時は少し、さかのぼります。
ここはプロンテラ。
スピットが下宿先の帽子屋の二階から勢いよく駆け下りてきます。
「ひさびさだー!」
ぶんぶんっとアークワンドを振り回し、揚々とスピットはプロンテラの街並みに繰り出します。
ここのところ帽子屋の手伝いが忙しすぎて、まともに冒険の旅に出れずにいたのです。「あとちっとでウィザードになれそうだってーのに」小さくつぶやきますが、口許は笑っています。久々の冒険です。それもウィザードまで、あとちょっとというところなのです。
プロンテラの街を歩きながら、スピットは電波をとばしました。
spit:「によー。
パーティのみんなは冒険にでているのかしら?みんなは、どれくらい強くなったのかしら?電波に皆の位置を確認します。
spit:「ぬあ!?
spit:「
なんじゃこりゃ!?
衝撃です。
*1
パーティリストの中から、みんなの名前が消えています。っていうか、残っているのは三色マジだけです。
spit:「三色ご飯チーム!?
電波に叫びますが、他の二人は冒険に出ていない様子。
スピットの声はむなしく響きました。
spit:「いや、そうじゃねぇ。そんなことをしている場合じゃねぇ。
ベンチに向かいながら、スピットは再び電波をとばします。どきどきしながら電波をギルドメンバーに向けてとばします。
spit:「みんな、どうしちゃったんだよぅ。
ぴきーんとスピットは気づいて、叫びました。「そうか!」
spit:「
バグか!
違います。*2
appi:「あ、スピさん、おひさしぶりですー。
ギルド電波から、アピの声が聞こえてきました。
spit:「あぴぃ〜!
聞こえてきた仲間の声に、スピットは返しました。
spit:「いったい、何があったの?なんでみんなパーティにいないの?
appi:「ああ、それですかー。
電波の向こう、アピが言います。
スピットは歩いていました。
プロンテラを南に下り、砂漠を越え、深い森の中を歩いていました。
懐かしいフィールドを越え、向かう先は懐かしい街、アルベルタです。
アピの電波が告げた台詞がよみがえります。
spit:「ひとりでも、がんばって修行せにゃ…」
ぽつりとつぶきながらも、スピットは歩みを止めはしませんでした。
「なんでみんないないの?」
「ああ、それですかー。スピさんがしばらく冒険に出ないでいるうちに、みんなパーティから抜けたんですよ」
「なんで!?な、なんかパーティで問題でもあったの!?」
「まぁ、問題といえば…」
「なに?」
「
リーダーのレベルが低すぎるってことでしょうか。
「まゆみさんとイタさんはもう上級職ですから、なかなかレベルがあがらないんですよ。だから高レベルのダンジョンに潜らないといけないんですけど、ソロじゃ無理でしょ?そうすると、臨時公平配分パーティに入れてもらって冒険しないと、レベルあげられないですし」
*3
「ラバもいないぞ?」
「ラバさんは、仕事先で知り合った人の冒険を手伝ってあげているそうです」
「って、奴の仕事はショボコソだろうが…」
「盗みに入った家の人とかですかねー?」
「じゃ、アピはよ?アピまで、なんで?」
「私も、臨時公平パーティに入れてもらってがんばってます。アコライトは、転職前は一人で稼ぐのは無理ですよ〜。ただでさえ私、Intヒーラータイプですし」
「で、残ったのは、ソロ狩りのできる中レベルマジどもか…」
「グリさんは風の噂によると、もうウィザードらしいです」
「
Σ(゜п ゜!!
「アブさんも、もう後は転職するだけらしいです」
「
Σ(゜п ゜!!
パーティ最弱。
にこにこ楽しそうなアピの声が聞こえてきます。
「あとはスピさんと私で、どっちが早くに上級職になるか、ですねー」
スピットはフェイヨン森を抜け、アルベルタへとたどり着きました。
アルベルタは、スピットがマジシャンに成り立ての頃、修行のためにずっと拠点にしていた街です。
そして今回も、スピットはプロンテラを遠く離れ、ここ、アルベルタへとやってきたのでした。もう一度、あの頃と同じように、修行のために。
あの頃、プロンテラを一人で飛び出して、一人の力でマジシャンになり、そしてもくもくと強くなるために修行をしていた頃、拠点にしていた港の近くの路地裏の、ぼろっちい安宿に、スピットは再び戻ってきたのでした。
spit:「早く、上級職にならないと…
荷物を解いて、すぐさまにスピットは魔術魔物大全を開きました。近場の狩り場を決め込みます。
ちょうど、近くには巨大熊モンスター、ビッグフットと卵モンスター、エギラの出現するポイントがあるようでした。このモンスターたちなら、イズルードのモンスターたちよりも経験値もよく、スピット一人でも戦えそうです。
spit:「ここにこもれば…
スピットはこくりとうなずきます。
そして今日一日に必要な分の赤いポーションと芋を道具袋に詰め込んで、部屋を出ていきました。
部屋を出るとき、ふと、スピットは立ち止まりました。
立ち止まって、ひょいと、頭の上にかぶっていたあの帽子を、部屋のベッドの上に投げたのでした。
「ウィザードになるときまで、おあずけだ」
にやりと口許をゆるませて笑い、スピットは部屋を後にします。
冒険者に成り立ての頃、スピットがある人からもらった帽子です。そしてその時からずっと今まで、一緒に冒険をしてきた帽子です。
ぼろぼろになった帽子をおいて、スピットは旅立ちました。
目指すは、ウィザード。
「スピットのパーティが、分裂状態だって?」
昔のパーティメンバーからの耳打ちに、彼は笑います。
「貧弱魔法使いが、パーティリーダー兼ギルドマスターなんか、できるわけないんだよ」
「まぁ、スピは雷魔法と念魔法以外は使えないしな」
返すのはイタです。耳打ちの先にいた彼は、笑います。
「元々、剣士の育ちのくせに、魔法使いになんか、なろうとするからだな」
そう言って、彼は苦笑しました。
「でも、それが奴の選んだ道だったんだけどな」
その剣士は、腰に下げていたツーハンドソードの柄に手をかけて、プロンテラの街を抜けていく風の中に翡翠色の髪を踊らせていました。
そしてその剣の柄には、スピットの持つツルギと同じ装飾が施されていたのでした。
戦います。
もてる限りの魔力のすべてを使い、ビッグフット、エギラ、たまにドケビ。
次から次へと、スピットは戦いを挑んでいきます。
でも、体力のない魔法使い。
ビッグフットの一撃を食らうたびに、骨がきしみ立ち上がることもできなくなってしまいます。
それでも、戦います。
早く、早くウィザードにならなくちゃ。
何十、何百とモンスターを倒し、
そして、また倒されて。
そんな事の繰り返し。
spit:「つらいなぁ…
スピットはパーティに向かって、電波をとばしました。
でも、その言葉を受け取ってくれるパーティメンバーは、いません。
spit:「ああ…
スピットはそっと目を閉じて、つぶやきました。
spit:「もっともっと、強くなりてぇ…
いつもの帽子はなくて、今、倒れている自分を隠してくれる帽子はなくて、スピットはぎゅっともう一度強く、瞳を閉じました。
spit:「強くなりてぇ…
小さくつぶやいた言葉は、きっと誰の耳にも届きませんでした。
薄れていく意識の中、そっと自分のところへ誰かが近づいてくるのを、スピットは感じていました。
あれ?
なんとなく、懐かしいような、柔らかな香り。
ふんわりとした、落ち着くあたたかさ。
幼い頃、母に感じていたような、そんな安心感。
スピットはゆっくりと、目を開けました。
台無し。
spit:「ちょっとマテェア!! アピ!!
appi:「ちょっと、不良っぽくなってみました。
spit:「
ちがーッ!!
mayumi:「せっかく来たのに、スピたん、死んじゃうとは。
spit:「悪かったな。
Grill:「パーティリストから位置を確認して、二人を連れてくるのは大変だったぞ。
spit:「ご苦労。っていうか、てめぇ、いつの間にウィザードなんかに…
Grill:「実力だ。
appi:「スピさん、セーブポイントどこですか?どこに出ます?
spit:「アルベルタだな。戻ったら、アルベルタに出るよ。
mayumi:「近いー。
Grill:「こっちから出迎えに行くか。
spit:「…来て、何をするつもりだ。
appi:「決まってます!
アピはすっくと立ち上がって、言います。
appi:「せっかく今日は久々にあえたんだから、そんな日こそはパーティ、プロンテラベンチの面々で冒険です!
すっくとアピが立ち上がったので、スピットはしたたかに後頭部を地面にぶつけました。
spit:「漏電雷魔導師は2度死ぬ…
appi:「ああっ!ごめんなさい!
Grill:「行き先は、リダ、決めてよ。
グリが言います。
mayumi:「プロ北とか?
まゆみ嬢が返します。
appi:「いや、それは…
アピは苦笑い。
Grill:「いいよどこでも。結果は
同じだし。
mayumi:「w;
appi:「それもそうなんですけどね。
笑うみんなに、スピットも軽く、笑いました。
そして、言いました。
spit:「…仕方ねぇなぁ。
Grill:「ここから一番近いのは、アルベルタの沈没船か。
mayumi:「いったことないや。
appi:「私もないですね。
mayumi:「はじめての沈没船。略して、はじちん。
spit:「
略すなーッ!!
mayumi:「はぅ。
spit:「仕方ねぇな、じゃあ、せっかく集まったんだし、沈没船ダンジョンでも、行くか!!
*4
Grill:「逝くか!
appi:「字、違う。
mayumi:「さぁ、さくっと死にますかぁ。
スピットはウィザードになるまで、あと少しです。
がんばってがんぱって、まじめに修行に打ち込めば、きっと、もっと早くにウィザードになれていたかもしれません。
もっともっと、強くなれていたかもしれません。
強くなりたい。
でも…
プロンテラから遠く離れたここアルベルタの空も、あのベンチの上の空と一緒でした。