studio Odyssey



おはなしのつくりかた

 管理人、しゃちょ流のお話の作り方講座。

Fate or Fortune - 第一稿

 紋章を持った女に向かい、男は戦場を駆け抜けていく。
 立ちはだかる戦士たちが振り下ろす銀色の閃光を鳶色の瞳にとらえ、それらのすべてを切り抜け、駆けていく。
 ジェイル・バーストン注1の向かう先はひとつ。
 この戦場の向こうにいる、紋章を持った女──剣の継承者──その眼前だ。
 西国、東国の争いに興味なんかない。自分がこの戦場を駆けている理由はひとつ。剣を振るい、立ちはだかる者たちをなぎ払い、敵陣の間中へと突き迫る理由は、ただひとつだ。
 その紋章、戦いに勝利をもたらすとされる、剣の継承者だけが持つ紋章を額に宿した女の元へ。
 自らの手に握りしめた剣に誓った、その約束のために。
 敵陣の先、砦の奥、ジェイルは駆けていく。戦場から離れ、少しずつ小さくなっていく剣戟の音。次の戦いの始まりへ、辺りの空気が変わりはじめる。石造りの床に響くジェイルの靴音とその呼吸。
 戦いの神に祝福を受ける戦士たちが掘り込まれたレリーフの扉を、突き進むその先に認め、ジェイルは大きく息を吸い込んで四肢に力を入れ直した。
 駆け寄る勢いとともにその扉を蹴破る。静寂の中に、その音が始まりを告げた。
「…何者だ」
 教会を模した広い部屋の中に、澄んだ女の声が響いた。注2

 かすかな残響を残して広がり消える声に、ジェイルは返す。
「我は傭兵戦士、ジェイル・バーストン」注3
 握りなおした剣が、ちゃり、と小さく鳴った。
「お前の命を、もらいに来た」
 真摯な声が響く。しかし、女はその声に、あからさまに目を細めた。
「我を、剣の継承者と知っての事か?」
「…当然だ」
 剣を青眼に構えるジェイル。銀色の刀身に、目を細めて口許を弛ませる女の姿が映る。注4
「愚かな傭兵戦士、ジェイル」
 その剣の中で、女は言った。
「戦いに勝利をもたらす紋章を持った、我ら剣の継承者を、そのなまくらな剣で討とうと申すか?」
「やってみればわかる」
「やらずともわかる」
 女はゆっくりと両手をひろげた。その両の手の動きにあわせ、床にまで届こうかという女の銀色の髪が揺れ動く。女は言う。
「お前の運命は今、決まった」
 答えを返すように、剣の握りと足下を確かめるジェイル。
 女の髪が、突如として巻き起こった風に舞う。同時に、その手にまがまがしい輝きを放つ二振りの剣が生み出された。
「この剣により、この場所で──戦場を駆ける戦士たちの休息の場所へと導かれるのだ」
「──結構!」注5
 そしてジェイルは石の床を蹴った。青眼に付けた剣を振るい、迫る勢いとともにそれを大上段から振り下ろす。
「太刀筋は悪くない」
 女の右手が動く。そして互いの手に握られた剣が火花を散らし、甲高い音を空間に響かせた。
「だが、その剣では私を討つことは出来ない」
 口許を弛ませ、女は左手をジェイルの身体めがけて振り上げた。咄嗟、ジェイルは後ろへと飛び退いた。眼前を走り抜けていった剣の切っ先が、舞ったジェイルのマントの端をかすめていく。
「なめるな!」
 小さく舌を打ち、返す力で女の懐に飛び込むジェイル。そして握りしめた剣を、左手を振り上げた女の胴へと水平に薙ぐ。
 切っ先が閃光を走らせた。確かな間合いに、ジェイルは強く奥歯をかみしめた。
 が、それはただ空を薙いだだけだった。
「──惜しい腕だ」
 女が言う。
「紋章は、伊達じゃないか?」
 空を薙いだだけの剣を斜に構えなおし、ジェイル。わずかに数歩後ろへと動いただけで自らの剣をかわした女を見据えて、言う。
「それでこそ、継承者って奴らだ」
 女は、自分を見据える目に、そっと目を細めた。
「お前が、我ら剣の継承者に何を思っているかは知らないが──」
 静かに踊る銀色の髪。女の腕がゆっくりと動く。そして、その手に握られたまがまがしい二振りの剣が、ジェイルに向けて構えられる。
「その力、戦いに勝利をもたらす紋章を持ちし我らの剣にかけて──」
 女、そしてジェイルの手の中の剣が、小さく音を立てた。
「今ここで、討つ!」
 女が動いた。
 女は矢のような速さでジェイルに肉薄し、握りしめた剣を振り下ろす。迎え撃つジェイル。剣戟の音が激しく響く。いくつもの閃光が空を裂き、そしてやがて──最後の閃光とともにその剣が空を舞い、鮮血がそれに続いた。
 確かな残響を響かせて、石の床に金属がはじける音。
 ゆっくりと倒れ込む人の影。
 そして、静寂。
 教会を模したその部屋に、静かに声が響く。
「傭兵戦士──これが、お前の運命注6だったのだ」
 女は目を細め、床にうつぶせた男にかすかに唇を動かした。
 瞳を閉じ、女はきびすを返して歩き出す。部屋の奥、礼拝堂へと続くその道を、足音を響かせながらまっすぐに。
 床に落ち、二つに折れたその剣を視界の隅にとらえて。
 傭兵戦士──ジェイル・バーストンが、いくつもの戦場をともに駆け抜けてきた剣を、その視界の隅にとらえて。

 剣を握りしめ、ジェイルはいくつもの戦場を駆けてきた。
 小国同士の小競り合いから、王権に反抗する革命の戦いに至るまで、様々な戦場を、ジェイルは剣とともに駆け抜けてきた。 
 小さな傭兵団。
 そこが、ジェイルの生まれ育った場所だった。物心つく頃には、剣を握りしめて戦場にいた。たくさんの人を斬った。それは、その場所が戦場だったからだ。だから、そのことに、とまどいなんて覚えなかった。
 生きるために、剣を振るう。ただ、それだけ。注7
 もしも死んだら──運がなかったんだ。
 傭兵戦士たちは皆、口をそろえてそう言う。ジェイルも、何度か同じ言葉を口にしたことがあった。戦場、傭兵戦士、そして剣。ジェイルの知るそれらは、ただ、それだけだった。
 ただそれだけだったはず、だった。
「運がなかったんだ」
 誰かが言った。血にぬれた剣を握りしめ、ただたたずむ、その傭兵団の若き頭首に向かって。

 突然、夜明けの静寂を裂いて、鏑矢の音が響いた。そして戦いが始まった。
 剣戟に、雄叫びと悲鳴が入り交じり、血のにおいが辺りにたちこめ始めた。どこかでは火矢によって生み出された炎が、静寂に満ちていた闇を裂いて、あたりを激しく赤く照らしていた。
 ジェイルは剣を引き抜いてその戦場を駆け出した。
 戦渦の中心へ。

 運がなかった──そして今、ジェイルは頬に感じる冷たい石の感覚に、そう思っていた。
 きっと、自分はここで死ぬのだろう。そしてきっと、奴の言ったように、戦場を駆ける戦士たちの休息の場所へと、導かれるのだろう。
 奴らと、同じに──小さなその傭兵団にいた、奴らと同じに。

 日が昇る頃、その戦いは終わった。
「──運がなかったんだ」
 そしてその戦場の跡に、誰かが言った。血にぬれた剣を握りしめ、剣に、そして火矢によって消えた影を見つめていた、若き頭首に向かって。
「そういう、運命だったんだ」
 誰かが言った。
 若き頭首は剣を握り直す。強く、強く、金属の柄がきしむほどに。振るえる手が、白く色を無くすほどに。
 誰かが、短い祈りの言葉を口にしていた。取り囲む者たちも皆、口々にその祈りに続いていた。それぞれの手には剣。血に濡れた剣。ここは戦場。その、跡。
 ジェイルは強く奥歯をかみしめた。
 焼け野原となった眼前の光景に、ジェイルは強く奥歯をかみしめた。
 誰かが、呟くようにして言っていた。戦いに勝利をもたらす紋章を持ちし者、剣の継承者の姿をその目に見たと。傭兵戦士たちの間でも、伝説のようにして語り継がれている、その紋章を額に宿した、女を見たと。
「この戦争は、負けだ」
 誰かが言った。「そういう──運命だったんた」
 ジェイルは剣を握り直す。強く、強く、金属の柄がきしむほどに。振るえる手が、白く色を無くすほどに。
 そして──ジェイルは剣を振るった。雄叫びをかき消すほどに強く、わき上がる想いを、そのままに。
 駆け出す。
 誰かが叫ぶ。「続け!!」
 夜明けの風を切り裂いて、戦士たちが剣を手に握り直す。
 剣を握りしめ、ジェイル・バーストンの向かう先はひとつ。
 この戦場の向こうにいる、紋章を持った女──剣の継承者──その、眼前へ。自らの手に握りしめた剣に誓った、その約束のために。注8

 少しずつ薄れていく意識の中、かすかに開いた目で、薄ぼやけて見える自分の剣を見つめてジェイルは深く息を吐きだした。
 手を伸ばしても、その柄に手は届かないだろう。二度と、その剣を握ることは出来ないだろう。
 静かに、ジェイルはその鳶色の瞳を閉じた。
 何かを考えていたような気がした。けれど、薄れていく意識の中、それが何か、自分でもよくはわからなかった。一瞬前の自分が何を見ていたか、何を想っていたか、思い出せない。
 かすかな、足音が聞こえてきたような気がした。戦場を駆ける戦士たちの休息の場へ──彼を導く人の足音が、かすかにその耳に届いたような気がした。
 石の床を打つ、小さな足音。
 剣戟の喧噪もなく、ただ静寂が包む、教会を模した部屋の中に、小さな靴音が響く。
 残響を残し、少しずつ、その音は近づいてくる。
 そしてその少女は言った。
「それが、あなたの運命?」
 ジェイル・バーストンは薄れゆく意識の中でその少女の声を聞いた。注9

 規則正しい靴音が響く。
 教会を模した部屋から、その奥に進む礼拝堂への道を抜け、そして女の元へ。
 女は聞こえた靴音に、ゆっくりと目を開けた。戦いの神の祝福を描いたレリーフより降り注ぐ陽の光に向かって顔を上げ、かすかに口許をゆるませながら。
 祈りのために組み合わせた手を解き、ゆっくりと立ち上がる。
 やがて、足音は立ち止まった。
 女はゆっくりと振り向いた。
「…何者だ?」
 女の銀色の長い髪が、降り注ぐ陽光の中に輝いていた。注10

 その礼拝堂への入り口に立つ少女は返す。
「ラッテ」
 短く、少女は言う。
「我、剣の継承者」
 翡翠色の長い髪の少女はまっすぐに女を見つめていた。額に同じ紋章を持った女を、ただまっすぐに見つめていた。
 女もまた、その額の紋章を見つめて返す。口許をゆるませたまま。
「戦いに勝利をもたらす紋章を持ちし者同士、ここで雌雄を決しようということか」
「あなたは、それを望むのですか」注11
 ラッテは静かに言う。その幼い少女の言葉は、礼拝堂の床に、壁に、天井に響き、女の耳へと届いた。女は目を細めた。幼いながらも、その声の中には、剣の継承者としての何かが、確かに隠れていたような気がした。
 女は言う。
「私も、お前も、同じ剣の継承者。こうして戦場で出会ったのも、ひとつの運命。我らが、脈々と繋いできたこの剣とこの紋章にかけて、決めねばならぬ」
 ゆっくりと女は両手を広げる。床にまで届こうかという長い銀色の髪が揺れ動き、巻き起こる風の中から、二振りの剣が生み出された。
 女は、そのまがまがしい形をしたその剣を手にし、言う。
「さあ、剣を抜け。この戦いの結末を、未来を、今、決めようぞ」
 女の声が空間に響く。銀色の髪が踊る。
 剣が、陽光の中に輝く。
 降り注ぐレリーフからのその陽光に目を細め、ラッテは静かに言った。翡翠色の髪は、静かに揺れていた。
「いやです」
「ならば──お前の運命は今、決まった」
 女は剣を振るう。
「この剣により、この場所で──戦場を駆ける戦士たちの休息の場所へと導かれるのだ」注12
 女の構えた剣が、冷たい光を放っていた。

 ラッテはまっすぐに女を、そしてその剣を見つめながら、言う。
 翡翠色の髪を静かに揺らし、その金色の瞳に女の姿を映して。
「あなたの剣は、悲しい光を放ってる」
「ならば、お前の剣はどうだと言う?」
「あなたの剣は、悲しい未来だけを映してる」
「剣とは、そういうものだ。そして我ら剣の継承者たちは、その剣をもって、未来を、そして運命を創る。お前の剣は、ならばどうだ」
 構えられた女の二振りの剣が、ラッテをとらえていた。
「さあ、剣を抜け。我の剣と、お前の剣。戦いに勝利をもたらす剣は、果たしてどちらか」注13


脚注

注1:ジェイル・バーストン
 正しくは、「ジェイル・バーストーン」
 入稿後、コミコミスタッフに指摘されるまで気づかなかった事実。
戻る
注2:
 自分でも気づいているが、アニメ的。
 作風といえばそれまでだけれど。
戻る
注3:我は傭兵戦士
 第一稿では、ジェイルは傭兵戦士。ストーリー中で剣士へと変わるストーリーなのだが、そこまでは書き切れていない。
戻る
注4:銀色の刀身に〜女の姿が映る。
 全稿に通じることだが、CGに重なるシーンは2回出てくる。意図的。
 この部分の描写では、CGは挿入されない。
戻る
注5:「──結構!」
 ジェイルが斬りかかるときの台詞は、第一稿ではこれ。
 この後の校正一回目を通って以降、「──上等!」になる。
 特に深い意味はない。
戻る
注6:運命
 全稿に共通するテーマ。『運命と宿命』
 この時点では、まだ運命のテーマ部分しか書かれていないが、書かれすぎとの指摘が多かった。
戻る
注7:傭兵団
 WORLDのディオ。
戻る
注8:約束
 その約束について書かれた部分は、ない。
 考えてませんでした。
戻る
注9:少女の声
 ちなみに、ラッテ。
 書かれてはいませんが。
戻る
注10:「…何者だ?」
 ジェイルのシーンと一緒なのは、当然演出。
 あまり意味はない。
戻る
注11:あなたはそれを〜
 ストーリーが破綻した瞬間。(笑)
 なら台詞を変えろよという所だが、ここでラッテには別の台詞を言わすことが出来なかったのは、僕の力のなさ故か、フライド故か。
戻る
注12:休息の場所
 当然、どこかなんて考えてませんし、設定なんかありません。でまかせ。
戻る
注13:第一稿の終わり
 ちなみにこの時点で文字数は4785文字。
 規定は4000字程度なので、余裕でオーバーキルな展開です。
 さすがに、投げました。
戻る