studio Odyssey



ノルかソルか。


 乾いた砂漠に、朝が訪れようとしています。
 砂の町、モロクの北西。
 砂の大地に、ぽっかりとその場所にだけ、緑が生い茂っていました。
 オアシス。
 巨大なピラミッドが、そのオアシスを包む朝靄の向こうに、かすんで見えました。
「ここに、そのモロク水溶液とやらをくれる人がいんのか?」
 ざしざしと砂を踏みしめながら、スピさんは辺りを見回しました。
「…眠い」
 目を細め、あおさんは言います。夜通しペコを走らせていたのです。
「大丈夫ですか?」
 私は聞きました。
「寝落ちしたらごめんなさい」
 え?え?なにそれ?
「なんの話を」
 シン君は苦笑していました。
 ちなみに、あおさん以外の他のみんなは元気です。理由は簡単で、シンプルで──寝ていたから。
「くぁ…ねみぃ」
 ラバさんがあくび混じりに言いました。「オアシスで顔でも洗ってきたらどうです?」「ん、そーすっか」
「で、えぶ。モロク水溶液を作ってくれる人はどこに?」
「えーと、たしかこの辺りにいるはずなんですけど…」
 きょろきょろ、えぶちゃんは朝靄の中、その人を捜していました。「おりゃー!」「がふっ!?」「あ、やると思ったけど、やっぱりやった」「ラバさん、なむー」オアシス脇では顔を洗おうとしていたラバさんを、スピさんが蹴り落としていました。
「誰かに聞いてみましょうか」
 きょろきょろ、辺りを見回しながら、迦陵ちゃん。
 そして朝靄の向こうを歩いていた人をみつつけると、「あ、すみません」と、とことこ駆けていきます。
「聞いた方が早いかもね」
 同じく、ウィータさんもとことこ、近くにいた人に向かって歩いていきました。
「意外に人がおおいな」
 いるるさんは朝靄の向こうにかすむ人影を、目を細めて見ながら言いました。その言葉にまゆみさんが続きます。
「ここはピラに近いし、朝からピラにこもろーって人が、一杯いるんでしょ」
 「──あ、ご存じないですか。どうもすみません」迦陵ちゃんの声が聞こえてきます。「え?人を捜してらっしゃるんですか?ノービスの女の子?うーん…見かけませんでしたけど」
 ん?
 「オアシスの向こう?あ、こっち側じゃないんですか。ありがとうございます」朝靄の向こうから、ウィータさんの声。「え?ノービスの女の子を見なかったか?いえ、たぶん見てないですけど、どんな子です?」
 おや?
 「てめぇ!スピ!!よくもやってくれたな!!」後ろの方では、ラバさんがオアシスの中から岸辺のスピさんに向かって怒鳴っていました。「死ね!」「貴様が死ね!サンダーストーム!!」どんっという音が響き、びりりっと、水面に電撃が走り抜けました。思わず、私は振り返ります。ぷかり。オアシスに浮かぶラバさんの姿。
 それとともにさわっと流れた風が、あたりを包んでいた朝靄をかき消しました。
「お?」
「え?」
「う…」
「い」
「あ」
「逆向きできたか」
「何言ってるんですかっ!!」
 朝靄が晴れ、そのオアシスの周りにいたたくさんの冒険者たちの姿が、あらわになりました。
 そしてそのたくさんの冒険者たちは皆、その朝靄を晴らした元、響いた爆音に、私たちの方を見ていて──
「イタ──────!!」
 一斉に声を上げました。
「何が?」
 悠長に、スピさんが小首を傾げて言います。
「大馬鹿者ぉーっ!!」
 復活したラバさんがスピさんに飛びかかり、ソニック往復ビンタを食らわせていました。
「走れ!!」
「速度増加っ!!」
「モロク水溶液はオアシスの逆側だって!」
 いるるさんの言葉に、アピさんの魔法が応えます。そして駆けだしたウィータさんに、皆も続きました。「いたぞ!」「捕まえろ!」「報酬は俺のモンだ!!」オアシスを取り囲んでいたたくさんの冒険者たちもまた、一斉に駆け出しました。
「どっかのヴォケのせいで、大ピンチだ!!」
 詰め寄る冒険者たちをかわしながら、ラバさん。
「いやー!こないでー!!」
 と、いいながら「へぶんずどらいぶっ!!」えぶちゃんは魔法で迫り来る冒険者たちをばっしばっしとはじき飛ばしています。
「はやく!はやく!」
 迫る冒険者たちをかわしながら、私たちはそのモロク水溶液を作ってくれるという魔法ギルド関係者の元へとたどり着きました。
「モ、モロク水溶液いっちょう!」
「今日は、朝からにぎやかですねー」
 と、そのギルド関係者の女性はオアシスの水で顔を洗いながら言います。「いやー、こんなに騒々しい朝は、初めてです」
「あんたは、のんきすぎだ」
 目を細め、スピさんは言いました。ん、まぁ、たしかに。
「漫談は別の機会にして、早く水溶液をもらわないと!」
「あ、そ、そうですそうですっ!」
「あ、モロク水溶液ですか?」
 タオルで顔を拭き拭き、その女性は言いました。
「五○ゼニーと空きの試験管がひとつ以上必要です」
「金取るの!?」
 びっくりと言うように、スピさんは目を丸くしました。
「マケロ」
「この状況で値切るな!!」
 現在の状況は、というと──
「五○ゼニーね!はいっ!」
「では、空の試験管を」
「ソアラさんっ、早くっ」
「はっ、はいっ!」
 モロク水溶液、一個獲得。
「へっへっへ、追いつめたぜ」
 周りには、私たちをぐるりと囲む冒険者。
 つまり──
 最悪。
「ど、どうすんのっ!?」
「これはちょっと、切り抜けるのはムリではないかと」
「だよねぇ」
「どうすんの、リダ…」
 皆、武器を構えながら、私を護るように円を作りました。
「むぅ…」
 スピさんはうなります。うなり、そして冒険者たちを一瞥しました。「──剣士と騎士がほとんどだな」ぽつり。
 確かに言われてみれば、取り囲む冒険者たちは剣士や騎士がそのほとんどでした。
 な、なんだろう──なんでだろう。
「さあ、観念して、その子を渡してもらおうか!」
 取り囲む冒険者たちの中のひとり。屈強そうな騎士がすらりと剣を引き抜きながら言いました。
「こっちも、手荒な真似はしたくない」
「そりゃ、こっちも同感だ」
 帽子をなおしながら、スピさんは言いました。その声に合わせ、アブさん、えぶちゃん、グリさんの魔導士三人がすいと前に出ました。
「穏便に、話し合いで解決できるもんなら、そうしたいトコだね」
 スピさんは構えを解き、一歩前へと踏み出しました。そして、言いました。「俺はパーティ、プロンテラベンチのリーダーにして、ギルドRagnarokのマスター、スピット」
「こいつらの代表として、問う。あんたらは、金で雇われた冒険者だろ?」
 ざわりと、取り囲む冒険者たちがざわめきました。スピさんはかまわず続けます。
「約束されている報酬と同じだけの額を出そう!剣をしまってくれないか!!」
 ざわめきが、ぴたりとやみました。
 誰かが、ぽつりと言いました。
「大風呂敷だ──」
「スピさん──」
「そんなお金あるわけないくせに」
「あったら五○ゼニーを値切らない」
「っていうか、あったらそもそもこんな事件に巻き込まれてない」
 私を護ってくれている冒険者たちの中から、誰かがぽつりと言いました。
 スピさんは、かまわず続けます。
「どういう依頼かは知らんが、どうせ連れてきた奴だけが報酬をもらえるんだろ?この人数だ。自分が報酬をもらえるとは限らない。悪い話じゃないだろう!」
「そりゃそうでしょうけど」
「お師さま、お金ないでしょうに」
「報酬はなんだ!?言って見ろ!!物によっては、倍だそう!!」
 しんっと、水を打ったように辺りが静まりかえりました。
 静寂の中を、さらさらと砂を乗せた風が抜けていきました。
 誰かが、ぽつりと言いました。
「我々が報酬として受け取ることになっているのは──」
「ああ、なんだ?」
「+10ダブルハロウドツーハンドソードだ」
 え?
 ぎょ!?というように、みんなの目がまん丸くなりました。そして同時に皆、「すらっしゅ しょっく!」
 ただひとり、スピさんだけは毅然とした態度を崩さず。
「──…」
 言いました。
「なにそれ?」
 再び皆、今度は取り囲む冒険者達も含めた皆が、同時に──
「すらっしゅ しょっく!!」
「ヴォケはこれだから困る…」
 ぽそりとラバさんはつぶやき、天を仰ぎました。
「──終わったな」


 と、その時でした。
「なんだなんだ?何の集まりだ?」
 人垣を割って、ひとりのアサシンが現れました。そしてそのアサシンさんは、私たちを見て、
「あ、騒ぎの中心に見慣れた顔が──」
 つぅと冷や汗を垂らしながら言いました。
「関わらない方がよかったかも」
 ぽりぽりとほっぺたを掻きながら、そのアサシンさんの隣にいた金髪のプリーストさんも苦笑しました。
「何をしているんですか?スピさん」
 金髪のプリーストさんは言います。
「こんなにたくさんのみなさんに囲まれて」
「スピを集団でドツキ回す会か?俺も混ぜてくれ」
 ぐっと親指を立てた右手を付きだし、アサシンさんは言います。
「ついさっきまでは違かったんだがな」
 ラバさんはその現れたアサシンさんに向かって、言いました。
「たった今、そういう会に目的変更されたところだ」
「よし、混ぜてクレ!」
「あ、あたしもー」
「なーなー、グリム」
 と、スピさんは知ったことかというように、その現れたアサシンさんに向かって聞きました。
「+10ダブルハロウドツーハンドソードってなんだ?」
「ゴァ!?」
 グリムと呼ばれたアサシンさんは、この世のものとは思えない声を上げ、がっくり、砂漠に崩れ落ちました。「コヤツ、古参冒険者とは思えん…玲於奈、説明してやってくれ」
「えー」
 玲於奈と呼ばれた金髪のプリーストさんは、さらりと言いました。
「スピさんなら、人生を五○回くらいやり直せる金額の武器です」
「ほぅ…」
 スピさんは納得したように、こくこくとうなずき、そして取り囲む冒険者たちに向かって、きっぱりと言いました。
「らしいから、俺の五○回目以降の人生で、各自、個別に取りに来てくれ」
「ふざけるなっ!!」
 ひとりの剣士が、ばっと剣を振り上げ、私たちの方へと斬りかかってきました。
「!?」
 素早く、その人が動きました。スピさんと剣士の間に、目にもとまらぬ速さで身体を滑り込ませ、両手のジュルを一閃。いや、私の目には一閃したように見えたけど、あとから聞こえた音は、七、八つ。
「うわ!?思わずやっちまった!!」
 グリムさんは砂漠の上すっ飛ばされた剣士を見て、「がーん」と顔を青くしました。
「よしよし、これでグリムもこっちチームだな」
「か、関わるんじゃなかった…マヂで」
「で、これはいったいどういう祭り?」
 すでに祭り扱いにして、金髪のプリースト、玲於奈さんが聞きました。
「冒険者一味対プロベンチーム」
 アピさんはにこにこ笑いながら言いました。
「この子を魔法士に転職させたら、私たちの勝ち。取られたら、負け──なお祭りです」
 いいながら、アピさんは私を玲於奈さんの前に連れ出しました。
「しかも、今なら一生働いても払えない額の金を搾り取られる可能性、大」
「ですねぇ」
「あ…あの…すみません…巻き込んでしまったようで…」
 私がしどろもどろに言うと、
「──ゲフェポタ、あるよ?」
 玲於奈さんは軽く小首を傾げて言いました。
「でかしたー!!」
「地上に降りた最後の天使!」
「悪魔のヘアバンドだけどナー」
「ふははははは!形勢逆転っ!!」
 ぶんっとスピさんはアークワンドを振るいました。
「アブ、えぶ、グリ、壁魔法!」
「アイスウォール!!」
「ファイヤーウォール!!」
 呪文と共に、砂漠の大地に巨大な氷柱と火柱が生まれ、私たちと冒険者たちとの間を分断しました。
「玲於奈さん、ポター!!」
「…じぇむ」
「好きなだけつかえー!!」
 スピさんは道具袋をひっくり返します。中から、ごろごろごろと大量のブルージェムストーン。「なぜ、スピさんはあんなに青ジェムを…」「自分が死んだ時用」「なっとく」
「では、ゲフェ行き〜。ワープポータル!!」
 しゅうんっと、光の柱が立ち上りました。
「げふぇ〜」
「ソアラ、いけ!」
「は、はいっ!」
 私は真っ先にその光の中に飛び込みます。
「あおさん、グリム、いるるっち!」
「はいっ!」
「おう?」
「今、俺も呼ばれたか?」
 三人に向かって、スピさんは言いました。
「後は任せた!!」
 きっぱりと。
「なにーっ!?」
 光の柱の中に、スピさん、そして続いてみんなが飛び込みます。
「ちょっと待てー!!」
 三人の声が重なりました。
 光の向こうは、魔法士の町、ゲフェン。
 そしてそこで私を待っていたのは──
「──来たな、クソ弟」
「クソ兄貴──」
 翡翠色の髪の、剣士でした。