転職を、許可します」


「前衛、前へ!これでラストだ!!」
 スピさんの声。
「じゃあ、最後に、あなたにいくつかの質問をします」
 ギルド職員の彼女の声。「目を閉じて?」
「は──はい」
 そっと、私は目を閉じました。はやく──はやく魔法士に!!
「アブ!下がれ!!久しぶりに行くぞ!!」
「おー?やりますかー!!」
「総員、目標を一カ所にあつめろー!」
「アピ!サフラ!!」
「はい!サフラギウム!!」
「いくぞ!」
「はいよっ!」
「ソアラ?」
 優しく響く声が、喧噪を割って、私の耳に届きました。
「あなたは、このはじめての冒険の中で、何を学びましたか?」
「はじめての冒険?」
 つぶやく私に、その声が返します。
「ええ。この混合液を作り、そして、魔法士に転職するまでの、この冒険で──です」
 はじめての冒険──私の、はじめての冒険──
 それが今、終わろうとしている。「学んだこと──」
「た、たくさんありすぎて…すぐには答えられません」
 出会い、そして始まった冒険。
 はじめはノリのような、勢いのような──いや、最後まで、そうだったような──
 でも、まっすぐに私の冒険者になるという夢のために、ここまで、今も、みんなは私のすぐ後ろにいてくれてる。
「では──」
 もう一度、彼女が聞きました。
「この冒険の中で、一番心に残ったことは、なんですか?」
 声が、響いてきます。「いくぜ!」
 心に、残ったこと?
 私の心に、残ったこと?
 声が、聞こえてきます。
「永久の時にも姿を変える事なき氷の力よ!我が前の敵を今、その力をもって撃ち滅ぼしたまえ!」
「天と地に満ちる数多の風の精霊達よ!その偉大なる力をもって、我が前に立ちふさがりしものたちを、今、撃ち砕かん!」
 私の背中を押すように。
 だから私は、言いました。
「ストームガスト!!」
「ロードオブ──ヴァーミリオン!!」
 巻き起こる風の中、走り抜ける光とそして爆音の中。
 かき消えることなく、私はしっかりと、言いました。「風がふいていました」
「そのたくさんの風が、私の背中を、いつも押してくれていました」


 風が、そっと吹き抜けていきます。
 優しく。
 私の髪をゆらし、すべての喧噪を乗せて、何処か遠くへ、遙か彼方へ、吹き抜けていきます。
 やがて訪れる静寂。
 ふっと、弱い光が、瞳を閉じた私の前ではじけたような気がしました。
「ソアラ」
 声が、聞こえてきました。
「目をお開けなさい」
 言われるままに、私はそっと、目を開けました。
 ふわり。
 風の中に揺れていた私の髪が、ぱさりと小さく音を立てて、私の耳をくすぐりました。
「おめでとう」
 彼女の声が、私の耳に届きました。
「え──?」
「あなたは今、ひとつの夢を叶え、新しい一歩を、踏み出しました」
 その声に、私はゆっくりと自分を見ました。その姿は、今までの私の姿ではなく──そう、それは魔法士の私──
「あ──」
 じわりと、私の中から何かがこみ上げてくるようでした。ついに──ついに──!?
「でも、忘れてはいけませんよ」
 はっとして、私は彼女を見ました。彼女は微笑んだまま、言います。そっと、「この夢を叶えたのは、あなた自身の力です。あなたの想いが、あなたに、あなたの夢を実現させる力を与えたのです」そっと、私の、その向こうを見て。「そして、そのあなたの背中を押してくれた、あなたの言う風を、忘れてはいけません」
「夢を追うということは、大変なことです。振り向かず、ただまっすぐに走り続けるということほど、難しいことはありません」
 私は、ゆっくりと振り返りました。
「風を忘れずに──走りだそうと決心したあなたを追いかけてくれた、その風たちをわすれずに──振り返りなさい」
 振り向いた私のむこうには──「あなたのその夢が叶った、その時に」
 そこには、私に向かい、軽く笑う冒険者たちが、待っていました。


「おめでとうございます」
 アピさんが笑いました。
「いやはや、これで一段落か…」
 ふぅと、ため息混じりにグリムさん。
「おめでと」
 玲於奈さんが続きます。
「魔力が上がるまでは、なかなかつらいと思うけどね」
 グリさん。
「そこは、あおさんを壁にするのです」
「俺!?」
「センセー、がんばー」
 えぶちゃんの台詞に、あおさん、シン君が笑いながら続きます。
「ところで、魔法の属性はどうするって話でしたっけ?」
「氷です」
 迦陵ちゃんに、アブさんが間髪入れずに返しました。
「なんでもいーじゃねぇか。とりあえずは、転職したんだしよ」
 笑うラバさんに、
「ああぁぁ…ノビたんがぁ…」
 まゆみさんが心底残念そうに言いました。
「そんなんばっか」
 いるるさん。
「さて、じゃ、スピさん?」
 そして、ウィータさん。
「ああ──」
 最後に、ちょいと薄汚れた帽子をなおしたスピさんが、にやりと笑いながら、言いました。
「野郎ども!!」
「おうよ!!」
 たくさんの冒険者たちが、威勢よく返しました。
 みんなぼろぼろで、体中あざや切り傷を作ったりしているのに、みんな、元気で、笑って、そう──みんな、ノリノリで──
「祝福だぁー!!」
「おおぉ!!」
 そして再び──爆発。誰にも止めることなど出来はしない、冒険者たちの祝福の嵐が、ゲフェンは魔法士ギルドに巻き起こりました。
 やんややんやの大喝采。誰かが魔法を唱えれば、炎に氷に雷が続き、誰かが武器投げようものなら、他の人も続いて、ところかまわずぶんぶんぶんっ。「サンダーストーム!!」「ファイヤーウォール!!」「インデュア!!」「オートカウンター!!」「解毒っ!」「うぁ、地味…」「アンゼルス!」「キリエエルレイソン!」「負けるな!」「セイフティーウォール!」「ニューマ!!ニューマ!!フーニューマーっ!!」「負けてる負けてる」「ほらほらほら!パパさんもここまで来たら、娘を祝ってやんなよ!」「う、ううぅむ…」「娘はいつか、巣立っていくものなのですよ」「よっしゃ!んなら落とすぜ!えぶ!!」「はいっ、お師さま!アイスウォール!!」「ロードオブ──」「やめれー!!」
 冒険者たちを、とめる者は誰もなく。
 また、とめられる者も、いるわけもなく。
 彼らの冒険を、止めることが出来ないのと同じで。
 それは、風を止めることができないのと同じ。
 笑う私たちを映した部屋の中心にあった宝石もまた、けらけらと笑うように、魔法の力に七色に輝いていました。






 それが、私のはじめての大冒険でした。




















 そう。
 もしもあなたが、この広大なミドカルドの大地に旅立とうとするのなら。
 この広大なミドカルド大陸にある、ルーンミドカツ王国の首都、プロンテラ。その宮前広場の北西にあるベンチを、訪れてみるといいかも知れません。
 きっとそこには、あなたを大冒険に巻き込んでくれる──いえ、大冒険へと誘ってくれる人たちが、待っているに違いありません。
「す、すみません!モロクポタはないですか?」
「脆くありません」
「固いんだ?」
「誤字った…」
「モロクあるよ?」
「す、スク水アサシンたん!?」
「魔法士におなりなさい」
「え?」
「いえ、剣士になりましょう」
「まーちゃんだよー」
「アコですよ、アコ!」
「いえ、あの、モロク…」
「ノビたん、はぁはぁ」
「はぁはぁするなら、逝ってらっしゃーい。ワープポータル!!」
「…また、俺の足下かよ」
「はぁはぁ…」
「ってことは…」
「もろくー」
「あ、便乗していいですか?」
「嘘!嘘だから!!乗っちゃダ──」
「──行ってしまわれましたね」
「どこよ、これ?」
「はぁはぁといえば?」
「…オークか」
「またか!?」
「…死ぬよなぁ」
「…死ぬでしょうねぇ」
「後味悪いよねぇ」
「悪いねぇ」
「逝く?」
「なんつーか…」
「行くしかないでしょ…」
「スピさん、いっちゃいましたしねぇ…」
 もしもあなたが、この広大なミドカルドの大地に旅立とうとするのなら。
 プロンテラは宮前広場の、北西にあるベンチ──プロンテラベンチへ。
「では──」
 そこにはきっと──
「とっつげきー!!」

 心躍る冒険を乗せた風が、いつもふいていますから。