「よいしょ」
スピットはリュックを背負い直しました。
ここはプロンテラ。スピットの下宿先です。
「結局、五つしかできなかったなー」
つぶやき、スピットはドアを開けました。
そしてプロンテラベンチへと向かって、歩いていきます。
「もらってくれるかなー」
その日は、とてもよく晴れた午後でした。
スピットは自分で作った帽子をプロンテラベンチ前に広げました。
さて、スピットがベンチ前に座ってしばらくすると…
ひとりの剣士さんが声をかけてきました。
剣士1:「こんにちは。
spit:「こんにちわ。
剣士1:「なんか、祭りですかね?
spit:「今日は人が多いです。
スピットは笑います。
*2
spit:「ハットですか?
剣士1:「あ、そうです。私でも似合いますかね?
spit:「きっと似合いますよ。
そういって、スピットはハットを剣士さんに渡しました。
剣士さんはちょっと躊躇して、だけれど、ぽいっとそれをかぶりました。
spit:「似合ってますよ。
剣士1:「そうでかねぇ。
剣士さんは笑います。
剣士1:「あ、でももらっちゃっていいんですか?
spit:「かまいません。たんさんありますから。
剣士1:「ありがとう。えーと…
spit:「?
剣士1:「同じ、冒険者の方ですよね?
spit:「ええ、冒険者です。
剣士1:「そうですか。
spit:「はい。
剣士1:「じゃ、何時かどこかの街でまた、あえるといいですね。
剣士さんは帽子のつばをひょいとあげて笑います。
spit:「ま、よくここにいますから。
剣士1:「ほう。
spit:「縁があれば、またあえますよ。
笑うスピットに、剣士さんも笑い返しました。
剣士1:「では、近いうちに。
spit:「近いうちに。
笑いあった剣士さんが、歩いていきます。その背中にむかって、スピットは「よい旅を」と声をかけていました。
*3
さて、それからまたしばらくすると、今度は赤髪の剣士さんがスピットに声をかけてきました。
剣士2:「ハット、いただけるんですか?
spit:「はい。
剣士2:「あ、ください。まだ駆けだして、全然防具がないんで…
まだ駆け出しの剣士さんは申し訳なさそうに笑います。スピットは「いえいえ」といいながら、ハットを手渡します。
剣士2:「よかった。これでちょっとはサマになります。
よいしょと駆け出しの剣士さんはハットをかぶります。
剣士2:「ありがとう。
spit:「いえいえ、たくさんありますから。
笑うスピットに、別の声がかかります。
ノービス:「あの〜?
spit:「あ、はいはい。
剣士2:「じゃ、失礼しますね。
spit:「あ、はい。よい旅を。
新しく声をかけてきたノービスの女の子を見て、駆け出しの剣士さんは手を振って離れていきました。
ノービス:「あの〜?
spit:「あ、はいはい。ハットですか?
ノービス:「はい。ください。
スピットはリュックの中から、ハットを出します。
ふと、顔を上げると、体格のがっしりとした剣士さんがひとり、スピットの前に無言でたっていました。
spit:「…ハットですか?
聞くと、こくこくと剣士さんはうなずきます。
spit:「ちょっと待っててくださいね。
ノービスの子にスピットは苦笑い気味に笑いかけると、手に持っていたハットを、その剣士さんにあげました。
剣士さんは鼻を鳴らして、口許をゆるませます。
ぴょいとハットをかぶると、がっしりとした体格に、少しばかりそれは滑稽に見えましたが、スピットは口許をきゅっと結び直しました。
spit:「似合ってますよ。
剣士さんは満足そうに、こくこくとうなずいて、スピットに会釈をして歩いていきました。
spit:「よい旅を〜。
背中を見せたまま、剣士さんは手を振っていました。
spit:「っと、おまたせです。
ノービス:「はい。
振り向くと、スピットのとなりにたっていたノービスの女の子が手に5ゼニーを持って待っています。
*4
spit:「あ、お金はいいですよ。
ノービス:「ご縁ということで。
spit:「あはは。じゃあ…
スピットは帽子と引き替えに、5zを受け取りました。
ノービス:「ありがとうございました。
spit:「いえいえ。
ノービスの女の子は、早速、帽子をかぶってみます。
spit:「いい感じですよ。
ノービス:「おぉ。感動です。
スピットはちょっといい気分です。
自分で作った帽子をこうして街でほしい人にあげてみようと思ったのは、自分がこの帽子を気に入っているからというもあります。ですが、他にも理由がありました。
ノービス:「おそろいですね。
ノービスの女の子がいいます。
spit:「ハット軍団です。
つばをひょいとあげて、スピットは笑いました。
街で帽子をあげようと思ったのは、自分がこの帽子を気に入っているからというもあります。
ノービス:「でも、そっちの帽子はずいぶん年期入ってますね。
spit:「冒険者に成り立ての頃から、ずっとかぶってますから。
薄汚れた帽子です。でも、スピットにとっては、宝物です。
それは彼女と同じように、彼がノービスの頃、ある人にもらったものでした。
スピットはひょいと、帽子をかぶり直しました。
spit:「お嬢さん、お名前は?
手に入れたばかりの帽子を、どの角度が一番かっこいいかしら?かわいいかしら?とかぶり直す彼女に向かって、スピットは聞きました。
mayumi:「mayumiっていいます。
spit:「mayumiさんですか。僕はspitといいます。
mayumi:「spitさんですかー。
「ナンパですか。
どきぃっとして、スピットはかけられた声の方を見ました。
そこには赤い長髪の剣士さんがいました。スピットもよく知っている剣士さんです。
spit:「Ridgelさん!
そう、あの、プロ北ツアーの時、金ゴキバトルの時にお世話になった、剣士のRidgelさんです。
*5
spit:「奇遇ですねー。
Ridgel:「たまたま通りかかったら、いたんで。
spit:「"hayate"さんやみなさんは、お元気ですか?
Ridgel:「おかげさまで。あ、ちなみに、"hayate"はそこに…
spit:「え? どこに?
スピットはきょろきょろとあたりを見回しました。
けれど、どこにもシーフ、"hayate"さんの姿は見あたりません。近くにいるのは、カートを引いた商人さんだけで…
Ridgel:「そこの商人がそうです。
spit:「ええっ!? いつのまに!?
"hayate":「敵を欺く姿…
Ridgel:「違うだろ。
mayumi:「えーと…ここ、パーティのみなさんの集合場所なんですか?
ノービスのmayumiさんが言います。
spit:「あー…
スピットはちょっと困って、返しました。
spit:「まぁ、たしかにウチのパーティの集合場所では在るんですが、このお二人は、パーティのメンバーじゃないです。
mayumi:「そうなんですか?
Ridgel:「おじゃまします。文字通り。
spit:「いや、あの…なんか勘違いをされてますよ?
"hayate":「ほうほう、スピットくん。カンチガイとは、なんだね?
spit:「…いや、いいや。
Ridgel:「カンチガイされるような関係?
spit:「彼女が今かぶっているハットをあげたのが、縁です。しかも、今。
"hayate":「新手のナンパ術。
Ridgel:「ものでつる。
spit:「違いますー。
Ridgel:「ところで"hayate"。例のブツは持ってきたか?
mayumi:「しろいこな?
spit:「こなー!?
Ridgel:「それはちょっと(汗
*6
"hayate":「ああ、君につける首輪か。持ってきたぞ。
Ridgel:「表現が怪しいです先生。
spit:「鈴とかついてたり。
mayumi:「ちりんちりーん。
Ridgel:「幾らだ?120K辺りで良いか?
"hayate":「120Kでええよ。
*7
spit:「うーん、天文学的数値の金額が取り引きされている。
Ridgel:「はっはっは。
"hayate":「120Kでハンマープライス。ところでRidgelよ。
Ridgel:「ん?
"hayate":「べと液を189個もってたりしないか?
Ridgel:「四個しかないな。
*8
"hayate":「今、べと液が2811個なんよ。
Ridgel:「3000にしたいと?
"hayate":「うい。
spit:「べと液はないですねぇ
"hayate":「そうですか…(しくしく
spit:「もしかして、そのカートの中にべと液がいっぱい!?
mayumi:「怖い!
"hayate":「ないない。今は倉庫。
spit:「べと液臭い倉庫…
くだらない話に花を咲かせている中、Ridgelさんが聞きました。
Ridgel:「ところで、mayumiさんはノービスですが、何に転職するかは決めているんですか?
mayumi:「うーん。
帽子に手をかけて、mayumiさんはうなりました。
mayumi:「実は、何になろうか悩んでます。最初はアーチャーになる予定だったんですけど。
Ridgel:「剣士になるなら、この師匠からもらった環頭太刀を受け取ってほしいんですが…
*9
"hayate":「おお、あの伝説の…
mayumi:「幸運剣、今もってるんですけど、幸運剣よりえらいですか?
*10
"hayate":「偉いです。今は。
Ridgel:「あ、でも使いこなせるかな。
spit:「あー、微妙ですねー。
mayumiさんは背中のウェストポーチから、紙切れをぺらりと出しました。
spit:「なんですかそれ?
mayumi:「ノービスのこころえ帳です。いろいろ乗ってるんですよ。
Ridgel:「いい時代になったもんだ。
spit:「それがなにか?
mayumi:「ここに、各武器の装備レベルが書いてあるんです。
spit:「ほー。
*11
Ridgel:「環頭太刀は装備レベル14だっけな?
mayumi:「幸運剣、装備レベル36…
spit:「ぶほっ!?
Ridgel:「あ、スピットさんが吹いた。
mayumi:「幸せになれなーい。
"hayate":「幸せって、つかむまでが大変なのよね〜。
Ridgel:「いたたた。
mayumi:「あぅぅぅ。
spit:「あ、そういえば、話に夢中で忘れてた。
思いだして、スピットは自分の近くに立てかけておいた看板を書き直しました。「ハット、残り1つ。大事にしてくれる人に」
Ridgel:「余ったら、フリスビーのごとくとばすとか。
mayumi:「ポリンちゃんにあげるとか。
Ridgel:「ピラ3に突貫して、犬にあげるとか。
spit:「2Fでネェさんにしばかれます。
Ridgel:「護衛ならしますよ。今こそ、4桁バッシュを…
*12
spit:「見る前に死ねます。
Ridgel:「残念!
spit:「いや、心から思ってないし。
"hayate":「死なせはせんよー。
Ridgel:「あったなー、そんな話。
mayumi:「?
spit:「ちょっとした、冒険の時の話です。
mayumi:「へぇ…
笑いあうスピットたちに、mayumiさんはすこしまぶしそうに目を細めていました。
"hayate":「さて、じゃ、そろそろ…
話が一段落したのを見て、"hayate"さんが言いました。
Ridgel:「お、じゃあ俺も行くかな。
Ridgelさんも立ち上がります。
"hayate":「では、お二人とも、またどこかであいましょう。
Ridgel:「再会を。
spit:「当然です。
mayumi:「おげんきで。
"hayate"さん、Ridgelさんが立ち上がって、歩いていこうとします。
スピットはその背中からちらりと視線をはずし、横目に自分の隣に座っていたmayumiさんに声をかけました。
spit:「ところでmayumiさん?
mayumi:「はい?
聞き逃しません。
ぴくっと、"hayate"さん、Ridgelさんはその場で立ち止まりました。
ふたり、こそこそと耳打ちしあいます。
"hayate":「告白?
Ridgel:「思っても言わなかったのに。
いや、耳打ちのつもりなんでしょうが、ばっちり聞こえています。
mayumi:「ドキドキ。
spit:「…あの、告白じゃないんですけど…
mayumi:「ええっ!?
spit:「ええっ!? 告白の方がよかったですか?
mayumi:「微妙です。
"hayate":「微妙なんだ。
Ridgel:「話のネタとしては。
"hayate":「告白ーで、失恋ーが期待していたところです。
Ridgel:「砕け散るまで、予想していたかッ!
spit:「さっきあったばっかですけど。
"hayate":「さらに、ポリンにLBをLv10で八つ当たりまで考えていました。
spit:「しないしないしない。
Ridgel:「なんだ、つまらない。
spit:「いや、せっかくここでこうしてあったのも何かの縁ですし、今度、一緒に冒険でもしたいですねって…
Ridgel:「そのときはご一緒させてください。
"hayate":「また一緒に、どこか潜りましょう。
spit:「新しく発見されたダンジョンとか?
Ridgel:「未知に挑む?
"hayate":「望むところだ!
mayumi:「ええ、そのときは…
mayumiさんはちょっと笑って、言いました。
mayumi:「よろしくお願いします。
「あの〜」
スピットたちに書ける声がありました。
spit:「はい?
「あの〜、ハットなんですけど…もう、終わっちゃいましたよね?」
"hayate":「おお、なんと運のよい人だ。
「ありますか♪
"hayate":「ささ。ずいいっと近くに。
Ridgel:「お客さん、ラッキーだね。
spit:「今まさに、終わることろでした。
「ありがとう。
mayumi:「おめでとうございます。ラスト1個です。からんからーん♪
spit:「進呈〜。
「本当にありがとう。
spit:「いや、気にしないでください。
手渡した帽子をかぶってくれた剣士さんに、スピットは笑います。
spit:「ここで出会ったのも、何かの縁ですから。
"hayate"さんとRidgelさんが手を振って、プロンテラの街並みに消えていきます。
スピットも手を振って返します。
mayumiさんが帽子をちょいっとあげて、別れの挨拶をしました。もう少し修行を積んで、彼女は何になるのでしょう。
スピットは薄汚れたお気に入りの帽子をちょいと持ち上げて、口許を曲げて見せました。
そして、言います。
出会ってきた冒険者たち、みんなに言い続けてきた言葉を。
「よい旅を」
ミドカルドの冒険者たちに。