studio Odyssey



始まりは勢いで。


 私の手の中には、今、六○○ゼニーのお金がある。
 ノービスの私ががんばって、一生懸命に貯めたお金だ。武器を買ったり、防具を買ったり、にんじん買ったりなんだりで──主に最後ので──貯めたお金はほとんど使っちゃったけど、今、私の手の中にはこれだけのお金があるっ。
 こ、これだけのお金があれば、アコライトのポタ屋さんにたのめば、ワープポータルにも乗せてもらえる。はず。な、なんか、ブルージェムストーンとかっていう石を使わないとワープポータルが使えないっていうから、その分のお金に、ちょっとの料金上乗せで、きっと、きっと大丈夫なはずっ。
 目指すは、魔法士の町、ゲフェン。
 そこに行って、私は、魔法士に転職するんだっ!
「ああああああああ、あのっ!」
 ここはプロンテラ。
 ミドカルド大陸一の都市。ルーンミドカツ王国の首都、プロンテラ。
 その宮前広場。
 私はその北西の端のベンチ前に座っていたプリーストの女の子に、勇気を振り絞って声をかけた。
「す、すみません!ゲフェンポタ、ないですか?」
「ポタルありません」
 がーんっ!?
 その赤い髪のプリさんは返しました。
 お、おわった…私の勇気…
「ああ、ちなみに俺もない」
 と、続いたのは、翡翠色の髪のウィザード。
「ウィザードには、もともとないのでは…」
 苦笑しながら続くのは、茶色い髪のハンターの女性です。
「ゲフェンって、誰か持ってませんでしたっけ?」
 青い髪の騎士さんが言います。と、ベンチを囲むように座っていた冒険者たちが、次々と声を上げます。
「私にはないでーす」
「だから、ウィザードにはないでしょが」
「ゲフェンというと、見たところ、ノービスのようですけど、転職ですか?」
「そ、そうです」
 もうひとりのウィザードの質問に答える私に、
「ゲフェあるぉ」
 と、アコライトの女の子が立ち上がりながら言いました。
「あ、お、お願いしますっ」
 私はそのアコライトの女の子の前に、たっと駆け寄りました。
「マテ!」
 翡翠色の髪のウィザードが、ぱっと振り返りながら私を止め──
「ただし、危険なゲフェ方面…」
 アコライトの女の子は、にやり。
「それはグラストヘイムだから!ノービス!相手、ノービスだから!!」
「もしかしたら、スパノビかもしれない…」
「ノビたのくせになまいきなー!」
「いや、今、転職に行くって話をしていたような?」
「キニスルナ」
「え?え?」
「ほら、困ってる!」
「困ったノビたん…はぁはぁ…」
「やめいっ!」
「いや、無理」
「ゲフェンある人、他にいないのかなー?」
「ジェットコースタースリル…」
「ってゆうか、死」
「まぁ、イ`」
 ベンチを囲む何人もの冒険者たちが、次々と言います。
 な、なんの話をしてるんだろう。ま、まぁ、とにかく、このアコライトの女の子がゲフェンのポタを持ってるってことみたいだし──
「あの、そ、それでゲフェンなんですけど、私、お金なくて、これだけなんですが…」
「お金はいらない」
「え」
 握りしめていたお金を、思わず取りこぼしそうになる私。
 にこりと笑っているアコライトの女の子に向かって、翡翠色の髪のウィザードが、軽くため息混じりに言っていました。
「命をもらうから?」
「もーまんたい」
「足下失礼!」
「マテ!?」
「ワープポータル!」
 しゅんっと、光の柱がプロンテラの石畳の上に立ち上りました。
 ああっ、は、入らないと!
「っていうか、俺の足下!?」
 立ち上った光の柱は、その翡翠色の髪のウィザードさんの足下に立ち上りました。「逝ってらっしゃーい」アコライトの女の子が、笑っていました。
 は、早く入らないと、きえちゃう!
 私は、「えぃ!」とその中に──
「あ」
「マヂ?」
「どこよ、これ?」
「…危険なゲフェ」
 光の中に飛び込んだ私の耳に、ベンチを囲んでいた冒険者たちの声が聞こえてきました。
「マヂですか!?」
「…死ぬよなぁ」
「…死ぬでしょうねぇ」
「後味悪いよねぇ」
「悪いねぇ」
 え?え?
 なんの話?
「逝く?」
「なんつーか…」
「行くしかないでしょ…」
「スピさん、いっちゃいましたしねぇ…」


 そして──
 私とそのパーティ、プロンテラベンチの仲間たちとの冒険が、始まったのでした。








 Ragnarok onBook ver. Episode 1.5








   始まりは勢いで。

 すとんと、私はそこに降り立ちました。
「…ゲフェン?」
 つぶやく私に、私より先に光の中に入った──正確には、その方の足下にポタルは出たんだけど──翡翠色の髪のウィザードさんが返しました。
「まぁ、方角的には、ゲフェンだな」
 いいながら、そのウィザードさんは頭の上の薄汚れた帽子をなおしました。
「ってか、プロからゲフェンを飛び越えて、その遥か先まですっ飛んできたわけだが…」
「え?え?」
 よ、よくわからない…
 私の表情を見てか、ウィザードさんはため息と共に言いました。
「ここはグラストヘイム。高レベルモンスターひしめく、かなり危険な場所だ」
「ええっ!?」
 目を丸くして言う私に、ウィザードさん。
「だから言ったじゃんよ、『危険なゲフェ方面』って。乗って来ちゃうんだもんなぁ…」
「う…うぅ…ごめんなさい…」
 でも、ゲフェンだって言うから…「華ちゃんには、あとでちゃんと言うとして──」
 ウィザードさんは腰にぶら下がっていた杖を手に取りながら、言います。
「とりあえず、ここからゲフェに徒歩で向かうか」
 え──
 私はウィザードさんを見ました。
「つ、連れてってくれるんですか!?」
「死ななきゃナー」
 と、にやり。
 ああぁぁ、なんて頼もしいウィザードさん。早く私も魔法士に転職して、こんなウィザードになりたいっ。
 私が憧れの眼差しで見ていると、そのウィザード様はぴくり、と身をこわばらせました。
「どうしました?」
「──敵の気配がする」
 つぶやくウィザード様の言葉に、ざわりと庭園の木々が揺れ──「下がれ!!」
 えっ──!?
 見開いた私の目に、紫のガス状のモンスターが飛び込んできました。こ、このモンスターは!?
 それは、本でしか見たことのないモンスター、ミスト。
「きゃああぁぁぁ!!」
 か、勝てるわけないよっ!?
「うぬれ!」
 帽子を押さえ、ウィザード様が私とミストの間に飛び込みました。そして手にした杖を振るい、「ソウルストライク!!」念魔法を素早く唱えます。
 生み出された五つの精霊球が弧を描き、過たず、ミストの身体を打ち抜き──あれ?
「…ん」
 打ち抜──けてないッ!?
「ムリ」
 ミストのガス状の身体が、ウィザード様に襲いかかります。あああっ──!?やられちゃうっ!!わ、私になんか出来ること!!
「動くな!」
「はいっ!ぇ」
「セイフティーウォール!!」
 座り込んでいた私の地面に、光の壁がしゅんっと生まれました。こ、これは防御魔法、セイフティウォール…ウィズ様、私を護ってくださるなんて──
「ごぁ!」
 ばしぃっと、ウィズ様はミストにはじき飛ばされ、明後日の方向へ。そして、ぼて。ぴくぴく
 ──あのー…生存時間が延びただけのような…
 もくもくとしたガス状の身体を揺らめかせながら、ミストが私の方へ…ああぁぁ…終わった。私の冒険者人生。私、魔法士にもなることが出来ず、ここで短い一生を終えて…
 ミストのガス状の身体の口にあたる部分が、私に向かって、大きくぐわぁっと開かれました。
「いやあぁぁ!!」
「ノビたん虐めるなー!」
 ばっと、長い髪を肩の辺りで二つに分けたアサシンが、私とミストの間に飛び込んできました。きゅ、救世主っ!?
「ノビたんはぁはぁしていいのは──私だけだー!」
 ──は?
 台詞はともかく、彼女はすごい速さでミストに両手の短剣を叩きつけます。そして、あっという間にミストを殲滅してしまいました。
「すらっしゅ ふん」
「あ、ありがとうございます」
「いやー、なんのなんの」
 と、笑ったかと思うと──
「お礼は身体で」
「マテ」
 ぷす。
 彼女の脳天に短剣をぷすりと差したのは同じくアサシン。こちらは青い長髪のアサシンさんです。「あぅ」「そればっかだな」
「大丈夫ですか?」
 と、ウィザードさんが私に声をかけながら、手を差し出しました。
 あ、この人たち、さっきベンチの前にいたみなさん──
「うわあぁぁ、バースリーきたー!!」
「ザックが歓迎してくれました〜」
「おや、ちょっと大歓迎のようなので、自己紹介がてら、モンスターを片づけるとしますか」
 言いながら、ウィザードさんは杖を握りしめました。
「私は氷魔導士、アブドゥーグ。お嬢さん方は、アブと呼んでくださって結構!」
 言い、ウィザードさんは魔法を唱えます。「フロストダイバ!!」それは氷結魔法。対象のモンスターを凍らせ、動けなくする魔法です。
「私は、佐倉 まゆみ。ぴくみーん!」
 言いながら、先ほどのアサシンの女性が凍結したモンスターに一撃を加えます。
「凍った敵叩いたら、割れるでしょうに…」
 ぽつりと、先ほどのもうひとりのアサシン。
「俺はいるる。同じく、ピクミン」
 ぴ、ぴくみん?なんだかよくわからないという顔の私を置いて、彼もモンスターの中へと飛び込んでいきます。
「ピクミンってゆーなー!」
 両手を振り上げて怒っていたアサシンさんが、モンスターの中に飛び込んで行きます。
「俺はシンティス。シンで結構!くらえ、ソニックブロー!!」
「…赤ミス8連打」
「ナニーっ!?」
 な、なんだか知らないけど、すごそうだ…
「ヴォケ!こうやんだよ!!」
 と、最後のアサシンさんがモンスターの群れの中に突っ込んで叫びます。
「ソニックブロー!!」
「ミス!!ミス!!ミス!!ミス!!ミス!!ミス!!ミス!!ミス!!」
「バカなーっ!?」
「さすが、ショボアサ!」
「ショボアサいうな!俺はラヴァス!アサシンのラバ!」
 な、なんなんだろう、このアサシンのチームは…
「アサシンせんたい、ショボぴくみん」
 けらけら、笑いながら言ったのはウィザードの女の子。私の隣にきて、
「怪我はないですか?私は、地魔導士の、えぶと言います。はじめまして」
「あ、は、はじめまして」
「そして俺は火魔法士、焼豚こと、グリル=ポーク」
 続くのは逆側にきた魔法士さん。
「んじゃー、えぶちゃん、いっちょ、殲滅させますか」
「ですねー」
 すぅっと二人は息を吸い込み、杖を振るいます。
「へぶんずどらいぶっ!」
「ファイヤーウォール!!」
「熱いっ!熱いっ!」
「あ、ゴメン」
 赤い髪の魔法士さんが出した炎の魔法に巻き込まれた青い髪の騎士さんが、ぜーはーぜーはー息をつきながら、ペコペコと一緒に私たちの前に来ました。
「一緒に焼く気ですか!?」
「焼きいるか」
「と、焼き鳥のセット」
「って──ブランディッシュスピア!!」
 ペコペコの上に乗っていた騎士さんが手にしていた槍をぶんっと私の背後に向かって投げました。何がと振り向くと、そこにはガス状の身体を揺らめかせる、ミスト。
「俺は騎士のあおいるか。よろしく」
 軽く笑うような騎士さんの声。そして私の眼前、身体を揺らめかせていたミストの前に、剣士の女の子が飛び込んできたかと思うと、剣を一閃。ミストのガス状の身体を風の中にかき消しました。
「私は迦陵頻伽(かりょうびんが)と言います。一次職の剣士ですけど、お守りします」
「あ、ありがとう…」
「スピさんの魔の手から」
「あー、それは重要な仕事だ…」
「その通りですね〜」
 な、なんだか知らないけど、すごいパーティ…
「でー、うちのリーダーさんはどこに行ったのかなー?」
 てくてく、辺りを見回しながらハンターさんが私の目の前を歩いていきます。
「私はウィータ。見ての通り、ハンター」
 言うハンターさんの肩の上に乗っていた鷹が、ぴゅーっと飛んで、私と一緒にここに飛んできたウィザードさんのところへ飛んでいきました。「あー、やっぱり死んでる」
「スピさんは、死ぬのも仕事ですから」
 笑いながらやって来たのは、赤い髪のプリーストさん。
「私はアピともうします」
 ぺこり。
「突然、ごめんなさい。びっくりしましたでしょう?」
「は、はぁ…」
「スピさーん、おきてくださーい。リザレクション!!」
 ぽうっと先ほどのウィザードさんの身体が光ったかと思うと、地面に突っ伏していたウィザードさんが、のそりと立ち上がりました。
「くくく…やってくれるじゃネェか、ザコ共が…」
 言いながら、ウィザードさんは帽子をちょいとなおしました。
「そのザコどもにこてんぱんにのされていたのは…」
 リザしたプリさんの言葉など、聞こえていないかのように、そのウィザードさんは手にした杖を突き出しながら、言いました。
「見せてくれるわ!パーティ、プロンテラベンチのリーダーにして、ギルド、Ragnarokのマスター──」
「遅刻魔」
「平成のナンパ師」
「ひとりでナンパーズの一、二を争う男」
「貧弱魔導士」
「ノリと勢いだけのパーティリーダー」
「かなりマテ!」
 なんでやねんという風に平手を返し、ウィザードさん。
 それに、笑いながらのプリーストさんが続きます
「漏電雷魔導士、スピットさんです」
「みんな、下がれー!!」
 そして空気を振るわせ、大地を揺らす大魔法が炸裂しました。
「ロードオブヴァーミリオン!!」
 巻き起こる大爆発と、そしてその中で消し飛んでいくモンスターたちを私は見ながら、目を丸くして、思いました。
 ああ──
 私は、関わってはいけないものに関わってしまったかも知れない──
「お嬢さん──」
 ウィザード、スピットさんは帽子をなおしながら、爆裂魔法の閃光──と、その中でわーわー言いながら走り回るパーティメンバー──を背にして、私に向かって聞きました。
「お名前は?」
「あ…」
 私はゆっくりと、答えました。
「そ、ソアラと申します」
「よろしく」
「よ、よろしくお願いいたします」
 ぺこり。
 あれ?
 なんで頭下げちゃってるんだろう。