studio Odyssey


第十九話 後編その1


       2

 そうか。
 と、一也は妙に納得した。
 何を納得したかというと、ドラマやなんかで大怪我をした人間が目覚めるとき、視界がもやもやっとしてから鮮明になっていく──って言うのは、「嘘」なんだな。と言うことであった。
 もそっと体を動かして、目を開ける。眠りから覚めたときと同じように。
「あ。香奈さん、一也起きた」
 その声に首を動かしてみると、ベッドの脇に遙が座って自分を「観察」していた。な…なんで遙が僕の部屋に?なんて、寝ぼけた頭でちょっと頬を染めて動揺。
「大丈夫?」
 と、一也の顔をのぞき込む遙。長い髪が一也にかからないよう、彼女は右手でその髪をそっと耳にかけた。
「あ…あの…あれ?」
 やっと正常に稼働し始めた脳味噌で、一也は状況を把握しようと試みた。な…なにがどうなって…
 はっと気づいたように、
「ここ、どこ?」
 と、遙に聞いてみるけれど、
「あ。一也。目、さめたのね。頭はもう痛くない?」
 香奈がひょいと、一也の頭上から顔を覗かせて聞いてきた。
「あ。お姉ちゃん」
 なんて言いながら、やっと一也は自分の置かれている状況を把握した。そうだそうだ。R‐0の中で気を失って…と、一人納得。
 だがしかし、とにかく一番始めに知りたかったことを、一也はぽっと口にした。
「ここ、どこ?」


 品川埠頭。
 その北端には、水上警察署がある。
 つまり、現在の『Nec特別前線本部』だ。
「で。一也君の容態はどうなんですか?」
 インカム越しに、シゲは教授に向かって聞き返した。
「ま。なんということもないよ。脳波に異常が出てるかも知れないが、ちゃんと病院に行って精密検査でも受ん事には、そんな事はわからんからな」
 と、教授もインカムに手をかけて、その水上警察署の会議室から外を眺めて呟いた。
「香奈君は大丈夫といってるけどね」
「脳神経の先生がそうおっしゃるなら、大丈夫でしょう」
 なんて言って、シゲも笑う。(注*7)
「それに、そんな時間もないでしょ」
「ああ。はっきり言って、ない」
 教授はシゲの言葉に、ふっと口許を弛ませた。時間がない──か。(注*8)
「で。R‐0の方はどうなんだ?」
 会議室から南を見ると、巨大なクレーンが作業をしているのが見える。インカム越しで話している相手、シゲがいる辺りだ。
「ぼちぼちですね」
 と、シゲ。
「まあ、単に電池が切れただけなんですから、それを取り替えて、コックピットを掃除して、左手をちょっと直したら、いつでもいけますよ」
 倒れたR‐0のバックパックに電池をつける作業を指示しながら、軽く笑うシゲ。
「イーグルの準備もできてます。すぐにでも出られるようにしますよ」
「わかった。がんばってくれ」
「あ!教授」
 こくりと頷いてインカムから手を離そうとする教授の手を、シゲの声が引き止めた。
「なんだ?どうした?」
「あ…いや…」
 呟くシゲの声に、教授の目の前の窓を、弱く叩く音が重なった。
「夕立が降ってきましたよ」
 雨足は、徐々にその速度を速めていった。


「大丈夫?」
 なんて、心配そうに遙は聞くけれど、
「ダメって言っても、ダメなんでしょ」
 一也の言うことはもっともである。
 僕は、戦わなくちゃならない。たとえ、R‐0が薄膜を持ったエネミーに敵わないとしても。
「では作戦を伝える!」
 張り切って言うのはもちろん教授だ。一也が目を覚ましたと聞いて、早速である。
「エネミーは微速ながら都市部に向かって進行中だ。我々は、なんとしてもこれを阻止せねばならないッ!」
 水上警察署会議室。シリアス顔を見せて、ホワイトボードをばんと叩く教授。
 ホワイトボードには東京南部、西南部、西部の三枚の地図が張られ、『エネミー進路』を赤、『エネミー予想進路』を青と色分けて、実に見やすく示されていた。(注*9)
「質問です」
 はいと手を挙げる一也。頭に巻かれた包帯が痛々しいが、凛としたその表情は、普段のそれとたいして変わりはなかった。
「その緑の線はなんです?」
「いい質問だ」
 と、教授はご満悦。一也は教授のその顔に、ちょっと凛とした表情をゆるめた。う…嫌な予感がする…
「この緑の線──ちょうど首都高のあるところだが──ここが絶対防衛線となる」
「は?」
 と、目を丸くする一也に、ため息混じりの明美助教授が続く。
「薄膜を持つエネミーに対して、R‐0はあまり有効な攻撃手段を持たないでしょ。だから、防衛庁は『絶対防衛線』なんてものを引いたのよ」
「ど…どういうことですか?」
「まぁ簡単に言うなら──」
 会議室のドアの脇に立ち、腕を組んで彼らを眺めていた小沢が口を開く。
「その線を越えたら『終わり』って事だな」
「え…っ?」
「『絶対防衛線』を越えたら、その時点で自衛隊が全火力をもってエネミー殲滅を遂行する。湾岸を焦土と化してでも、都市部を護るためにね」
 笑うような小沢の声に、教授の声がさらに続いた。
「だから一也君、君はなんとしてでもエネミーの都市部進行を止めなければならない」
 ホワイトボードをこんと軽く叩き、シリアス顔に、
「東京の街を、護るためにッ!」
 ぐっとこぶしを握りしめる教授。
「はぁ…」
 気の抜けたように返して、一也はちょっと聞いてみた。
「じゃあ、もう一つだけ聞きます」
 返って来るであろう答えは、大体わかっていた。だが、ほんの少しの期待から、一也はそれを聞かずにはいられなかったのである。
 それ──
「止めるって言っても、『超硬化薄膜』を何とかする手だてはあるんですか?」
「うん。ない」
 きっぱりと教授。
 その一瞬の躊躇もなく返ってきた答えに、一也はぱちぱちと瞬きをくり返し、天井の隅を見つめて、ぽつりと呟いた。
「あ…そうですか」
「うむ」
 と、腕を組んで大仰に頷き、
「だからがんばってくれたまえ」
 完全に他人事。
「一也君も大変だな」
 小沢、仕方なく苦笑い。
「しかし一也君。君がエネミーを止めなければ、東京は壊滅的被害を受けることになる」
 ぐっとこぶしを握りしめて、にやりと笑う教授。
「この展開、一也君大好きだろう?」
「全然好きじゃないです」
 と、きっぱり。
「でもやらなきゃ、東京の街は壊滅♪」
 なんて言って笑う遙は、そうなることを心のどこで望んでいる──わけではないので念のため。
「教授の好きそうな展開ね」
 はぁとため息を吐き出して、明美助教授は頭を抱えた。
「東京は、消滅するかもしれないわね」
「明美君、君は僕のなんだい?」
「助教授です」
「わかっていればよろしい」
 腕を組んで大きく頷く教授。
「わかりました。何とかしますよ」
 そう言って、一也は頭に巻かれた包帯をくるくるとはずしだした。
「今までだって、それで何とかしてきたんですし…」
「流石は一也君だ」
 と、教授はにやり。一也君も、だんだんわかってきたじゃないか。(注*10)
「一也…」
「大丈夫だよ」
 一也は香奈からBSS端末用ヘッドギアを受け取ると、軽く微笑んだ。だけれど香奈はその眉をきゅっと寄せて、心配そうな、何ともすまなそうな表情を浮かべたままで、ごにょごにょと小さく口を動かした。
「ごめんね。お姉ちゃんのせいで…一也、酷い目にあって…」
「そうだね、教授に会っちゃったり、遙に会っちゃったり」
「一也君、そういうことは聞こえないように言うもんだ」
「ああーっ!!こんな可愛い子に出会えたっていうのに、そんなことを言うんだ!遙、かなしぃ…うぅぅ」
「嘘泣きはやめろって」
 と、一也は苦笑い。
「でも、やるしかないんでしょ」
「おおっ!すばらしい覚悟だぞ一也君!」
「一也、かっこいい♪」
「一也君、それは自棄?」
「明美助教授の意見に同感」
「さぁ…どうでしょうねぇ?」
 と、一也は苦笑いを浮かべてみせる。
「一也、平気?」
 心配そうに眉を寄せる香奈に向かって、
「うん。大丈夫」
 一也はヘッドギアを装着して軽く笑うと、言った。
「僕は、こう見えてもR‐0のパイロットだから」


『港区、渋谷区、中央区全域に、エネミー襲来による特別非常事態宣言が発令されました。この特別非常事態宣言による村上首相のコメントは未だに発表されてはいませんが、住民のみなさまは悪質なデマや噂には惑わされないよう、速やかに指定の避難所に──』
「一也?聞こえる?」
「あ?うん」
 イーグルのコックピットからの遙の声に、一也はFMの音声をカットした。
「聞こえてるよ」
 R‐0のコックピットで、軽く笑いながらマニュピレーションレバーを動かす。待機モードに入っていたモニターに再び電気が流れ出し、少し画像をふらつかせながら、ゆっくりと迫り来るエネミーをモニターは映し出した。
「わかってると思うけど…本当に後はないから…」
「わかってる」
 小さく頷いて、一也は補助モニターを確認した。赤い333メートルの電波塔──東京タワー。あそこより後ろは──
 雨に揺れる、幻想のような街の灯を補助モニターに見て、一也はすうと息を吸い込んだ。
「自衛隊の配備の方はどうなってるの?」
「ん?陸上自衛隊東部方面隊第一師団第1普通科連隊、同31普通科連隊、同第1戦車大隊と、続々と集結中よ。パパ、R‐0のことを信用してないのかしら?」
 ため息混じりの遙の声。
「R‐0は、配備が整うまでの時間稼ぎだって誰かが言ってたね」
「気にしちゃダメよ」
「かまわないよ。それでも」
 夕立の降り注ぐ空を飛ぶヘリコプターのローター音に、一也は軽く口元を弛ませた。
「僕は、僕の出来ることをやるだけだよ」
「ま♪なんて大人な御意見」
 遙は、一也の言葉に軽く笑った。一也も笑いながら、だけれど、強くマニュピレーションレバーを握り直して、言った。
「小沢さんが言ってたんだ。いい大人になるのは大変だって」
「は?」
「いい大人になるのは、すごく大変なんだって。そう言ってた」
「よく…わからないけど…」
「僕もよくわからないんだけど、小沢さんが言った台詞の意味は、なんとなくわかる気がするんだ」
「小沢さん、なんて?」
 遙はインカムに手をかけて、ちょっと眉を寄せるようにして聞いてみた。「うん…」と、答えにためらうように咽を鳴らす一也。
 そして、
「うん。後で話す。今は──エネミーを倒すことをだけに集中したいんだ」
 一也は、モニター越しにエネミーを睨み付けた。


 飛び交うヘリコプターのローター音。
 途切れることない夕立と、アクチュエーターの駆動音。
「一也、いったんエネミーから離れて!」
 遙はインカムのイヤーパッドを押さえて、マイクに向かってまくし立てた。
「一也!?」
 アクチュエーターの負荷を伝える警報音が響き続けるコックピット。
「一也!?聞こえてるの!?」
「…聞こえてるよ」
 一也は歯を食いしばって、レバーを握る手に力を入れ直した。
「でも、ここで離れるわけにはいかないだろ」
 R‐0の巨体は、エネミーに少しずつ押されていく。じりじりとアスファルトの地面を削って、足は、一也の意志に反して下がっていった。
「ここで離れたら、湾岸一帯火の海になるんだろ」
 歯を噛みしめたまま、一也は絞り出すようにして呟いた。
「そ…そうだけど!!…でもR‐0じゃ、『薄膜』持ってるエネミーは倒せないでしょ!?」
「だからって…」
 呟いて、補助モニターを確認する一也。すぐ真後ろに東京タワーが見える。
「だからって…ここで…離れるわけには行かないよ!!」
 R‐0は薄膜を持ったエネミーに勝てない。でも、それでも僕は──
「僕は──戦わなくちゃならないんだ」
 一也はマニュピレーションレバーを強く握り直し、再び力を込めた。だが、エネミーはその歩みを弛めない。
「くそ…っ」
 力を込めるためにと一歩後ろへ引いた足が、東京タワーの足に掛かった。
「しまっ…」
 ふらつく上半身。足元がおぼつかない。
「くっ!!」
 がくんと揺れるコックピット。
 一瞬の躊躇に力が抜けたR‐0を、エネミーが力任せに押したのである。目を見開く一也。けたたましい音を立てて、赤い鉄骨が割れる。
「あ…っ!!」
 ゆっくりと、まるで積み木の建物のように、ひしゃけて曲がる333メートルの建築物。
「く…っ。くそおぉぉお!!」
 R‐0の身体を、エネミーの身体を、鉄の雨が打ち付ける。
 一也の声に高鳴るアクチュエーターと、それの負荷を知らせる警報音。
 歯をかみしめたまま、一也は強く心に思った。
 負けるもんか…ッ!
 補助モニターには、雨に濡れた幻のような街の灯が、幾つも映っていた。


「一也…もうダメよ。絶対防衛線…越えちゃう」
 ぼそりと、小さな声で呟く遙。
「R‐0は、勝てなかったのよ」
「まだ越えた訳じゃない」
 モニターのただ一点──エネミーだけを睨み付けて、一也はぼそりと呟いた。
「まだ──越えた訳じゃない」
 補助モニターに映る文字。ACTUATOR OVERWORK。BACKPACK BATTERY is DEAD.
 だけれど、一也は軽く微笑んでいた。
 心のどこかで期待していた──いや。信じていた。だからここまで頑張れたのかも知れないし、誰かの言うように時間稼ぎでも、ここまで戦えたのかも知れない。
「勝負は──これからだよ」
 信じていたもの。
 夕立の降り注ぐ空から流れるメロディーに、人々はその顔を上げた。


「まっ…まさかっ!?」
 遙の、明らかに驚きと怪訝に満ちた声。
「う…そ…」
「遙。あの人たちも、一応自衛隊員なんだよ」
「そ…それはそうだけど…もしかして一也!?」
 遙は一也の言葉に息を飲んだ。
「もしかして…あいつらが来るって…」
「もちろん」
 なんて言って、一也は笑う。
「日本を──地球を護ってるのは僕だけじゃ、R‐0だけじゃないんだ」
 遥かな上空より響くジェットエンジンの音。その数三つ。
「待たせたな、一也君ッ!!」
 一号機のパイロット──大空 護はそういって微笑んだ。もちろん、その歯をきらりと輝かせて──である。
「行くぞみんなッ!!」
「おうッ!」
 大空、大地、海野。三人は声を合わせ、
「ジャスト・フュージョン!!」
 熱血絶叫しながらコックピット右脇にある、『G』というレバーを思い切り引き下げた。


「おおっ!」
 熱狂する自衛隊員。
「鳥だ!」
「飛行機だッ!」
「いやっ…」
 思い切り溜めて──
「ゴッデススリーだッ!!(注*11)」


「待たせたな一也君!!」
 大地を揺るがせて、今、人類最後の希望『ゴッデススリー』が着陸する。
「きっと来るって思ってましたよ!」
 笑うような一也の声に、
「当たり前さ。この蒼き地球(ほし)を護るのは、R‐0だけじゃないんだぜ!」
 きらりと歯を光らせて笑う大空の声が続く。
「オレたちが来たからには、これ以上エネミーの跳梁は許さないッ!!」
 と、海野が言えば、
「その通りだッ!!後はオレたちに任せておけッ!!」
 と、大地もバカでかい声で彼の後に続いた。
 相変わらず…と言うかなんというか。
 一也は三人の熱血ぶりに顔をしかめた。だけれど、自然とゆるんでしまうその口許は隠しきれない。
「大空さん、R‐0はもう持ちません。エネミーを」
「ああ。任せろッ!」
 叫んで、R‐0とエネミーに駆け寄るゴッデススリー。
「どけぇえぇぇっ!一也君ッ!!」
 飛び退いたR‐0の代わりにエネミーの進路にはいると、
「うおぉぉぉおぉぉぉお!!」
 熱血パワー全開で、ゴッデススリーはエネミーを押し返した。
「遙!バッテリーパックの交換を!!」
 後退しながら頭上のイーグルに向かって叫ぶ一也。バックパックに装着されたバッテリーパックが、爆発ボルトにその拘束を解かれ、地に落ちた。
 BACKPACK BATTERY without RESTRAINT.only INTERNAL BATTERY.
 小さくなる電子音と共に、補助モニターに白い文字が映し出される。
「了解!」
 遙はそう言ってイーグルを空中で静止させ、
「自衛隊のヘリ、邪魔よっ!!当たったって知らないから!!」
 とか何とか言いながら、有無を言わせずバッテリーパックを降下させた。
 アスファルトの地面を軽く砕いて着地する二本のバッテリーパック。そしてそれに駆け寄るR‐0。
「サンキュ!」
 R‐0は片手で地面から黒いパックを引き抜き、再び背中にそれ装着させた。きゅいっと小気味よく鳴る拘束音。
 RECOGNIZED NEW BATTERIES──補助モニターが光る。
「大空さん!!」
 腰の後ろに装着されたバズーカに手を伸ばし、それ肩に掛けるR‐0。
「退がって下さいッ!!」
 しっかりと地に足を着け、ゴッデススリーが身を翻したのを確認すると、一也はエネミーの甲殻目掛けてトリガーを引き絞った。
 空と大地に響く振動。
 一発、二発と続く。
「やっぱりダメか!?」
 爆煙の中で、エネミーはその固い甲殻を軋ませながら動いていた。新開発でも、一発や二発じゃ効果がないか!?
「大空さん!『超硬化薄膜』を何とかしないことには!!」
「一也君!エネミーを引き付けていてくれ!!」
 重なる二人の声。
「手はあるんですか!!」
 叫びながら残りの二発をエネミーに打ち込み、空になったバズーカを投げ捨ててエネミーに肉薄するR‐0。
「ああ!あるッ!!」
 それと入れ違いに後退するゴッデススリー。
「だが準備にしばらく時間がかかる!その間──」
「わかりました!」
 一也は、効くはずもないビームサーベルを右手首から打ち出して、勢いに任せてエネミーに叩きつけた。光の粒子が、雨の雫とともに辺りに飛び散る。
「頼むぞ一也君!!」
 大空はそう叫んでから、くずおれた東京タワーの前でビームサーベルを抜いた。
「もうしばらくの辛抱だッ!!」
 R‐0のアクチュエーターが、再びエネミーの巨体を押し始める。


 勝てる…負けない…
 一也は歯を食いしばって、マニュピレーションレバーを強く握り直した。汗ばむ手に、レバーが吸い付く。
 高鳴るアクチュエーター音。思わず微笑む一也。胸の中で高鳴る高揚感と、逆に心を落ち着かせてくれるような、先ほどまではなかった安心感に、彼は我知らず口許を弛ませていた。
 いける…よくわからないけど…そんな気がする。
 一也は、沸々と体の中から力が沸いてくるような気分にとらわれていた。
 そうか──
 浮かび出た答えに、笑う。
 ──これがそうか。
 一也は大きく息を吸い込むと、
「うおぉぉおおぉ!!」
 雄叫びと共に、R‐0のアクチュエーターをも高鳴らせた。


「よしッ!待たせたな一也君!!」
 大空のその声にはっとして、一也はゴッデススリーに振り向いた。
「ええっ!?」
 一也の視界に飛び込んできたゴッデススリー。さすがに、一也も我が目を疑った。
「そんな…正気ですかッ!!」
「もちろんだッ!!」
 大地の声に高鳴るゴッデススリーのアクチュエーター音。
「これ以外に、このエネミーを倒すすべはないッ!!」
 と、海野も叫ぶ。
「でも…だって!」
 ゴッデススリーはその手に東京タワーの先端──ポール状の部分──を持ち、重量挙げの選手よろしく頭上に掲げて見せていたのである。
 大地にすっくと二本の足で立つその雄姿。その様は、まるで天の蒼穹を支えるアトラスのようでもあった。
 だが、
「そっ…そんな物どうするんですかッ!?」
 流石に一也もあせった。(注*12)
「投げるッ!!」
 と、有無を言わさず大空が返したからである。
 東京タワーの先端部。まるで槍のようなそれ──
「そっ…それはっ…!?」
 シゲが、
「『ロンギヌスの槍』ッ!?」
 と、水上警察署会議室において、観戦用管制モニターに映るゴッデススリーの雄姿にどんと机を打った。ぐっとこぶしを握りしめ、
「くそっ!おいしすぎるぞ、ゴッデススリー!!」
 ことさら悔しそうに言う。
「そういう問題?」
「大問題ですよ!!」
 明美助教授の冷たい突っ込みに、シゲは今にも泣き出しそう。
「あぁ…せっかくここまで盛り上げてきたのに…最後の最後に美味しいところを…(注*13)」
「しかしあれで…」
 教授は、ごくりと唾を飲んだ。
「あれで『超硬化薄膜』を破れるのか…」
「よく見ろ一也君!ちゃんと先端部は特別仕様だッ!!」
 大地がにやりと微笑んで熱血する。
 彼の言うように、先端部にはドリル状の奇妙な矛先が装備されているが、
「でもそれで『薄膜』を…」
「オレ達を信じろッ!!」
 と、海野も熱血。
「熱い血潮をたぎらせて、今、君たちに見せてやるッ!!(注*14)」
 大空の言葉に、ゴッデススリーの巨体がゆっくりと屈められていく。それに伴い、ポールの先端部から得体の知れない電撃が迸り出した。
 赤い電撃が、ポールを包み込む。
「さぁその目をしっかりと開いて、世界中の子供たちよ見ろッ!!これが熱血だぁッ!!」
 大空の、魂の叫び。ゴッデススリーの左足が、大地の感触をしっかりと確かめる。
「退け!R‐0ッ!!」
「目標捕捉ッ!!進路オールグリーンッ!!変更、なしッ!!」
 大地と海野の絶叫に、一也は急いで飛び退いた。
「大空さん!?」
「見ておけ一也君ッ!!」
 三人の魂の迸りにあわせ、輝きを増す赤い電撃。
「これが魂の輝きだッ!!そしてこれが──熱血だぁッ!!」
 走り出すゴッデススリー。夕立に濡れた路面に滴を飛び散らせ、ゴッデススリーは、頭上に掲げたその槍をエネミーに向かって投げつけた。
 三人の、魂を揺さぶる熱血絶叫とともに。
「ゴッデス・ハイパーシューティングアロォォオオオォォオオオォッ!!(注*15)」
 一条の赤い閃光となって、エネミーを捉える槍。その甲殻に確かに突き刺さり、それは、そのままエネミーごと遥かな海上に向かって、突き進んでいった。
 周りを盛大に破壊しながら、南東の空へと向かって──
 天を刺す赤い雷。蒼穹を射抜く。
 夕立を降らせていた黒い雲が、その雷に飛び散った。(注*16)


「なッ!?」
 シゲは思わず机を叩いて立ち上がった。
「そんな…信じられない…」
 目を丸くしたまま、シゲは身動きひとつできないでいた。ま…まさか…これが…熱血パワー!?(注*17)
「明美君、槍の動きを追いかけられるかね?」
「ちょっと待って下さい。衛生システムに割り込めば…」
 と、舌先で軽く唇を湿らせてからキーボードを叩き始める明美助教授。
「まさか…」
 シリアス顔にシゲは呟き、ゆっくりと明美助教授の方に視線を走らせた。
「あった!」
「エネミーは!?」
「槍は!?」
 教授とシゲ、ほとんど同時に机を叩いて明美助教授の方に身を乗り出させる。
「槍はエネミーを貫通して第一宇宙速度を突破。このままだと──」
「美味しすぎるッ!!」
 ばんと悔しそうに──いや、実際悔しかった──シゲは握りしめた拳を思い切り机に叩き付けた。
 なんてことだ!!ゴッデススリーが!!
 シゲの目頭に、熱いものが渦巻く。(注*18)
 だがしかし、さらに付け加えた明美助教授の一言が、彼を再起不能にさせた。
「しかも、このままだと月に刺さる可能性大」
「なっ…!!」
 目を丸くして固まったかと思うと、へなへなと、シゲは力無くその場にくずおれた。
「し…シゲ君?」
 足元にとろけているシゲを、明美助教授はヒールの先で軽くこづいた。けれどシゲは、
「はぅぅう…」
 と、再起不能。
「ゴッデススリーが…ゴッデススリーが…ゴッデススリーがぁああぁ」
「シゲ君?どうしたの?」
 錯乱一歩手前のシゲにたいして、きっぱりと教授が言う。
「ほうっておいてかまわん」
「はぁ…」
 ぱちりと瞬きする明美助教授の視界の中で、「大丈夫ですかシゲさん?」と香奈がシゲの顔を覗き込んでいる。
「シゲ君も、ここまでやられちゃぁなぁ」
 なんて、小沢は苦笑い。
「で、エネミーの方はどうなった?」
「あ。はい」
 教授のちょっと真面目な質問に、明美助教授は驚いたように目を丸くして──実際驚いた──パソコンのキーボードをかちゃかちゃと軽く叩く。
「エネミーは槍に貫通されて大気圏に再突入したみたいですね。『超硬化薄膜』さえなければ、大気圏内で燃え尽きると思います」
「うむ…そうか」
 満足そうに頷いて、教授は窓の外に視線を走らせた。
「R‐0の勝ちですね」
 と、小沢も笑って窓の外に視線を走らせる。
「ああ。まぁ正確には、R‐0とゴッデススリーの勝利だな」
「また、心にもないことを」
 そう言って笑う明美助教授に、小沢と香奈は吹き出した。
「明美君。君は僕のなんだい?」
「助教授」
「わかっていればよろしい」
 小さく頷いて、遥かな南東の空に昇る月を見つめる教授。
 ぽつりと、
「月に──か」
 意味深に、主星である地球に比べ、不釣り合いなほどに大きい天体を見つめながら言う。
 けれど、
「別に、何か考えている訳じゃないんでしょ?」
 微笑みながら返した明美助教授の言葉に、教授は不機嫌そうに返した。
「明美君。君ね──」
「はいはい」
 明美助教授は香奈と小沢に向かって、ひょいと肩をすくめて見せた。


「ふぅ…」
 小さく吐き出した一也の吐息に、遙の笑うような声が重なる。
「おつかれさま♪」
「ホント、つかれたよ」
 一也もその声に軽く微笑んだ。
「また、助けられちゃったな…」
 モニターの向こうには、月に向かって仁王立ちするゴッデススリーが映っている。夜の帳の降りた街をバックに、堂々としたそのたたずまい。
「大空さんたちはすごいな」
 一也はゴッデススリーと、その向こうの街の灯を眺めながら呟いた。
「あの力が?」
 なんて言って、遙は笑う。
「ま、ある意味尊敬に値するかも知れないけどね」
「尊敬に値するよ」
 街の灯に向かって軽く笑いかけ、一也は南東の空に視線を走らせた。
 しばらくの沈黙の後──
「大空さんたちみたいな人を、『いい大人』って言うのかも知れないな」
 一也はぽつりと呟いた。
「はぁ!?」
 明らかに「それは違うでしょ」と言うような、遙の声。
「一也?」
「ん?」
「頭、平気?さっき変なところ打ったんじゃないの?」
 インカム越しの遙の声に、
「んー…」
 一也はぽりぽりと頬を掻いて、笑った。
「そうかも知れない」
「うん。精密検査、受けた方がいいわ」
 遙。真面目に心配している。
「多分、かなりやばい状態だと思う」
 遙のその声に、一也は可笑しそうに笑って返した。
「ちょっと、そう考えてみただけだよ」
 声だけを聞いていた遙には、一也のその声は自嘲ともとれるような声に感じられた。一也…本当に大丈夫かしら?
「そういえばさっき」
 と、ぽつり。
「え?」
「さっき、小沢さんがなんて言ってたのかって聞いたよね?」
「ああ…そういえばそんなことも…」
「知りたい?」
 なんて、探るように笑って言う一也。
「なーんか嫌な聞き方だけど、気になるから聞きたい」
 興味を持ったように言う遙の言葉に、一也は軽く笑いながら、返した。
「熱血の意味を、教えてくれたんだよ」
「はあ!?」
 インカムの向こうで顔をしかめているであろう彼女の表情を想像して、一也はけたけたと実に楽しそうに声をあげて笑った。
「あんた…」
 と、本当に心配そうに遙。
「ちゃんと病院に行って、精密検査受けてきなさいよ」
「わかってるって」
 一也の笑い声。
 夜の帳の降りた南東の空を、一筋の流星が流れていった。


つづく








   次回予告

  (CV 吉田 香奈)
 東京都、新宿。
 ついに都市部に直接降下するエネミー。
 新種とも言えるそのエネミーを、果たしてR‐0は止めることが出来るのか。
 全てを溶かす溶解液と、
 爆発的な増殖力。
 そのタイムリミットは、
 次の朝日が昇るまで。
 果たしてR‐0は、東京の街を護ることが出来るのか。
 次回『新世機動戦記R‐0』
 『首都、消滅。』
 お見逃しなく!


[End of File]