studio Odyssey



そして始まる物語。


      

 朝靄が街を包んでいました。
 ルーンミドカツ王国の首都、プロンテラ。
 ミドカルド大陸一の都市の朝に、五人の冒険者たちの姿。
 朝靄の中を、冒険者たちはゆっくりと歩いていきます。
「ウィータの話によると、奴らはモロクにいる」
 五人のうちのひとり、剣士インテはそっと言いました。
「今までの情報を整理すると──」
 続いたのは魔法士、エアです。
「彼らが手に入れたエンペリウムがまだ原石の状態だったとすれば、それを結晶へと変えなければならない。その情報を手に入れるには──」
 ゆっくりというエアに、アコライト、フィアットが続けます。
「今の世界の情報のすべてが手に入るという、シーフギルド──ね」
「エンペリウムの出所も、シーフギルドって話だ。アルベルタの商人へと売り渡され、輸送中だったらしい」
「となければ、次に彼らが現れるのは──」
 ゆっくりとインテは頷きながら、言いました。
「シーフギルド──モロク北西に位置する、ピラミッドの中だ」
 そっと、インテは立ち止まります。
 立ち止まった場所は、あのベンチ。
 王城前の宮前広場。
 北西の端にある、ベンチです。
「モロクへ飛ぶ」
 インテ。
 彼の言葉に、エア、フィアットは頷きます。しかし、頷くふたりに向かって、インテは言いました。
「つきあう必要は、ねぇぜ。今度ばかりは、今まで以上に無謀な冒険になるかしらねぇ」
 くいと帽子を直し、笑います。
「パーティ、プロンテラベンチは、今ここで、解散する」
「どうぞ」
 言ったのはフィアットです。
「でも、モロクへのワープポータルを出せるのは、私しかいないけどね」
「奴らの力は、十分にわかってるだろ?」
「とすれば、なおさら、インテをひとりで行かせるわけにはいきませんね」
 さらりと続くのは、エアです。
「仮にも仲間として冒険をしてきたヤツを、おいそれと見放すわけにもいきません」
「──阿呆だな」
 インテは笑いました。笑いながら、ベンチに腰を下ろします。そして、小さく何かをつぶやきました。それが何か、スピットにはわかりませんでした。後から彼は知ることになるのですが、それはパーティを解散するための、簡単な魔法の言葉のようなものだったのでした。
「どうしようもねぇ、阿呆らだ」
 つぶやくインテに、エアは笑います。彼は、今、インテがパーティを解散したことに気づいていました。
「いいえ。冒険者には、何かしらの目的があるものです」
 それでもエアは笑って、言いました。
「インテのそれが、エンペリウムを求める冒険であるなら、インテの心が決めた選択は、間違いじゃありません。そして、私もフィアットも、心に決めた冒険の目的があるのです」
「まぁ、そんなことは恥ずかしくて言えたモンじゃないけどね」
「インテと冒険するのが、フィアットの冒険の目的なんですよ」
「ちょ──なにそれ!?」
「そして私は、このできの悪い妹と一緒に冒険するのが、その目的なのです」
「ちょっと!お兄ちゃん!?」
「兄妹そろって、阿呆だな」
 くくくっと、笑いをこらえながらインテは言いました。「あのね、お兄ちゃん!私はそんなんじゃなくって──」「いえいえ、お兄ちゃんは何もかもお見通しなのですよ」「何が!?何がよ!?殴るよ!?」「死ぬんで、やめてください」顔を真っ赤にして言うフィアットに、苦笑のエア。
 インテはふたりを見ながら軽く笑っていました。
 そしてゆっくりと顔を上げて「スピット──」言いました。
「悪いな、お前を一人前の冒険者にして、一緒に冒険でもして見たかったモンだが、ここでお別れだ」
「──俺も行きます」
「はっきり言って、来るな」
 頭の上の帽子を押さえながら、ゆっくりと立ち上がり、インテは言います。
「転職もしてねぇお前は、足手まといにしかならない。それにお前の冒険の目的は、俺たちのそれとは、違うだろ」
 差し込み始めた朝日に、ゆっくりと朝靄が消え始めていました。
「俺には俺の、お前はお前の冒険がある。ミドカルドを旅する冒険者たちは、みんな、それでいいんだ」
 優しい春の風が、朝日の中を抜けていきました。
 やがて太陽は南天に届き、そして、今日も変わらない青い空の上に輝くのでしょう。
 千年、もっともっと前からずっとそうであったように。
 この、ミドカルドの大地の上に、輝くのでしょう。
「だからお前は、お前の旅を続けてくれ」
 そしてゆっくりと、インテは手を伸ばしました。
「俺たちの、ぶんも──な」
 その手にしたものを、そっと、彼の翡翠色の髪の上に載せながら。
 軽く、風の中に赤い髪を揺らして笑い、
「──似合ってるじゃネェか」
 インテはスピットの翡翠色の髪の上に乗った帽子を、軽くたたきました。


「──また」
 漆黒の闇の中。
 声が響きます。
 ゆらゆらと揺れる光が、闇の中にその姿を浮き上がらせました。
「あなた方ですか」
 魔法士は軽く笑いました。
「よくここがわかりましたね」
「ウィータをパーティリストに入れたままにしていたのが、間違いだったな。リーダーさんよ」
 ゆっくり剣士、インテは歩みながら剣を引き抜きます。
 闇の中、銀色の刀身がきらりと輝きました。
 砂の町、モロク──その北西。
 古代文明の遺産、ピラミッドの中。
「──サイト」
 短く響く、魔法の言葉。生まれ出た火の玉が、ぐるりとその闇の中を一周しました。
 再び相まみえた、エンペリウムを求める者たちの姿が、灯されたたいまつの中に浮かび上がります。
 古代遺跡、ピラミッド。その、誰も知らない地下の一室。
 弱く輝く原石が、部屋の中心にある台座の上で、紅い光に輝いていました。
「決着をつけようか」
 かまえるインテの両脇には、アコライト、フィアット。そして魔法士、エア。
「これも、神々の運命のひとつか──」
 魔法士はつぶやきます。彼の後ろにはアコライト、シーフ、そしてアーチャー。
「あなた方とは、ケリをつけなければならないようだ」
「同感だ」
 まっすぐにインテは前を見据えて、言いました。
「エンペリウムを輝かせることができるのは、どっちかをな」


 光が、ゆっくりと消えていきました。
 吹き抜けていく風に、もう、朝靄の気配はありませんでした。朝、という短い時間が、終わりを告げようとしています。短くも、幻想的な、儚くも、美しい時間が、終わりを告げようとしています。
 やがてこの場所にも、いつもと変わらない時が流れ始めるのでしょう。
 たくさんの冒険者たちが笑い、怒り、ふざけあい、時には涙をする、そんな当たり前の時間が、流れ始めるのでしょう。
 プロンテラ。
 その、ベンチ。
「スピさん──」
 小さく、ウィータがつぶやきました。
 吹く風の中に、彼女のこげ茶色の髪が揺れていました。
「ウィータ──」
 そっと、スピットはつぶやきました。
 誰もいないベンチを見つめ、小さく、弱く。
「俺は、やっぱり、まだへっぽこなのかな」
 ぎゅっと、スピットは右手を握りました。そして左手をゆっくりと、頭の上へと当てました。「まだ、一人前の冒険者なんかじゃ、ないのかな」
 頭の上には、あの帽子がありました。
 スピットは帽子をぎゅっと押さえ込んで、つぶやきます。その顔を、誰にも見られないように、その思いを、心を、自分の身体の中から、逃がしてしまわないように、ぎゅっと、押さえ込んで。
 薄汚れてはいても、強く、かっこういいその帽子に、ぎゅっと、押さえ込んで。
「約束──覚えててくれてるか?」
 スピットは言いました。ウィータははっとして、目を丸くしました。
「ん──」
 でも、小さく、頷きました。
「俺のこと、助けてくれ」
 ぐっと、スピットは帽子をあげました。強く、大きく頷き、そして彼は言いました。
「転職する」


 振り下ろされる剣を、杖が受け止めました。
 激しい金属のぶつかり合う音が響きました。しかし、その響いた残響が消えるのよりも早く──「ソウルストライク!!」魔法の言葉が響きます。生まれ出た五つの精霊球が弧を描き、空間を駆け抜けました。
「インテ!下がってください!!」
 バックステップで飛び退くインテの前に、エアが飛び込んできます。そしてエアは素早く五つの精霊球の軌跡を杖でたどり──「ソウルストライク!!」五つ、精霊球を放ちました。
「馬鹿な!?」
 空中で五つの精霊球が衝突しあいました。激しい爆発が巻き起こり、地下室を震撼させました。「そんなことが出来るわけが──」もうもうと舞う砂塵に、魔法士は目を見開きます。
「私は、使える魔法は少ないですがね」
 エアは杖を振るいました。その動きにあわせ、ひゅぅと風が渦を巻きました。「使える魔法のすべては、誰にも負けない自信があるんですよ」振り上げたエアの杖へと向かって、砂塵が舞い上がりました。はっとする魔法士たちの足下に、大きな魔法陣。
「下がれ!!」
「遅いですよっ!」
 振り下ろされる杖に、青い雷が続きました。
「サンダーストーム!!」
「フィアット!突っ込むぞ!!」
「はいっ!」
 規則正しく並べられた石の床を、青い雷が走り抜けました。そしてその走り抜けた雷の中心へと向かって、剣士とアコライトのふたりが肉薄します。
「く──迎え撃て!」
 雷の一撃を魔法の力に押さえ込んだ魔法士が片腕で目を覆いながら言いました。後ろに控えていたシーフが前へと飛び出し、アーチャーが矢を放ちます。しかし皆、雷の強烈な光に、目をやられていました。
「おせえよ!」
 シーフの一撃をインテは軽くみかわします。そして、返す力で剣を振り下ろしました。
「お前がだ!」
 しかし、相手は身軽なシーフ。シーフは目をかばうようにしながらも、インテの一撃をかわし、左手を突きだしてきます。その手が、インテの身体に触れるか、触れないか──「インベナム!!」「毒!?」
 すんでの所で、インテはその左手をかわします。
「だが、速さは俺の方が上だ!!」
 第二撃を繰り出すべく、シーフが短剣をかまえます。しかしインテは大上段に剣を構えて、叫びました。
「ちょこまか、ウゼェんだよ!!」
 その剣が、かっと輝きました。
「それなら、かわせない一撃をくれてやる!!」
「んな──!?」
「マグナム…ブレイクっ!!」
 叩きつけた剣から放たれた衝撃波が、砂塵と共にシーフの身体をはじき飛ばしました。「そして──」はじき飛ばされ、体勢を崩したシーフへと、インテは最後の一撃を気合いと共に繰り出しました。
「バッシュ!!」
「借りを返してあげるわ!」
 こちらは素早く放たれた矢をかわし、アーチャーの懐へと飛び込むフィアット。「ブレッシング!!」彼女の身体が光の衣に包まれ、輝きました。
「ダブルストレイフィ…」
「ぐー…」
 腰だめにかまえたフィアットは、にやりと笑い、
「ぱーんちッ!!」
 輝く右手を、アーチャーの腹部めがけて突き出しました。はじき飛ばされたアーチャーと、そしてインテがはじき飛ばしたシーフとが、その部屋の中央辺りで激しい音を立ててぶつかり合いました。
「え──」
「う──」
 シーフとアーチャーのふたりは短く声を上げ、どさりとその場に崩れ落ちました。
「まず、に!!」
「行くぜ!!」
 剣を構え直し、インテは再び駆け出します。


「──誰かと思えば」
 プロンテラの宮前広場。
 風の中に、小さな声が響きます。
「お前か」
 スピットとウィータのふたりは、聞こえた声に振り向きました。そこには、軽く笑う翡翠色の髪の剣士とアコライトの姿がありました。
 翡翠色の髪の剣士は軽く笑いながら、聞きました。
「どうした?」
 軽く笑う兄に、スピットは口許を笑う風に曲げて返します。
「兄貴こそ、こんなところで何をしてんだ?」
「──これから、また、冒険にでも出ようかってな。お前のおかげで、家に縛り付けられそうになってな」
「逃げるつもりなんですよ」
 アコライト、アルクはふぅとため息混じりに言います。
「何か言ってやってください」
「逃げんなよ」
「お前もだ」
 翡翠色の髪の剣士は腰の剣に手をかけ、笑いました。そして同じ翡翠色の髪の冒険者に笑い、「似合ってるじゃネェか」言います。
「その帽子」
「ああ──」
 スピットはきゅっと帽子を直しました。
「それに──」
 剣士は続けました。
「いい顔つきになったな」
「──そうか?」
「ああ」
 すっと手を伸ばし、剣士はその冒険者の頭の上にある帽子を、くしゃりと押さえつけて言いました。
「冒険者らしい顔つきになった」
 押さえつけられて、つばが目を覆ってしまいました。前髪が、その視界を遮ってしまいました。だから、スピットには兄の顔が見えませんでした。だから、その言葉が笑いながらなのか、怒りながらなのか、彼にはわかりませんでした。
「逃げんなよ」
「──逃げねぇよ」
 帽子の下、スピットはにやりと口許を曲げて言いました。
「俺は、冒険者だからな」
「生意気だ──」
 ぱしりと帽子をはたき、彼は帽子から手を離しました。そして、自分の腰にあった一振りの剣に手をかけ、「持ってけよ」ゆっくりとそれを取り外しました。
「せん別だ」
 突き出された剣。それは一振りの大きな剣で──見慣れた紋章が、柄の部分に掘られていました。その紋章は、目をつぶっていたって書けるくらいに見慣れた物です。そしてその剣の姿は、ついこの間まで、毎日のように見ていた物に相違ありませんでした。
「っても、もともとはお前の剣だけどな」
 突き出された剣を、そっとスピットは受け取りました。
「わかってると思うが──」
 翡翠色の髪の剣士は、笑いました。「この剣をどうしようと、お前の自由だ」
「ま、今のお前には、わざわざ言う必要はないかも知れねぇけどな」
「あたりまえだ」
 スピットは剣を腰に差しました。そして、ぐっと帽子の位置を直し、
「アルクさん、ワープポータルはありますか?」
「どこへなりと」
 アコライト、アルクは笑います。そしてスピットの告げた行き先に、大きくゆっくりと、頷きました。「お任せください」
「行こう、ウィータ」
「はいっ」
「おい、冒険者」
 優しく吹き抜ける風の中、翡翠色の髪の剣士は笑います。アルクの魔法の言葉に立ち上る光の柱を前に。
「俺は、行くぜ。俺は世界一の剣士になってみせる。それが、俺が冒険者として、心に決めたことだ」
「ああ──行って来いよ」
 スピットは笑います。「無理だろうけどな」「んだと!?」
「俺も行くぜ」
 光に照らされ、輝く翡翠色の髪の上、スピットはうすよごれた帽子の位置を直して笑いながら、言いました。
「俺は、世界の果てを目指す」
 そして彼は、光の中へと飛び込みました。
「それが、俺が冒険者として、心に決めたことだ」


「エンペリウムを砕け!!」
 ピラミッドの地下。
 誰も知ることのないその部屋の中央。
 台座の上に鈍く輝く原石へと向かって、剣士は駆け出しました。その後ろに、アコライトが続きます。
「渡すものか!!」
 その石を守るべく立ちはだかるのは魔法士とそしてアコライト。魔法士は杖を握りしめた手を突き上げ、叫びました。
「ファイヤーワール!!」
 小さな魔法陣が、突き進む剣士、インテの足下に回転します。
「インテ!下がって!!」
 もうひとりの魔法士が叫びました。が、それよりもはやく、剣士の足下から、火柱が立ち上りました。巻き起こる紅蓮の炎。その中に、剣士の姿。
「インテ!?」
 彼の後ろに続いていたフィアットが、とっさ、炎の中に手を伸ばしました。ちりりと、彼女の皮のグローブがたてた音が、部屋の中に確かに響きました。
「──っ!?」
 眉を寄せ、顔をしかめながらも、彼女はその手で剣士のマントをひっつかみ、力一杯に彼を炎の中から引き出します。入れすぎた力のせいで、自分もろとも、どぅと床に倒れ込みながら。
「フィアット!!」
 エアが叫び、駆け出します。
「インテ!?」
 立ち上がりながら、フィアットは床に倒れた剣士に手を伸ばしました。ちりちりになった赤い髪の毛先。先の方が燃えてしまったマント。すすに汚れたメイルに、剣。
「今、ヒールするから!」
「させるか!炎の矢に打ち抜かれて死ね!!」
 響く魔法士の声に、甲高い音が空気を引き裂きました。彼女の足下に魔法陣が輝き、「ファイヤーボル…」
「前!!」
 脇に控えていたアコライトが、魔法士の前へと飛び出してきます。魔法士に迫る魔法士、エア。「マイトスタッフ!!」腰から引き抜いたもう一本の杖を青く輝かせ、彼は魔法士へと向かってその杖を横なぎに振り払います。
 鈍い音が響いて、魔法士の身体がはじき飛ばされるのと同時に、フィアットの足下にあった魔法陣がその姿を消しました。
「──こしゃくな」
 体制を立て直す魔法士。
 再び杖を持ち変えるエア。
 彼の眼前に、ソードメイスを手にしたアコライトが迫ります。「ブレッシング!!」
「叩きつぶせ!」
 魔法士の声に、アコライトはソードメイスを振り上げました。
「逃げろ!フィアット!!」
 振り上げられたそれから視線を外すことなく、エアは叫びました。
 再び彼女の足下に生まれた魔法陣の輝きに。
「ファイヤーボルト!!」


      

 しんとした静寂が包んでいました。
 砂の町、モロク──その北西。
 古代文明の遺産、ピラミッドの中の、誰も知らない地下の一室。金色の原石が乗った台座を中央に据えた、その部屋の中を。
 弱く輝くたいまつの灯りに、ゆらゆらと揺れるいくつかの影。
 影のうちのひとつは、その口から魔法の言葉を小さく紡いでいました。
 その言葉にあわせ、少しずつ少しずつ、台座の上の金色の輝きが増し始めていました。
 その石が、やがて輝き始めるであろうことは、誰の目にも明らかでした。あと少し、あと少しで、その石は輝き始め──ふと、影が言葉を止めました。
 小さく聞こえ始めた、もうひとつの音に。
 こつこつこつという、小さな足音。
 ふたつ。
 そしてその足音は、立ち止まりました。
 ゆらゆらと揺れるたいまつの灯りの中。そっと、その足音の主たちは立ち止まりました。
「──なにをしに来た」
 照らし出された姿に振り向くこともせず、魔法士はつぶやきます
「心を決めたの?」
 魔法士の脇に控えていたアコライトが、ゆっくりと振り返りながら続きました。
「ふたり──」
「なにを今さら」
 短く響く声。
「俺の心なら、旅立ったその瞬間から、決まってる」
 そっと頭の上の帽子に手をかけ、彼は言いました。
「ならば、もう一度、その答えを聞くことにしよう」
 魔法士はそっと、振り返りました。手にした杖を、握りなおしながら。
 帽子を押さえたまま、彼はにやりと口許を弛ませました。弛ませて、言いました。
「俺の名は、スピット──」
 薄汚れた帽子をあげ、スピットは言いました。
「パーティ、プロンテラベンチのリーダーにして、世界の果てを目指す冒険者」


 魔法士が、隙なく身構えます。
 脇に控えていたアコライトもまた、ソードメイスの握りを確かめました。
「この世界の果てがあるとすれば──」
 魔法士の言葉が、そっと響きました。
「それは、Ragnarokの向こうにある。俺たちは、その時を越えようというのだ。わかるか?」
 しんとした部屋に響く声。
 言葉に部屋の中をゆっくりと見回し、スピットは言います。
「難しいことはよくわからんが──」
 ゆっくりと見回す部屋の中には、倒れたシーフとアーチャー。そして剣士、インテの姿がありました。彼のすぐ隣には、アコライトのフィアットの姿もあり、壁に目をやれば、そこに背をもたせかけて力無くうつむく魔法士、エアの姿もあります。
「俺はあんたの言うようなものが、世界の果てなんかじゃないと思ってる」
 その姿にゆっくりとスピットは目を伏せ、腰の剣を引き抜きました。鈍く銀色に輝くそれは、まさしく剣士のそれ。彼が兄から手渡されたそれに、間違いありませんでした。
 そっと目を開け、彼はその輝きを見ました。
 彼の隣に立っていたアーチャー、ウィータも矢をつがえています。
「──君は、選択を誤ったな」
 魔法士がつぶやきました。
「そして、今の君に、私たちを否定するだけの力も、ないだろう」
 ゆっくりと胸の位置にまで、魔法士は杖をあげました。
「一歩でも私に近づけば、君はそれで終わりだ」
「──かもな」
 剣を斜に構え、スピットは口許を弛ませます。魔法士とスピットとの距離は、まさに、一触即発の距離でした。あと一歩でもスピットが前に進めば、魔法士の魔法が届く距離になります。
 これは──賭だぞ?
 小さくつぶやくような声が、頭の中に響いてきました。
 しかし、スピットは軽く口許を曲げて見せます。そして隣に立つウィータに目配せをし、パーティメンバーにだけ聞こえる声で、言いました。
「いける?」
「──なんとか」
 ごくりと喉を鳴らし、狙いを定めるウィータ。その狙いの先は、魔法士の胸。
 よし──スピットはゆっくりと、大きく息を吸い込みました。
 そして皆に届くように強く、言いました。
「Ragnarokは、世界の終わりなんかじゃない。ましてや、この世界の果てにあるようなモンでもない」
 帽子の下から、まっすぐに前を見つめ、スピットは言いました。「だから、俺の冒険の途中にあるくらいなら、そんなモンは──」
 ふっと巻き起こった風に、たいまつの灯りが揺れました。
「俺は乗り越えてってやる!」


 スピットが駆け出します。
 魔法士が素早く腕を振り上げました。
「ならばここでその冒険も終わりだ!!」
 スピットの足下に、魔法陣が輝きました。
「ウィータ!!」
「はいっ!」
 つがえた矢をウィータが放ちます。しゅんっという空気を引き裂く音に、魔法士がはっとして体勢を崩しました。瞬間、魔法陣の輝きがスピットの足下から消えました。
「──奴をエンペリウムに近づけさせるな!!」
 再び体勢を立て直し、魔法士は杖を構えます。アコライトが駆け出し、彼に迫ろうとするのを視界の端でとらえ、
「言い忘れたが──」
 魔法士ははっとして目を見開きました。
「お前の教えてくれた事の中で、ひとつだけ参考にさせてもらったことがある」
 ぴたりと、スピットは立ち止まっていました。
「セイフティウォール!!」
 声が響きました。青い石がはじけ、そのスピットの足下から、光の壁が立ち上ります。彼に迫ったアコライトが振り下ろしたソードメイスの一撃が、その光の壁にはじかれ、きぃんという甲高い音を立てました。
「なっ!?」
「嬢ちゃんの細腕じゃ、うちのリーダーは倒せネェよ」
 そっと右手を差し出すスピットの脇を、赤い髪の剣士が駆け抜けました。剣士は大きく一歩を踏み込むと、スピットの右手から手渡された剣を振り上げ、それを力の限りに振り下ろしました。
「マグナムブレイク!!」
 巻き起こる激しい爆発に、空気が震撼しました。
「ブレッシング!!」
 響く声。
 爆風に舞い上がった砂塵の中、天使の祝福を受けた彼は、光の壁の中で腰から一本の杖を引き抜きました。
 魔法士が目を見開きます。とっさ、自分の後ろを振り返りました。そこにあるものと、そして彼との距離は──
「バカな!?」
 魔法士が杖を振るいます。
「謀ったのか!?」
「ダブルストレーピング!!」
 ウィータが矢を放ちました。放たれた矢は、魔法士の魔法よりもはやく、彼の手に握られていた杖をはじき飛ばしました。
「貴様、スピット──!?」
 魔法士が目を見開きます。崩れた体制を立て直すことも出来ず、そして自分の後ろ、その場所に生まれた魔法陣の輝きを、止めることも出来ずに。
 舞い上がった砂塵が、生まれ出た風に渦を巻きました。
「天に満ちる数多の風の精霊たちよ──」
 その彼の髪の上に乗っていた帽子が、風に舞い上がりました。「我に力を与え賜え──」薄汚れた帽子の下から現れるのは、魔法の風に揺れる翡翠色の髪。
 まっすぐにただ一点を見据える目。
 魔法士は、まっすぐに杖を突き出しました。
「──ライトニングボルトっ!!」
 翡翠色の髪の魔法士の言葉と共に、青い光が空間を駆け抜けたその瞬間──
 光は、辺りに飛び散りました。



      

「くそっ!?」
 台座もろとも、その石を砕いた雷に、魔法士は舌を打ちました。
「やってくれたな──」
 杖を振るい、魔法士が魔法の言葉を口にしようとした刹那、ふっと、部屋を照らしていたたいまつの灯りが消えました。
「なん──?」
 そして次の瞬間、大地を揺るがす轟音が響き始めました。
「──崩れる!?」
 揺れる石畳から、壁から、天井から、ぴしりぴしりと亀裂が走り抜けていく音が響きました。大きな石つぶてが降り始め、
「台座を壊したのはまずかったか!?」
「んなこと言ってる場合じゃないでしょ!逃げるわよ!!」
 暗闇の中に、インテ、フィアットが声が響きました。
「ワープポータル!!」
 続いて、もうひとりのアコライトも叫びました。
「ワープポータル!!」
 暗闇の中、立ち上った二本の光の柱に、冒険者たちの姿がすうと浮かび上がりました。


「──翡翠色の髪の、弱き魔法士」
 光の中に浮かび上がった魔法士が、ゆっくりと口を動かしました。
「スピット」
「──強い弱いは、お前の決める事じゃねぇ」
「お前は今、自らの手で、この世界を救う唯一の希望を破壊した」
「違うね」
 風に飛んだ薄汚れた帽子を、スピットは光の中に見つけ、そっと拾い上げました。崩れていくその部屋の中でも、轟音と共に降り注ぐ石つぶての中でも、かすかな光しかない闇の中でも、とまどうことなく、迷うことなく、ゆっくりとその薄汚れた帽子を、彼は拾い上げました。
「言っただろ」
 スピットは帽子を頭の上に載せ、にやりと口許を曲げて見せました。
「あんたの言うRagnarokが、世界の果てだとは、俺は思ってねぇんだ」
「スピット!はやくしろ!!崩れるぞ!?」
 立ち上る光の柱の中に、仲間たちが飛び込んでいきます。
 びしりと大きな音がして、ふたりの魔法士の間に崩れた天井が落ちてきました。巻き起こる砂塵に、魔法士は目を細めました。
「俺は、世界の果てを目指す」
 翡翠色の髪の魔法士は右手に杖を握りしめ、左手で頭の上の帽子を押さえて、言いました。まっすぐに、ただ一点を変わらずに見つめたままで。
「あんたの言う、Ragnarokなんか、乗り越えて」
「──いいだろう」
 魔法士は薄く、笑いました。
「ならば、その時に、きっとまた逢うことなるだろう」
「そしたら、お前にも見せてやるよ。ラッキーだな」
 ちょいと帽子を直し、スピットは言いました。
「そのずっと先にある、『世界の果て』ってやつを」
 薄く口許を笑わせて、魔法士は身を翻しました。
 そして立ち上る光の柱の中に消えていきます。
「楽しみにしていよう」
「──しとけよ」
 帽子をぎゅっと押さえつけて、彼もまた、光の中へと飛び込みました。
 やがて、その部屋を照らしていた光は、風に吹かれたろうそくのように、ふっと音もなく消えました。
 すこし遅れて、漆黒の闇を埋め尽くすほどの轟音が響き──それはまるで、魔壁の向こうから響いてくると噂されるそれのような──そしてその場所は、永遠の闇の中へと消えていきました。










 果てしなく、果てしなく遠く、大地は続いていました。
 ソクラド砂漠。
 ミドカルド大陸南東に広がる、大きな砂漠です。
 さんさんと降り注ぐ陽の光に、インテは目を細めました。
「…死ぬ」
「いや、死んだかと思いましたがね」
 返すのはエアです。正直、今度ばかりはさすがのインテも死んだかと、彼も思っていたのでした。
「剣士の回復力をなめるなよ」
「死んだら、回復もクソもないでしょうが」
 言って、フィアットはインテの横腹をごすっ!「うぐっ!?」と、インテはうなったかと思うと、「…し、死ぬ」「なに言ってんのよ!?」
「作戦勝ちでしたね」
 エアは笑い、スピットに向かって言いました。
「近接攻撃しか出来ない剣士と見せかけて、魔法とは」
「──あー」
 スピットは帽子をなおしながら、苦笑いに口許を曲げました。
「いや、きっとエンペリウムには近づけないだろうから、遠くから攻撃するしかないな、と」
「死にかけ状態の時に、Wisで話しかけられた時には、死体になにをしろと言うのかと思ったけどな」
 インテは笑いました。
「魔法でやるのを考えたのは俺ですけど、立ち回りとかを考えたのは、ウィータですよ」
「そうなんですか?」
「え?あ、えっと…Wisとかパーティとかだけで、作戦話したりしていたのを、聞いていたもので…これなら出来るんじゃないかな…って」
「ウィータちゃん、さすが!!」
「その辺の、脳ナシパーティリーダーとは違いますねぇ」
「猪突猛進以外の選択肢は、ないとゆー」
「っと、そうだスピ。この剣、返しとくぜ」
 「ほいよ」っと、インテは聞こえない風に言いました。手にしていた剣を器用にくるりと回転させ、柄をスピットの方に向けて言います。
「サンキュ。まぁまぁの剣だったぜ」
「あ、俺には必要のないものですから、別にいいですよ」
「あー?俺は初心者上がりの冒険者にものをもらうほど、落ちぶれてねー!」
「剣もメイルもマントも、新調しないといけないですしね」
「セットでもっといいヤツ買うから、とりあえずお前、剣、持ってけ。フィアットから金が借りにくい」
 小声で耳打ちするインテにスピットは苦笑い。「はぁ」と、剣を受け取り、腰の鞘に納めなおしました。
「結局」
 頭の後ろで手を組んで、フィアットが言いました。
 笑いながら。
「魔法士、スピットかー」
「いいじゃないですか!しかも、彼が使った魔法は、風魔法ですよ!?」
 ずいっとスピットに近づいて、エアです。
「さすがはスピ!魔法士の素質、十分です!!」
「──風魔法はつかえねーぞー」
「なにを言ってるんですか!インテ!?」
「ってゆーか、スピットくんはやっぱり風魔法以外は使えないって──」
「練習すれば、使えるようになります!」
 言って、エアはぼつり。「た、たぶん…」
「なんか、私たちにも責任のいったんはあるかもだけど──」
 少しため息混じりという感じで、フィアットは言いました。
「あーぁ、アコくんになって、世の乙女たちを癒し殺すはずだったのに」
「剣士にさせるつもりだったのになー」
「魔法士!いいじゃないですか!!」
 と、三人の言い合いか始まります。「あの状況じゃ、魔法士以外の選択肢、ないもんねー」「スピだって、本当は剣士になりたかったに違いないぜ?」「魔法士になりたかったんですよっ!?」「癒しアコだってば!」「ばっか!あんなにいい剣もってんだぜ!?剣士になりたかったに決まってんだろ!!」「だから、魔法士だったんですってば!?」
「ちなみに、アーチャーっていう選択肢はなかったの?」
 ぽつりと聞くウィータに、
「アーチャー、自分いるじゃん」
 スピットは軽く返します。「シーフ、マーチャントっていう選択肢もないこともなかったが」「近接職はなかったんでしょ」「まぁ──どっちにしても」
「俺が決めたことなんで、後悔はしてないっスよ」
 スピットは帽子を直しながら言いました。
 言い合いをしていた三人が、ふと、スピットに振り返ります。
「魔法士、向いてないかも知れないスけど、ま、頑張ってみます。それに、俺の冒険の目的は、そこじゃないですし」
「そうですっ。世界二の雷魔法士を目指してください!」
「いちばんは?」
「自分だろ…」
 軽く口許を曲げて、インテは言いました。
「さて──と」
 そして腰を叩きながら言いました。
「/leave」
 つぶやいた言葉に、スピットははっとしました。それはパーティを抜けるための、魔法の言葉のようなものでした。
「インテさん…」
「おいおい、俺とお前の冒険の目的は、違うだろ」
 インテは笑います。笑うインテに、エア、そしてフィアットもその言葉を続けました。
「──一緒に冒険出来ないんですか?」
「俺のパーティは、もうネェんだよ」
 と、インテ。言いながら、癖で頭に手をやって──そこにいつもあったものがないのに気づいて、彼はぽりぽりと手持ちぶさたに頭を掻きました。
「今は、お前がパーティ、プロンテラベンチのリーダーだろ」
 言いながら、インテは歩き出しました。
「今度はお前が、お前のプロベンの仲間を作って、冒険をしろよ」
 ひょいと片手をあげ、インテは歩みを止めることなく、ソクラド砂漠の向こうへと進んでいきました。
「──だってさ」
 軽く笑って、フィアットはインテの後に続きました。彼女もまた、軽く手を振って。
「じゃあね、スピットくん。今度、ベンチで逢ったら、一緒に冒険しようね」
「スピが世界の果てを目指し続けるなら、きっとどこかで逢うでしょうけどね」
 帽子をちょいとなおしながら、エアも言いました。
「どうやら、インテの冒険もいつかそこにたどり着きそうな気がしますし」
 ふぅと息を吐き出し、「じゃ、また」エアは先に行ってしまったふたりを後を、小走りに追いました。「待ってくださいよ!」「あ!?なんでおまえらついてくんだよ!?」「私はフィアットの後をついていくだけです。フィアットに聞いてください」「ついてくんな!!」「私がいないと、あんた死ぬよ?」「けっ!!」
 ソクラド砂漠の砂の上に、三人の足跡がぽつぽつと生まれていきます。
 生まれる足跡は、一歩ずつ、一歩ずつ、スピットから遠のいていきます。
 少しずつ、声も聞こえなくなっていきます。
「あ──」
 何かを言おうとスピットは口を動かしましたが、そこから言葉が出てきませんでした。
 横目にそのスピットを見て、ウィータは眉を寄せました。
 そして小さく、言いました。
「/leave」
「──ウィータ?」
 とまどいを隠せずに言うスピットに、
「また──逢えますかね?」
 いつか聞いたのと同じように、小さくウィータは言いました。
 そして今でも、この瞬間にでも、同じ答えが返ってくるのを願いながら。


「インテ!!」
 スピットは叫びました。大きく一歩を前に踏み出して、頭の上の帽子を押さえながら。
「剣士、なれなくてゴメン!でも、これ、大事にするよ!!」
 声に、剣士インテが立ち止まりました。
 立ち止まり、振り返りました。「おー」と、手を振る彼の声が聞こえたような気が、しました。
「フィアット!」
 スピットは続けます。
「アコライトは、俺はやっぱ、男の子じゃなくて、女の子の方がいいと思う!俺も癒し殺されるなら、乙女の方がいい!!」
「ばーか!」
 フィアットの笑うような声が返ってきました。「つか、暗にフィアットには癒されねーっていってんだろ?」「あんた、死にたい?」
「エア!」
 手にした杖をつきだし、スピットは言いました。
「雷魔法士の一番は、俺がなる!」
「…生意気な」
 苦笑しながら、エアは笑いました。
「それから──」
 帽子を押さえたまま、スピットはぐっと杖を握りしめました。
「それから──」
 小さく震える右手を、帽子の下からスピットは見つめました。初めて冒険者として旅立った日の夜、そしてその次の日の夜と同じように、小さく震える右手を見つめながら、スピットは奥歯をかみしめました。
 左手に、強く力を入れます。
 薄汚れた帽子を押さえる左手に、強く力を入れます。


 そして力一杯に、言いました。
 冒険者として、心に決めた事を。
 今、この帽子に誓った事を。
 顔を上げ、まっすぐに。
 もう、杖を握りしめた右手は、震えてはいませんでした。
「俺は、世界の果てを目指す冒険者に、なれっかな!?」








「ばーか」
 軽く、インテは笑いました。
 小さなその声は、スピットに届きはしなかったでしょう。
「答えてやんないの?」
 隣のフィアットが、笑っていました。
「必要ない」
 くるりと、インテはきびすを返して歩き出します。
「ですね」
 エアも笑いました。そしてエアは軽く手を振り返しました。フィアットも続いて、手を振ります。「じゃーねー」
 三人の冒険者は、ひとりの魔法士に背を向けて、歩き出しました。
 スピットは笑いました。
 軽く。
 果てしなく広がるミドカルド大陸の向こうに消えていく冒険者たちに向かって。
 その真ん中の剣士が、彼にわかるようにと、ちょっとおどけるようにしてして見せた、答えに。
「──よい旅を」
 同じ事をして、スピットは答えを返しました。
 頭の上に乗った帽子を、ちょいと軽くあげる仕草。
 優しく吹き抜けていくミドカルドの風が、彼の翡翠色の髪を揺らして、遥か彼方へと抜けていきました。
「いつかまた、逢えます」
 そっと、風の中にウィータは言いました。
「いつかまた──」



「世界の果てで」









 そして──物語は始まります。


「きたきたきたきた!バカスピ!!なんとかしろよ!?」
 シーフ──いや、ショボコソと言った方が通りがいいのか──ラヴァスが走りながら言います。
「あ!?俺に何をしろって!?」
「とりあえず盾になって死んどけ、と」
 にやりと笑うのはアサシンのまゆみ嬢。
「ゆけ!盾一号!二号!!」
「俺かー!?」
「ムリぽ〜」
 とは、同じくアサシンのアースグリムにいるるです。
「足止めしましょう!!」
 ばっとマントを翻し、高々と杖を掲げるのはウィザード、アブドゥーグ。
「我が、氷結魔法で!!」
「んなら、俺もいくか!」
 続くのは炎魔法士、焼豚こと、グリル=ポーク。
「フロストダイバ!!」
「ファイヤーワール!!」
 かきんっと氷結魔法で凍ったかと思いきや、生まれ出た火壁に、その氷は飛び散りました。
「あ…」
「意味ないっ!?」
「ヴォケが!!」
「あー、青ジェム、いくつあったかなー」
 ため息混じりに言うのはプリースト、アピです。
「しっかたねぇな、ったく!」
 アークワンドを振るい、彼は翡翠色の髪の上に乗った帽子をちょいと押さえました。
「つーか、元はといえばこんなトコにとっこーかけたのは、スピたんでは?」
「そんなの、言うだけ無駄でしょ」
「プロベンツアー=死にツアー」
「野郎ども!十秒稼ぎな!!」
 ごうと、風が渦を巻きました。
 響く詠唱に、巨大な魔法陣が生まれます。
「それかー!?」
「つか、それ以外ない?」
「近くにあるものにしがみつけ!」
「ちょっとは周りのことも考えろ!バカスピ!!」
「スピさんには、ムリな注文でしょうねー」
 空気の中の電子の粒が、呪文の詠唱にはじけ、小さな雷を生み出します。
 渦を起こす風にふれた肌が、その雷にぴりぴりと震えました。
 そして響く詠唱が、最後を結びました


「漏電雷魔導士ですから」